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学校のトイレ:後編

 

 生二狼は荒れた地を歩いていた。

 地面は割れ、道は激しくうねり、隆起した場所が行く手を遮り、陥没した場所は深く落ち込み、山は崩れ、木がなぎ倒され、家々は瓦礫となし、方々に煙が見え、足下で火が燻り、遠くで炎が渦を巻く。

 歩くのもままならない。崩れた屋根や折れた家の柱を乗り越え、木屑と化した壁や板戸、粉々になった家具や生活用品。それらを踏みしめ、生二狼は歩いていた。

 眼前に小さな瓦礫の山が点在している。全て数時間前までは生活の営みがあった家だったのだろう。しかし今はただの瓦礫と化している。古く質素であっても今日を生き明日を活きてく家族の城であったはず。それらが無残にも瓦礫となって点在している。小さいのは家畜小屋だったのだろうか、牛の頭だけが目を見開いて潰れている。


 一つの瓦礫を乗り越えた先に、かろうじて原形を留めている茅葺き屋根が斜めに傾き崩れていた。一階は下敷きになり潰れている。僅かに残った窓からは老人の皺ばんだ手だけが垂れ下がっている。その手は瓦礫の中から突き出た小さな子供の足を掴もうと伸びているように見える。それとも掴んでいた足を放してしまったのだろうか。せめてこの子だけは、そんな思いも通じなかったように皺ついた手は筋を浮き立たせたまま、小さな足は恐怖に血の気を失ったまま、ピクリとも動きはしない。


 この地を大地震が襲ったのは皆が寝静まった真夜中であった。それまで経験した事の無い凄まじい程の揺れはこの村の営みを一瞬にして消し去り、全てを崩し破壊しつくした。すでに夜は明けている。陽が昇ると共に人々のざわめきが聴こえ、子供達の走る姿や朝の景色を今日もまた、昨日と同じくそこかしこに映し出すはずだった。しかし、ここに朝は無い。朝を感じる人間の息遣いがここには無い。陽を浴びて朝を感じるべき生命が、ここには無い。

 地震による崩壊で全ての命が一瞬で掻き消された。

 この村に、朝は二度とやって来ない。



 生二狼は荒れた無音の地を歩いている。崩れた家屋や立ち上る炎までもがモノクロで色がない。皺ついた老人の手は無念の黒。瓦礫から覗く子供の足は恐れの白。村は灰色に埋め尽くされている。

 どこかの家屋が静かに崩れた。音も立てず山が暴れ流れていった。老人の手が細かに震えだした。

 その手はカタカタと音も無く震え、やがて大きくなっていく。

 生二狼の足下も震え出す。あらゆる物がカタカタと音も無く震え、やがて大きくなっていった。

 この村を襲った大地震は本震に負けず劣らずの大きな余震を寄越している。定期的にグラグラと空間ごと歪ませ、壊滅したこの村を更に崩し飲み込んでいる。人々の痕跡をことごとく消し去っていくように。

 カタカタと震わす余震が大きくなり、その揺れに耐えきれず老人の手が音も無く落ちた。その手に肘から上は無い。それでもその手は落ちてなお余震に合わせゴロゴロと動き回る。子供の足を探すように近づき離れてはゴロゴロとさ迷い転がる。近づいては離れ、離れては近づき、迷子の子供を探すかのごとく老人の手は転がり続け、逆に子供の足は不安で泣く幼子のようにその場に立ちつくし動かないでいる。

 もう少しで老人の手は子供の足に届きそうだった。しかし、そんな戯れごとに自然は容赦無かった。


 大きな余震は瓦礫の山を、アンバランスに傾いていた茅葺き屋根を、その他全てを倒し、老人の手を、子供の足を、無念の黒を、恐れの白を、躊躇無く押し潰しては音も立てず瓦礫の下へと押し込めていった。そこに慈悲など無い。残るは瓦礫のみ。


 音も無く、ただ灰色の荒れた空間が歪み崩れていく。

 その中を生二狼は歩いていた。微かに漂う子供の気配だけを頼りに。



 山から崩れた土砂を避け、ぬかるんだ田畑を進む。泥は助けを乞う手のように足にしがみつき、果ての無い底なしへと生二狼を沈み込ませていく。田畑の泥は異臭を放ち、舞ったホコリが蛆虫のように踊り狂う。

 音も無く色も無く生気も無いこの村に、何処からか振動が伝わってくる。耳に聞こえず目に見えず気配も無く、ただ振動として生二狼の脳に届いてくる。


 ここだよ、ここだよ、と。



 山裾を通る砂利道は歪んで波打っていた。そこに大きな岩が二つに割れて転がっている。揺れは埋まっていた岩を放り投げたのだろうか、岩の片半分は埋まっていた事を示すように土がこびりつき黒く湿っている。

 二つの岩は元々あった場所であろう深く開いた穴から離れ、大きい方の片割れが道の端に鎮座し、小さい方は道の真ん中に転がった痕を残してそこより先にあった。

 その大きい方の岩から振動が伝わる。ここだよ、と生二狼の脳に伝えてくる。その振動は早く見つけてと振るえている。


 大きな岩は何かを押し潰し、押し潰したその何かを隠すようにそこに鎮座していた。辺りに茶色く淀んだ糞尿が散っている。土の上では潰れた蛆虫達が踊っている。クネクネと永遠に踊り狂い続けている。その下から伝えてくる。ここだよ、と生二狼の脳を震わす。早く見つけて、と振動する。蛆虫達は無心で踊る。伝わる振動に身をくねらせ踊り狂い続けている。



 生二狼は近くにあった板切れをスコップ代わりに岩の根元を掘った。深く突き刺すように掘り進めていく。蛆虫や泥がユラユラと揺れる。まるで下から誰かが揺らしているように。


 クスクス クスクス

       ここだよ

 振動が伝わる。早く見つけてと脳に伝わる。

 生二狼は黙々と掘った。掘り続けた。板が折れ、別の板を探し掘り続けた。その間も蛆虫は踊り狂っている。また板が折れ、手で直接掘り続けた。周りの蛆虫は無心で踊り狂い、掘った先から溢れ出てくる蛆虫も踊り狂っている。


 陽が傾き、そして闇に包まれた。

 ようやくぽっかりと穴が開き、その中で渦巻く糞尿が暗闇にも見てとれた。

 生二狼は穴に手を差し入れ奥へと伸ばす。何万匹かの蛆虫達が侵入を邪魔するかのように踊り狂い、指に腕に爪に絡み付く。更に手を押し込み突き入れると、爪に蛆虫が刺さり切り裂いていくのが分かる。指に蛆虫が挟まり潰れていくのが分かる。それでも蛆虫達は踊り狂っている。


 更に奥へ奥へと腕を伸ばす。蛆虫達を押しやり、指先の感覚が変わった。ドロドロとしたものが指に粘りつく。と同時に悪臭が鼻を襲う。意識が遠のきそうなほどの臭いの中、生二狼は腕を伸ばし手を掻き回し、指先に触れるものを探す。


 どこだ どこだ

  どこに隠れている


 蛆虫が腕を伝い、首筋を這う。踊り狂いながら生二狼の体を被い尽くす。指先の感覚だけを頼りに探し続けた。


 どこだ~ どこだ~

  タイちゃんはどこだ~


 蛆虫達が笑いだした。踊り狂いながらクスクスと笑う。首筋で耳元でグネグネと踊り、笑い続ける。

クスクスクスクスクスクス

クスクスクスクスクスクス

クスクスクスクスクスクス



 その時、指先に何かがかすめた。もう一度探す。また何かが指に当たる。今度はしっかりと握り掴む。

 手だ。小さな子供の手だ。糞尿まみれでニュルニュルと滑るが間違いなく子供の柔らかい小さな手だ。

 生二狼は離さぬよう強く握りしめ、糞尿の中の姿見えぬ小さな手に向かって呼び掛けた。


「み~つけた」


 その声に反応して小さな手が生二狼の手を握り返す。澱んだ気配が変わった。

 生二狼の体を被い尽くし踊り狂い笑っていた蛆虫達がパラパラと落ちていく。異臭を放つ糞尿が渦巻くのをやめ、臭いが消えていく。暗闇の中から徐々に頭が見え、こちらの様子を伺う顔が見えた。タイちゃんの顔だ。

 タイちゃんの目が生二狼の顔をじっと見ている。生二狼は引き上げながら、もう一度言った。


「み~つけた~」


 可愛らしいタイちゃんの顔がじっと生二狼を見つめてくる。その顔から糞尿が流れ落ちる。体にこびりついてる糞尿も流れ落ちていく。同時に蛆虫達が踊るのをやめていく。握ってる小さな手から徐々に温かみが伝わってきた。

 そして笑った。タイちゃんが嬉しそうに笑った。


「アァ~見つかったぁ~」


 続けて楽しそうに言う。


「もう一回! もう一回! かくれんぼ、もう一回!」






 生二狼はタイちゃんと手を繋ぎ、きれいになった道を歩いていた。車とすれ違い、遠くに建設中のビルが見える。崩壊した村に復興が進む。

 タイちゃんはキョロキョロと辺りを見回している。


「ここどこ~?」


 風の香りに覚えがある。木々のざわめきに聞き覚えがある。色とりどりの花の名前を知っている。けれど見える風景が違う。歩き慣れた道が無い。目印のお地蔵様が居ない。惣ちゃんがいない。僕の家がない。


「ねえ、ここどこ~?」

「故郷ですよ」

「ふるさと?」

「ええ、故郷です。新しい故郷ですよ。前の故郷は消えて無くなりました」

「新しいふるさと? 遠くにお引っ越し? 惣ちゃんがお引っ越し? あっ! 惣ちゃんは? 惣ちゃんは?惣ちゃんは?」

「ここには、居ません。ここでは一緒に隠れんぼは出来ません」

「かくれんぼ! かくれんぼ! 惣ちゃんと一緒にかくれんぼ!」


 惣ちゃんは? 惣ちゃんは? とキョロキョロしながらタイちゃんが言う。生二狼は黙って歩き続け、やがて小高い丘の中腹に着いた。

 景色が良い、見晴らしが良い。だが何も無い。ただ一つ、小さい石が立っている。そこで生二狼は立ち止まった。


「ここで僕と隠れんぼをしないですか?」

「かくれんぼ―!」

 タイちゃんは喜び跳び跳ねた。しかしすぐに不安な顔になる。

「惣ちゃんは?」

「一度だけ僕と隠れんぼをしたら、次からは惣ちゃんが見つけてくれます。惣ちゃんが君を見つけてくれます。必ず見つけてくれます」

「ほんと―?」

「ええ、必ず。何度でも隠れんぼをしてくれます」

「やった―! かくれんぼ! かくれんぼ!」

「では始めましょう。僕との隠れんぼを」

「うん!」


 タイちゃんはすぐに走り出した。生二狼は後ろを向き目を閉じる。足音が遠ざかる。あそこに隠れようと走っていく足音が遠くなる。


「も~、いいか~い?」

 少し遅れて返事が聞こえる。

「も~、いいよ~、クスクス」


 生二狼は目を開け、振り向く。タイちゃんの姿は見えない。上手く隠れて完全に体を隠している。クスクスと笑い声だけが聞こえる。

 生二狼は真っ直ぐ歩いていく。此処には隠れる場所は一つしか無い。其処に向かい歩を進める。


 綺麗に切り揃えられた長方形型の石。それは丁寧に手入れがされてあり、こまめに差し替えられているのだろう、みずみずしい菊の花が添えられている。いくつか置かれてあるオモチャが微笑ましい。

 石には『木村家の墓』と彫られ、線香の煙りがそよ風にたなびいている。

 今、此処にはその墓しかない。隠れ場所は墓の中だけである。その中からクスクスと笑う声が聞こえている。

 生二狼は墓の前に立ち、手を合わせてから渦を巻きトゲのある文様の描かれた小瓶から粉を出し、墓全体に優しく撒き始めた。

 墓の中ではタイちゃんが笑っている。生二狼が粉を撒く度にクスクスと笑い、それと共にカランと何かが落ちる音がする。

 何度か撒き、何度か何かが落ちる音がした。それは手を口に当てクスクスと笑うタイちゃんから落ちている。

 白く輝く小さな骨。誰にも見つけてもらえず、ずっと一人で隠れていたタイちゃんの骨。粉を撒く度にタイちゃんの体から一つ二つと落ちていく。先に墓で眠る両親の骨の横に、タイちゃんの骨もカランと音を立て落ちていく。

 両親の骨が眠る墓の中にタイちゃんの骨も眠りにつく。


「も~いいよ~クスクス」

 その声を聞き、生二狼は墓に手を当て「み~つけた」と返す。するとタイちゃんが墓の中から顔を出して「アァ~見つかったぁ~」と嬉しそうに笑う。その顔が薄く透明になっている。

「もう一回!」と墓から出てくるタイちゃんの体も薄い。この世とつなぎ止められていたモノを骨と一緒に墓の中に落としてきたかのように、タイちゃんの姿は薄く透明でキラキラと輝いていた。無邪気な笑顔も眩しく輝いている。


「もう一回! もう一回!」

 輝くタイちゃんが生二狼に抱きつきせがむ。その笑顔を見て、生二狼は微笑み頷く。

「はい、もう一回しましょう。何度でもしましょう。けれど次はここではありません。場所を変えましょう。次はあそこです」

 生二狼は空を指さした。空は天気が良く澄んでいて、暖かな陽射しの中、鳥がさえずり飛んでいる。青空にはボッカリと白い雲がいくつか浮かんでいた。


「あそこ? おそら?」

「そうです。次からはあの空の雲で隠れんぼです。好きな雲に隠れて下さい」

「わかった!」

 タイちゃんは楽しそうに駆け出した。「かくれんぼ! かくれんぼ!」と言いながら走っていく。空に向かってどんどん走っていく。どの雲に隠れようかとキョロキョロ頭を振り、楽しそうに嬉しそうにクスクスと笑いながら、タイちゃんは空へと走っていった。

 太陽よりも明るく輝いて、タイちゃんは空へと昇っていった。





∝∝∝∝∝∝


 ようやくスクランブル交差点を渡りきれた。杖をつく手がぷるぷると震えるし、膝を悪くしてから歩くのも一苦労だ。

 歳をとったもんだ。白髪が増え、シワも増えた。あれから随分と月日が流れた。

 教員も定年退職して隠居生活になった。婚期を逃し妻もめとらずに老後を迎え、子供がいないのは寂しくもあり不安でもある。

 しかし独りでは無い。いつも背中にタイちゃんを感じてきた。今もクスクスと笑い「惣ちゃん、ここだよ」と声を掛けてきてくれる。この歳までずっとタイちゃんを感じて生きてきた。耳も遠くなったが、タイちゃんの声だけは今もはっきりと聴こえる。あの日からずっとタイちゃんが背中にいる。


 スクランブル交差点を渡る人達は皆が早足だ。いや、交差点だけでは無く、都会の全てが早すぎて目が回りそうだ。すれ違う人の顔なんて分かりゃしない。もっとも自分はこの曲がった腰のせいで足元しか見れないが……。

 それに都会は暑い。どうして都会はこんなに暑いのだろうか? 人混みに押されて急かされるからだろうか? 少し歩くだけで汗が出る。


 立ち止まり汗を拭いた。立ち止まると、すれ違う人混みはもっと早くなる。それまでも目が回りそうなほど早いのだが、立ち止まると更に人混みも、それに合わせた景色までもが、吹き抜けていく風のように一瞬で通りすぎていく。なのに涼しくもならず、暑さだけが増す。


 何度も首筋の汗を拭っている時だった。

 

  《 み~つけた 》と


 誰かが声を掛けてきた。本当に自分に声を掛けたのかどうか分からない。名前を呼ばれた訳でもなく、肩を叩かれた訳でもない。しかしその声は真っ直ぐに自分に届いてきた。自分の背中に投げ掛けてきたのが分かった。

 誰だろう?

 振り向いても誰も居なかった。いくつもの人影が忙しなく通りすぎていくだけで、自分に声を掛けたような人は見当たらない。

 先ほど渡ったスクランブル交差点では相も変わらず顔の分からない人だかりが、信号が青になるのを待っている。止まって待っているのに、忙しなく歩く人だかりと同じように動いて見えた。都会では全てが早く動いている。

 その中で二つの人影だけが、はっきりと止まって見てとれた。流れる斜線の景色の中で、二人だけがぽっかりと浮かんで見えた。

 一人は背が高くどこか儚げで青い目をしている。もう一人はずんぐりむっくりでゴワゴワした髪だ。この二人だったのだろうか、どこかで会っただろうか? 覚えがない。


 声を掛けられたと思ったのは気のせいだったのだろうと再び歩き出したのだが、歩く自分に違和感を覚えた。なんだろうか、ギクシャクして歩きづらい。一度止まって自分の体を見てみたが、原因が分からずに再び歩き始めた。

 三歩進んでまた足を止めた。

 もう一度、自分の体を見た。足から腰、上半身、腕、手と見て、杖を見て驚いた。

 信じられず、もう一度確認した。それでも信じられずに自分の体を触った。

 杖をついていなかった。杖で支えなければ倒れてしまいそうなほど折れ曲がっていた腰が伸びている。タイちゃんの重みを背中に感じて、曲げずにいられなかった腰がしゃんと伸びている。何十年もの間、ずっしりと体を押していた重みが無くなっていた。杖をつかなくても、下ばかり見なくても、前を向いてちゃんと歩いていた。

 背中のタイちゃんが居なくなっていた。


 クスクス クスクス

       ここだよ


 それでも聞こえる。タイちゃんの声が聞こえる。早く見つけてとクスクス笑うタイちゃんの声が聞こえる。

 振り向き探した。背中を探した。隠れるタイちゃんを探した。いない。いない。いない。どこにもいない。タイちゃんがいない。タイちゃんがいない。タイちゃんの重みを感じない。


 クスクス クスクス

ここだよ

        ここだよ

   ここだよ


 必死で探す姿を見てタイちゃんが笑う。隠れた場所から顔を覗かせ、ここだよと笑う。


 クスクス クスクス

   ここだよ


 聞こえる。聞こえる。聞こえる。はっきりと聞こえる。楽しそうに笑うタイちゃんの声が聞こえてくる。

 空だ。空から聞こえる。


 天を見上げると、青い空に白い雲が浮かんでいた。いつ以来だろう? 空を見るなんて。

 綺麗だ。とても清々しく、澄んで晴れやかだ。

 ポッカリ浮かぶ白い雲の一つから、タイちゃんが顔を出し覗いていた。自分を探している姿を見て笑っていた。クスクスと楽しそうに笑っていた。ここだよと笑っていた。


 あぁ……タイちゃん

   見つけたぞ


 アァ― 見つかったぁ

 もう一回! もう一回!


 タイちゃんが走り出し、まだ~まだだよ~と言いながら別の雲に隠れた。


 もう~いいよ~


 雲から顔を出し、ここだよとクスクス笑う。


 あぁ、見つけてやるぞ。何度でも、何度でも、見つけてあげるぞ。


 頬を涙が流れた。タイちゃんが霞んで見えなくなってしまう。慌ててハンカチで拭った。

 その時、スクランブル交差点の信号が青に変わり、人々が一斉に渡り始めた。見知らぬ人達がそれぞれの顔で、それぞれの思いを抱いて忙しなく歩いている。その中に、先ほどの二人の姿もあった。交差点を渡って行く。

「……ありがとう」

 何故か呟いた。あの二人がタイちゃんを天へ導いてくれた気がした。ちゃんとお礼を言わなくては……。

 そう思ったのだが、二人の姿もすぐに、スクランブル交差点の人混みの中に忙しなく消えて行ってしまった。



 空ではタイちゃんが楽しそうに笑っている。




 クスクス クスクス


  ここだよ





  【非世の中処】

~世ノ中ニ非ズモノ承リマス~


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