第五章:誓いの抜剣、不退転の翼
風の吹かないトルニアの港。停滞した空気の中に、突如として鋭い光の一閃が走った。中空がガラスのように割れ、開いた裂け目からサヤがしなやかに姿を現す。そのすぐ後ろを、決意に満ちた表情のシファが続いた。
「隊長!」
港で待機していた七人の親衛隊員たちが、一斉にシファのもとへ駆け寄る。その無事を確認して安堵する部下たちを前に、シファは毅然とした、だがどこか申し訳なさを孕んだ声で告げた。
「みんな、聞いて。……あなたたちに相談もせず、独断で大きな決断をしてしまったわ」
「隊長? 一体何の話です?」
「私たちが求めていた『聖輝軍』は、人間の部隊ではなかったの。それは、ドラゴン族そのものが冠する軍勢の名だった」
静まり返る親衛隊を前に、シファは言葉を重ねる。
「けれど、私たちは聖輝軍の一員となる。ドラゴンの乗り手――『竜騎士』として生まれ変わらなければならないの。そのために、ドラゴンの里で想像を絶する過酷な修行を積む必要があるわ。……去る者は追わない。けれど、付いてこれる者だけ、私と共に来て」
重い沈黙が流れるかと思われた。しかし、誰一人として怯む者はいなかった。
「何をおっしゃるのですか、隊長。ヴェネリアの奪還は我々全員の悲願です。そのための力ならば、命すら惜しくはありません」
親衛隊たちは力強く頷き、まっすぐな瞳でシファを見つめた。
「……そうね。みんな、ありがとう。ヴェネリア奪還のその日まで、私たちは絶対に負けない。いざ、ドラゴンの里へ!」
シファの号令とともに、八人の戦士が剣を抜き、天に向けて重ね合わせた。高らかな勝鬨が凪の港に響き渡り、沈んでいた空気を震わせる。
「サヤさん。悪いけれど……もう一度、道を開いてくれるかしら?」
シファの依頼に、サヤは静かに刀を構えた。
「最後のアドバイスです。私はドラゴンの里には同行しません。一度入れば、修行が終わるまで戻ってくることは叶いませんから」
「ええ、分かっているわ。あなたには感謝してもしきれない。本当にありがとう、サヤさん」
サヤの刀が再び空を切り裂き、まばゆい光の向こう側にドラゴンの里への道が開かれた。シファを先頭に、親衛隊たちは迷いのない足取りで光の中へと消えていく。
「シファさん……あなたたちに出会えたこと、光栄でした。ご健闘をお祈りします」
サヤが祈るように声をかけると、裂け目に消えゆく親衛隊の一人が振り返った。
「サヤさん! カイエンさんとマルコさんは、あの船で待っておられます。……あなたもお元気で!」
その言葉を最後に、空間の裂け目はゆっくりと、静かに閉じられた。
サヤが一人、港に残された直後、背後から芳醇な香水の香りと共に女の気配が近づいた。
「あらあら。シファに置いていかれちゃったわね。独りぼっち?」
真っ赤なドレスを翻し、屈強な二人の従者を連れた貴婦人――イゾルデである。
「仕方ないわ。私たちも船に行きましょうか」
イゾルデが悠然とタラップを上がろうとしたとき、サヤがその背中に声を投げた。
「いいんですか? ……死にに行くようなものですよ」
イゾルデは足を止め、肩越しにサヤを見つめた。
「――あなたは、どうなの?」
「……コトネには悪いけれど、私はもう覚悟ができています」
サヤの言葉に、イゾルデは「ふーん、そうなんだ?」と、興味なさげに鼻を鳴らした。
「悪いけれど、私たちは死ぬつもりなんてさらさらないわ。でも、あなたたちには『私たち』が必要でしょう?」
不敵な笑みを残し、イゾルデたちは船の甲板へと消えていった。サヤはその背中を追うように、自らも運命を共にする美しい帆船へと足を踏み入れた。




