主演男優賞(千導満)
自衛隊が誇る対ダンジョン組織といえば、「攻略班」が有名だ。
日本国内に点在する全てのダンジョンに、五人一組の班をいくつも作り配属している。基本的に配置換えはない。
ただし時と場合によって、班員の貸し借りをすることはある。特定のモンスターを倒すため、適した職業の者が必要であるとか、一時的に罠解除のスペシャリストが欲しいだとか、理由は様々だ。
かれらはダンジョン配信専用サイト「D-Live」での露出があるため、世間一般でのイメージは、未知の異空間を冒険する屈強な隊員たち――ということになろう。
だが、なにも四六時中穴ぐらに潜っているわけじゃない。
普通の自衛官として訓練は欠かせないし、装備の点検や、非番だってちゃんとある。それにダンジョンの攻略には知略もまた必要だ。定期的な会議を開いて、戦略や隊列の見直し、戦闘の反省についてなど話し合う。
(……ふぁ)
今、「東京摩天楼第一攻略班」の頼れる前衛にして、不沈艦の〈騎士〉たる千導満が参加しているのもそれだ。
欠伸を噛み殺し、必死に眠気に耐えている。
いつもの彼ならば、きらきらと目を輝かせ、次はこんな作戦どうだろう、あのモンスターの弱点はきっとこうに違いない、と意気込んで発言していたはずだ。しかし今日ばかりは一見真面目な顔を作り、黙りこくっていた。
というのも。
(うちらのポジティブキャンペーン、ねぇ)
今回の議題は千導にとって、まったく身が入らないものだったからである。
ホワイトボードに掲げられた「攻略班イメージアップ戦略」の文字。それ以外何も書かれていない、ほぼ真っ新なボードを、つい白けた目で見てしまう。
「あの、こういうのって本当に俺たちの仕事なんすかね」
沈黙に耐えかねたのか、隊の斥候担当、蝉谷樹が声を出す。正直誰もが同じ思いを抱いていた。だから千導含め、この場に集ったイチ攻のメンバーたちが追従するように頷く。
「……知らん。と言いたいところだが、俺たちは見られるのも仕事っちゃ仕事の内だからな。一応、上の言い分も分からんくはない。だからといって当人に考えさせるか? とは思うけどよ」
見るからに渋面を作ったのは隊長の小手瓦剛士だ。いつもは威勢のいい強面が、明らかに精彩を欠いている。
「ったく。メディア対策なんざ現場のやるこったねぇだろ」
「まぁまぁ。僕たちが、暴れるしか能の無い集団だと思われるのもアレですし……」
「これでも税金泥棒と言われない程度には、頑張ってるつもりなんですけどね」
「要はその努力をどう伝えるかって話」
少なくとも、日本ではダンジョンを探索する際ライブ配信が義務づけられている。これはダンジョンという『現象』を解き明かすため、一つでも多くの情報が欲しいからだ。今となっては形骸化しつつある理由だが、防犯上つけて損もない。
それが嫌だという場合は自分で映像を記録して、探索者協会に提出する必要がある。
自衛隊の攻略班もまた、この規則に逆らえない。
というより、探索者の規範となるべく積極的に乗っかっているのだ。
そうしてメディア露出が増えると、外野が賑やかになるのも世の常で。
(確かに、一部界隈じゃ野蛮だなんだの言われてるらしいけど……)
何をやっても文句をつける人間はいる。
それこそ重篤なアレルギーかと思うくらいに。
そんな人間まで味方にしろとは言わない。
ただ、少なからず国民が自衛隊――ひいては攻略班にもっとプラスの感情を抱くよう工夫せよ、というのが上層部の意見だった。それが回り回って千導たちの元に届き、こうして対策会議を開いている。
(さすがに、なり手不足まで俺らのせいにされたんじゃたまらないよなぁ)
元から人材不足、離職率ともに嘆かれている職業だ。
ましてや自衛隊全体で見て、ダンジョンに関わる人間はそう多くない。
だから攻略班という、ある種危険な任務を見て、若者が自衛隊に就職することをためらったり、親が止めたりなんてシチュエーションはレアケースだろうと千導は考える。むしろ誘蛾灯の役割を果たしているとさえ言えるかもしれない。
凶悪なモンスターたちと対峙してなお、摩訶不思議に溢れたダンジョンの魅力に抗えない、自分みたいな人間はきっと大勢いるだろうから――
「おい、千導」
「っ……! は、はい!」
「さっきからちっとも喋らねぇが、お前は何かないのか?」
気がつけば、小手瓦がじっとこちらを見ていた。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。ばれないよう、千導は背中で汗を掻く。
危なかった。もしここでうっかり船でも漕いでいようものなら、地獄の腕立て伏せか、マラソン耐久が始まっていたところだ。
「……そう、ですね。ええと」
聞かれたところで確たる答えなどない。
それでも「分かりません」では済まないだろう。
だから千導なりに、何とか言葉を絞り出そうとしたところで――
「では、私から。広報動画を作成する、というのはいかがでしょう?」
「!!??」
――凛とした、透き通る声が響いた。
こんな声の持ち主は攻略班の中にいない。
どころか、組織全体をひっくり返してみたところで見つからないだろう。
思わず聞き入ってしまう鈴の音の持ち主。
それはいつの間にやら、千導から見て一つ席を空けた場所に座っていた。
「あァ……!?」
招いた記憶のない客に驚いたのは小手瓦だけじゃない。
千導たちもまた椅子を蹴とばし立ち上がると、警戒態勢を取った。
かれらが一心に見つめる先――銀の髪を棚引かせ、『天使さま』が小首を傾げる。
「てめェ……いや、アンタは……!!」
おそらく、この地球上において知らぬ者などいないだろう。もし初めて見たというなら、それは二年間ほど寝ていたことになる。世界にダンジョンという混沌をもたらした超常の存在が、すぐ手の届く場所にいた。
ごくり、と息を呑む隊員たち。
その視線を遮るように、半透明で緑色のクラゲが立ち塞がる。
『貴様。我が主を指差すなど、不敬であるぞ』
触腕を翳し、ゆらゆら漂う姿は一見攻撃的だ。しかし、威厳のある台詞に反して可愛らしいアニメ声であるうえに、何故だかサングラスをかけ――あるいは乗せ、ストールまで巻いているから気が抜ける。
(なん、は……えぇ……?)
一体どこからツッコめばいいのか分からず、千導の眼は点になった。
「構いません」
『デスが、主様』
「アポイントメントもなく、急な訪問。非はこちらにあるのですから。さておき――こんにちは、人類」
にこりともしない神秘的な天使さま。
桜色の唇が開き、そこから音が零れるだけで、否応なしに目を向けてしまう。
「まず、突然の非礼を詫びましょう。そのうえで、もし良ければ私の提案を聞いてください」
その語り口は、特定の誰かへ向けたものではなかった。
だから一同を代表して、小手瓦が口を開く。
「……提案、だと?」
「そう。今、貴方たちが抱えている悩みを整理すると、必要なのは存在価値の証明、並びに大衆へ向けた宣伝と見ました」
「…………」
「試練に挑み続けること。それもまた一つの道かもしれませんが、孤独な荒野を行くがごとし。万民は決して、ついてこない。なればこそ、同士を募ってみる……というのはいかがでしょう」
いちいち持って回った言い方だ。
千導が頭の中で必死に解読しているうちに、次の言葉が紡がれていく。
「自分たちが存在する意味。日々何をして、どんな想いで過ごしているのか。そうしたものを一本の映像に編み、新たな隊員を募る広報動画とするのです。似たような取り組みは、普段から組織全体でやっているでしょうから知見もあるはず。何、心配いりません。発表の場ならこちらで準備いたしますよ」
そう言って天使さまが空中に投影したのは「D-Live」のサムネイルだった。普段休みの日によく見るから、千導にはすぐ分かった。同時に、見覚えのないリンクアイコンがあることも。
呆気に取られている内、真っ白な手の平が差し出される。
「――さて。どうでしょう。色よい返事がいただければ嬉しいのですが」
滔々と流れるような語りは、どうやらそこで終わりらしい。
濁流に押し流され、訳が分からないでいた千導は、困ったように周囲を見渡す。
すると、同じく困惑気味の仲間たちが、ぱちくりと目を合わすのであった。
◇ ◇ ◇
明くる日、東京摩天楼・第零層。
探索者協会のロビーは朝のピークを過ぎて、少し閑散としていた。
「千導氏~~~~~~!!」
仲間たちと一緒に雑談なり、装備の確認をしていた千導は、その声で後ろを振り向く。すると離れた場所から同期の自衛官、初崎嘉豆希が手をふりふり駆け寄ってくるところだった。
小走りで、あっという間に目の前へ。
訓練の賜物か、ちっとも息が切れていない。
「あ、初崎くん。この間ぶ――」
「何故ッ! 何故、自分も呼んでくれなかったのですか!?」
「へ……?」
再開を喜ぶ暇もなかった。
口を半開きにした千導の肩を、初崎ががっしりと掴む。
「な、何の話」
「天使さまのことですぞ! ズルいではないですか!」
「え、と?」
「せめて! せめて一目見ることが出来たなら……!」
俯き、微かに震える同期の姿を見て、千導は大体の事情を察した。
なるほど。彼はここ二年、世界を騒がせ続けているお尋ね者に何としてでも会ってみたかったらしい。確かに映像や写真で見るより、実物は何倍も綺麗で存在感があった。ともすれば魔性かと思うぐらい。
だから気持ちが分かる反面、意外でもあった。
「……初崎くん、そういうの興味あったんだ」
失礼かもしれないが、千導は初崎という男が、四六時中データばかり追いかけ回して、その他のことについては大して関心を持たない人間だと思っていた。それこそ、好みも三次元より二次元だろうと。
どうやら個性的な同期にも、案外ミーハーな面があるらしい。
そう思い苦笑いを浮かべたのだが。
「もちろんですとも! モンスターのドロップテーブルに、上位職の出現条件、さらには隠し部屋の踏破状況などなど、聞きたいことが山ほどありますからな!」
「あ、そっち」
やはり、同期はどこまでいってもデータオタクだった。
「でも、聞いたところでちゃんと答えてくれるとは限らなくない?」
「む……」
「むしろ、あー、これは俺の肌感なんだけど、自分で調べろって言いそうな」
千導はダンジョン黎明期から活動する歴戦の探索者だ。ダンジョンの酸いも甘いもそれなりに味わってきている。確かに、かの天使は優れた外見をしているが、彼からすれば、それ以上に超常現象の生みの親という意識が強い。
あの説明らしい説明が一切ない、ユーザビリティに配慮しているんだか、そうでないんだかよく分からないダンジョンの。
普段そんな場所で活動しているだけに、ある日突然発生する仕様変更と一緒で、何も教えてくれない気がしたのだ。
「それはそう、なのですが……我々も暗中模索の日々が続き、少しばかり参っておりましてなぁ」
「あはは……。検証班の皆さんには、いつもお世話になっております」
「なんのなんの! こちらこそ、攻略班がいなければ最前線の情報は集められないですからな。持ちつ持たれつですぞ。今日は我々に任せ、どーんと大船に乗った気持ちでいてくだされ!」
そう言って胸を叩いた初崎を、千導は目を細めて眺める。
何故、今日この場に検証班――「日本国迷宮調査隊」に所属する同期がいるのか。その理由は、間違っても旧交を温めるためじゃない。国家の奉仕者たるかれらがダンジョンに集う時。それは必然的に仕事のためだ。
「検証班は情報科出も多い。動画編集だって、お手の物ですからな」
ちら、と初崎が後ろを見る。
するとそこには撮影機材を持ち運ぶ検証班の面々がいた。
今回、攻略班と検証班は合同プロジェクトを組んだ。その内容はダンジョン内で動画を撮ること。それも新人採用向けの広報動画を撮ることにあった。きっかけは言うまでもない。天使さまからの『提案』に従った形だ。
――色よい返事がいただければ嬉しいのですが。
何でも、動画さえ用意してしまえば、後は「D-Live」の投稿フォームに投げるだけで、各配信の隙間時間に流してくれる――かもしれないのだという。
気がつけば投稿用のページが増えていることに、千導が驚いたのはさておき。
やるもやらないも貴方たち次第。
そう言って消えた天使さまの提案を受け入れたのは、一つに政治的な理由がある。日本はいわゆる「ダンジョン先進国」だ。浦梅総理を筆頭に、ダンジョンがもたらす変革を前向きに受容する気風がある。
それに自衛隊という組織が人手不足で喘いでいるのも事実だ。
千導たち自身、攻略班のポジティブキャンペーンをしろと上から詰められている現状、まさに渡りに船だった。これでやらないワケを探す方が難しい。
唯一懸念点があるとすれば、かの天使さまが一体何を考えているのかということだが、千導には関係のないこと。そんなもの偉い人間が悩めばいい話だ。
それよりも。
目下、彼が気にするべきは、
「……俺、写真うつり悪い方なんだけど、大丈夫かなぁ」
カメラの前でがちがちに緊張しないか、ということだけだった。
散々毎日のように配信しておいて、何を今さらな話だが。
やはりライブ配信と動画撮影とでは勝手が違うものなのである。
◇ ◇ ◇
一言に「動画を撮る」といっても、闇雲にカメラを向けるだけではホームビデオと変わらない。大雑把でもいいからテーマなり台本が必要だ。そうでなければ、後で編集する時に困ってしまう。
そこで検証班が用意してきた台本。
それは東京摩天楼・第十五層のボス「ロックゴーレム」を討伐するまでのストーリーだった。カメラを一人称視点の「新人隊員」ということにし、イチ攻とともにダンジョンを探索、最後はボスへ挑む……という流れだ。
いきなりボス戦からでなく道中も撮るのは、攻略班の仕事ぶりを正確に伝えるためだという。どうしても戦闘にばかり目が向きがちだが、本来攻略班の役目はダンジョンの調査にこそある。
強大なボスへ向けた旅もまた業務であり魅力なのだと力説されれば、小手瓦も、千導も、他の隊員たちも納得するほかない。
いつ何時、どこからモンスターが襲ってくるか分からない緊張感。
仲間たちと焚火を囲み、レーションを齧っている時の得も言われぬ温かさ。
時折目にする、異世界ならではの不可思議な景色。
まだ見ぬ新人へ向け、攻略班のありのままを捉えるため、一行はまず第十一層へ転移した。それから二日かけてロックゴーレムの元へ向かう。
カメラ――の向こうにいるという設定の新人――へ細かく気を配るのは、何故だか千導の役目だ。最初は「食べないと持たないよ」「見張りお願いね」といった台詞も酷い棒読みだったが、多少マシになった頃。
本命のロックゴーレム戦が始まった。
「隊長、そろそろ第二形態が!」
戦端が開かれてもう大分経つ。
武骨な岩の塊をくっつけただけのような巨人はあちこち傷だらけで、腕も一本ちぎれている。対する攻略班の面々は、疲れこそあるものの誰一人欠けずにいた。
「おぅ、伏見! 準備は!?」
「いつでもいけます!」
「よぉし。一気に削れッ!!」
イチ攻からすればロックゴーレムは既に過去の相手だ。今更苦戦するはずもない。だからこそ撮影相手に選ばれたのである。
巨体で威圧感のある風貌。一発一発の攻撃は激しいが、鈍重でレンズに収めやすい。さらに耐久力があって、いろんなシーンを試し撮りしていても簡単に倒れないとくれば、打ってつけのモンスターだ。
とはいえ、腐っても第十五層の門番。
「――――――――ッ!!」
ロックゴーレムが身を震わせ、咆哮のような地響きを発生させる。
すると周囲の地面が溶けて、重たい泥沼へ変化した。
これまで数多の探索者を沼の底へと沈めてきた必殺技だ。いくらロックゴーレムが鈍重とはいえ、足を取られれば避けようがない。
その状況に〈土精術師〉の隊員、伏見土門が待ったをかけた。
「出ませい、【石壁】!」
後方で援護に徹していた彼が、地面を勢いよく突く。
瞬間、光が走り、泥沼へ飛び込んでいったかと思えば――灰色の石壁がせり上がる。
その壁は沼の底から隊員たちを掬い上げ、即席の足場になってみせた。
「へッ、こっちはてめェのお家芸なんぞ見飽きてんだよ!」
「ちょっ隊長! 汚い言葉遣いはNGですって!」
「あァ!? クソ、めんどくせぇな……!」
依然、戦況はイチ攻に優位のままだ。
相手の切り札を無効化したことで、俄然勢いに乗って攻撃していく。
一方、千導はその攻めに参加せず、盾を構えてじっとする。
彼の役目はあくまでも守ること。今こうしている間にも、隣でカメラを回し続けている初崎を、ゴーレムの脅威から保護することにあった。
(このまま何事もなく終われば――)
あるいは、そう考えたのが運命を引き寄せたのかもしれない。
不意にロックゴーレムのルビーのような眼が、ぐりんと千導たちの方へ向く。片方の眼は既に射貫かれ、無残にも砕けている。残るもう片方の眼が、石壁の上に乗る脆弱な人間たちを凝視していた。
無機質な瞳。だが何故だろう。強い憎しみが伝わってくる。
「下がって!」
千導が左腕を掲げるのと、ロックゴーレムが拳を振り上げるのは同時だった。
その間にも小手瓦の掌打が体を砕き、蝉谷の短刀が関節部へ深く食い込んだにも関わらず、ロックゴーレムは止まらない。もはや破れかぶれというところか。欠けだらけの巨体が渾身の一撃を繰り出す。
すなわち、天上からの振り下ろし。
巨大な岩の塊が落石の如く落ちてくる。
――――ズゥ……ン。
衝撃とともに凄まじい音が鳴り響き、土埃が舞った。
ガラガラと石壁が崩れていく。
だが、崩落の最中にあって。
「ぐ、ぐぐ……ッ!」
千導は巨人の拳を盾で一心に受け止めていた。
己の何倍もの大きさがあるそれ。
刻一刻と崩れゆく足場の上で、腕を軋ませ、歯を食いしばりながら踏ん張る。
そして見えない空へ向かい吠えた。
「舐め、るな――俺は――」
隣へ目をやれば、初崎が尻もちをつきながらもカメラを回していた。さすが、分野は違うが精鋭の一人。知らず千導の口元が獰猛な笑みを描く。
「俺は、千導満。このパーティーの……メイン盾だぁあああああッ!!」
果たして、力比べに勝ったのは――千導だった。
大盾がロックゴーレムの拳を弾き返す。
巨体が震え、声にならない驚愕が伝わってくる。
その隙を逃す「東京摩天楼第一攻略班」ではない。一気呵成に火力が叩きこまれ、まるで星が舞うようなポリゴンエフェクトが発生した。強力なモンスターであればあるほど、激しく、鮮烈さを増す光の奔流。
千導はそれにしばし、目を取られ、
「ぐえっ」
ボロボロの足場から滑り落ちる。
ちょうど役目を終えたらしく、【石壁】が消滅していた。
「……はは、恰好つかね」
そう言いながら頭をかく彼に、差し出される腕が一本。
「いえ。恰好良かったですぞ、千導氏。もし自分が女子だったら、惚れていたかもしれませんな」
「一応褒め言葉として受け取っておくよ――っと」
たらればの話をしたってしょうがない。他の班には女性隊員もいるらしいが、少なくともイチ攻は右も左もむさ苦しい面子ばかりだ。異動願いを出すべきだろうか、なんて考えながら、千導は初崎の助けを借りて起き上がった。
と、後ろで拍子木の鳴るような音。
「はいカット!」
カチンコを持った自衛隊員が、やけに威勢のいい声を出す。
見れば空いた手にスマートフォンを握っている。
今の時代、携帯のカメラも機種によっては十分撮影機材になり得るから、サブカメラとして構えていたのだ。
ともあれ。
「お疲れさまでした~。撮影完了で~す!」
無事、事故もなく全工程が終了した。
千導は解放感から、ぐるぐると肩を回す。思わず大きなため息も出た。
「はぁ、終わった終わった」
「……さっきの一撃でデータが飛んでいなければ、ですがな」
「ちょっと初崎くん、怖いこと言わないでよ」
「ははは! これでも昔は攻略動画なんぞ作った身。……まぁ丸コピされたんですがな。ともかく、多少の不備があったところで何とかしてみせましょう。千導氏はゆっくり休んでいてくだされ」
「言われるまでもなく、そうするつもりだよ」
見るのは好きだが、作るのは門外漢な男。それが千導だ。ゆえに動画の素材さえ揃えてしまえば、もう彼に出来ることなどない。後は野となれ山となれ。後ろ手に組んで、気楽に見守るだけだ。
ただ、どうしてだろう。
(疲れたぁ。にしても俺、変なこと口走ってない……よな……?)
かつて「モブ」でなく「主人公」になりたいと欲をかいたこともある男は。
今回も自分という人間を見下ろし、「助演」になるつもりで動いたのだが、猛烈な違和感に襲われる。
何か、重要なことを見落としているような。
分からないが、寒気が走る。
その悪寒を誤魔化すよう、彼は首筋をひと撫でした。
――後日、千導の不安は的中する。
検証班が鋭意を籠めて作成した広報動画は、自衛隊としてダンジョンを攻略する意義を問いながらも、攻略班という仕事の魅力を解き明かしたもので、思わず千導ですら引き込まれる出来だった。
いくつか他の班のものや、検証班の仕事ぶりを撮影した動画なども制作され、そのおかげか次年度の採用者が珍しく増加傾向に転じたのだが。
中でも人気を集めたのが、千導がカメラの前に身を投げ出し、ロックゴーレムの拳を押し返すシーンだ。演技一切なしの「俺がメイン盾だ」という魂の叫びは、見る者の心をどうしようもなく熱くさせた。
ところで、それが酒の席で彼をからかう新たなネタの一つとなり。
思い切り後悔する羽目になったのは、完全なる余談だろう。




