第五章:戦士の休息、絆の深淵
血を血で洗うような凄惨な戦いの痕跡が刻まれた、アステリアの街。
しかし、住民たちの瞳にはその光景は映っていないかのように、夜の街には変わらず淡い灯りがともり続けている。その異様な静寂を縫うようにして、一行はエルムの負傷を考慮し、一軒の宿に身を寄せた。
「エルム……本当に大丈夫?」
貸し切った大部屋の隅で、サヤが心配そうに声を掛ける。
「マルコさんの呪文のおかげで、もう全然平気だよ。でも……」
エルムは力なく俯き、自身の細い手を見つめた。
「……僕って、やっぱり弱っちいな。隙だらけで、みんなに迷惑をかけて。なんだか、嫌になっちゃうよ」
「ダメよ、エルム!」
サヤが強い口調で遮った。驚いて顔を上げたエルムに、彼女は言葉を探すように続ける。
「エルムは、エルムなんだから。上手く言えないけれど……そんなこと気にしちゃダメ」
隣で荷物を解いていたマルコが、ポンとエルムの肩を叩いた。
「そうだよ。自分自身の力じゃないにしろ、君は今、あの強力な魔法使いと、人間離れした剣士たちとチームを組んでるんだろ? その君がそんなに自信なさげでどうする。ほら、胸を張れよ」
「マルコさん……。……そうだよね。アルドともう一人の僕のためにも、僕もしっかりしなきゃ」
「その意気よ、エルム」
元気を取り戻したエルムの様子に、サヤもようやく安堵の微笑みを浮かべた。
「悪いが……いつ、黒本党の刺客が潜り込んでくるか分からん。今夜は全員、この部屋で固まって休むぞ」
カイエンが一同を見渡して告げる。
「結構な大部屋ですし、雑魚寝ですけど……それなりに快適に眠れそうですね」
マルコが部屋の広さを確認して頷いたが、その背後から冷ややかな声が響いた。
「あら、私は嫌よ」
イゾルデだった。
「私はもう、最上階のスイートを取ったから。では、おやすみなさい」
優雅に踵を返すと、彼女はそのまま大部屋を出ていってしまった。
「また勝手な真似を! あの女、何を考えてるんだ!」
苛立つマルコを、カイエンが静かに宥める。
「……まあ、放っておけ。俺たちだけでも休もう。明日に向けて体力を回復させておくんだ」
「そうっすよ。あの人の態度にいちいち腹を立ててたら、身が持たないっすからね」
バルドが苦笑いしながら呟いた。
「そう言えば……あなた方は、奥方に付いて行かなくていいんですか?」
マルコが尋ねると、壁に背を預けていたゴドリックが重々しく答えた。
「奥方の部屋の場所は心得ている。何かあればすぐに届く距離だ。異変があれば、我々が真っ先に駆けつける」
「へぇ……お二人とも、大部屋での雑魚寝は平気なんですね」
「俺たちか? こんな立派な屋根があるところで寝られれば上等だよ」
バルドが笑いながら答える。
「もともと戦場で育ったようなもんだからな。泥水すすって、野原で寝るなんてのは日常茶飯事だったさ」
「お二人は、どういう関係で?」
マルコの問いに、バルドは少し照れくさそうにゴドリックを見た。
「俺が戦場で瀕死の怪我を負って、仲間に見捨てられたと思った時……敵を蹴散らして、俺を担ぎ上げて救ってくれたのがゴドリックの兄貴なんだ」
「まあ、それ以来の腐れ縁だ。こいつの世話を焼くのが、俺の役目になっちまったがな」
ゴドリックが照れ隠しにバルドの肩を抱き寄せると、二人は豪快に笑った。
「……いい関係ですね」
マルコが微笑んで視線を移すと、そこには既にエルムとサヤが寄り添うようにして、静かな寝息を立てていた。
「お前らも……そろそろ寝ておけよ」
カイエンが横になり、ゆっくりと目を閉じる。
「そうですね……ふわぁ……」
マルコも大きな欠伸をして、寝そべった。
やがて大部屋の灯火が消え、深い闇が降りる。
窓の外には不気味なアステリアの夜が広がっているが、この瞬間だけは、束の間の安らぎが戦士たちの疲れを優しく癒やしていった。




