第五章:因果の回廊、終焉の一撃
風の吹かない港、トルニア。
かつて仲間たちが初めて集い、運命が動き出した「開始の場所」。
ドラゴンの里や静寂の里など、再起の候補地は他にもあった。だが、彼らはあえてここを選んだ。その選択こそが、逃げ隠れせず玉座で待ち構えるヴァルガスを、逃げ場のない「最終決戦の舞台」へと引きずり出す唯一の手段だと確信していたからだ。
「サヤ……この戦いの鍵はお前だ。やはり、お前に賭けるしかない」
カイエンが重々しく口を開く。その真剣な表情には、仲間を死地へ追いやる苦渋が滲んでいた。
「お前ばかりに負担を強いて、申し訳ないが……」
「何を言っているの?」
サヤはカイエンの言葉を鋭く遮った。迷いなど微塵もなかった。
「まだ、わからないの? 私はあの魔術師を斬るために、ここにいるのよ。最初から。たとえあなたたちがいなくても、私は一人で立ち向かい、そして朽ち果てていたわ」
その気迫に気圧されそうになりながらも、カイエンは覚悟を決めた。
「……悪いが、マルコ、エルム、バルド、ゴドリック。俺とサヤに、すべてを任せてほしい。頼む」
仲間たちは何も言わなかった。ただ静かに、深く頷く。その沈黙は、言葉以上の信頼の証だった。
カイエンは最後にイゾルデを見た。
「イゾルデ。俺たちを信じてくれるか?」
「ふん、いいわよ。何千回でも付き合ってあげるわ」
不敵に微笑む軍師の手には、十数年を経て目覚めた銀の逆時計が握られている。
「指示は要らない。……いや、指示なんて無理だ。ただ、信じるのみ」
カイエンとサヤは仲間から離れ、精神を極限まで研ぎ澄ませた。
サヤが前に、そのすぐ後ろにカイエンが立つ。
「……いくわよ」
意を決したサヤの刀が、空を縦に切り裂いた。
裂け目の先には、愉悦に満ちたヴァルガスの顔が見える。
次の瞬間、放たれた閃光が二人を包み込み、その肉体を「蒸発」させた。
カチリ。
イゾルデが逆時計を押し込み、時間を巻き戻す。
再び、裂け目が開く。閃光が走る。蒸発する。
三人は、地獄のような「死の反復」を何度も、何度も繰り返し続けた。
そして、数十回目。ついに因果の糸に異変が起きた。
裂け目の向こうに、ヴァルガスの正面ではなく「横顔」が見えたのだ。
空間転移の座標が、わずかに、だが確実にズレ始めた。
カチリ。
イゾルデが時間を戻す。
「サヤ、見えたか?」
「ええ……巻き戻っているのがわかったわ。勝負は、ここからね」
次はヴァルガスの上。その次は真横。
カイエンとサヤは消され続けながらも、死の瞬間の記憶を積み重ね、ヴァルガスの死角へと一歩ずつ肉薄していく。
そして、運命の時が訪れた。
開かれた裂け目の先は、ヴァルガスの真後ろ——完全なる死角。
異様な気配に気づき、ヴァルガスが振り返る。裂け目の向こう側、カイエンが大きく口を開けているのが見えた。
その喉の奥で、火花が飛び散った。
「ん……? なんだ?」
ヴァルガスの反応が、コンマ数秒、遅れる。
次の瞬間、灼熱の業火が、至近距離からヴァルガスを包み込んだ。
「ぎゃああああぁぁっ!!」
悲鳴が玉座の間に響き渡る。
ヴァルガスは大火傷を負いながらも、必死に右手を上げようとした。蒸発の閃光で反撃しようという執念。
だが、裂け目からサヤが弾丸のように踏み込んでいた。
「終わりよ!!」
サヤの一閃が走り、焼けただれたヴァルガスの右手が木の葉のように宙を舞う。
間髪入れず、裂け目からカイエンが飛び出した。
「これまでのすべてを、この一撃に込める!!」
振り抜かれた剛剣『レプリカ』が、吸い込まれるようにヴァルガスの首を捉えた。
歴史を震撼させ、多くの命を弄んだ魔術師の頭部が、ゆっくりと体から切り離される。
世界の破壊者であった男は、絶叫することさえ許されず、その場に崩れ落ちていった。




