第一章:城壁の残響、軍師の矜持
王城の門を突破した一行を待っていたのは、静寂ではなく、統制された殺意の嵐だった。
ガルディスという絶対的な個を失いながらも、残された黒装束の精鋭たちは、一糸乱れぬ陣形で通路を封鎖していた。
「くっ……こいつら、これまでの魔物とはわけが違うぞ!」
カイエンが死角から迫る鋭い爪を『レプリカ』で弾き飛ばす。黒本の魔力に加え、厳しい訓練で培われた彼らのチームワークは、個々の判断で互いの隙を埋め、効率的な波状攻撃を繰り出してくる。
サヤの神速の抜刀をもってしても、次々に立ち塞がる盾と槍の連携に、わずかな苛立ちが表情に滲んでいた。
「広い場所ならいざ知らず、この閉所での波状攻撃は厄介ね……」
エルムもまた、黒本党と同質の魔力を燃え上がらせるが、狭い回廊では大規模な魔法の暴発を恐れ、単発の剣技で応戦せざるを得ない。
それでも、前衛の三人はその圧倒的な地力で敵陣を食い破り、着実に奥へと突き進んでいく。
だが、その後方に続く三人の足取りは、かつてないほど重かった。
「バルド、ゴドリック! 一旦下がって、距離を空けて……十分に引き付けてから叩くのよ!」
イゾルデが声を張り上げるが、その指示にはかつての神がかった精彩が欠けていた。未来を視る『逆時計』を失った彼女は、今、生身の人間としての動揺と戦っていたのだ。
「大丈夫か! ついてこれそうか?」
前線の乱戦から一時的に下がったマルコが、素手で魔物をなぎ倒しながら、遅れ始めた後衛組に駆け寄った。ツインズ(二振りの短剣)を投じ、バルドを狙った魔物を背後から貫く。
「……あなた。私のことが、嫌いじゃなかったの?」
息を切らしながら、イゾルデが問い返す。マルコは苦笑混じりに、迫りくる爪をツインズで受け流し、その懐に強烈な掌底を叩き込んだ。
「ははは! 嫌ってなんかないですよ。あなたは、僕たちが普段見落としていることに気づいてくれる。戦場でも、エルムの時も。ただ……たまに態度が鼻につくだけです」
「そうなの……。でも、私はこの態度を変えるつもりはないわよ」
「それでこそ奥方だ! その意気で行きましょう!」
マルコの鼓舞に、バルドとゴドリックも冷静さを取り戻していく。歴戦を生き抜いてきた彼らは、この死闘を通じて黒装束の動きを読み、自らの肉体で対応する術を学びつつあった。
しかし、イゾルデは不意に立ち止まり、マルコの背中を押した。
「だめ。……あなたは、先に行きなさい」
「え……?」
「戦場では、その『気の迷い』が命取りになるわ。弱いものを切り捨てる非情さも、時には必要なのよ。……行きなさい、マルコ!」
イゾルデの鋭い眼光が射抜く。それは情けをかけるなという命令であり、軍師としての最後のプライドだった。
「……必ず生きて、追いついてきてください! 信じてますからね!」
マルコは迷いを振り切り、再び前線の三人のもとへ駆け出していった。
残された三人の前に、新たな黒装束の集団が立ち塞がる。
「……さて。あんな大口を叩いたけれど、バルド、ゴドリック。私たちは死ぬ気なんて毛頭ないわよ。わかってるわね?」
「わかってますとも、奥方! お任せください!」
ゴドリックが咆哮し、巨大なハンマーで魔物の頭部を粉砕した。
「調子が出てきたっすね、兄貴! 戦いはこれからだ!」
バルドの斧が風を切り、魔物の首を鮮やかに跳ね飛ばす。
逆転の時計は止まった。だが、彼らの心に灯った火は消えていない。
苦戦しながらも、一歩、また一歩と、三人は宿敵の待つ闇の深奥へと進んでいった。




