第四章:再誕の魔術師、あるいは琥珀の奇跡
アステリア王城の地下深く。冷たく薄暗い空気が澱む聖堂の最奥に、豪奢な装飾が施された石棺が鎮座していた。その前に、一人の紳士――レイドールが静かに佇んでいる。
「……始めろ」
レイドールの合図で、控えていた部下たちが重い石の蓋をゆっくりと持ち上げた。中には、かつて世界を恐怖に陥れた大魔術師ヴァルガスの遺体が、眠るように安置されていた。
レイドールは蓋をどけるように促すと、懐から古めかしい小さな箱を取り出した。箱には『プロバンス』という文字が刻まれている。蓋を開けると、中には『アンテ・ローム』という名が記された、透き通った小瓶が収められていた。
レイドールは無表情に小瓶を取り出し、ヴァルガスの冷え切った口をこじ開けると、中の琥珀色の液体を容赦なく流し込んだ。
静寂。
ゆっくりと時が流れる。やがて、死に絶えたはずの聖堂の中に、ドクン……と微かな、しかし力強い鼓動のような音が響き始めた。
次の瞬間、ヴァルガスの遺体が眩い光に包まれた。その輝きがあまりの強さに一同が目を逸らした刹那、光が収まると、棺の中は空っぽになっていた。
「な、なんと!? ヴァルガス様は一体どこへ……?」
レイドールが初めて動揺の色を浮かべ、周囲を見渡す。
「ふふふ……レイドールよ、案ずるでない。私はここにいる」
背後から響いた声に振り返ると、そこには生前と寸分違わぬ肉体を取り戻したヴァルガスが、聖堂の中央に泰然と立っていた。
「風の流れ……匂いも感じる。レイドールよ、よくやった。そなたの働きは見事であったぞ」
「有難きお言葉……」
レイドールは深く、丁寧にお辞儀をしてその言葉を受け取った。
「だが、この恰好ではいけないな。着替えてくる」
ヴァルガスはそう言い捨てると、死から目覚めたばかりとは思えぬ確かな足取りで、聖堂を後にした。
「今まで死んでいたというのに。生き返ったばかりで、ああまで淀みなく動けるものか……」
レイドールの驚嘆に、影から現れたガルディスが不敵に微笑む。
「ふふふ……ヴァルガス様は、とっくに人間など超えておられる。不可能などないのだ」
「それで……お前はどうするんだ、ガルディス」
「カミラが死んだ。ここに奴らが攻めてくる。私は守護隊長として、早速守りを固めるまでだ」
「ふふふ、さすがだな」
レイドールが皮肉を交えて笑うと、ガルディスが問い返した。
「お前はどうするんだ?」
「私は長旅の疲れがある。役目も果たせたし、ゆっくり休ませてもらうよ」
「優雅なもんだな。一緒に戦わないのか?」
「ここにはお前がいるし……何よりヴァルガス様が復活なされた。もはやリクセンやドラゴンたちは、ここにはいないのだろう? ならば、結果は見えている。考えるまでもないことさ」
「ふん、そうか。せいぜいゆっくり休むんだな」
レイドールは優雅な足取りで聖堂を出ていった。
やがて、豪奢な法衣を纏ったヴァルガスが再び姿を現した。
「ガルディス、いつまでそんなところに居るのだ。早く上がってこい」
「はっ!」
ガルディスは急いでヴァルガスの後を追い、階段を駆け上がった。
一階の玉座の間。
ヴァルガスは重厚な足取りで壇上に上がると、長い年月空位であった玉座に、深く腰を下ろした。
「何度、この時を夢見たことか……。おめでとうございます、ヴァルガス様」
「ふむ。奴らには既にメッセージを届けた。じきにここへ来るだろう」
「こちらから出向きましょうか?」
「まあ……せいぜい、奴らを休ませてやれ。案ずる必要などない」
ヴァルガスは冷酷な笑みを浮かべた。
「正直、私も生き返ったばかりでな。このままでも捻り潰せるが、念には念を入れよう。私が本来の調子を取り戻すまでの、短い余興だ」
「さすがでございます。それでは私は城の守りを固めてまいります」
「ふむ」
ガルディスが退出した後、ヴァルガスは一人、生きている感触を確かめるように、愛おしげに玉座の冷たい肌触りを撫で回していた。その瞳には、これから訪れる破壊と混沌への愉悦が宿っていた。




