第三章:再会の舷梯(タラップ)、あるいは宿命の知識
風の死んだトルニアの港。あれほど頻繁に行き交っていたレティシアからの船も、今やぷっつりと途絶えていた。重苦しい静寂が支配する港で、カイエンは隣に立つイゾルデに鋭い視線を向けた。
「……ところで。お前らの本当の目的は何だ?」
「さあね。シファはどのみちヴェネリア王国の奪還に向かうでしょうし、あなたたちは……あの忌々しい魔術師を倒しに行くのでしょう?」
イゾルデは視線を海へ向けたまま、はぐらかすように微笑んだ。
「私たちは、どちらか『美味しい方』についていくわ」
その言葉に、後ろに控えるバルドも我が意を得たりと深く頷く。
「美味しい方だと!? どちらも遊びに行くんじゃないんだぞ!」
たまらずマルコが声を荒らげたが、イゾルデは動じない。
「あら、マルコさんでしたっけ? かわいい顔をしているわね。……さて、私たちはどこか落ち着ける場所でも探しに行くわ。ご機嫌よう」
優雅な足取りで、イゾルデと二人の兵士は港町の雑踏へと消えていった。
「なんなんですか、あのふざけた奴らは!」
憤るマルコをなだめるように、カイエンが低い声を出した。
「まあ待て……ああ見えても、実は……いや、何でもない。……ところで、マルコ。お前もサヤを待ってくれるのか?」
「……ええ。彼女は師匠の刀を奪ってまで、相当な覚悟でここまで来たんですから」
「そうだな」
二人が静かな決意を交わしたその時、背後に停泊していた美しい帆船の上から、微かな、だが聞き覚えのある声が届いた。
「……エン! そこにいるのはカイエンだろ! おーい!」
「なんだ?」
カイエンが反射的に船を仰ぎ見る。そこには、甲板の手すりから身を乗り出し、大きく手を振る男の姿があった。
「バレル! お前、来ていたのか!」
久しぶりに見る親友の姿に、カイエンの目が見開かれた。
「そんなところに突っ立ってないで、こっち来いよ! ゆっくり話をしようぜ!」
船の上からバレルの快活な声が響く。
「どうするんですか?」と尋ねるマルコに、カイエンは即答した。
「俺は船に行く。お前はどうする?」
「……僕も行きます。あの方、何だか不思議な雰囲気ですし」
カイエンは港に残る、シファが連れて来た親衛隊員たちに目を向けた。
「お前らはどうするんだ?」
「私たちはここで隊長の帰りを待ちます。どうぞ、船へ行ってらしてください」
「申し訳ないが……」
「サヤさんのことですね? もちろん、戻られたら船にいらっしゃるとお伝えします」
「かたじけない。恩に着ます」
マルコが深々と頭を下げ、二人は誘われるままに美しい船のタラップを上った。
甲板の先、一段高くなった後部デッキのテーブル席で、バレルが手招きしていた。
「ようこそ! さあ、そこに座れよ。……ん? そちらの方は?」
「マルコと言います」
マルコが丁寧に頭を下げると、バレルはその修道士のようないでたちを凝視し、突然、驚愕の声を上げた。
「マルコ……? お前、あのマルコか!!」
「え? ええ……? なぜ、僕を知っているんですか?」
戸惑ったマルコが助けを求めるようにカイエンを見るが、カイエンもまた困惑して首を振る。
「バレル、お前……マルコを知っているのか?」
「ああ、知ってるとも!」
バレルは身を乗り出し、確信に満ちた目で告げた。
「――『ツインズ』に憑依された、あのマルコだろ?」
その瞬間、マルコの身体が凍りついた。
「な、なぜそれを……! あなた、一体何者なんですか……!?」
驚愕のあまり、言葉を失ってバレルを見つめるマルコ。その脳裏に、過去の記憶が鮮烈に蘇っていた。




