山姥:前編(前)
山姥:前編
えぇ、えぇ、そうなんですよ。あの子はちょっと変わってましてね。うちの隣に公園が御座いますでしょ。そこでよく遊んでたんですよ。
なにせ、小さな公園で御座いましょ。ブランコが一つと象の形をした滑り台、あとは柵のような鉄棒しかありませんじゃないですか? あの子は鉄棒が出来ないのでブランコと滑り台だけですよ。その二つで遊んでましたよ。
えぇ、落ち着きのない子ですからブランコを少しすると次は滑り台、それもすぐやめてまたブランコと、小さな公園の中をぐるぐると走り回ってました。
夏場ですと、途中でバッタを追い掛けたりなんかして、少しもじっとする事なく本当に忙しない子でしたね。飽きる事なくぐるぐる、ぐるぐる、公園を走り回ってましたよ。
毎日、そうやって遊んでるもんでしょ。それに、ほら、うちの隣にあるじゃないですか。えぇ、公園がね。あの子……勘違いをしちゃってたんでしょうね? 公園を、えぇ、えぇ、自分の庭だと思ってたんじゃないですか? すぐ隣にあるもんですから。
だからなんでしょうね。公園で他の子達が遊んでいると睨むんですよ、あの子。
うちの庭で勝手に遊ぶな、と言わんばかりに。えぇ、えぇ、それは本当に恐ろしい顔で。えぇ、まぁ、我が子ですから、そりゃ可愛いですよ。どんな顔をしたって可愛いもんですよ。それが……本当に……えぇ、まぁ、恐ろしい顔でしたよ。この世の顔とは思えないほどに。
それでもね、まだ睨んでるだけのうちは良かったんですけどね。
えぇ、みんな気味悪がって遊ばなくなってたんですよ。それでも、やっぱり遊ぶじゃないですか。子供ですからね。この辺には他に遊ぶ場所もないですしね。昔はね、まだあったんですよ。どこでも遊べたんですよ。それが、ねえ、こんなに家ばっかり建っちゃったら遊ぶ場所もなくなりますよ。だからね、近所の子供達はここに来るしかないんでしょうね。遊ぶんですよ。公園で。
じっと睨んでましたよ。あの子はじっと睨んでましたよ。公園の片隅に立ち、他の遊んでいる子達をじっと睨んでましたよ。そりゃあ、まぁ、本当に恐ろしい顔で。
他の子達は気味悪がってたんですけどね、ほら、いるじゃないですか? 気丈な子て言うか、えぇ、えぇ、力を持った……あ、まぁ、その、暴力的な男の子が。
えぇ、えぇ、あの子が悪いんですよ。睨んだりしますもんで。でもね、暴力もね、ねぇそう思いません? えぇ、その男の子があの子を突き飛ばしたんですよ。公園の外へと。
あの子は体も小さいですし力も御座いませんもんでね、敵うわけもありませんよ。反抗するような子でもありませんしね。いつも一人で公園をぐるぐる走り回ってるだけの子ですから、反抗なんてしませんよ。暴力なんてふるいませんよ。
じっと睨んでたんですよ。恐ろしい顔で。本当に恐ろしい顔で。公園の外から。
その男の子が来てる時はいつも公園の外から睨んでましたよ。突き飛ばされ、追い出されるもんですからね。その時に擦りむいたんでしょうね、膝から血を流してる時もありましたよ。それでもあの子泣きもせず、拭きもせず、ただじっと睨んでたんですよ。恐ろしい顔で。
そのうちに、ね、えぇ、まぁ、あの子も悔しかったんでしょうね。小石を拾ってね、投げつけ始めたんですよ。そりゃまぁ、いけませんよ。そんな事したら。でもねぇ、あの子も悔しかったんでしょうしね、それに男の子も毎回暴力を振るってましたから。暴力はいけませんよ。暴力は。えぇ、えぇ、あの子もいけませんよ、そりゃそうですよ。でもねぇ、暴力はねぇ、いけませんよ。
小石を投げてるうちに、えぇ、えぇ、あの子は手加減が分からない子ですから、なんせ公園を一人でぐるぐる走り回って遊んでるだけの子ですから。狙ってたわけじゃないんでしょうけど、なんせ手加減を知りませんもんでね。えぇ、えぇ、えぇ、あの子が投げた小石の一つが、当たっちゃったんですよ。目に。男の子の目に。
狙ってなんかいませんよ。狙えるわけなんてありませんよ。なんせあの子は公園を一人でぐるぐる走り回って遊ぶしか出来ない子ですから。
男の子は目から血を出してましたね。えぇ、えぇ、結構なね、結構な血がね。そりゃあ結構な血が出てましたね。あの子は手加減を知りませんもんでね。その男の子は失明したそうですよ。ボタボタ血を流してましたからね。そりゃあ、まぁ、もう、痛い痛いて叫んでました。泣き叫んでました。「やめてくれ、やめてくれ」「こわい、こわい、助けてー」て叫んでました。
それでもあの子は石を当てるんですよ、石をね。ボタボタ血を流している男の子の目に向かってね。手加減を知らない子ですから。公園で遊ぶ事しか知らない子ですから。その頃には男の子の側まで来て、うずくまる男の子の目だけを執拗に石で殴っていましたね。
えぇ、えぇ、いけませんよ、そんな事したらいけませんよ。
けどね、その男の子も暴力を振るってましたからね。いけませんよね、暴力は。暴力はね。
仕方ありませんよ。関わったんですから。あの子に関わったんですから。
えぇ、騒ぎになりましたね。ちょっとした騒ぎにね。もう誰も寄り付かなくなりましたよ。えぇ、えぇ、公園にね。誰も寄り付かなくなりました。
それからはあの子、誰にも邪魔されずに、一人でぐるぐる、ぐるぐる公園を走り回って遊んでました。毎日、毎日、飽きる事なく、一人でぐるぐる、ぐるぐる走り回ってましたよ。
ぐるぐる、ぐるぐる、と毎日。一人でぐるぐる、ぐるぐると。毎日、毎日、たった一人で、ぐるぐると。
えぇ、えぇ、遊んでいるのにその頃には、恐ろしい顔になってました。それは、それは本当に恐ろしい顔で、ぐるぐると一人で走り回ってましたよ。
あら、まぁ、すいませんね、私ばかり喋ってしまいまして。おやおや、お茶が冷めてしまいましたね。煎れ直してきますね。いえいえ、たいしたものじゃありませんから。安いものですから。貴方達とお話が出来るんでしたら、何杯でも飲んで頂きたいんですよ。なんでしたら泊まっていって下さいよ。えぇ、えぇ、私は構いませんよ、嬉しいくらいですよ。
それにしても御二人は綺麗な肌をしておりますね。私と違ってほんに綺麗な体をしておりますわい。あぁ、あぁ、食べてしまいたいくらいじゃ。
いつの日だったですかね。夏が寒い年だった気がします。一人の女の子がこの町に遊びに来たんですよ。えぇ、都会から来た可愛らしい女の子でしたよ。ほんに可愛らしい女の子でしたよ。美味しそうなくらいにね。
それにとてもいい子だったんですよ。優しいいい子だったんですよ。それでも、ね、親から虐待て言うんですか? えぇ、えぇ、暴力ですよ。親から暴力を振るわれていたらしんですよ。可哀想に……ほんに、いい子だったんですよ。可哀想に……可哀想に……もっと遊びたかったんでしょうに……もっと生きていたかったんでしょうに……。
夏の間だけです。えぇ、えぇ、夏の間だけだったんです。こちらに住む親戚の方だかが、みかねてね、よんだそうです。夏の間だけね、こちらによんだんですよ。
本当に可愛くていい子だったんですよ。でもねぇ、地元の子じゃありませんでしょ、えぇ、えぇ、そうなんですよ、だからねぇ、知らなかったんでしょ、うちの子の事を。
遊ぶんですよ。公園で。えぇ、えぇ、一人でね。遊ぶんですよ、公園で。地元の子じゃありませんしね。知らなかったんでしょね、うちの子の事を。
本当に可愛くていい子だったんですよ。
うちの子がね、睨むんですよ、やっぱり、睨むんですよ。公園の外から、一人で遊んでる女の子の事をね。睨んでたんですよ。そりゃ恐ろしい顔で。この世のものとは思えないほどの恐ろしい顔で。
じっと睨んでましたよ。一人で遊ぶ女の子をね。公園の外からじっと睨んでましたよ。そりゃ、恐ろしい顔ですよ、えぇ、えぇ、普通は逃げますよね、普通は。あんな恐ろしい顔で睨まれてたら、そりゃ逃げますよね。でもね、その女の子逃げなかったんですよ。にっこり微笑んでうちの子を誘ったんですよ。「一緒に遊ぼ」て誘ったんですよ。
都会から来てましたでしょ? それに虐待ですか? えぇ、えぇ、暴力受けてましたから、両親から暴力をね、受けてましたから。
いつも一人だったんじゃないですか? 女の子も一人で遊んでたんじゃないですか? うちの子もいつも一人で公園をぐるぐるぐるぐる走り回っていたじゃないですか。ずっと一人で遊んでたじゃないですか、だからですかね? 何か通じるものがあったんですかね? えぇ、えぇ、わかりませんよ、私にはわかりませんよ。
お茶のおかわりはどうだい? えぇ、えぇ、飲んで下さい。飲んで下さい。
おや? なんだい? それはなんだい? その瓶は、いったいなんだい? やけに物騒なもんを持ってんだね。なんで刺のある文様なんか描かれてあるんだい? その中の粉はなんだい? それをどうすんだい?
あー、うー、知らないね。女の子なんて知らないね。わからんよ。わからんよ。あ゛ーぁ゛ー、わからんよ。何を言ってんだか。う゛ー、なんだ、その瓶は! 仕舞え、仕舞いやがれ!
わからん、わからん、わからんわい! 知らんなっ! 知らん、知らんっ! だから、知らんと言っとぉがっっ!!
仕舞え、その瓶を、そうじゃ、仕舞うんじゃ、それからじゃ、話はそれからじゃ。
あー、あぁぁ、うぅぅぅ、仕舞ったか? 仕舞ったか?
はぁ、はぁ、はぁ。
わかりませんよ、わかりませんよ、都会の子の事なんてわかりませんよ、わかりっこありませんよ、わかるわけないじゃないですか、わかりませんよ、わかりませんよ、暴力を振るわれていたんですよ、毎日、毎日、暴力をね。わかるのかい? あんた、わかるのかい? 毎日、毎日、親から暴力を振るわれる子供の気持ちが! あんた、わかるのかい!
自分の子供に暴力を振るう奴の気もわかりませんね! わかりたくもありませんね! そんな親の元に生まれてしまった子供の気持ちなんてもんもわかりませんね、これっぽっちもわかりませんね! えー、えー、わかりませんね、わかりませんね、わかりたくもありませんね!
呼ぶんですよ、あの餓鬼。手招きして呼ぶんですよ、うちの子をね! 恐ろしい顔で睨んでいるうちの子の事をね! 止せばいいのに一緒に遊ぼうなんて誘ったんですよ! 無邪気な笑顔で誘いやがったんですよ!
全く何を考えてやがるのか、都会の人間の事はわかりませんね! 虐待されるような子ですからね! 恐ろしい顔で睨まれてるのにも気付かないんでしょ! そんなだから虐待されるんでしょ! えー! そうでしょ! そうでしょーよ! そんなだからね! あの女の子は! 居なくなってしまったんですよ! 誘ったりするからですよ! 誘ったりなんかするからですよ! 止せばいいものを! 誘ったりなんかしやがって!
おやまぁ、もうこんな時間なんですね。食事の用意してきますわね。えぇ、えぇ、食べていってくださいよ。たいした物なんて出せませんよ。おばあちゃんの独り暮らしなもんですから。それでも、ねぇ、なんか食べていってくださいよ。用意してきますわね。えぇ、えぇ、遠慮なさらずに、どうぞ、どうぞ、ごゆっくりと。どうぞ、どうぞ、ごゆっくり、ごゆっくりと、朝までね、ごゆるりと……。ヒッ、ヒッ、ヒッ。




