第一章:静寂の夜明け、黄金の風
アステリア王城、玉座の間。
歴史を裏から操り、数多の悲劇を生んできた魔術師の首が落ち、長い戦いの歴史に終止符が打たれた。
サヤは、焼けただれた魔術師の亡骸の前で、静かに涙を流した。その脳裏には、今は亡き父と母の穏やかな面影が去来していた。
「……終わったよ。お父さん、お母さん」
隣ではカイエンもまた、天を仰いで号泣していた。張り詰めていた糸が、今この瞬間だけは「息子」に戻ることを許したのだ。
「お父さん、申し訳ありません……。この瞬間だけ、あなたの息子カスティエルとして、謝罪と報告をさせてください。……王家に、そしてあなたに対して行ったことを、どうか許してほしい」
亡き偉大な王へ向け、カイエンは深く、静かな黙祷を捧げた。
「……みんなを、連れてきますね」
涙を拭ったサヤが、慈愛に満ちた声で言った。
「ああ、頼む」
カイエンの短い返事とともに、サヤの刀が空間を切り裂く。
開かれた裂け目から、トルニアの港で待機していた仲間たちが、勝利を確信した足取りで一人、また一人と玉座の間へ足を踏み入れた。
エルムの脳裏に、アルドの感傷的な声が響く。
『俺たちを苦しめた呪いも、こうやって見ると呆気なかったな……』
(うん。でも、それは「新しいエルム」が、俺たちをここまで連れてきてくれたからだよ)
「しかし……あんな神懸かり的な連携を一発で決めるなんて。とんでもないものを見せていただきましたよ」
マルコが心底感服した様子で、悪気なく声を上げた。
「……一発で?」
その言葉に、イゾルデが吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
百回近く「死の反復」を共にしたサヤも、つられて肩を震わせる。
「……ははは! ああ、そうだな。一発だったな!」
カイエンが堪えきれず爆笑すると、それが合図だったかのように、広間にいた全員が笑い声を上げた。マルコも、エルムも、事情を知らぬバルドやゴドリックまでもが、勝利の喜びに包まれて笑った。
ようやく、彼らは分かち合えたのだ。この長く苦しい戦いに、本当に勝ったのだという実感を。
カイエンが玉座の間の奥からヴァルガスの首を拾い上げ、骸の上に無造作に置いた。
「……さて、仕上げだ。やってくれ」
「危ないですから、下がってください」
マルコが促し、死体の周りに広い空間が作られる。
『ギガファイア!!』
アルドの呪文がコールされ、エルムの剣から極大の火炎が放たれた。
「ファイアストーム!!」
間髪入れず、マルコが重ねた呪文が巨大な火柱を巻き上げる。
邪悪な魂が二度とこの世に這い戻らぬよう、骨の一片さえ残さぬほど徹底的に、ヴァルガスの残滓を焼き尽くしていった。
その傍らで、イゾルデは小さなテーブルに置かれた『プロバンス』の小箱を手に取った。
静かに蓋を開けるが、やはり中は空っぽだった。
「奥方……諦めましょう。最初からなかったんですよ、『生命のしずく』なんて。忘れてしまいましょう」
ゴドリックが優しく声をかけるが、イゾルデは不敵に微笑んで首を振った。
「何を言っているの? 期待なんてしていないわよ。ただ……これは、私の『戦功』の記念にもらっておくわ」
やがて、炎が収まった後には、わずかな灰が残るのみとなった。
「さて……終わったわね。これで戻るのかしら、皆さん?」
イゾルデが仲間たちを見渡す。
「ああ。行こう」
カイエンが応え、サヤが力強く頷く。
サヤの刀が再び空を裂き、船が待つレティシアの港への道を開いた。
通り抜けた先には、レティシアの穏やかな潮風が吹いていた。心地よい風に吹かれ、一行は懐かしい自分たちの船へと歩みを進める。
「お前ら! ついにやったんだな!?」
船の甲板から、バレルの弾んだ叫び声が響いた。
「ゼファー・エンドに風が戻ってきたんだ! 凪が解けたぞ! これなら船が動く! 帰れるぞ、俺たちの場所に!」
一行はその言葉に満面の笑みを浮かべた。
因果の鎖は断ち切られ、世界に再び風が吹き抜ける。
彼らは誇らしげに、そして軽やかに、新しい未来へと続く船のタラップを登っていった。




