潮騒のスープ・下(比嘉照匡)
【連続投稿 2/2】
日が高くなってから、照匡は琉球宝樹に向かい車を出した。
道中、大型ショッピングモールで消耗品の補充を行う。
行く度にアウトドア用品売り場が拡大しているのは、恐らく気のせいじゃないだろう。いかにも探索者をターゲットにした陳列だ。何とはなしに眺めていくと、足が寝袋コーナーの前で止まった。
(そういえば、ダンジョンに泊まりこむ人も……いるんだよね)
迷った末、大幅値下げの商品を二つ手に取る。
一つは自分用で、もう一つは言うまでもなく、ゴブリンのムナさん用だ。
(ゴブリンって寝るのかな。まぁいいか……)
使わなければ、予備に回すだけの話だ。
そこで買い物を止めて、照匡は再び車上の人となった。
ほどなくして琉球宝樹の威容が見えてくる。数キロ離れた場所からでも視認出来るほど、規模のおかしな常緑樹だ。テレビの観光特集で「世界樹」として紹介されたこともあるらしい。そんなダンジョンのために、県が慌てて整備した専用駐車場へ滑り込む。
探索者と違い専用ライセンスを持たない観光客は、一時発行パスがないと敷地内にも入れないのだとか。遠巻きに巨木を見上げる人たちの間を縫って、照匡は木のウロになっている部分へ飛び込んだ。
途端、景色が切り替わって洋風のロビーが現れる。
探索者協会・沖縄支部だ。
さっさと着替えやら手続きを済ませ、転移陣から第六層へ飛ぶ。
喧騒が遠くなり――照匡は開けた通路に立っていた。
薄暗い地下道と、星のような鉱石の明かり。どこかを流れる水の音に耳を澄ませば、すぐ傍から元気な声が聞こえた。
「ギゥ!」
「おはよ、ムナさん。今日も元気だね」
挨拶のつもりだろうか。
しゅたっと片手を挙げているゴブリンに、照匡は微笑む。
仲間になったゴブリンはダンジョンの外までついてきてくれないが、再入場する度、こうして近くに現れる。果たして主人が不在の時、かれらがどこで何をしているのか。最初の頃は気になったが、今はもうそういうものなんだと納得している。
たとえ『本人』に聞いたところで、首を傾げられるのがオチだろう。
「いつも通り、まずは安全圏を目指そうか。えっと、ここから一番近いのは……」
今のところ、照匡は第七層より先に潜る気がない。延々第六層から七層までを回遊している。だからこの二フロアに限って言えば、ばっちり地形を覚えていた。その記憶を頼りに歩き出す。
照匡が知る限り、第六層に罠はあまりないので気楽なものだ。
強いて困ったことがあるとすれば――
「ギ! ギ!」
「え、止めといた方がいいと思うけど……持てる? 本当に?」
――ムナさんの、この止め処ないやる気だろうか。
早く荷物を寄越せ、とばかりに両手を突き出すゴブリン。
だがその小さい体では、キャンプ用品が詰まった鞄を背負えないだろう。あえなくぺちゃんこになる絵面が見えて、照匡は仕方なく武器を渡すことにした。
「じゃあこの槍だけ持ってくれるかな」
「ギャッギャ」
「うーん、アンバランスだ」
ただでさえ長柄の槍が大きく見える。
まるで棒高跳びの選手みたいだな、と照匡は思った。
その槍は、大戦を生き抜いたという曾祖父が所持していたものだ。元々刃先を取られ、比嘉家のインテリアになっていたが、琉球宝樹の〈鍛冶師〉に仕立て直してもらい、探索に使っている。
「ギ、ギギギ……!」
長さに振り回され、ふらつくムナさんを見ていると、照匡は心配になってきた。今日も今日とて、気分は親戚のおじさんだ。はらはらと見守る内に、重心の置き所が分かったらしい。ムナさんは槍を肩にかけ、見事安定させる術を身に着けた。
「ギゥー!」
なんてことない一幕。それなのに、何故か照匡の眼が潤む。
歳のせいというには、まだ27歳の若造だ。
「……よし。行こうか」
慌てて誤魔化すように言えば、
「ギー! ギャギャ!?」
元気な声を返したゴブリンの手から、槍が落ちそうになるアクシデントがあって、ようやく探索が始まった。
さて、琉球宝樹・第六層は、木の根に囲まれた地下道だ。土中をくり抜いたかのごとき洞窟は、ところどころ壁に太い根が走り、その根から水が吹き出して、何本もの流れを生み出している。
ダンジョンの常として薄っすら明るいが、それとは別に、発光する鉱石の輝きが点々と続いていく光景。
そんな場所に現れるモンスターは全部で三種類だ。
すなわち灰色土竜と穴兎、水蜥蜴である。
この内グレイモールは奇襲の常習犯で、壁や天井を突き破って登場するほか、アクアリザードは水辺に近づかなければ襲ってこない。照匡の目的は戦うことにないから、先にモンスターを見つけた場合、回り道一択だ。
どうしても戦闘になってしまった時だけ、荷物を降ろして槍を構える。
同じ階層を探索し続けた甲斐あって、照匡のレベルは既に第六層の適正値を越えているので、危なげない勝利を重ね安全圏――モンスターに襲われる心配のない休憩地点を目指していった。
なお、その間ムナさんが何をやっていたかというと、索敵と応援だ。
一応ゴブリンは夜目が効くらしく、照匡より先に敵を見つけることもある。その後は主人の言いつけを守って、荷物の後ろから決して出ない。それが照匡とムナさんのスタイルなのであった。
「ふぅ。ここまで来ればあともうちょいだ。頑張ろう!」
「ギィ……ギィ……」
「いっぱい動いた分、今日もご飯が美味しく――ん?」
槍を運んでいるせいか、いつもと比べて消耗の激しい相棒を励ましながら、根っこと水の迷路を進む。そこで、照匡は川を挟んで向かい側に、戦闘中の探索者パーティーがいるのを発見した。
(アクアリザードの群れ……でも、もう終わるところか)
見れば青い鱗をきらめかせた大蜥蜴の小群と、五人組の探索者たちが戦っている。平時であれば美しい鱗が血に染まっていることからして、どちらが優勢か考えるまでもない。早晩片がつくだろう。
同じ通路で出会ったなら、敵意がないことを示すため声を出すところだが、今回は距離がある。わざわざ川を渡ってまで挨拶に行くかと言われれば、ノーだ。何せ、照匡は出来ることなら『人間』と話したくなかった。
いつからか、会話というコミュニケーションに大きなストレスを感じるようになったから。
「行こう、ムナさん」
鞄を背負い直し、促す照匡。
その耳がふと、怒鳴り声を拾い上げた。
「――馬ッ鹿野郎!!」
弾かれたように目線を動かせば、川向こうで角を突き合わせる人々。
「お前あの立ち位置、何考えてやがんだ! 死にてぇのか!?」
「はぁ~!? テメェがすっとろいからだろうが!」
「んだと……!」
どうやらアクアリザードの討伐でトラブルがあったらしい。
探索者パーティーが、戦闘後に諍いを起こすのはよくあることだ。気が昂るせいで、互いに些細なミスを責めたり、瞬間の選択が間違っていたんじゃないかと非難したりするのだ。いくら復活出来るとはいえ、命がかかっている以上、どうしたって語気も強くなる。
「言われたことも出来ねぇのか、てめぇはよぉ!」
「あァ!? じゃあ指示が悪いんだろうが!」
「やめなって二人とも!」
はっきり言って、どこにでもある風景だ。
しかも自分とは関係ない、離れた場所で展開される喧嘩事に。
「……ぅ…………」
照匡の呼吸が止まった。
胸に激痛が走り、だらだらと脂汗も流れ出す。
まるで耳に走る血管の一本一本が音を立てているみたいに、どくどくとうるさい。
苦しくて、上手く息が吸えない。
だから地べたに座り込んだ。
喘ぐ照匡の脳裏に、忌まわしい記憶がフラッシュバックする――
『馬鹿野郎ッ! 騙してでも何でも、いいから契約させんだよ!』
『比嘉ァ、お前ほんと使えねーな!』
『言ったことも出来ないのか、この役立たずがッ』
『お前、逆に何なら出来るわけ?』
『生まれてきてごめんなさいって言ってみろや、言え!』
――分かっている。
今怒鳴られているのは自分じゃない。
分かっているのに、動悸がするのは何故なのか。
「はっ……はっ……」
そこにある状況が、たとえ些細なものであったとしても、照匡のトラウマを刺激して止まない。ダンジョンまで逃げてきて、それなのに追いかけてきた業が彼をしつこく虐げる。
とことこと傍に寄ってきたムナさんが、照匡の袖口を掴み、心配そうに見下ろした。
「ギゥ……?」
狭まる視界は何者も映さない。
黒いフレームがじんわりと広がっていく。
(大丈夫、大丈夫だ。大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫――)
根拠も自信もない言葉を念仏のように唱え続け、ただ嵐が過ぎるのを待つ。
それ以外、彼はやり過ごす方法を知らない。
だからひたすら蹲って、耳を塞いだ。
それから――どれくらい時が過ぎたのか。
「……ごめん、ムナさん。もう平気だよ」
気がつけば、遠くにいたパーティーはいなくなっていた。
照匡はゆっくり、何事もなかったかのように立ち上がる。自分でも嘘かと思うくらい緊張の波が引いて、すっかり落ち着いていた。
だから努めて笑顔を浮かべると。
それをゴブリンの相棒は、珍しく黙って見上げていた。
◇ ◇ ◇
第六層にいくつかある安全圏の内、水辺の休息場に辿り着いた照匡たちは、いつものように火を起こした。そしてこれまたいつものように釣り糸を垂らし、いつものように魚を捌いて、いつものように腹を満たした。
頑なにいつも通りで過ごそうとする度、照匡の胸は空々しい想いで溢れたが、無心になるにはそれしかなかった。
ただ一つ、今日はいつもと違い寝袋を持ち込んだので、直置きタイプのそれを二つ並べて、床に入る。幸いムナさんが寝具を嫌がることはなかった。既に火勢が弱まっている焚火の音を背景に、目を瞑りながら一言。
「おやすみ、ムナさん」
「ギーゥ」
そういえば、誰かに「おやすみ」なんて口にしたのは、いつぶりだろうか。もしかしたら学生の頃まで遡るかもしれない。
まさか久々の機会がダンジョンで、しかもゴブリン相手だなんて。過去の自分はちっとも予想していなかったろう。そんなの当たり前に決まっているが。何だか可笑しくて、ほんの少しだけ気が楽になった。
「…………」
お陰で、照匡はうとうとしだす。
誰もいない家で一人、浅い眠りを続けてきたから、睡魔はあっという間に彼の意識を刈り取り――悪夢へと誘った。
これまで照匡の人生で出会った人々が現れ、代わる代わるに彼を罵倒する夢。かと思えば母がいて、声をかけようとするのだが、突然距離が離れていく。懸命に追いかけても、その場で足踏みするようにちっとも先へ進まない。
誰かがせせら笑う声が聞こえた。
知らない内に、場面がオフィスビルに移っている。罵詈雑言の嵐と、それを助けるでもなく、ああはなるまいと眺めている同僚たち。
照匡はわけもわからず逃げ出した。だが窓を突き破った先には何もない。暗闇があるだけだ。急転直下、どこまでも落ちていく――
「っ……!」
そこでようやく目が醒めた。
びくん、と体が跳ねるのが自分でも分かった。
(……最悪)
よほど寝袋の保温性能が良かったのか、寝汗でびっしょりだ。このまま起きるにしても、寝直すにしても、一度着替えたい。それに今また目を閉じたら、またあの嫌な情景が浮かびそうだ。
悪夢の残滓を振り払うべく、照匡は寝袋から這い出した。
すると。
「……ムナさん?」
先にゴブリンのムナさんが起き出して、火の番をしていた。
しかもただ火を熾すだけに飽き足らず――何故か鍋をかき混ぜている。
思わず照匡はぽかんとしてしまった。
もしかして、まだ夢でも見ているんだろうか。
そう疑う彼の元に、ムナさんがどたばたと駆け寄ってくる。
「ギ! ギャッギャギャ! ギャウ……!」
「え、と? わっ、そんな急に引っ張らないで――大丈夫、ついていくよ」
よく分からないまま、照匡は手を引かれて歩く。
ゴブリンのムナさんが先導する先には、置きっぱなしの折り畳み椅子があった。焚火の明かりがパイプに伝播して、ゆらゆらと光っている。その上に腰を下ろせば、炎の熱でほんのりと温かい。
必然、火にかけられた鍋の中身がよく見えた。
(……あら汁?)
強いて言えば、であるが。
昨日の調理で使わず残した魚の頭やら、切れ端が雑多に煮込まれている。正直見た目は良くない。残飯みたいなそれ。
ちゃんと出汁が取れているのだろうか。
ムナさんはそのごった煮をお玉で掬うと、お椀に入れて照匡へ差し出した。
「ギゥ!」
きらきらした目が言っている。食え、と。
教えてもいないのに、何故ムナさんが突然料理に挑戦したのか、いまいちピンと来ない。お椀と小さな顔を見比べてみても、答えは謎のままだ。普段の行動を鑑みるに、ただ挑戦してみたくなっただけかもしれない。
――ええい、ままよ。
突き返すわけにもいかず、照匡は覚悟を決めた。
「ずず……」
お椀に口をつけ、少しだけ啜ってみる。
恐る恐ると、正月のお屠蘇でも舐めるみたいに。
不幸中の幸いか、味覚が鈍っているお陰で生臭さは感じなかった。
ただし。
「――んぐっ!? ごほっ、げほ!」
思わずむせてしまうほどの塩味が、喉を直撃した。
今の照匡は人と比べ、大幅に味覚が衰えている。
そんな彼をして口が痺れるような感覚。
いったいどれだけ塩を入れたらこうなるんだと鍋の周りを見れば、小瓶が一つ空になっていた。
「ムナさん、これ、味見した……?」
目を据えて、言外に「してないでしょ」と聞けば、ムナさんはバツが悪そうに頭をかく。それから自分でも椀によそって、ペロリ。
「ギャゥ……!?」
また一人犠牲者が増えた。
「もう、何やってるのさ。駄目でしょ、食材を無駄にしちゃ」
「……ギィイ」
俯くゴブリンの姿に疑問が湧く。
照匡が知る限り、ムナさんは好奇心旺盛だが、決して人を困らせるような性格じゃない。むしろその逆だ。
ちらちらとこちらを窺う金の目は、しゅんとして、怒られるのを待つ子どものそれ。だが怒るにしたって理由が分からなければ、ただ癇癪をぶつけるだけだ。じっと見つめ返す内、ふと思い浮かぶものがあった。
(……俺が、落ち込んでたから?)
照匡にゴブリンの心は伺えない。
だがうなされる主人の横で、少しでも元気になってもらおうと、自分に出来ることを探したのだとすれば、どうだ。
幸福はまず、お腹から――その原則は人間もゴブリンも変わらない。
美味しいものを食べれば、どんなどん底にいても気持ちが上向く。
あくまでも「美味しければ」の話だが。
ため息を吐きながら立ち上がると、ムナさんがびくっと震えた。
「お玉、貸してごらん」
「……?」
「せっかくムナさんが作ってくれたんだもん。捨てるなんて勿体ないでしょ? お水足して、足しすぎるとお出汁が薄くなっちゃうから、確か……米があったはず。あとみりん、風味づけに醤油で誤魔化せるかな。と思うんだけど、手伝ってくれる?」
「……! ギゥギゥ!」
萎びた顔が一変、向日葵のような笑顔に変わる。
小さな助手を傍に置き、照匡の大改革が始まった。
持ち込み食材やダンジョンで採れる資源を駆使すること少し。塩辛いあら汁モドキがあら不思議。ちょっぴりしょっぱめな魚介粥に生まれ変わった。
「さ、これでいいかな。ムナさん、味見してみて」
「ギュー♪」
出来栄えやいかに――なんて、考える必要もない。
匙を咥え、喜ぶムナさんの姿が全てだ。
どっと疲れがきて、照匡は折り畳み椅子に体を預けた。
(……はー。これにて一件落着、と)
味付けに失敗した時のリカバリーは、ある意味自炊の花だ。きっとこの経験が相棒のゴブリンにとって、いつか何かの役に立つ時が来るだろう。他ならない照匡だって、初めは一人じゃ何も出来なかったのだから。
そう、かつては自分もただの子どもで。
(そういえば、前に似たようなこと――)
不意に蘇る記憶。
まだ祖父が元気だったころ、照匡の家は海の幸に溢れていた。
祖父は早くに息子――照匡にとっての父を亡くしたとは思えないほど明るい好々爺で、腕の良い漁師だった。よく「照やとってもお利口さんやっさー」と褒め、頭を撫でてくれた。その手の、かさついた指の一本一本が、今でも鮮明に思い浮かぶ。
そんな祖父の捕ってきた魚が、母の手で鮮やかにごちそうへ変わる様は、何度見ても魔法のようだった。
だからちょっぴりの憧れと、いつも大変そうな二人を喜ばせたいと、母の真似をしてみれば――大失敗。生煮えで薄味の潮汁を作ってしまった。思い出せる限り、それが人生で初めて味わった挫折だ。
(母さんも……こんな気持ちだったのかな)
涙目になる照匡を抱き上げて、母もまたどうにか美味しく出来ないか、一緒に頭を悩ませてくれた。あの時の幼い自分が、今、目の前にいる。
ムナさんは口元に米粒がついたままでもお構いなしだ。
「ギィ!」
ぺろん。あっという間にお椀を空にしてしまうと、今度は照匡の分までこんもり盛りつけて、手の中に押し込んできた。
「いや、俺は……」
どうせ味なんて分からないから。その言葉をぎりぎりで飲み込む。
わざわざ口にして、嫌な気持ちにさせる必要もあるまい。
それに半端な時間に起きたから、小腹が空いているのも事実だ。
抵抗をやめ、一気にかき込んだ。
(…………え)
頑張ったけれど、誤魔化しきれない塩味。
その奥に隠れた魚の滋味。
それらを何とか纏めようとする醤油の香りと、みりんの甘味。
努力の跡が垣間見える、そんな味だ。けれど湯気を纏った米粒が胃にすとんと落ちれば、不思議と満足感を覚え、ほぅと息を吐く。
(味が、する)
錯覚ではない。
その瞬間、照匡の味覚は間違いなく機能していた。
何を食べてもふやけた段ボールを齧っているみたいで。
灰色に見えていた世界が、色づいていく。
かと思えば、急に滲みだした。
「……はは、しょっぱ。俺も、まだまだだなぁ」
皮肉にも、感覚を取り戻したからこそ分かる。
もし照匡でなく母が手を貸していれば、もう少しマシな出来になっていたろう。
自分なりの、不格好で温かい味。
「は、はは……」
一匙掬うごとに、在りし日の想い出が浮かぶ。祖父がいて、母がいて、照匡の失敗作を笑いながら食べたいつかの情景。たとえ、かけ離れているように思えても、頭でなく、舌が覚えている。
――忘れがたい幸福の味を。
涙が匙の上に零れないよう、気をつけながら動かして。
ひと口、ひと口、丁寧に噛みしめる。
「ギゥ……?」
「大丈夫、大丈夫だよ、ムナさん。ちょっとしょっぱかっただけ。美味しいね、これ」
「ギギィ!」
「うん、今日は俺もたくさん食べるよ」
潮騒が聞こえる。
人の一生はきっと、波のようなもの。
酸いも、甘いも、引いたと思えばやってくる。
止めどない流れに戸惑うことばかりだけど。
「またちゃんと――――歩きたいから」
先人がたくさんの贈物を照匡へくれたように。
今度は自分がそれを、誰かに返していこう。
たとえば、そう。
「ギ~!」
いつでも底抜けに明るい、大切な相棒へ。
もしかしたらムナさんは、しょげてしまった自分のために神様が遣わしてくれた、本物の精霊なのかもしれない。
泣き笑いながら、照匡はふと、そんなことを思った。
比嘉照匡。後に琉球宝樹で知らぬ者はいない〈魔物使い〉。
数々のモンスターを愛し、また愛された彼の業績は、常にあるゴブリンと共にあった。世にも珍しい〈調理師〉のゴブリンに支えられ、照匡が打ち立てた「テイマーの心得」は、後進たちの揺るぎない手本になったという。
その第一条は、こんな言葉から始まる。
まず初めに「同じ釜の飯を食うこと」なりと――
間章ここまで。
第六章「地上の星」へ続きます。
書き溜め期間に入るため、
更新再開までしばらくお待ちください。
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