第三章:深紅の街路、王城からの宣戦
『メガファイア!!』
アルドの鋭い咆哮がエルムの脳裏に響くと同時に、その剣から天を突くような火柱が巻き起こった。
炎を纏った銀の刃を猛烈な速さで振り回し、迫りくる魔物を一瞬で炭化させていくエルム。その超人的な立ち回りに、傍らのマルコは呆気に取られて立ち尽くしていた。
「……さすがに、そりゃあ、すげえな」
「危ない、マルコ!」
サヤの鋭い声と共に、マルコの背後から伸びていた魔物の腕が斬り飛ばされた。
「よそ見しないで!」
「ごめん、サヤ……助かった!」
サヤが体勢を崩したその死角。飛びかかろうとした別の魔物の眉間を、マルコが放ったツインズ(短剣)が正確に貫く。
「お互い様だ。気を抜かずに行こう!」
戦闘は激化を極めたが、カミラを失い統制の取れなくなった魔物たちは、やがてアステリアの市街地へと後退を始めた。マルコたちはそれを追い、石畳の街路へと踏み込む。
そこで彼らが目にしたのは、異様な光景だった。
「どうなってんだ、これは……」
闇夜の街。魔物たちが咆哮を上げ、すぐ傍を駆け抜けているというのに、住民たちは逃げ惑うこともなく、まるでお気に入りの庭を散歩するかのように平然と歩き続けている。
「まずいな、住民も操られているのか……避けながら戦うしかない!」
合流したカイエンが叫ぶが、その後ろからイゾルデの声がそれをかき消した。
「いいえ! ここは呪文よ、マルコ!!」
「で、でも……住民が巻き込まれる!」
「早くしなさい!!」
イゾルデの凄まじい気迫に圧され、マルコは反射的に空へと両手を向けた。
「もっと右……違うわ、ちょっと下がって! ダメ、もうちょっと前よ!」
イゾルデは戦場全体を冷徹な目で見極め、マルコの足位置をミリ単位で調整させていく。
「もっと左だってば! グズね、もっと後ろよ!」
「いい加減にしろ、このクソババ……」
「今よ!! マルコ、ここ!!」
「お、おう……メテオスウォーム!!」
赤く染まった空から降り注ぐ隕石の群れ。しかし、信じられないことが起きた。
落下する隕石は、まるで見えない意志に操られているかのように、歩行する住民たちの間を縫い、ターゲットである魔物の頭上にのみ着弾してその肉体を粉砕していったのだ。
「え? なんで当たらないんだ?」
驚くマルコをよそに、バルドの斧とゴドリックのハンマーが残党を蹂躙し、カイエンの剛剣が最後の魔物を一刀両断した。
静寂が戻った街路。イゾルデが物凄い剣幕で、肩で息をするマルコに近づいていく。
「す、すごいですね。あんな精密な指示……」
パァン!!
夜の街に、乾いた強烈な音が響き渡った。イゾルデが振り抜いたビンタが、マルコの頬を捉えたのだ。
「クソババア、クソババアって、うるせーんだよ!! このクソガキャア!!」
「ええっ!? そんなこと言って……」
「言ったわよ!! 巻き戻した分も合わせて合計53回も!!」
マルコは赤くなった頬を押さえ、困惑に目を見開いた。カイエンは隣で笑いを堪えるのに必死になり、バルドはそっとマルコの肩に手を置き、何も言わずに深く頷いた。
そこへ、血振りを終えたエルムとサヤが合流する。
「こっちも片付いたわ。エルムのおかげでね」
サヤの微笑みに、エルムは照れくさそうに頭を掻いた。
「そんな……僕は何もしてないよ」
剣を収めたその姿は、いつもの気の弱い、優しい少年エルムに戻っていた。
「お兄ちゃん、これ……」
一人の小さな子供が、トボトボとエルムの方へ走ってきた。
「うん? どうしたの?」
エルムが屈み込んだその瞬間、子供の手から冷たい光が閃いた。隠し持っていた小さなナイフが、エルムの首元を無慈悲に掻き切る。
「がはっ……!」
鮮血が噴き出し、エルムが崩れ落ちる。
「まずい! キュアオール!!」
間一髪、マルコが飛び込み、最大級の回復呪文を放った。傷口が塞がり、エルムが荒い呼吸を繋ぎ止める。
すると、ナイフを握る少年の瞳が淀み、異質な声が漏れ出した。
『ふふふ……私は、アステリアの王城にいる。いつでも来るがよい。待っているぞ……』
少年はそう告げると、憑き物が落ちたようにハッとしてナイフを落とした。
「わわっ……ごめんなさい!」
少年は恐怖に顔を歪め、脱兎のごとく逃げ去っていった。
「ヴァルガスめ……汚い真似を……!」
カイエンは、怒りに震える拳を血が滲むほど強く握り締めていた。
宣戦布告は、あまりにも残酷な形で届けられた。一行の視線の先には、闇夜にそびえ立つアステリアの王城が、不気味な威容を誇っていた。




