第一章:決意の夜明け、黄金の肩帯(ベルト)
朝日がアステリアの石畳を白く照らし出す。宿の大部屋では、決戦の朝を迎えた一行が、それぞれの武器を点検し、静かに身支度を整えていた。
その静寂を破り、ゴドリックが血相を変えて飛び込んできた。
「大変だ! 奥方の姿が見当たらない!」
「……ほら、見たことか! だから昨夜、あれほどみんなで固まって寝ようって言ったんだ!」
マルコが苛立ちを爆発させ、声を荒らげる。
「まあ、落ち着け。……とにかく支度を終えろ。ここを出るぞ」
カイエンの低く冷静な合図に従い、全員が宿の外へと足を踏み出した。
宿の前の通りで、バルドとゴドリックが落ち着きのない様子で周囲を見回している。その時、バルドが通りの向こうを見指した。
「あ、奥方だ!」
そこには、朝の陽光を浴びて鮮やかに輝く真っ赤なドレスを翻し、優雅に歩いてくるイゾルデの姿があった。
「あーら、みなさんおはよう。今日はいい天気ね」
「一体何を考えてるんだ、あんたは! この期に及んで勝手な真似はいい加減にしろ!!」
マルコが烈火のごとく詰め寄るが、イゾルデは満面に美しい微笑みを湛えたまま、柳に風と受け流してマルコの前を通り過ぎた。
「なっ……」
完全に意に介さないその態度に、マルコは言葉を失い絶句する。
イゾルデはそのままエルムの前に立つと、ジャラリと金属音を立てて、一見ベルトのような装具を差し出した。
「君には、その剣は少し大きすぎるわね。腰に下げたままじゃ、走る時に引きずりそうでしょう? 昨夜からずっと気になっていたのよ」
「え……?」
「ほら、これは肩掛けのスカバード・ベルトよ。腰ではなく、たすき掛けにして背負いなさい」
エルムは言われるがまま、腰のベルトを外し、新しいベルトを装着して剣を背負い直した。
「うん……これなら足元がもたつかないし、すごく動きやすいよ。ありがとう、イゾルデさん!」
エルムはパッと顔を輝かせ、笑顔でお礼を言った。彼は「もう一人の自分」にもその感触を確かめてもらうため、背中の剣の柄をそっと握る。
『どうだ、エルム?』
アルドの声が戦士のエルムの脳裏に響く。
(……これなら、抜剣もスムーズに行えそうだ。しかし、この短時間でこれほどの装具を見つけてくるとは……)
その様子を見ていたカイエンが、不貞腐れるマルコの肩をポンと叩いた。
「待った甲斐があったな」
「ふ、ふん!」
マルコはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「よし、それじゃあ……」
カイエンが一行の前に立ちはだかり、重々しく腕を組んだ。
「ここから先は、確実な死が待っている。……ここが最後のチャンスだ。進むか、それとも船へ戻るか。今ここで決断してくれ」
その言葉に、一瞬の動揺も見せず、サヤがカイエンの脇を無言で通り抜けた。
「……私一人でも行くわ」
マルコもその背を追うように続く。
「彼女と約束したんです。僕も行かせてください」
(アルド、君はどう思う?)
心の中でエルムが尋ねた。
『正直に言えば、我々もあの魔術師には深い恨みがある。……だが、ここは私怨ではない。君自身の決断に従おう』
エルムはカイエンの目を真っ直ぐに見つめ、一歩前に出た。
「僕も、あなたたちと一緒に戦わせてください!」
カイエンは何も言わず、ゆっくりと深く頷いた。エルムは確かな足取りで、カイエンの脇を通り過ぎていった。
「イゾルデ……お前はどうするんだ?」
問いかけられた貴婦人は、不敵に口角を上げた。
「悪いけれど、私たちは死ぬ気なんてさらさらないわ。でも、あなたたちには私が必要でしょう?」
「……俺は言ったからな。後は知らんぞ」
カイエンはくるりと背を向け、先に行った仲間たちの後を追った。
「ふん、お互い様よ」
イゾルデは腕を組み、優雅に歩き出す。その後ろを影のように二人が守る。
「バルド。悪いが、俺は死ぬ覚悟だ。最後まで奥方をお守りする」
「何言ってるんですか、兄貴。兄貴が死ぬ時は、俺も死ぬ時ですよ」
それぞれが秘めた決意を胸に刻み、一行は一歩、また一歩と、死の気配を湛えたアステリア王城へと進軍を開始した。




