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 死に神:シャーマン

 

 北の寂れた土地。

 その村には霊を呼び寄せるシャーマン達が住むという。亡くなった人の霊魂を呼び寄せ、憑依させた女性の口から語らせるその術は、聞く者を驚愕させ跪かせる。誰もが涙し、亡き人となった者の声を聞く。

 代々、その村の女性がシャーマンを受け継いできた。幼き頃から修行を積み、特別な力を持った者達だけがシャーマンとして崇められている。

 その中に、お観代ミヨという名の女がいた。お観代は特に優れていた。他のシャーマン達から、その凄まじいまでの霊力を恐れられる程に。


 ある日、お観代はお告げを聞く。『山向こうに居るマタギの子を宿せ』と。

 お観代には九つになる娘お千代が居た。母の言い付けを守る、純朴で優しい娘であった。お観代はその娘お千代を置いて、一人山向こうへと向かう。その際、家の敷地四隅に結界を張り、娘に「絶対にここから出るな」と告げる。


 灰色に降りてくる重く厚い雲を見て、お観代の胸が騒ぐ。よからぬ事が起きる。この地でよからぬ事が起きる。お観代は畏れていた。この村の言い伝えが我が身に降りかかる事を。


《千年に一度、この村に死に神が降りて来る。》


 雲は黒く重く、時おり横へ稲妻を走らせながら、地の底から雷鳴を轟かせていた。



 お観代は山を三つほど越えた奥深い場所でお告げで聞いたマタギの男と出会い、一夜で子を宿した。その後、お観代は山の洞窟で一人、子が産まれるのを待つ。木の実をかじり、葉の滴で喉を潤し、子が産まれ出るその日を山の洞窟で一人過ごした。


 娘のお千代も一人で言い付けを守り、決して家の敷地から出る事なく、庭で手まりをついて母の帰りを待っていた。朝起きてすぐに庭に出ては、不気味に低く村を覆う黒い雲の下、一人寂しく手まりをして母の帰りを待っていた。

 空の雲は恐ろしかったが、母が張った結界の中に居れば大丈夫と、お千代は何日も何ヵ月も一人で手まりをして母の帰りを待ち続けた。


 ある日の夕刻。突然近くに雷が落ちる。いつものように手まりをしていたお千代は驚き、手元を狂わしてしまう。まりがコロコロとお千代から離れて転がっていく。慌てて追いかけたが、地響きの如く大地を揺らし響き渡る雷鳴に思わず耳を塞ぎ座り込んでしまう。その間も、まりはどんどんお千代から離れて転がっていく。

「待って、いかないで」

 お千代は願う。

 願ったせいか、まりはかろうじて結界から出ずに庭の端で止まってくれた。しかし、お千代は雷が怖くて動けない。耳を塞ぎ、雷鳴が止むのをじっと待った。

 やがて空は静かになり、明るくなる。お千代は急いでまりを取りに行く。母がくれたまりを、明日もついて帰りを待つために。お千代はまりを取りに行く。


 その時、風が吹いた。湿った黒い風がまりを庭の外へと押しやる。届きそうだったまりが手から離れていき、慌ててお千代は追いかけた。

 まりは、お千代の手から逃れるように転がっていく。まるで何かに操られているかのように。お千代は夢中で追いかけた。母から貰ったまりを。母が帰って来るその日まで、寂しさ紛らわしてくれるそのまりを。

 知らぬうちに、言い付けを破り結界から出ていく事にも気付かずに追いかけてしまう。


 ようやく追いついたまりに手が触れた時、お千代は結界から出てしまっていた。

 明るかった空が嘘だったように急に暗くなった。見上げると黒い雲に稲妻が走り暴れている。お千代は不安になり、指に触れたまりを拾い上げる事無く、急ぎ庭の方へと引き返した。


 その時、空が割れ轟音を響かせながら、激しい稲妻がお千代を狙い落ちてきた。





 お観代の腹も大きくなり、もう間もなく産まれる頃だった。その子が腹の中で暴れる。どんなに落ち着かせようとしても、腹の中で子が暴れてしまう。

 空はどんよりと暗い。何かが落ちて来そうな気配を漂わせ、低く重く村を覆い尽くしている。お観代の胸の騒ぎは止むことが無く、腹の子も暴れ続けた。まるで早く村へ戻れと言わんばかりに、腹の中からお観代を蹴り続けてきた。

 お観代は空を見上げる。暗く重く沈み、大地を飲み込もうとしているようだった。

 娘は大丈夫だろうか? 胸が騒ぐ。腹の子が暴れる。嫌な予感がする。不吉な事が起こりそうな気がする。お観代は崖の縁で娘を想う。


 突如、遠く村を覆う不吉な雲が怪しく瞬き、一筋のいかずちを撃ち落とす。お観代の体に戦慄が走った。腹の中の子が『村へ戻れ、娘の元へ』と叫ぶ。

 身重の身の危険も顧みず、お観代は駆けた。坂を下り斜面を這い上り、崖をつたい川を越え、草を刈り枝を薙ぎ岩を割って、道なき道を駆け戻った。



 村は静まり動く物が無かった。汚れ傷んだ着物をかろうじて身に纏う、お観代だけが駆け走る。


「お千代! お千代――!」


 屋敷に着いたお観代は結界の一部が破られているのを見る。その傍らに一人の僧侶が佇んでいる。印を結び経を唱え、破られた結界を守るように構え立っている。足元には、まりが転がっていた。

 お観代は僧侶に頭を下げ、まりを拾う。


「早く……早く中へ……娘さんの元へ……」

 僧侶の声は弱く苦しげであった。袈裟が破れ紅く滲んでいる。


 お観代は僧侶を見上げ礼を言おうと口を開けた。しかしその顔を見た途端、息を飲み言葉が出ない。

 僧侶の両の目はくりぬかれ、口は裂かれ、額が割れ、顔中血濡れで肉も削がれていた。


「死に神とは……畏れ入った……ささ、早く……娘さん……の元へ……」

 血を滴らせながら僧侶は言い、くりぬかれて見えぬ両の目を空に向け、再び経を唱え始める。


「あ、ありがとうございます……」

 その言葉だけを絞り出し、お観代は庭へと駆ける。


「お千代……お千代……」

 お千代は庭で倒れていた。着物が焼け焦げ、露になった肌はただれている。


「母……様……お帰り……なさい……」

「お千代、お千代、しっかりするのじゃ! お千代!」

「……母様、ごめんなさい……言い付けを……破って……外に……ごめんなさい……」

 まりを手渡すと、お千代は薄く喜びそして目を閉じた。

 お観代は躊躇していた。今すぐ手当てをせねばならぬ。娘を介抱してやらねばならぬ。しかし、その前にやらねばならぬ事がある。自分にそれが耐えられるのか? 自分に其れほどの力があるのか? 判断が定まらなかった。

 お腹の子が『早くしろ! 早くしろ!』と蹴り続けてくる。


 お観代の腹はマタギの子を宿し、大きく膨らんでいる。そしてまたお千代の腹も大きく膨らんでいた。どす黒く濁み大きく膨らんで蠢いていた。

 娘お千代は死に神の子を孕まされていた。

 お千代の腹が妖しく腐り膨らんでいる。早くせねば、死に神の子が産まれでる。そしてお千代の命が枯れ果ててしまう。

 お観代の腹の子が蹴って急かす。

 お観代は決断する。自分の着物の裾をはだけて片膝立ちになると、お千代の股ぐらへと手を差し込んだ。お千代の腹の中で蠢く死魂モノに触れる。おぞましく腐敗した拠の世成らざる死魂モノが、怖気する程にお観代の指に絡み付き引き込もうとする。お観代は耐え抗い、手に触れた死魂モノを掴み握り絞めると、お千代の股ぐらからそれを引き抜き、己の股ぐらへと押し当てた。


 村に、この世に非ず叫びが響き渡る。成長しきれてない未熟な死魂モノがお観代の手を腐らし溶かし、お千代の腹へ戻ろうとする。お観代は足を拡げ、背を丸めて押し込む。己の股ぐらへと押し込む。

 お観代の皮膚が腐れ落ち、骨が露出する。それでも己の股ぐらへと押し込む。念を込め力の限り死魂モノを押し入れる。

 死魂モノがお観代の掌を突き破り這い出る。腐臭を漂わせながら、死爪を食い込ませながら、お観代の手を腐れ溶かしながら這い出で、お千代の腹を目指す。


 その時、お観代の股ぐらから一本の胎児の腕が伸びてきて、死魂モノを掴んだ。そしてズルズルとお観代の腹の中へと引き摺り込んでいく。

 死魂モノは口無き口を開け、目無き目を見開き、言葉無き言葉を発し、空に向け雲に向け地獄に向け、情無き業を叫び、天を割り地を震わし稲妻を呼び暴雨を荒れ狂わしながら胎児の腕に捕まれて、お観代の腹の中へと引き摺り込まれていった。



 それからしばらくお観代の腹は黒く汚れ蠢いていたが、やがてそれも治まり二月遅れて一人の男児を出産する。

 男児の目は青く澄んで輝き、肌は白く滑らかに無垢だった。

 だが一つ、腹に不穏な痣が妖しく浮き出ていた。



  【非世の中処】

~世二非ズモノ承リマス~

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