第四章:静寂の継承、運命の眼差し
深い霧に包まれた霞の社。その奥まった寝所には、里の弟子たちが集まり、静まり返っていた。
「リクセン様……」
頭領であるソウケンが、病床に臥し、急速に気力を失っていくリクセンを痛ましそうに見つめる。
「おお……ソウケンか。よく里へ戻ったな。最期にその顔が見られて……嬉しいぞ」
リクセンの掠れた声に、ソウケンは狼狽を隠せない。
「そんな。コトネを私のもとへ使いに出されたのは、リクセン様ではなかったのですか?」
リクセンは、傍らでバツが悪そうに俯いているコトネをちらりと見た。
「……ふふ、そうじゃ。使いを出したのは私だ。すまなかったな」
「リクセン様の真意も理解できず……お恥ずかしい限りです」
ソウケンが悔しげに膝を突く。リクセンは穏やかな微笑みを絶やさぬまま、静かに言葉を繋いだ。
「だが、時が来たようじゃ。私は、もう往く。……ソウケン、この静寂の里はお前に託す」
「私など、まだ未熟です! あなたの教えがなければ、私は……」
「はっはっはっ……!」
弱り切っているはずのリクセンが、愉快でたまらないといった様子で声を上げて笑った。
「私が、お前の年の頃は、もっと頭が悪くて荒くれ者だった。お前の方が何倍も優れておるわ」
「リクセン様……」
「コトネよ」
リクセンが震える手を差し出す。コトネが縋るようにその手を握りしめると、老師は遠い空を仰ぎ見た。
「一緒に、サヤを……そしてカイエンを想おう。あの子らに、最後に伝えねばならんことがある」
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アステリア王城、正門前。
カイエンとサヤは、斬っても焼いても銀の流体となって復元するガルディスの異形に、極限まで追い詰められていた。
「くっそう! 何か手はないのか、こいつを止める方法は!」
カイエンの焦りが、剣筋をわずかに乱す。
「カイエンさん!」
突然、サヤが叫ぶように彼を呼び止めた。
「なんだ? ……あ……」
その瞬間、カイエンの脳裏にも、懐かしくも厳格な、あの老師の声が直接響いてきた。
『カイエン……そして、サヤよ。お主たちは、私の教えを忘れたか? 音や気配に頼りすぎだ』
(師匠……!?)
『運命の流れを見るのじゃ』
(運命の……流れ?)
『左様。そこにある土や石ころ、吹き抜ける風の流れ……すべてが運命で繋がっていることが、お主たちならわかるはずだ』
ガルディスの不敵な笑みが迫る。銀の腕が鋭い刃となって空を裂く。
『カイエンよ。見えるものを信じるでない。――見えぬものを見るのじゃ』
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霞の社。
握りしめられたコトネの手から、急速にリクセンの熱が引いていった。
「御屋形様……? 御屋形様!!」
返事はない。コトネの目から大粒の涙が溢れ出し、彼女はリクセンの冷たくなっていく胸に顔を埋めて号泣した。
「そんな……嫌です! 御屋形様!! ああああぁぁっ……!!」
弟子の慟哭が、深い霧の中に溶けていく。
「静寂の里」には、かつてないほど深い、悲しみの静寂が訪れていた。
だが、その偉大な魂が最期に解き放った光は、遥か彼方、アステリアの地で戦う二人の剣士の瞳に、確かな「道」を映し出していた。




