5.スケッチ
ルナは机に突っ伏した状態でゆるく目を開いた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。窓がなく、日が差し込まない自宅の実験室を見回してデジタル時計を見る。
「……もう朝か」
頭の横にはまとめられた資料があった。寝る前に一応できるところまでやったらしい。昨日の自分に感謝しながらルナは研究室を出た。棚からクラッカーとツナ缶を取り出して、皿に適当に取り出して、お盆に載せた。
「エトヴィン、おはよう」
ルナがエトヴィンの部屋へと入ると彼は上体を起こしてルナの方を見ていた。
「昨日、見つけたツナ缶と残っていたクラッカーの朝食にしてみたよ。私がため込んでいたレトルト食品やカップ麺ばかりじゃ君も飽きるだろう」
「……」
「……花はいつ頃咲くんだろうな。あれを調べられたら、きっと薬への手がかりになると思うんだ」
ルナはベッド横のテーブルに朝食の乗ったお盆を置くと、傍の椅子を引き寄せて、座った。
「今の君に何を言っても伝わらないかもしれない。だから、返事はまだしないよ。君が治ったら、きっと返事をするから……私が治すから」
包帯が巻かれた顔の方は見ずにルナは手袋をはめた手で、エトヴィンの手を包んだ。包帯の隙間から爛れた皮膚が見える。
「必ず、間に合ってみせるから」
ルナはコートを羽織り、鞄を背負うと、いつもと同じようにシャッターを開いて、はしごから地面に降りた。今日の目的地は、昨日末期の患者を見つけた場所である。
「……よかった。まだそのままだな」
アスファルトのど真ん中に昨日と同じ姿で頭を抱えてしゃがみこんでいる患者を発見して、安堵の息を漏らす。
ルナは頭を抱えて動かなくなった患者に近づいて、肩から鞄を下ろした。中からスケッチブックを取り出すと、ポケットから出した鉛筆で患者の背中をスケッチし始める。患者の背中は昨日から少し変化しており、背骨を沿うようにまっすぐ二十センチほどの赤い切れ目ができていた。着ていたであろう服は擦り切れており、切れ目をはっきりと見ることができた。ルナは患者を前から、横から、背中から見た三パターンをスケッチしていると、もうすでに日は傾いており、空が赤くなり始めていた。
「……どんな花が咲くんだろうな」
写真などの情報はなく、花が咲くという情報は軍人の手記のみである。本当にその花が咲くのかもどうか分からない。あの手記が、嘘の可能性もあるのだ。
それでも、信じることしかできないのだ。




