第二章:巨竜の門と騎士の誓い
見上げるような巨木が重なり合い、険しい岩山を縫うように道が続く。サヤとシファの二人は、下界の喧騒が嘘のような静寂の中を歩いていた。
「もともとドラゴン族は、人間とは関わりのない世界で巣を作り、暮らしていたの」
サヤが前を向いたまま、淡々と語り出す。
「古くはロンカ帝国の精霊戦車……寛容なドラゴン族が、困窮した人間に手助けをしたのが、人間との関わりの始まりだと聞いているわ」
「ええ。でも、どうしてあなたたちが、ここを守っているの?」
シファの問いに、サヤはこくりと頷いて続けた。
「ドラゴンの里には、本来の彼らには必要のない、人間を迎え入れるための『玄関口』……古い石造りの建物があるの。でも、ドラゴンの体では人間の施設を維持・管理できない。だから、私たち『静寂の里』の者が定期的に訪れて、手入れをしているのよ。師匠の指導の下でね」
やがて、天を仰ぐほどに巨大な二本の石柱が、威圧的な門となって姿を現した。その圧倒的な迫力にシファが息を呑む中、サヤは慣れた手つきで傍らのロープを引き、鐘を鳴らした。重厚な音が山々に響き渡り、サヤは深く頭を下げる。シファも慌ててそれに倣った。
直後、天空を巨大な影が覆った。猛烈な羽ばたきの音が鼓膜を震わせ、黄金の塵を散らしながら、一頭の巨躯が石造りの台座に舞い降りた。
鋭い牙、岩をも砕く爪。年老いているとはいえ、その威厳は見る者を平伏させるに十分だった。
ドラゴンの口は人の言葉を紡がない。だが、サヤとシファの脳裏に、直接その思念が響き渡った。
『おお……サヤではないか。久しぶりじゃのう。わざわざ会いに来てくれるとは、わしは嬉しいぞ』
「ご無沙汰しております、長老。実は今回は私ではなく、この者が長老にお目にかかりたいと申しまして……」
サヤが頭を下げて紹介すると、長老の金色の瞳がシファを射抜いた。
『ふふふ……よいよい。頭を上げなさい。して、そちらの御仁は?』
「私は、元ヴェネリア王国親衛隊長、シファ・トランシャント・スティングレイです!」
『……ほう。それで、いかなる御用かな?』
長老がグルル……と喉を鳴らす。その振動だけで、シファの心臓が早鐘を打った。
「ヴェネリア王国が……我が女王が、黒本党の手に堕ちました」
シファは無念に顔をしかめ、絞り出すように言葉を続けた。
「私は、国を諦めることなどできません! 何としてもこの手で取り戻したい。そのために……『聖輝軍』を結成する許可をいただきたく、参上いたしました!」
シファは深く、深く頭を下げた。だが、返ってきたのは峻烈な思念だった。
『おぬしは、思い違いをしておるようだな。聖輝軍とは、この里が擁する軍勢の名。すなわち、ドラゴン族そのものを指す言葉。人間がそれを名乗ることなど、許されん』
「そ、そんな……っ!」
絶望がシファの表情を覆う。だが、長老の言葉は止まらない。
『単にドラゴンの軍が人間に手を貸す……それだけの話ではないのじゃ。力を貸さぬとは言っておらん。しかし、それには厳しい条件が必要だ』
「厳しい条件、ですか?」
『そうだ。おぬしら人間に、我らの背に乗って空を飛ぶ勇気があるか? ドラゴンの乗り手――「竜騎士」として生まれ変わる覚悟があるか、と問うておるのじゃ』
長老の言葉が、鋭い刃のようにシファの心に突き刺さる。
『若いドラゴン共は気性が荒い。修行は過酷を極めるぞ。どうだ、その覚悟はあるか?』
シファの表情から迷いが消えた。瞳には、消えることのない不退転の火が宿る。
「やらせてください! この命を賭してでも、必ずドラゴンの騎士になってみせます!」
長老は、その小さな人間の瞳をじっと見つめ、やがて満足げに喉を鳴らした。
『ふむ。いいだろう。……おぬし一人か?』
「いいえ。私を含め、八人の親衛隊員で志願いたします」
『よかろう。伝えておく。その者たちをすぐに連れてまいれ。直ちに修行を始める』
「はっ……!」
シファが跪き、深く拝礼する。それを見届けた長老は、巨大な翼を広げ、一陣の爆風と共に蒼穹へと舞い上がっていった。シファはその背中を見上げながら、震える拳を強く握りしめた。




