第四章:精霊の残光と反撃の狼煙
アステリア王城、静まり返った玉座の間。
ヴァルガスは、先ほどまで「羽虫」たちがいた中空を忌々しげに睨みつけていた。
「……あれは、精霊の爪の力か? バカな。精霊降臨の秘術など、今ではこの私しか知らぬはず」
彼は玉座の脇にある小さなテーブルへ歩み寄り、そこに置かれた『プロバンス』の刻印がある小箱を手に取った。無造作に蓋を開け、中身を確認する。
「……やはり、入っておらぬか」
ヴァルガスは落胆の混じった溜息をついた。
彼の放つあの閃光は、純粋な魔術ではない。精霊術を高度な技術へと昇華させた「精霊工学」の産物だった。もともとは工業用に、物質から不純物を蒸発させ、必要な成分だけを空間転移させるために開発された技術。それを対人用、あるいは精霊戦車用として異常なまでに高めたものだ。
「カスティエルの肉体を包めば、不要な部分は消滅し、『精霊の目』だけがこの箱に転移されるはずだったものを……」
彼にとって、一行の命など「生命のしずく」を入れる器と同程度の価値しかなかった。
その時、ヴァルガスは通路の方に僅かな気配を感じ、冷ややかな視線を向けた。
「ふふふ……こんなところに、まだ虫けらが残っておったか」
通路には、仲間を失った(と信じていた)絶望に身を震わせるイゾルデと、困惑する二人の兵士の姿があった。
だが、彼らがヴァルガスの光に焼かれるよりも速く、背後の空間が鋭く裂けた。
「イゾルデさん! こっちよ! 早く!!」
裂け目の向こうから響く、サヤの悲痛な叫び。
考える暇などなかった。バルドとゴドリックは咄嗟にイゾルデの両脇を抱え上げると、猛烈な勢いでその闇の裂け目へと強引に飛び込んだ。
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トルニアの港、ゼファー・エンド。
空間の裂け目から、追撃の閃光が噴き出した。だが間一髪、サヤがイゾルデたちを突き飛ばすようにして裂け目から飛び退き、直撃を免れる。
サヤの、命を削るような決死の救出劇が結実した瞬間だった。
一方、王城のヴァルガスは、空振りに終わった右の掌をゆっくりと下げながら、確信に満ちた笑みを浮かべていた。
「また逃しはしたが……案ずることはない。奴らは必ず、また私の前に現れる」
彼は玉座の間の中央へと進み、精神を集中させた。
「ふふふ……ここなら、どこから現れても迎撃できる。いつでも来るがよい」
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トルニアの港では、兵士二人に押し出され、地面を転がったイゾルデが、アザだらけの体でゆっくりと立ち上がっていた。
「奥方、すみません……咄嗟のことで、あんなに強く押し出してしまって…」
ゴドリックが申し訳なさそうに頭を下げるが、イゾルデはそれを遮るように首を振った。
「いいのよ。あなたたちは、最高にいい仕事をしたわ。助けてくれて、ありがとう」
「奥方……」
その感謝の言葉とは裏腹に、イゾルデの瞳にはかつてないほど鋭く、冷徹なまでの闘志が宿っていた。
「あのジジイ……ただじゃ、おかないわよ。……ここからは、こちらの番ね!」
「待ってたぜ、イゾルデ」
カイエンが、傷だらけながらも不敵な笑みを浮かべて彼女を見つめる。
逆時計は壊れ、一度は死の淵まで追いやられた。だが、それゆえに彼らはヴァルガスの「理」の一端を垣間見たのだ。
トルニアの港、無風の中で。
絶望を乗り越え、真の結束を固めた戦士たちが、今、最大にして最後の反撃の狼煙を上げようとしていた。




