12.研究所の最後
エトヴィンにはずっと気がかりなことがあった。
もし、研究に没頭する健気な彼女に、第三者の悪意が降りかかったらどうしようと。研究所内の権力も派閥も彼女にとっては耳に入れることでもない些細なことだろう。
だから、嫌な予感はしたのだ。
今まで頑なにルナの願いを断ってきた所長が、いきなり末期患者の研究の許可を出した時、素直に喜ぶルナの隣でエトヴィンは不安になった。その不安は、隔離室にいた患者が部屋の中を行ったり来たりしてはたまに思い出したように壁に頭突きをしたり蹴ったりしていたのを見て、大きくなった。
中期の患者を運んだとの報せとは違い、隔離室に運ばれていたのは初期の患者だった。末期になるまで花は咲かない。それまでの時間をかけさせて、研究をさせず、実験の途中で適当な理由をつけて患者を取り上げるつもりなのだろう。
その時はそう思った。
誰かが、隔離室の鍵を開けたままにするなど、微塵も考えなかったのだ。
隔離室から出てきた初期症状で凶暴性のある患者が、ルナに噛みついた時、エトヴィンは研究室の壁にあった斧で患者の首を刎ねて殺した。
感染した人間がどうなるか、痛いほど分かっている。だから、泣いて謝るルナの手を引いて、エトヴィンは逃げようと言ったのだ。
「ダメだ、エトヴィン。私はいいから、君だけでも逃げてくれ」
特効薬を作るために必要と思える薬品を取ってから逃げようと言い出すエトヴィンの袖をルナが引っ張った。遠回りをしてしまったら、火事に巻き込まれてしまうかもしれないのだ。
「大丈夫。ルナは裏口で待ってて。人に会ったとしても怪我してるって絶対ばれちゃダメだよ」
ルナの手を袖からそっと外すとエトヴィンは止められる前に走り出した。薬品庫にたどり着くと持ち出し用のケースにそれらを詰め込み、研究室を後にする。その時、頭の後ろで爆発音がした。




