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鬼:成仏

 

 【非世の中処】の看板が掛かるドアの内では、助手の宇梶が連続少女殺人事件の犯人の事をパソコンで調べていた。

 犯人は既に三年前、死刑が執行され死亡していた。動画が撮られたという三年前と時期が重なっているのが気になる。出生を調べると両親と同じ秋田で生まれ、幼少の頃までをそこで過ごす。


「秋田っすか……秋田と言えば……」

 宇梶が思い出すように天井を見上げる。


 秋田の一部地域では、ナマハゲという伝統行事があり、大晦日に鬼の面を被り、蓑を身に付けた者が出刃包丁を振りかざしながら「悪い子はいねが―」「泣く子はいねが―」と各家々を訪ね歩く。

 大人であっても異様な面の鬼が包丁を振り回し、家に押し入ってくる姿は恐怖を覚える。子供であるならば尚更の事、みなが恐れおののき泣き叫ぶ。

 そうする事で厄災を払ったり、悪心を戒めまた強く丈夫な子供に育てる意味もあるという。


 悪い事をしたり、泣いてばかりいると鬼が来る。だから恐怖体験をした子供達は悪い事をせず、強く正しく生きていこうとする。やがて成長した子供達は、それが行事である事を知り、自分達がそうして育ったように、自分達の子供にも強く正しく育って貰おうとナマハゲを家に招き入れる。そうやって伝統は紡がれていった。


 田中もまた幼少の頃にナマハゲに恐怖の記憶を刷り込まれた。そして大人になり伝統行事であった事を知るはずだった。しかし田中は恐怖の記憶を植え付けたまま、幼少の頃にその地を後にしていた。



∝∝∝∝∝∝∝


 生二狼は動画が撮られた場所に戻った。

 そこには建っていたマンションは無く、あの動画に映っていた夜の青空駐車場が広がっている。

 生二狼はその駐車場へと入っていく。おぞましい空気が漂う中、怯える気配も感じる。

 暗く寂しい駐車場を奥へ進むと、車に隠れて少女の念が震えている。かわいそうに足の怪我が痛々しい。声を掛けると少女の念は驚いたように顔をあげた。

 じっと生二狼を見つめている。その目は、僅かな希望をかき消すくらいの嫌疑と絶望の色をしている。


「怖かったでしょうね……辛かったでしょうね……でも、もう大丈夫です。安心して下さい。僕はあなたを襲ったりしません。あなたを助けに来ました」

「…………」

 少女の念は身動き一つせず、ただじっと見ている。突然現れた男が何者なのか探っているようでもあり、何を信じていいのか分からなくなった少女が逃げ出す隙を伺っている様でもある。

 少女の念は身動き一つせず、ただじっと見ている。逃げ出したくても足が痛くて動けないのかも知れない。怖くて体が動かないのかも知れない。いつまでも追いかけて来るおぞましい物から、果てもなく逃げる事に疲れ切っているのかも知れない。


 生二狼は優しい笑みを浮かべて、少女の念にリコーダーを差し出す。

「あっ!」

 少女の念が初めて声を出し、それまで念としてそこにあったものが、はっきりと少女の姿となった。


「探していたんでしょう。大事な物をなくしてしまって、さ迷っていたんですね」

「どこにあったの?」

「踏み切りに落ちていました」

「踏み……切り……?」

 少女は首を傾げる。


「ええ、踏み切りに有りました。大事な物でしょ。あなたに返します。さぁ、どうぞ」

 少女は恐る恐る受け取ると、リコーダーを眺めるその顔が少し和らいだ。

「これ探してたのー! あれ? でもなんで探してたのかなー?」

「朋ちゃんのリコーダーだからですよ」

 その言葉を聞き、少女は再び生二狼を見つめ呟く。

「朋……ちゃん……?」

「そうです、朋ちゃんです。あなたは間違って朋ちゃんのリコーダーを持って帰ってしまい、それを返そうと家を出たけど途中で踏み切りの線路に躓き、転んだ拍子にリコーダーを無くしてしまったのです」

「朋ちゃん……リコーダー……踏み切り……??……!!……そうだー! 朋ちゃんのリコーダー無くして、探してたんだー!」

 良かったー、と呟きながら大事そうに胸に抱える。しかし、少女の表情はだんだんと曇っていく。


「凄くすごく探したのー! でも見つからなくて、ずっとずっと探して……何年も何年も探してる気がする……」

「はい。あなたは、あれから十年も探し続けています」

「十年!? えっと、私は十歳だったから……えっー! 私いま二十歳?」

 小学四年生のままの自分の姿を見ながら驚いて、生二狼を見上げる。生二狼は優しく微笑む。その腹に痣が浮き始める。


「そっかぁ……十年……」

 少女は寂しげに、しかし強く自覚したように問うてきた。

「ねえ……私、死んじゃったの?」

「はい、十年前に踏み切りで」

「…………そっかぁ」 少女は俯きリコーダーを眺めた。寂しそうに小さな指でリコーダーの穴を塞ぎ、楽しかった思い出をなぞる様に指を動かしていく。



 突然、空気が割れ邪悪な念が辺りを包んだ。

 生二狼の腹の痣が蠢き暴れる。すぐ後ろまで邪悪な念が迫って来た。


 少女が怯え出す。


「おばちゃんが……おばちゃんが……追いかけてくるの! 鬼の顔をして包丁を持って、追いかけてくるの!」


 少女は震えながら生二狼の後ろに迫り来る邪悪な念を凝視している。

 

「ずっと一人で朋ちゃんのリコーダーを探してたの―! 何年も何年も……。誰も居なくてずっと私一人だった。なのにね、ある日突然、包丁持った鬼が私を追いかけて来るようになったの! だから私隠れたの……それから逃げて……また隠れて……」


 生二狼は穏やかに少女に語る。

「そうですか……何年も……疲れたでしょう。だから終わりにしましょう」

「もう追いかけられずに済むの?」

「ええ、その為にもリコーダーを吹いて下さい。朋ちゃんのそのリコーダーを」


 すぐ後ろまで邪悪な念が迫って来ていた。鬼の姿となって。


「鬼が! 鬼が来てる―!」

「ええ。退治しなければなりません。さあ早くリコーダーを」

「うん、分かった―」

「なるべく明るく楽しいパレードのように吹いて下さい」


 少女は頷き、リコーダーに口を当て息を吹き出す。小さな指が踊る様に動くと、軽快なメロディーが流れ出し辺りをパッと明るくする。その明かりに誘われるように空からキラキラと輝く一筋の光がリコーダーを吹く少女に向かって降りて来た。それはキラキラ、チカチカと輝きながら楽しそうに子供達が踊っているパレードだった。

 夜の暗い駐車場がイルミネーションに飾られたパレードで暖かい光りに包まれる。明るく賑やかに、輝きながら行進している。いろんな人が行列を組んで歩いている。みんなが楽しそうに。小さな女の子の姿もある。

 その中の一人が手を振りこちらに駆けて来て、少女の名を呼んでいる。


「ルミちゃ―ん! ルミちゃ――ん!」



 目を向けると、それは朋ちゃんだ。見間違うはずがない。紛れもなく朋ちゃんだ。


「と、朋ちゃんっ!!」

「ルミちゃ―ん!」


 ルミと朋ちゃんは抱きしめ合い、再会を喜びあった。

 その光景を見てから、生二狼が後ろを振り返る。


「さあ、鬼退治の番です」



 鬼が奇声を発し、高くかかげた出刃包丁を生二狼に降り下ろす。かろうじて避けたものの、僅かに腕が切れ血がにじむ。鬼は素早く生二狼を追い、赤い毛を振り乱し襲いかかる。一刀両断にせんと振り回す出刃包丁が空を切り、ブゥォンと音が鳴る。

 避けながら生二狼が鬼に叫ぶ。

「何故その人にとり憑く! その体から出て行くんだ!」

「戯けた事をっ。わしは子供に恐怖を植え付け、どん底に突き落とす。その為にわしは生まれた。それはこの女が望んだ事! この女がわしを生んだのだっ!」

「違う! この人は子供達を守ろうとしていたのだ! それが理解されずに誤解され非難され、攻撃を受けた。その事で苦しみ、自分を責めもした。その時、心に穴が開いた。その穴にお前が入り込み、この人もお前も邪となった!」



~~~~~~~~~~


 田中は幼少の頃住んでいた秋田を離れ、両親と共に都会で暮らし始めた。何もない田舎だった村と違い、都会は華やかで垢抜けていた。鬼など居なかった。大晦日の日に鬼が来る事なんて無かった。どれだけちゃんと戸を閉めても、暴れる鬼が戸を揺らしガタガタと鍵を壊し、家の中まで押し入って来るなんて事は無かった。包丁片手に襲い迫ってくる姿に恐怖する事など一度として無かった。

 まだ幼かった田中は安堵した。もう怯える必要は無いんだと。大晦日の日がやって来るのを怯えて過ごさなくていいんだと。

 鬼はやって来なかった。幾年も幾年もやって来なかった。誰も鬼の話なんてしなかった。それでもいつかまた鬼が現れるんじゃないかと思う日もあった。

 鬼が来た事ある? 高校生になって友達にこっそり聞いてみた事もある。何それ、と笑われた。

 秋田の伝統行事だと知り、ようやく確信出来た。鬼なんて居ない。

 それでもあの日の強烈な恐怖は田中を苦しめた。夜に一人でいると、テレビで暴力的なシーンを見ると、鋭利な刃物を見ると、田中は抑え様の無い不安を感じた。あの時の恐怖はトラウマとなって田中を苦しめ続けた。


~~~~~~~~~



「わしは子供を殺す為に生まれた。幼い子供に絶望を与え、地獄へ落とす為に古から存在してるのだ」

「違う! お前もまた歪んだ念! 本来お前は子供の行く末を案じる優しい鬼だ!」


 グオォォウ、と鬼が襲いかかって来る。角が澱み、目が濁り、蓑が腐っている。涎を垂らし、剥き出した牙は黄色く汚れ、嫌な臭いを吐き出していた。

 生二狼の腹の痣が蠢き浮き出している。腹の皮膚が破れんばかりに腕のように伸び、顔のようなものまで張り出してきている。しかし生二狼は待っていた。邪に歪んだ鬼が、清き心に触れ元に戻るのを。ルミや朋ちゃんや子供達、またその子達を殺めた犯人の田中までもがちゃんと成仏出来るのを。


 おらぁ、おらぁ、と鬼の出刃包丁が生二狼を襲う。攻撃をかわし生二狼が叫ぶ。

「目覚めよ! 目覚めるんだ! 本来の姿を取り戻すんです!」



~~~~~~~~~


 田中は都会で出逢った男と長い交際期間を経て、やがて結婚をする。しかし、その結婚生活は長くは続かなかった。夫となった男はすぐに暴力を振るいだした。その時、田中は鬼を見た。夫となった男に鬼の姿が重なり合った。離婚後も田中は一人で怯え、苦しんだ。


 田中に子供はいない。望みはしたが恵まれ無かった。田中は元来子供好きであった。全ての子供に優しく、大事に接してきた。トラウマとなった、自分が味わったあの日のような思いはさせたくない。怖い思いを子供にはさせたくない。子供に恐怖を与えるナマハゲを憎々しく思う。

 そんな折り、田中はネットでナマハゲの伝統行事が廃れ始めているのを知った。少子高齢化による後継ぎの問題。若い人がしきたりや行いを面倒くさがったり、嫌ったりする問題。等が取り上げられていたが、その中でも一つの文に目が止まる。


 これは幼児虐待だ! 躾という名の暴力だ!


 そうだ。と田中は思う。あれは幼児虐待。そのせいで私はトラウマとなり、今なお苦しんでいる。


 ネットはナマハゲを非難し、凶弾していた。それらのコメントを読む田中は心が踊った。そうよ。そうよ。その通りよ。ようやく自分を理解して貰えた。自分を認めて貰えた。

 田中は思いの全てをネットに書き込んだ。まさに鬼の形相となりナマハゲを非難するコメントを書き込み続けた。寝るのも惜しみ書き込み続けた。知らぬ間に眠ってもなお指は動き文字を打ち続けていた。


 しかし目が覚め、自分が書いた後の書き込みを見てみると、そこには田中を否定する書き込みが多く見られた。


:これは伝統だからWww

:虐待? いやいや儀式ですから

:恐ろしい場面だけ報道されてますが、これは親が鬼から子を守るという場面もあるのですよ

:鬼?(笑)。何でもかんでも虐待だ、暴力だ、って……

:部外者が文句言うんだよね~

:虐待じゃねーよ、よく知りもせずに文句ばっかり言ってんじゃねーよ!


 違う、違う、違う。現に私は苦しんでいる。トラウマになった。虐待じゃなくても心に傷を負う子もいるはず。そうなる子もいるはず! わかって! わかって! わかって! 私の声も聞いて!


 田中はまたネットに書き込んだ。私は子供を守りたいだけ。苦しむ子を助けたいだけ。私みたいにトラウマとなって怯える事が無いようにして欲しい。鬼じゃなくても、脅さなくても……。

 田中は書き続けた。髪を振り乱し、唾を飛ばし、書き続けた。

 しかし、書けば書くほど否定され、非難され、罵声を浴びた。


:お前は子供を躾しないのか!

:甘やかしてんだろ? お前の子供はろくな子供じゃねーんだろな!

:まともに躾も出来ないんだろな!

:このオバチャン、子供いねぇらしいぞ!

:あぁ、それで嫌がらせか?


:子供も作れねーのに文句ばっかり言うな!



 何故…………何故…………私は子供の為を思って…………

 私が……間違ってるの……? 子供の為を思うと……鬼が来た方がいいの? 子供の為に……子供の為に……鬼になった方が……いいの……?



 田中の心が歪み、穴が開いた。そこへ鬼が入り込む。

 古から子供の為に、村の為にと戒めてきた鬼の念が入り込んだ。

 その念もまた歪んでいた。現代人に古からの行いを否定され、村人達を清く正しい道に導いてきた事を無下にされ、鬼の念は歪み始めていた。

 その歪み始めていた鬼の念が穴の開いた歪んだ心に入り込み、邪となった。

 皆から存在を否定され歪み始めていた鬼の念と、皆から凶弾され穴が開き歪み始めた鬼を否定する田中の心。二つの相反する想いが混ざり溶け合い、怨みだけが残り邪となった。


 田中の子供を想う心は、歪んだ邪の鬼と変わってしまった。


~~~~~~~~~



 鬼は暴れ、地面を揺らし生二狼に襲い掛かっていた。その光景を見て、ルミや朋ちゃん、子供達は脅え震えている。

「ルミちゃん、怖い、怖いよぉ……」

「朋ちゃん……私も怖い……でも、大丈夫! 大丈夫だよ―!」


 生二狼は渦のある刺のついた模様の描かれた小筒から粉を取り、鬼の邪気を鎮めようと振り撒いたが効果が現れない。


「鎮めよ! 怒りを、怨みを鎮めよっ!」

「わしにそんな物は効かぬ」

「お前の想いは子供達に恐怖を与える事ではない! 子供達の心を清く正しく、強くする事だ! 鎮まり目覚めるんだ!」

「たわけっ! たわけ!たわけ!たわけ! わしの想いなど、もはや無いわっ! 誰も望んでなどはおらぬ。わしは虐待の象徴、暴力の権現。皆がそう感じ、この女がそれを望んだのだ!」

「違う! その人は子供達を守ってきた。お前も子供達を正しい道に導いてきた。なのにその想いが届かず無念に思った。それが歪み、邪となってしまったのだ!」

「この女もわしも、子供を虐げ殺す事しか考えておらぬわっ!」


 鬼の手が生二狼を捕まえた。そのまま地面に叩きつけ、馬乗りに出刃包丁を構える。

 生二狼の腹からは抜け出さんばかりに顔が迫り出し鬼を威嚇する。鬼がその痣を見て、一瞬動きを止める。


「なに? この痣は……お前も邪の者か? わしと同じ仲間か?」

「違う。今のお前とは違う! 僕は邪にならない……お前と同じにはならない!……鎮めるんだ、気を鎮め目覚めよ!」


「たわけっ! そんな痣を持っといて何を言う! ……辛かろう、邪を体に閉じ込めておくのは辛かろう。わしがその腹、かっ裂いて邪を解き放ってやるわ!」




「やめてぇ―!」

「その人から離れろ―!」

「帰れぇ―!」

「鬼は帰れ―!」

 後ろから子供達の声がした。その声は清く正しく、力強い。


 鬼が怯む。

「お前ら、わしが……わしが恐くないのか?」


「恐いよ―」

「恐い! 恐い! 恐い!」

「あっち行け―! 鬼は帰れ―!」

 鬼は帰れ! その人から離れろ! 田中のおばちゃんから出て行け―!

 子供達は勇気をふりしぼり、邪悪な鬼に立ち向かう。


「この女はお前達を殺したのだぞ?」

「そうだけど……そうだけど……田中のおばちゃんは私達を守ってくれていた……横断歩道でいつも私達を守ってくれていた!」

 ルミは唇を噛みしめ手を強く握ると、一歩踏み出して鬼を見て強く言った。

「悪いのは歪んだ心だ―! 汚れた心だ―! 帰れ! 悪い鬼は帰れ―!」


 鬼の面に亀裂が走る。

「おぉ……強い……強く、澄んでいる。そうだ、そうだ! 汚れてはならぬ。歪んではならぬ。真っ直ぐ歩くのじゃ。それじゃ! それじゃ! わしはその目がみたいのじゃ……」


 刹那、鬼の面が笑った。と同時に弾け散る。

 悪い子はいねがぁ? 泣く子はいねがぁ? ここにはいねがぁ? ここにはいねがぁ? ここにはいねぇ! ここにはいねぇ! ここに悪い子はいねがったぁぁ!


 鬼の面が割れ、優しい田中のおばちゃんの顔となった。


「おばちゃん、田中のおばちゃん!」

 おばちゃ~ん おばちゃ~ん おばちゃん大丈夫~?


 田中は後退る。

「駄目、きちゃ駄目。おばちゃんは、おばちゃんは、みんなを傷つけてしまう。みんなをこの手で……」

「おばちゃんもう大丈夫だよぉ」

「田中のおばちゃん! 鬼は行ったよ―。もう来ないよ―」


「駄目なの。私は鬼となり罪を犯した。みんなとは違うの……みんな本当にごめんなさい……」

「おばちゃん……」

「おばちゃ~ん」

「私は鬼になった……もう戻れない……みんなと一緒には居れないの」

「田中のおばちゃん……横断歩道の時みたいに、またみんなを守ってよ」


 田中は涙を流しながら笑って、みんなに誓う。

「ええ、みんなを守るわ。私は鬼になってしまったけど、みんなを守る優しい鬼になる。必ず、必ずみんなを守る優しい鬼になるわ」


 朋ちゃんが黄色い旗を田中のおばちゃんに渡す。

「こ、これは……」

「これでみんなを守ってぇ。横断歩道の時みたいにみんなを安全に導いてぇ」

「ありがとう……ありがとう……」


「朋ちゃん何でそんなの持ってるの―?」

 えへへ、と朋ちゃんが笑い、みんなも笑う。


 その時、何処かから紛れ込んだ鳥が鳴き、朝を告げた。


 コケコッコ~~


「あっ、コケコッ子ぉ!」

「なんでコケコッ子が居るの―?」


 コケ、コケ、コケコォォ~



「みんな本当にごめんなさいね。そしてありがとう。おばちゃんもう行かないといけない。朝が来るまでに鬼は山へ帰らないといけないの」


 ナマハゲは年に一度、大晦日の日にだけ山から降りる事を許される。しかし朝が来るまでには山へ帰らねばならない。


「みんな、さようなら~さようなら~ありがとう~ありがとう~」

「バイバ~イ」

「田中のおばちゃんバイバ~イ」

 田中の念は正しい道へ導く黄色い旗を持って山へと帰って行った。



 ぐはぁっ!

 生二狼が血を吐き片膝をついた。その腹からは黒く腐敗したものが這い出そうとしている。

 田中のおばちゃんに手を振っていた子供達が心配そうに駆け寄り声を掛ける。

 どうしたの! 大丈夫? なんか出てるよ! みんな! 助けてあげよぉ!


「みなさん……ウゴォッ……大丈夫です。近寄っては、グバァッ……危険です」

「でも! 血を吐いてるし……お腹が……お腹が……」

「心配は……いりま、ゲボッ、せん。僕には心強い味方がいるんですよ」


 生二狼の首から下がる、電源を切った型の古いスマートフォンがブルブルと震え、画面が灯り待受画面が表示された。一人の男の顔である。その男の口が守りのまじないを唱え出し、顔がクマへと変貌していく。


「クマ―!」

「クマだよぅ!」


「ええ、北の大地の守り神です。頼りになる僕の助手なんです」


 生二狼の腹から抜け出そうとしていたものが、クマのまじないに従わされ、すうと腹に戻り痣となり、やがてその痣も消えた。


「もう大丈夫です」

 生二狼が立ち上がると、ちょうど朝日が差してきた。


「さあ、みなさんも行かなければなりません。帰るべき場所へと帰らなければなりません」


「うん、わかった―!」

「みんな帰ろぉ!」

「お兄ちゃん、ありがとう!」

「バイバ~イ」


 ルミや朋ちゃん、子供達が歩き出す。朋ちゃんが黄色い旗をみんなに渡している。

「朋ちゃん、なんでそんなにいっぱい持ってんの―?」

「えへへ、なんでかなぁ?」

 朋ちゃんは笑い、ルミも笑う。

「ねぇ、ルミちゃん」

「なに―? 朋ちゃん」

「リコーダー吹いてぇ」

「うん、わかった―」


 ルミは朋ちゃんのリコーダーに口をつけ息を吹き出す。清く正しい軽やかなメロディーに合わせ、みんな足を高く上げ楽しそうに行進していく。

 パレードは空へ、空へと昇っていく。

「ルミちゃん上手ぅ~」


 ルミはリコーダーを口から離すと、胸の前でクルクルと回し、上へ高く放り投げた。クルクル回るリコーダーは朝日を浴びて、キラキラ光りながら綺麗な放物線を描き、吸い込まれるようにルミの手に戻る。


「わあ~ルミちゃん、すごぉ~い!」



 生二狼は空へ昇るパレードを見上げてた。高く、どこまでも高く昇っていくパレードは最後にキラリと光り、みんなの笑い声と共にやがて消えて無くなった。



 生二狼のスマートフォンが鳴る。

「生二狼の兄貴、大丈夫っすか?」

「ええ、大丈夫です。助かりました」

「そうっすか。それはそうと心霊動画が消えたっす。代わりにニワトリが駆け回る動画になったっす!」

「そうですか……宇梶君……ありがとうございました」


 電話を切る生二狼の目の前にはマンションが高くそびえていた。




  【非世の中処】

~世二非ズモノ承リマス~


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