第一章:呪縛の終焉、双子の再会
黒本党の本拠地、首都アステリア。その美しい石造りの街並みは、かつての繁栄をそのままに残しており、ここが世界を震撼させる組織の膝元だとは到底思えぬほど穏やかだった。
その一角にあるセンスの良いカフェで、一人の大柄な紳士と、黒ずくめのドレスを纏った美女が優雅にお茶を嗜んでいた。街の風景に溶け込むガルディスとカミラの姿は、どこから見ても高貴な貴族の語らいにしか見えない。
「……連れて来たのか?」
ガルディスがカップを置き、低く太い声で尋ねた。
「ええ、例の場所に。……でも、あの子は囮なんでしょう?」
カミラが艶然と微笑みながら問い返す。ガルディスは感情を排した目で、人通りの絶えた路地の先を見つめた。
「さっき、連絡があった。トルニアから船が出たと」
「え? あのゼファー・エンドから?」
カミラが驚きに眉を上げる。
「ヴァルガス様は城へ入れるおつもりだが……私は港で討つ。待ち伏せをするぞ」
「いいの? そんなことして」
「精霊戦車に必要なのは、奴の目玉だけだ。……頭部だけ持っていけば、それで事足りる」
お茶を嗜む口調で語られるその凄惨な内容に、カミラはくすくすと笑った。
「ふふふ……お茶しながら言うような内容じゃないわね、それは」
「大丈夫だ。この街は今、黒本の瘴気で完全に覆われている。住人どもは、我々が何をしようと無視するように作り変えられているのさ」
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街の喧騒から遠く離れた、荒れ地の一角に立つ古ぼけた小屋。その床下には、地下へと続く湿った通路が隠されていた。
暗く、カビ臭い地下室。ぽつんと置かれた一脚の椅子に、少年エルムは縛り付けられていた。その手には、まるで体の一部であるかのように、布で魔剣の柄が固く括り付けられている。
エルムは意識を失っているのか、あるいは別の世界を見ているのか。微かな声で、呪文のような言葉を繰り返し呟き続けていた。
「……サーマ……ラーレ……ボーパロー……クワード……トルレンゲン……」
次第にエルムの体が小刻みに震え始め、青白い額に汗がにじみ出す。呟きは次第に熱を帯び、大きくなっていく。
「ベラー……ブールーム……フェイドウ……アラーラン……!」
全身が汗だくになり、呼吸が荒くなる。その時、エルムの脳裏に響く剣の声が、少年の声と重なった。
「……レレイ……ジルフェ……クード!!」
絶叫が地下室に響き渡ると同時に、エルムの体は爆発的な眩い光に包まれた。
光が収まったとき、エルムを縛っていた縄は焼き切られ、手を固定していた布もほどけていた。しかし、エルムは無意識にその剣をしっかりと握りしめていた。
『やった……やったぞ、エルム! ついに、ついに呪いが解かれた!』
脳裏に響く歓喜の声。エルムはゆっくりと目を開け、自分の手にある剣を見つめた。
「……あ……アルド? お前……まさか、この剣に閉じ込められていたのか? ここはどこだ?」
その口調は、ローゼンバーグから怯えながら逃げ出した、あの弱気な少年エルムのものではなかった。かつて魔法教会の精鋭部隊として名を馳せた、最強の双子の一人――戦士としてのエルムの意識が、少年の肉体の中で目覚めていた。
『おそらく、アステリアという都だ。あいつらがそう言っていた。……とにかく、ここを出て港を目指そう』
「何があったんだ? どうして、お前が剣の中に……」
『俺たちは「食人樹」にやられたんだ、エルム』
「そんな……」
『お前は毒で赤子になったが、なんとか生き延びた。……そして、俺は死んだんだ』
「どうして、そんな!」
『いいから今はそれを言っている場合じゃない! 一刻も早くここを出るんだ!』
「あいつらって、誰だ?」
『黒本党だ』
「黒本党……?」
『いいから、行くぞ!』
「あ、ああ……」
エルムは戸惑いながらも、鋭い眼差しで周囲を確認し、慎重に小屋の出口へと進んだ。
魔剣の呪いが解かれ、双子の兄・アルドの魂を宿した剣を手にしたエルムは、小屋を飛び出すと、夜の帳が下り始めた街道を風のように駆け抜けていった。




