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009 【光の竜】

 竜は消えていく。

 最後に残った紅い瞳だけが、啓太を見つめていた。

 ――また会おう。

 そんな声が聞こえた気がした。

「……うん」

 啓太は小さく笑った。

 そして――

「恵那……」

 振り返る。

 そこには、呆然と立ち尽くしている恵那がいた。

 啓太はふらつきながら歩み寄る。

 身体中が痛い。

 腕も。

 足も。

 腹も。

 立っていることさえ不思議なくらいだった。

 それでも。

 恵那の無事な姿を見た瞬間、安心した。

「……よかった」

 啓太は不器用に笑った。

「怪我……してない?」

「……うん」

 恵那は頷いた。

 しかし、その瞳には涙が浮かんでいる。

「啓太くん……」

「何?」

「どうして……」

 恵那の声が震える。

「どうして、そこまでしてくれるの?」

 啓太は少し考えた。

 そして――

「……約束したから」

「約束?」

「うん」

 啓太は笑った。

「俺が、恵那を守るって」

 恵那は言葉を失った。

 その小さな身体で。

 傷だらけになりながら。

 それでも自分を守ろうとしてくれた。

 恵那の胸に、言葉にできない思いが込み上げてくる。

「……ありがとう」

 小さな声。

 啓太は聞き取れなかった。

「え?」

「……何でもない」

 恵那は涙を拭った。

 そのときだった。

 ――パチ、パチ。

 森の中に、乾いた拍手の音が響いた。

「……素晴らしい」

 二人が振り返る。

 暗闇の向こう。

 一人の男が歩いてくる。

「まさか、あの五人を一人で倒すとはな」

 啓太の表情が変わった。

 男から感じる魔力。

 先ほどの五人とは、明らかに違う。

 桁が違う。

「……誰だ」

 啓太は恵那の前に立った。

 身体は限界だった。

 それでも。

 退かなかった。

 男は微笑む。

「お前たちを迎えに来た」

「……恵那は渡さない」

「そう言うと思ったよ」

 男の手が上がる。

 次の瞬間――

 巨大な魔力が森を覆った。

「――っ!」

 啓太は咄嗟に構える。

 だが。

 遅かった。

「精霊術――」

 男の背後に、巨大な精霊の影が現れる。

「――轟雷」

 閃光。

 轟音。

「ぐああああっ!」

 啓太の身体が吹き飛ばされた。

 地面を何度も転がる。

「啓太くん!」

 恵那が叫ぶ。

 啓太は動かない。

「啓太くん!」

 恵那が駆け寄ろうとする。

「動くな」

 男が言った。

 恵那は足を止める。

 男はゆっくりと近づいていく。

「安心しろ。殺しはしない」

 男が啓太を見る。

 少年は倒れている。

 だが――

 次の瞬間。

「……!」

 男の目が見開かれた。

 啓太が――

 立ち上がった。

 身体は傷だらけ。

 意識もない。

 それなのに。

 恵那の前に立っている。

「……馬鹿な」

 男は息を呑む。

 啓太は気絶している。

 それでも。

 その身体だけが、恵那を守ろうとしていた。

「こいつ……」

 男の胸に、初めて畏怖が生まれた。

 この少年は。

 何なのだ。

 男は恵那へ手を伸ばす。

 その瞬間――

 啓太の顔が見えた。

「……?」

 男は固まった。

 啓太は――

 笑っていた。

 気絶しているはずなのに。

 まるで。

 何かを確信しているような笑み。

「……何だ、その顔は」

 次の瞬間。

 男の全身を――

 凄まじいプレッシャーが襲った。

「――ッ!」

 まるで大瀑布が一気に押し寄せてきたかのような圧力。

「な……何だこれは!」

 男は本能的に後ろへ飛び退いた。

 ――ズドンッ!

 先ほどまで男が立っていた場所に、巨大な光の刃が突き刺さる。

「なっ……!」

 男は上空を見上げた。

 夜空から――

 一頭の竜が舞い降りてくる。

 闇竜とは正反対。

 全身が眩い光に包まれている。

 巨大な翼。

 神々しい身体。

 そして――

 男を射抜くような鋭い瞳。

「……光竜」

 男が呟いた。

 その竜はゆっくりと地上へ降り立つ。

 そして、その偉大な背から――

 一人の青年が降りてきた。

 青年は、周囲を静かに見渡した。

 気絶している啓太。

 その啓太に庇われている恵那。

 地面に倒れている五人の襲撃者。

 そして――

 先ほどまでこの場に漂っていた、闇の精霊と守護精霊の気配。

 青年はすべてを理解した。

「……そういうことか」

 青年は啓太の前へ歩いていく。

 そして、傷だらけの弟をそっと抱き上げた。

「啓太」

 返事はない。

「……よく頑張ったな」

 青年は啓太を抱きしめる。

 その表情は、普段の穏やかさを失っていた。

「すごいぞ」

 優しく。

 それでも力強く。

「すごいぞ、啓太」

 啓太の頭を撫でる。

「よく恵那を守ったな」

 そして。

「もう大丈夫だ」

 青年は静かに告げた。

「あとは――」

 啓太をそっと横たえる。

「兄さまに任せておけ」

 青年が立ち上がる。

 そして――

 男へ振り返った。

 穏やかな青年の顔。

 しかし。

 その瞳には、凍りつくような怒気が宿っていた。

「……俺の弟を」

 一歩。

 青年が前へ出る。

「こんな目に合わせたのは――」

 青年の魔力が、静かに膨れ上がる。

 光竜が背後で翼を広げる。

 青年――

 天城家長男、天城恒一。

 その視線が、男を射抜いた。

「――お前か?」

 森が静まり返った。

 男は、初めて理解した。

 自分が今。

 絶対に怒らせてはいけない男を怒らせたのだと。


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