プロローグ(第六章)
【連続投稿 1/2】
まだダンジョンなんてものが生まれるよりもずっと前から。
振り返れば、彼女の人生はいつだって歌に彩られていた。
ざんざんぶりの雨の歌。
こちょこちょこねる餃子の歌。
すやすやころんの子守歌。
日常のちょっとしたことを、すぐ「なんでも歌」にしてしまう天才が傍にいたから、自分もまた口ずさむようになったのは必然だった。
どんなに落ち込んだ日だって、明るく歌えばあら不思議。
腹の底から楽しい気持ちが湧いてくる。
この世界はメロディーに満ちていて、金ぴかだ。
今だってそう。
「今年のケーキは一味ちゃうで。なんせ、豚こまさんが入っとるからな!」
お誕生日ケーキ――という名のお好み焼きに、ロウソクが5本立っている。その明かりの向こう側で、にっかり笑う日焼け顔を見て、少女は満面の笑みを浮かべた。
「ほんま!? なんぼやっ、なんぼはいっとるん!?」
「もちろん、アンタの歳の数や!」
「とし……。ええと、ひいふうみい……」
指折り数える幼子。親指から始まって小指まで折った時、正解が分かった。にぱっと笑って、じゃんけんのパーを突き出す。
「5!」
「せや、よぉ引っかからんかったなぁ」
「えっへへー」
つい昨日までは指を5本でなく、4本立てなければいけなかった。
そう考えれば、とんだ引っかけ問題である。
わしゃわしゃと頭を撫でる指はアカギレだらけだ。
けれど。
「5はいけいけゴーゴー、ごましおの5や。
おにぎりさんちの 5兄弟
末っ子五郎は
ごましお大好き
ごましお お布団
ごろんごろん
……ってな? ちゃんと覚えるんやで」
伸びやかな声がリズムを刻む。
その歌声は少女が知る全ての中で、いっとう綺麗だった。
「ごーごごー!」
「その調子、その調子。ほな、明かり消すで」
ぱちんと照明が落とされて、暗闇がやってくる。
少女はまだ暗いところが苦手だ。
甘いケーキも、いっぱいの御馳走も、素敵なプレゼントもない誕生日会場。
「「はっぴばーすでーとぅーゆ~」」
それでも、この場には歌がある。
生まれた日にしか貰えない特別な歌。
小さな口を目いっぱい開け、一緒に旋律を追う。
「「はっぴばーすでーでぃあ――」」
人間誰しも、思い出は補正され、鮮やかに見えるものだ。
だから彼女にとっても、これは美化された記憶の一つ。
客観的に見れば、ただの貧しい日常に過ぎない。
ものがないから、シール交換会はいつだって除け者だったし、姉妹も兄妹もいないのに、服は大抵どこかから貰ってきたお下がりで、落ちたヘアゴムを拾えば泥棒扱い。そんな幼少期、誰が羨ましいと思うだろう。
しかし――時折、無性に懐かしくなる。
懐かしんだところで、もう決して、戻ることなど出来ないと言うのに。




