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ブラック ブック  作者: さだきち
レティシアへ:境界を越える五つの決意

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第一章:時空の裂け目と誇りの継承


風がそよりとも吹かないトルニアの港。そこには、停滞した空気に抗うように、流線形のフォルムを持つ美しい帆船が一隻停泊していた。


「風の吹かないゼファー・エンドで、どうしたらいいかもわからず立ち往生……といったところかしら」

イゾルデが不敵な笑みを浮かべる。その挑発的な言葉に、カイエンが唖然とした顔で問い返した。

「どういうことだ? なぜ俺たちがレティシアへ渡りたいことを掴んでいる。それに、この船は一体……」


カイエンが警戒を強めたその時、船から銀の鎧を纏った美しい女性たちがしなやかに降りてきた。

「ごめんなさいね。イゾルデが変な言い方をして。もちろん、あなたたちがここにいることすら知らなかったわ。……本当に、偶然よ」

先頭に立つ凛とした女性が、穏やかに微笑む。

「私は、元ヴェネリア王国親衛隊長、シファです」


「……カイエンだ」

差し出された手を、カイエンは戸惑いながらも握り返した。続いてマルコが丁寧に頭を下げ、サヤも控えめにぺこりと会釈する。


「突然で申し訳ないけれど……あなたたち、『静寂の里』をご存じかしら?」

シファの言葉に、カイエンが眉を跳ね上げた。

「ん? どうして静寂の里へ行きたいんだ?」

「リクセンという人物に会いたいのよ」

「師匠に……?」

「ええ、あなたの師匠なのね。……彼に会って、ドラゴンの里への道を聞きたいの」


「ドラゴンの里?」

カイエンは隣のサヤをちらりと見た。サヤもまた、話の展開に気配を察知し、深く、静かに頷く。シファは真剣な眼差しを崩さない。


「あなたたちがレティシアへ行きたいのは承知しているわ。でも、こちらも何としてもドラゴンの里へ向かわなければならないの」

「いや……ドラゴンの里なら、わざわざ師匠に聞かなくても……なあ?」

カイエンが促すと、サヤが一歩前に出た。シファに真っ直ぐ顔を向け、凛とした声で尋ねる。


「ひとつだけ、確認させてください。我々にもドラゴンの里を守る使命があります。……あなたは里へ行って、何をしたいのですか?」

シファは一瞬、サヤから放たれる気迫に目を見開いたが、すぐに自身の黄金の百合を握りしめた。

「ヴェネリアが黒本党の手に堕ちた……それは私の不徳よ。でも、私は諦めない。必ず奪還する。そのために、ドラゴンの長老に会い、『聖輝軍』結成の許可をいただきたいの」


サヤはしばらく考え込んでいたが、やがてカイエンの方を向いた。

「……私一人じゃ、責任が重いわ。あなたが師匠の一番弟子でしょう? できれば一緒に来てほしい」

「それはできない」

カイエンはきっぱりと断った。その眼帯の奥に、消えない悔恨の火が宿る。

「俺は、一族の大事な一人を殺めた身だ。ドラゴンの里に足を踏み入れるなど、この俺には許されない」


カイエンの決意は鋼のように固かった。

「だが……サヤとシファ。お前ら二人だけなら問題ないはずだ。行ってこい。お前の今の言葉をそのまま伝えれば、長老も聞く耳を持つはずだ」

「ありがとう」シファが深く頭を下げた。「サヤさんをお借りします。何日かかるか分かりませんが、必ずこの船を港へ戻しますから」


「いいえ。ドラゴンの里なら、今すぐ行けます」

サヤが静かに刀を抜いた。その切っ先が空をなぞると、空間がガラスのようにひび割れ、まばゆい光の裂け目が口を開く。その向こうには、澄み切った空気と巨木が茂る、別世界の景色が広がっていた。


サヤがひらりと裂け目の中へ飛び込み、向こう側から手を差し伸べる。

「そ、そんな……こんなことが……」

目の前の奇跡に、シファは立ち尽くした。カイエンが笑みをこらえながら、裂け目に入るよう顎で促す。


恐るおそる、だが確かな一歩を光の向こうへ踏み出すシファ。

彼女が通り抜けた後、空間の裂け目は静かに、そして何事もなかったかのように閉じられた。残された港には、再び重い静寂と、新たな旅立ちの予感だけが漂っていた。


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