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学校のトイレ:中編①

 両親から突然、引っ越しの話を聞いた。

 惣兵衛は複雑な思いでその話を聞いていた。

 ここから遠く離れた都会の町へ引っ越しをするのだ。華やかな都会に憧れ夢見た事もある。都会に馴染むカッコいい自分も想像した。不安もあるが早く都会に行ってみたい。田舎には無い、都会の建物や食べ物、お洒落な人達、自分に好意を抱いてくれるキレイな女の子。惣兵衛はそれらを想像するだけで心臓がドキドキした。

 しかし哀しい事もある。ここの友達ともう遊べなくなる事。近所のオジサン、オバサン、学校の先生、ここに居るみんなと会えなくなる事。ここの景色が見れなくなる事。この土地の草の匂いや風の音などが感じれなくなる事。それらを想うと哀しくなってくる。

 そして何よりタイちゃんだ。タイちゃんと会えなくなるのが寂しい。もう二度と会えなくなるんじゃないかと考えると目の奥がジンとして、引っ越しするのが嫌になる。だからタイちゃんにはなかなか言えなかった。引っ越しする事を伝える事が出来なかった。

 ずっとこのままタイちゃんと遊んでいたかったのに、引っ越しをするその日はあっという間に訪れた。とうとう明日、引っ越ししなければならない。



「明日で最後だぞ」

「なんで?」

「遠くへ引っ越すんだ」

「うん」

「もう会えなくなる」

「明日もかくれんぼ?」

「違う。引っ越すんだ。かくれんぼも出来なくなるんだ」

「かくれんぼ~かくれんぼ~遠くまでかくれんぼ~」


 何度説明しても理解してくれないタイちゃんを、惣兵衛は半ばあきらめ顔で家まで送り届けた。

 明日は引っ越しの準備で忙しい。昼過ぎには出発すると言っていたから、タイちゃんを構ってる暇は無い。これで最後かも知れないのにタイちゃんは隠れんぼばかりせがんできて、一日中鬼をやらされた。楽しそうにタイちゃんは隠れている。そんなタイちゃんを見てると明日からもう隠れんぼが出来なくなる事が少し寂しい。ずっと此処に居たい気持ちになる。しかしその反面、明日から過ごす都会の事を思うと楽しみでもあった。


 この日、惣兵衛は最後に何かあったら大変だと思い、数をかぞえる時にも目をつむる振りだけをしてタイちゃんの行動を監視していた。危ない場所へ行かないように、変な所に隠れないように、特に肥溜めの方へ近づいた時には数のかぞえを早くしてすぐに見つけて、次は別の場所へ行くように促した。

 タイちゃんが肥溜めに落ちるのは防がなければいけない。けれどそれ以上に惣兵衛自身が肥溜めを覗くのが嫌だった。最後の最後にあんな思いをしたくはなかった。肥溜めを覗くのは絶対に嫌だと、惣兵衛は強く思っていてずっと監視をしていたおかげも有り、何事も無く無事に終える事が出来た。


 次の日、引っ越しの準備を朝早くから手伝っているとタイちゃんが隠れんぼをしに惣兵衛の元にやって来た。前日にあれだけ今日はダメだと言っていたのに「かくれんぼしよ~」と言って来る。今日はダメだと言い聞かせてもタイちゃんは離れず、ずっと「かくれんぼしよ~」とせがんでくる。

 見かねた両親が「出発まで遊んであげなさい。タイちゃんとも最後なんだしね」と惣兵衛を追いやった。惣兵衛としては邪魔者扱いされたようで不満もあったが嬉しさ半分でもある。いつもの場所へ行き、さっそく隠れんぼを楽しんだ。

 危ない所へ行かないように、変な場所へ行かないように、惣兵衛は薄目を開けて数をかぞえ、隠れてる場所を知りつつ探す振りをしてタイちゃんと隠れんぼを楽しんだ。

 見つけても見つけても、タイちゃんは嬉しそうに「もう一回」とせがんでくる。


「もぉぉいぃぃか――い?」

「まだだよ~~」

「もぉぉ、いいかい?」

「あ~~、まだ~~!」

「もういいかい?」

「…………」

「もういいかい?」

「……いいよ! クスクス」


 タイちゃんは岩の陰に隠れた。惣兵衛は薄目を開けてそれを確認している。それでも最初はわざと違う方向へ行き、タイちゃんを探す。

「ここかな~?」

 農具倉庫の裏を見る振りして、横目で岩の陰を見るとタイちゃんは岩から顔を出し笑っている。

「あれ~? どこだ~?」

 分からない振りをしながら岩に近づいて行くと、タイちゃんは身を小さく屈めて口を手で押さえクスクスと笑う。半分見えている背中が揺れている。


「タイちゃんはどこだぁ~?」

 惣兵衛が気付いてない振りして探しているのに「タイちゃ~ん?」と呼ぶと、タイちゃんは岩に隠れながら「ここだよ~」と答える。そんなやり取りを何度かしてから惣兵衛はタイちゃんを見つける。


「み~つけた!」

 惣兵衛がそう言って背中を叩くと、タイちゃんは「アア~~!」と言って楽しそうに「もう一回っ!」と笑いながら駆け出し、元の場所に戻りジャンプしながら手招きをして惣兵衛を呼ぶ。

 何度も隠れんぼを繰り返した。今日のタイちゃんは途中で勝手に帰る事なく、肥溜めの方に近付く事も無かった。惣兵衛も安心して隠れんぼを楽しんだ。もう会えなくなってしまうタイちゃんと最後になる隠れんぼを、少しセンチメンタルになりながらも心から楽しんだ。


 引っ越しの準備が気になり、空を見上げると太陽は真上にある。そろそろ出発の時間になりそうだった。

……次が本当に最後の隠れんぼ


「タイちゃん、次で最後だぞ! 見付からないようにちゃんと隠れろよ!」

「うん、わかった!」

 もうタイちゃんは隠れ場所を探し駆け出している。惣兵衛はその方向が肥溜めの方では無く、安全な岩の方である事を確認してから目を閉じた。これがタイちゃんとの最後の隠れんぼ。惣兵衛は出来るだけ長く探していたくなり、タイちゃんの隠れる場所が分からないように自ら固く目を閉じした。


「も~いいかい?」

「まだだよ~」

 タイちゃんが隠れ場所を探して動き回る足音が聴こえる。

「も~いいかい?」

「……まだ~」

 カタ、カタ、と何かを動かす音が聴こえた。岩の近くにあったクワだろうか? それとも立て掛けてある板か?

「も~いいかい?」

「……」

 返事が無かった。それが『いいよ』という合図かと思い、目を開けようとした時にタイちゃんの声がした。

「あっ、まだ――!」

 再びタイちゃんの走り回る足音が聴こえる。隠れる場所を探してあちこちと移動している。ガサゴソと音がしては別を探す。ガタゴトと音がしては、また足音がする。

「も~いいかい?」

「まだ――」

 いつまでも隠れる場所を探して足音が走り回っている。そのうちに惣兵衛はタイちゃんの場所が分からなくなってきた。


「も~いいかい?」

 あちらから「まだ―」と聴こえ、こちらから足音が聴こえる。向こうでクスクスと笑い、そちらで息づかいがする。これが最後である事が分かっているかのように、タイちゃんもいつもより長く隠れる場所を探す。


「も~いいかい?」

 少し間が開きタイちゃんが返事をする。

「……もうちょっと!」

 その声が少し遠い。

 惣兵衛は目を閉じ、あちこちと走り回っている足音に耳を傾けて想像で追いかけてみる。でも分からない。どこだろう? 頭の中でタイちゃんを真剣に探す。それを隠れてクスクス笑いながら見ているタイちゃんの姿も浮かぶ。

 なんだか惣兵衛は楽しく感じていた。最後に本気でタイちゃんを探せそうだと。いい想い出になりそうだと。

 だから、惣兵衛には気付けてなかった。タイちゃんの足音が肥溜めの方へ向かっていたのが。ガタ、ガタ、と聴こえた音が蓋を外す音だった事が。「もういいよ」と聴こえた声が少し籠っていた事が。


「もういいよ~」

 タイちゃんの声がした。

 惣兵衛は目を開けタイちゃんを探す。岩の所へ行きタイちゃんを探す。そこには居ない。板の裏や草の陰を探す。ここにも居ない。農具倉庫へ行き裏を探す。ぐるっと一周する。念のため入り口の戸を調べる。戸は開きそうにも無かった。藪を探し、段差を調べる。

 タイちゃんの姿がどこにもない。

 惣兵衛は少し不安になる。確かに「もういいよ」と聴こえたから勝手に帰ってるはずがない。何処かに居るはずだ。それなのにタイちゃんの姿が見当たらない。そんなに上手く隠れているのだろうか。いつもは体半分見えてたりするあのタイちゃんが……。

 あちこちくまなく探した。隠れられそうに無い場所まで敢えて探した。惣兵衛の心臓にズシリと重いものが刺さる。まさか……まさか……と身が震える。そんな事はない……今日に限って……最後に限って……。

 知らず知らずに肥溜めの近くを探していた。血の気が引き、口が渇く。あそこは嫌だ、探したくない、最後になってあんな所に隠れるはずがない。意識して肥溜めの方には向かず他を探す。それでも肥溜めから漂ってくる糞尿の臭いが鼻についてくる。

 惣兵衛は近くに寄るのも嫌になり、場所を変えようと岩の方へ体を向けた。

 その時、後ろで笑い声がした気がした。微かにクスクスと聴こえた気がする。惣兵衛は体が硬直して動けない。

 まさか……まさか……

 耳を澄ましてもクスクスと笑う声はさっきの一回だけで、今はもう聴こえない。タイちゃんならずっと笑っているはずだ。聞き間違いだ……聞き間違いだ……風の音だ……空耳だ……自分に言い聞かせた。振り向いて確かめたいけど怖くて振り向けない。肥溜めから蛆虫が這い出してきてる気がした。糞尿が溢れだし自分の足元まで流れてきてる気がした。早くこの場から離れたかった。岩の陰でタイちゃんを探したかった。でも足が動かない。ここから動けない。

 もしかして……もしかして……タイちゃんが肥溜めに隠れていたら……

 タイちゃんが心配になるがそれでも惣兵衛は後ろを振り向けない。肥溜めに目を向ける勇気が湧いてこない。


 惣兵衛はゆっくりと小さく呟く。

「タイ……ちゃん……?」

 居るなら応えてくれるはず。

「タイちゃん……? タイちゃんは……どこだ……?」

 返事はない。クスクスも聴こえない。惣兵衛の声が少しずつ大きくなる。

「タイちゃん……? タイちゃん……? どこだ? どこだ? タイちゃんはどこだっ!!」


 耳を澄ます。後ろに意識を集中する。肥溜めを想像する。タイちゃんを思い浮かべる。聴こえない。何も聴こえない。風もない。虫もいない。何もない。何も聴こえない。タイちゃんは居ない。こっちには居ない。タイちゃんは肥溜めに隠れてはいない。隠れてなんかない。


 タイちゃんの返事が聴こえて来なかったのに安堵し、タイちゃんは岩の陰に隠れているに違いないと思った。そう信じた。今ごろ岩の陰で口に手を当ててクスクス笑っているに違いない。

 惣兵衛は岩の方へ駆け出し、大声でタイちゃんを呼んだ。


「タイちゃ――………………ん……」

 惣兵衛の声は尻すぼみとなり、足が止まった。

 声を出す時、確かに聴こえた。間違いなく聴こえた。後ろから、肥溜めから、肥溜めの中から。声では無く、鈍い音が……肥溜めの中へ何かが落ちる音が。

 確かにボチャンと肥溜めの中に何かが落ちた。




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