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孤児院の事件(2)

 夜になってから、聖堂にはまたリオンが姿を見せた。

 広間の隅に置いた作業台の上で、当て布をしてぬいぐるみの破れを丁寧に直しているセーラから昼間の出来事の一部始終をきいて、


「それでそのうさぎを預かってきたのか」


「持ち主の子の大事なうさぎだから、早く返してあげたいから。それに……」


「それに?」


「このうさぎに、こんなことをした子たちのことを考えるとつらくて……。やったことは確かにとても酷いことだけど、皆、本当はうらやましくて淋しいんだろうな、って。こんなことを自分からしたくてする子はいないから」


 セーラは視線を落とし、さらに言葉を続けて、


「バザーをやれば、いつも孤児院にたくさんおもちゃは集まるけれど、その殆どが誰かのお古で、このうさぎのサンディのようにその子のためだけを思って用意されて贈られたものじゃないの。それに特にこのサンディは亡くした親の形見だから、孤児院にはそういう親との思い出の品ひとつすらない子も大勢いるから……」


「……」


「誰でも最初に赤ちゃんで生まれた時には真っ白だったはずだから、たとえ少しの気休めでも、これ以上あの子たちが歪んでしまわないように、何かしてあげられたらいいのに……」


 ――孤児院にいるのは、わたしが子供だった時よりも、もっとずっと淋しい、親のぬくもりさえ知らない子どもたち……。だから責めるなんてできなかった。


 セーラは子供たちひとりひとりの顔を思い出し、心を痛めた。


「平等に配られる真新しい学用品だけじゃ埋められない心の隙間があるんだよ。だからやったことを責めるだけでは、叱ってもこの先も何も変わらないと思うの……」


 そう言いながら顔を陰らせ、セーラは大きく息をついた。

 ちょうど破れた個所を縫い終わったので、ぬいぐるみを四方から念入りに確認してほっとした表情で、


「きれいに直ってよかった。じゃあ次は……」


「まだ何かするのか?」


 リオンが問いかけると、セーラは頷いて、脇にぬいぐるみを据えた。

 そして近くに置いた道具箱の蓋を開いて、中から明るめの色合いの一枚の布を取り出して作業台の上に広げた。


「わたしの服をほどいておいたの。これはその布。これを使えばサンディにはドレスを着せてあげられる。そうすれば当て布をして直したところが、外から見ても分からなくなるから。サンディ、きれいになってあなたを大事に思ってる友だちのところに、もうすぐ帰れるから、もう少しだけの我慢だよ」


 セーラはサンディの頭を優しく撫でながら話しかけていた。


「俺にも何かできることはないか?」


「えっ……」


 反射的にリオンの方へ向き、布を持ったままのセーラの動きが止まる。


「友人として、俺も何かあなたの力になりたい。妖精たちの家を作ってくれたことへの感謝のしるしに。なんでも叶えてやりたい。何か望みはないか?」


 リオンからの言葉に戸惑いを感じながら、セーラは少し考えた後で口を開いた。


「それなら……」






 ――一週間後。


 リボンをかけた箱に入れた、新しい服を着たサンディを持って、セーラとカティアは再び孤児院を訪れた。

 その際には、『ある特別な寄付主からのはからい』でセーラが前に住んでいた街ガラリナに住まう、顔馴染みのおもちゃ工房で働く熟練の職人たちも同行した。


 そして孤児院の子供たちを集めると、おもちゃ職人たちは全員に聞き取りをした。

 ひとり、ひとつずつの大切な『宝物』のために。

 その職人たちを手配した者が誰だったかは、その名を伏せたままで。


 約一か月後に、子供たち全員にそれぞれが望んだおもちゃが届けられた。

 よく晴れた空の下、その日、孤児院は子供たちの喜びの声に溢れた。





 おもちゃが無事届いたその夜、再び聖堂を訪れたリオンに、セーラは声を弾ませながら、その時の子供たちが喜びあう様子を報告して、改めてお礼を言った。


 セーラのとても嬉しそうな様子に、リオンは日々の疲れが癒やされ、逆に自分が幸せなものをもらえたような気持ちでいた。

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