第二章:影の迷宮、死の輪舞曲
魔物の群れに向かって先頭を走るカイエンとサヤ。その横を、弾丸のような一陣の風が吹き抜けた。
「はあっ!」
凄まじい速度で突進したエルムが、一閃。魔物の硬い胴体を紙のように真っ二つに両断し、後方へと吹き飛ばした。
「あの重い鎖帷子を着て、あんな速さで動けるのか……!?」
思わずカイエンが驚愕の声を上げる。その横ではサヤが舞うように地を蹴り、すれ違いざまに二体の魔物の首を同時に跳ね飛ばしていた。
後方ではイゾルデが戦場全体を俯瞰し、冷徹な指示を飛ばす。
「バルド、右! ゴドリック、三歩下がって迎撃!」
その指示に従い、バルドの斧とゴドリックのハンマーが機械的な正確さで魔物を粉砕していく。傍らではマルコが、素手でありながら内臓に直接響くような衝撃を叩き込み、次々と異形を沈めていた。
百体近く残っていた魔物の軍勢も、この圧倒的な連携の前にはみるみるうちに数を減らしていく。
「ふん、ひとまず退散ね」
それを見届けたカミラが、不快そうに黒いドレスを翻し、アステリアの街の奥へと消えていった。
「逃がすか!」
カイエンは鋭い眼光を向け、単身でカミラの後を追う。
「ここはもういいわ。私たちも追うわよ!」
イゾルデがバルドとゴドリックに即座に指示を出した。
「奥方、いいんですか? あいつらを残して」
バルドがエルムたちを指して尋ねるが、イゾルデは振り返りもせず言い放った。
「ここは、あの三人で十分よ。いいから、行くわよ!」
「了解!」
二人は群がる魔物を蹴散らしながらイゾルデを守り、カイエンが消えた路地の奥へと駆け出した。
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カイエンの猛追により、ついにカミラは路地の行き止まりまで追い詰められた。
「この私をここまで追い詰めるとは……大したものね」
月明かりの下、カミラは不敵な笑みを浮かべ、ゆらりと立ち止まった。石畳の上には、彼女とカイエンの長い影が伸びている。カイエンはじりじりと間を詰め、『レプリカ』を正眼に構えて迫る。
だが、カイエンは気づかなかった。カミラの足元にある影が、意思を持つ異形へと変貌していることに。
カミラの影から伸びた鋭い「爪」が、カイエンの影の胴体を音もなく貫いた。
「ぐあああああぁぁぁっ!」
夜の静寂を切り裂く断末魔の悲鳴。
「まずいわ!!」
路地の入り口に到着したイゾルデが、その光景を見て顔を青ざめさせた。
胴体を刺され動きが止まったカイエンの「影」の首を、カミラの影が冷酷に刈り取る。連動して、現実のカイエンの頭部がごとりと地面に落ち、胴体が崩れ落ちた。
「遅かったわ……!」
イゾルデはカミラを激しく睨みつけ、懐の『逆時計』のスイッチを叩き込んだ。
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世界が巻き戻る。
イゾルデは路地裏に入る直前の地点に立っていた。ここからはまだ、奥にいるカイエンの姿は見えない。何が起きて、どう殺されたのかも分からない。的確な指示を出す時間は、もはや残されていなかった。
(絶望的ね……でも!)
イゾルデが意を決して路地に踏み込んだ時、異変に気づいた。
さっき聞こえてきたはずの、あの凄絶な悲鳴が聞こえてこない。
路地の奥には、地面に『レプリカ』を突き立て、影の爪を間一髪で防ぎ止めているカイエンの姿があった。
「あなた……やっぱり、見えていたのね!」
イゾルデの驚きの声に、カイエンは歯を食いしばりながら応えた。
「指示は要らねぇ……死んだら、巻き戻し続けてくれ。その隙に、俺がこいつを仕留める!」
「分かったわ!」
イゾルデはカイエンの言葉を信じ、逆時計を握りしめた。カミラの影が襲いかかるたび、カイエンが僅かでも傷を負えば即座に巻き戻す。数えきれないほどの「やり直し」の中、カイエンの影は異形の爪を紙一重でかわし続け、一歩、また一歩と本体へと近づいていく。
「そんな……そんな、馬鹿な! 私の影が、捉えられない……!?」
初めてカミラの表情に焦りと恐怖が浮かんだ。
「――終わりだ、カミラ」
ズン、と重い衝撃音が響く。
カイエンの振るった『レプリカ』が、カミラの胴体を真正面から貫いた。
「残念だったな。お前の手口は、もう見切ったぜ」
「この私が、こんな……こんな……お前ごときに……っ!」
悔しさを滲ませた声を最後に、カミラは路地に膝を突いた。
不思議なことに、倒れた彼女の体は自身の影に溶け込むように崩れ、やがて地面に染み入るようにして、その存在すら消えていった。
静寂が戻った路地裏で、カイエンは大きく肩で息をしながら、静かに剣を振り払い、構え直した。




