第二章:蒼穹の断罪、灰白の轍(わだち)
アステリア王城の正門広場は、静かなる殺意に満ちていた。
守護隊長ガルディスの指揮下、そこに整列していたのは、これまでの魔物とは一線を画す「精鋭」たちだ。黒く変色した肌、長く鋭い爪。それでいて、その身には軽量化され鍛え抜かれた漆黒の鎧を纏っている。
「第十二連隊、展開完了!」
号令と共に、悠に一万を超える黒装束の軍勢が、寸分の乱れもなく広場を埋め尽くしていく。それはまさに「絶望」という名の黒い絨毯だった。
正門の階上からその光景を見下ろし、ガルディスは不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ……カスティエル(カイエン)め。いつでも来い。貴様らの墓標は既に整っているぞ」
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同じ頃、アステリアの街を抜けた街道から、一行はついに王城の威容をその目に捉えていた。
だが、視界に飛び込んできた圧倒的な軍勢の数に、歴戦の戦士たちも言葉を失う。
「……なんだこりゃ。めちゃくちゃだぞ、ありゃあ」
バルドが戦慄し、その目を見開いた。
「確かに……確実に死ぬわ……これは」
冷静なはずのマルコも、冗談めかすことさえできず、半ば諦めの混じった呟きを漏らした。
その時、エルムの脳裏に、今までになく静かで重厚なアルドの声が響いた。
『……すまない、エルム。少し、弟(戦士の半身)と話をさせてくれ』
「え? あ、はい」
エルムは促されるまま、背負った剣の柄を強く握りしめた。意識の深淵で、二つの魂が一つに溶け合っていく。
『エルム……あれをやるぞ』
『ああ……。古代極大魔法だな。準備はできている』
「みんな、止まってくれ!!」
突如、エルムが一行の先頭に立ち、張り裂けんばかりの声で絶叫した。
「どうした、エルム?」
カイエンが怪訝な顔を向けるが、エルムの瞳には、既に人間を超越した神聖な光が宿っていた。
「俺を信じてくれ。ここから前には絶対に出ないで。……危険だからな」
エルムは静かに、剣を天高く掲げた。
その瞬間、雲一つなかった空が急速に厚い暗雲に覆われ、あたりは夜のような薄暗さに包まれる。
アルドとエルムの声が完璧にシンクロし、戦場全体を震わせるような、得体の知れない神秘的な旋律を奏で始めた。
「蒼穹の天地に生きる、熾天使よ」
「古の盟約に基づき、約束を果たせ」
「今こそここに集え、神の裁きをその身に宿せ」
広場を埋め尽くす黒装束の兵士たちは、空の異変に気づきつつも、まだそれが自分たちを滅ぼす脅威であるとは悟っていなかった。
天に、巨大な白銀の魔法陣が描き出される。
「『蒼穹熾天・劫火滅罪』!!」
一瞬。
魔法陣を中心に、広場の熱が物理法則を無視して吸い取られた。
あまりの極低温に、一万の軍勢のほとんどが、叫ぶ暇もなく彫像のように凍結し、動きを止める。
そして次の瞬間――吸い尽くされた熱が、全エネルギーを伴って爆発的に解放された。
視界が真っ白に染まるほどの、白銀の炎。
暴力的なまでの熱の上昇。
一万を超える魔物たちは、断末魔すら上げることなく、一瞬にして蒸発し、存在そのものを消し去られていった。
やがて光が収まり、猛烈な熱が引いていく。
そこに残されたのは、先程までの軍勢が嘘であったかのような、誰もいない、ただ黒焦げた無人の広場だった。
「す……すげえ……」
バルドの驚愕の声が、静まり返った街道に響く。
『……早くも、俺の切り札は終わった。あとは、通常の呪文しか出せんぞ』
アルドの疲弊した声が脳裏に響き、エルムは少しだけ呆れたように、誇らしげににやけた。
「……通常で十分すぎるっつーの」
カイエンが歩み寄り、エルムの肩を力強く叩いた。
「ありがとう。……よくやったな、エルム」
「じゃ、いきますか」
マルコが、熱の残る黒焦げた地面に一歩を踏み出す。
一万の絶望を焼き払い、一行は今、真っ直ぐに王城の門へと歩みを進めた。




