第三章:不滅の守護者、銀の流体
「ぐぬぬぬ……我が精鋭、我が軍勢がッ!」
城壁の上で、ガルディスの怒号が響き渡った。握り締められた拳は、鈍い銀色の金属光沢を放ちながら硬質化し、城壁の石材を豆腐のように粉砕する。
「ガルディス様! いかがなさいますか、指示を!」
生き残った魔物の部下が震えながら指示を仰ぐ。ガルディスは血走った眼で広場を見下ろし、吐き捨てるように命じた。
「ふん! 城内の残兵をすべて正門に集めよ! 総力戦だ、虫一匹通すな!」
即座に伝令が走り、王城全域から兵が集められた。しかし、先ほどの白銀の業火に巻かれた兵があまりに多く、集結したのは百名に満たない数だった。
「……残りは数十、多くて百か。だが、私がいれば十分だ」
ガルディスは不敵な笑みを浮かべると、高き城壁から正門前へと音を立てて飛び降りた。
眼下では、既に壮絶な乱戦が始まっていた。
炎を撒き散らしながら舞うエルム。剛剣を振るい、一撃で魔物の胴体を叩き切るカイエン。そして、音もなく次々と首を跳ね飛ばすサヤ。
数の上では魔物側が勝っていたが、戦力差は歴然であり、黒装束の兵たちは次々と物言わぬ屍へと変えられていた。
「うおおおっ!」
そこへ、ガルディスが巨躯を躍らせて割り込む。その右腕は、空中で巨大な斧へと変形し、暴風を伴って振り下ろされた。
「のわあっ!」
マルコが間一髪、地面を転がるようにしてその一撃を潜り抜ける。
「兄貴! 変な奴が来たぜ!」
バルドが叫ぶ。
「バルド、左! 気を抜かないで!」
イゾルデの鋭い怒号が飛ぶ。その指示に救われ、バルドは死角から迫った魔物の爪を躱すと、全力の斧を叩き込んだ。
ガルディスは獲物をサヤに定め、斧と化した腕を叩きつける。だが、サヤの抜刀の方がわずかに速かった。
キィィィン! という金属音と共に、サヤの刀がガルディスの腕を根元から斬り飛ばす。
さらに、その死角からカイエンの『レプリカ』が唸りを上げた。
「終わりだ!」
鋭い水平斬りがガルディスの首を捉え、その頭部が地面をごろりと転がった。
「やったか!?」
だが、カイエンの期待は一瞬で打ち砕かれる。
斬り落とされたガルディスの頭部と腕、そして残された胴体が、瞬時に銀色の液体へと溶け崩れたのだ。その金属光沢を持つ液体はスライムのように石畳を這いずり、一点に集まって盛り上がると、瞬く間に元のガルディスの姿へと復元していった。
「なんだと……!?」
驚愕に目を見開くカイエン。復活したガルディスの腕は鋭い剣へと形を変え、即座にカイエンを襲う。
カイエンは咄嗟に『レプリカ』で受け止めるが、流体金属が放つ猛烈なパワーに耐えきれず、その体は後方へと大きく吹き飛ばされた。
「ゴドリック、後ろに下がって! バルドは後方を確認!」
イゾルデが戦場を支配し、的確な指示で周囲の雑兵を掃討させていく。
その凛とした声が、ガルディスの苛立ちを逆なでした。
「ふん! うるさい羽虫が……消えろ!」
ガルディスの腕が数十本の鋭い針へと変貌し、高速で閃いた。
「ぐっ……あ……っ!」
逃げ場のない針の雨が、イゾルデの華奢な体を貫いた。真っ赤なドレスをさらに赤く染め、彼女は血反吐を吐いて膝を突く。
「そんな! 奥方が!!」
ゴドリックの悲鳴のような叫びが響く。
「まずい! マルコ、頼む!」
カイエンの叫びに、マルコが低い姿勢で魔物の群れをかいくぐり、必死の形相でイゾルデに駆け寄った。
「キュアオール!!」
渾身の魔力を込めた回復呪文が、間一髪で彼女の傷を塞ぐ。
「がはっ……ごほっ! ……ありがとう、助かったわ」
イゾルデは荒い呼吸と共に立ち上がった。だが、手に持っていた『逆時計』を見た瞬間、彼女の顔から余裕が消えた。
逆時計の盤面には、先ほどの攻撃を受けた深いひび割れが走り、機能を停止していたのだ。
(……これは、まずいわね)
『ギガファイア!!』
アルドの呪文のコールで、エルムの剣から噴き出した火柱がガルディスを包囲し、焼き尽くす。
だが、炎の中から現れたガルディスは、全身が銀色の金属に変化していて、再び元の姿へと戻っていった。
「こいつ……無敵か?」
カイエンの呟きに、重苦しい空気が流れる。
周囲の雑兵はほとんど殲滅されつつあったが、目の前の「死なない怪物」という一人の脅威の前に、一行の間に濃い絶望の色が広がり始めていた。




