孤児院の事件(1)
――数週間後。
雑用係の仕事でいつも訪れる教会に併設された孤児院で、配給品を配り終えて帰ろうとした時、セーラは目につきにくい廊下の隅でひとりでうずくまっている少女に気づいた。
その少女はいつも亡くなった親の形見のうさぎのぬいぐるみを持っていて会うたびに宝物だと見せてくれていたので顔馴染みだった。
「カティア、待って。あの子が……」
気づかずに素通りしかけたカティアを呼び止めてから、セーラはその少女に急いで近づいて行った。
「どうしたの? 身体の調子が悪いの?」
横にしゃがんでセーラが優しく話しかけると、少女が顔をあげた。
その顔は涙のあとでいっぱいだった。
よく見ると、涙目の少女の手には首がもげかけて破れて、中の綿が出てきかけている無残な姿になったうさぎのぬいぐるみがあった。
「誰かがサンディをこんなふうにしちゃったの」
少女が涙声で言った。
「何これ、酷い!」
唖然として、カティアは周りを見回した。
そして少し離れた場所から、明らかにバツが悪そうにこちらを見ている何人かの少年たちの存在に気づいて、
「わかった、犯人はあなたたちね!? なんでこんな酷いことしたのよ! 悪戯にしても悪質すぎる! 今すぐこっちに来て、全員でこの子に謝りなさい!」
カティアが肩を怒らせながら叫ぶと、男の子たちは蜘蛛の子を散らす勢いであっという間に一目散に逃げて行った。
「今からシスターに話しに行って、とっ捕まえてやるんだから! わたし、いじめとかこういうのって絶対許せないたちなんだよね!」
今にも追いかけて走り出さんばかりに憤慨するカティアを、セーラが肩に触れて止めた。
「待って、カティア!」
それからセーラは少女の方に向き直って、
「サンディのことは女神様なら直せるから、大丈夫よ。わたしたちが少し預かってもいい? きっとすぐ元気になれるから」
セーラの言葉に、本当に? と、いうように少女が驚いた目をした。
「うん、女神様ならなんでもできるのよ。動物もお人形も、どんな子にだってたくさんの力をくれて、すぐに元気にしてくれるから」
そうして、セーラは少女の大事なぬいぐるみのうさぎのサンディを預かり帰路についた。
帰り道に配給品用の鞄を斜め掛けして、歩調を合わせて並んで歩きながら、セーラはカティアと話した。
「さっきそのぬいぐるみを預かった時、どうして女神様が直してくれる、って言ったの?」
「その方が子供にとっては夢があると思ったから。小さなきっかけかもしれないけど、あの子が成長した後にも聖堂への信仰にも繋がるし。そういうのっていいと思う」
セーラが答える。
「ふーん、でも信仰とかっていう、本当にそれだけの理由? またわざと自分が目立たないようにしようとしてない? むしろそう感じるんだけど」
「そんなことないよ」
セーラは首を横に振って、カティアの言葉を打ち消した。
けれど、疑いは晴れないままだったらしい。
「マグノリア様にだって、今日のことを話せば、絶対褒められるのに、なのにセーラって、毎回自分がわざとそうならないようにしてるよね?」
半ば確信に近いもの持ったカティアの強気な口調に押され気味になって、セーラは曖昧に苦笑いした。
「何かやることでそれが直接、自分の功績になるのとかって苦手なんだよ。目立ちたくないし」
「それは知ってるけど、前から気になってたんだから、もういい加減ちゃんと教えてくれてもいいころだよね? どうしていつもそうしたがるのか」
セーラは少し黙ってから言いにくそうに、
「聖堂に来る前に色々な場所で働いていた時に知ったんだ。人は相手が自分より秀でた何かがあるとわかると、人間の集団の上ではそれは必ずしもいい結果を生まないんだっていうことを。わたしがいつも目立たないようにしてるのは、謙虚だからじゃなくてそのせいだよ。余計ないさかいを生まないようにするための、これはわたしなりの世渡りの処世術みたいなものかな」
「え……」
思ってもいなかったような返事に、カティアはそれまでの強気な態度から一変して、急に肩の力が抜けたように言葉を失った。
「カティアは大切な友だちだよ。いつもわたしが見習いたいと思うくらいに素直で心に嘘がなくて、わたしのことを知っても、すごいって言って純粋に応援してくれる。だから安心して一緒に頑張って働いていられる。カティアのような有数の位の高いお家の人は、爵位を失う前ですら下級の家の出だったわたしには、皆、雲の上のような遠い存在だった。でも、今はとても親しみを感じるようになったよ」
セーラは少し考えるような間を置いてから、
「カティアはいつもどんな時も、気が合わないって思ってしまう相手でも別のどこかに追いやろうとはしない。苦しんでいてもいつもなんとか考えて、仲間全員で調和できる道を探してる。そう出来るのはきっとカティアが家柄とかとは関係なく、相手の立場のこともいつも忘れないで考えられる人だから。誰でも居場所がなくなるのはつらいことだもの……」
伏し目がちになり、淋しげな表情で話し続けるセーラを、カティアがじっと見ていた。
セーラは一呼吸置いてから、さらに口を開き、
「でも世の中には色々なことをどれだけ努力して頑張っても思うようにうまくいかないな、って感じる人もいて、わたしのことを知ってそれで誰が傷つくかもしれないんだよ。そういうのって良くないと思うから」
「……」
「それにそのせいで、過去には長く続けたくてもそこにいられなくなる仕事もあったから、だから余計な恨みをかわないようにするために、わたしのことは大勢の人には知られずに黙っておくほうがいいんだよ。ごめんね、ずっと気にさせてしまって」
「謝るようなことじゃないと思うけど、でも理由をきけてなんか納得した。セーラらしいよ。色々と深いね」
「そうかな?」
「セーラの中に目立ちたくないことへの色んな思いがあるのはよくわかったよ。だからこれからはもう無理にそうしてほしいなんて言わないよ。でもわたしはやっぱりセーラはちゃんと認められた方がいいと思う。正当にその人が評価されないなんて、そばで見てて悔しいと思ってしまうから」
カティアはきっぱりとした口調で言った。




