002 【三羽烏】
日光東照宮の観光を終え、ホテルへ戻ってきた六人。
夕食までは、まだ少し時間がある。
「ふぅ……」
部屋に戻ったアリカが、ベッドに倒れ込む。
「歩いたぁ……!」
「結構歩いたからね」
恵那も荷物を置きながら笑った。
「でも、楽しかった」
「うん!」
アリカが顔を上げる。
「ねえ、温泉行こうよ!」
「いいわね」
豪華が頷く。
「夕食前に温泉なんて、最高じゃない!」
「私も賛成です」
アリーチェも笑う。
「では、準備しましょうか」
「温泉!」
アリカが勢いよく立ち上がった。
「温泉!」
「そんなに楽しみなの?」
「だって旅行だよ!?」
そんな四人の声が、女部屋から聞こえてくる。
一方――。
「……俺たちも行くか」
「はい」
男部屋では、啓太と風太が着替えを持って立ち上がった。
*
脱衣所。
啓太と風太は浴衣を脱ぎ、タオルを手に取る。
「……」
風太は、思わず啓太を見た。
「……啓太さん」
「ん?」
「やっぱり、すごいですね」
「何が?」
「身体です」
啓太は首を傾げる。
「そうか?」
「はい」
普段、服を着ているときには分からない。
啓太は、いわゆる――着痩せするタイプだった。
服の上から見ると、細身で引き締まった体型に見える。
しかし実際には、全身の筋肉が均等に発達している。
腕。
肩。
背中。
腹部。
脚。
どこか一部分だけが大きいのではない。
長年の鍛錬によって、全身が一つの身体として鍛え上げられている。
鋼のような強さ。
それでいて、動きを阻害するような重さはない。
力強さとしなやかさ。
それが、啓太の身体には同居していた。
そして、その身体には――ところどころ古い傷が残っている。
「……結構、傷がありますね」
風太が言った。
「ああ」
「やっぱり、前線で戦ってきたからですか?」
「まあ……そんなところだな」
啓太はそれ以上、詳しく話さなかった。
風太自身も、最近は家での修行に力を入れている。
同年代の男子と比べれば、身体は鍛えられているほうだ。
だが――。
「僕も、もっと頑張らないとな……」
「風太だって十分鍛えてるだろ」
「でも、啓太さんを見ると……」
風太は苦笑した。
「まだまだだって思います」
「人と比べる必要はないよ」
啓太が言う。
「昨日の自分より強くなってれば、それでいい」
「……はい」
風太は小さく頷いた。
二人は浴場へ向かった。
*
湯気の向こう。
露天風呂へ出ると、冷たい三月の空気が頬を撫でた。
「気持ちいい……」
風太が湯船に浸かる。
「これは疲れが取れますね」
「だな」
啓太もゆっくりと湯に身体を沈めた。
しばらく二人は、鬼怒川の夜の景色を眺めていた。
やがて風太がふと啓太を見る。
そして――。
「……あれ?」
「どうした?」
啓太の胸元には、特徴的な痕が刻まれていた。
中心に小さな点を置いた二重の円。
その円の外側からは、四本の線が伸びている。
遠目には、古い紋章のようにも見えた。
「啓太さん、その痣……」
「ん?」
「変わった形ですね」
風太は目を凝らした。
「生まれつきですか?」
「ああ。生まれたときからあるらしい」
啓太は自分の胸元へ視線を落とした。
「変わった形だろ?」
「はい。普通の痣とは違って見えます」
「昔からそう言われるよ」
啓太は軽く笑った。
「特に痛くもないし、生活に困ることもない」
「そうなんですか」
「ああ」
風太はもう一度、痣を見た。
確かに変わった形ではあったが、啓太がそれ以上話すつもりがないことも伝わってきた。
風太は、それ以上追及しなかった。
啓太も、湯の中で自分の胸元を見下ろした。
幼い頃から当たり前のように存在していたもの。
天城家に伝わる、竜痕。
その意味を、啓太は知っている。
だからこそ、今は風太にすべてを話すつもりはなかった。
「……風太」
「はい?」
「最近、修行頑張ってるんだって?」
「え?」
「大悟さんから聞いた」
「あ……」
風太が少し照れたように笑う。
「はい。僕も、もっと強くなりたくて」
「いいことだと思う」
「啓太さんみたいに…」
「俺みたいになる必要はないよ」
啓太は笑った。
「風太は風太のやり方で強くなればいい」
「……はい!」
風太の顔が明るくなる。
その後二人は、しばらく温泉に浸かりながら、これから入学する精霊塾のことや大学生活のことを話した。
卒業旅行。
そして、これから始まる新しい生活。
二人にとっても、それは大きな節目だった。
*
一方、女湯。
「はぁ~~~~……!」
アリカが湯船に沈み込む。
「気持ちいい~~!」
「アリカ、沈みすぎだよ」
恵那が笑う。
「だって気持ちいいんだもん!」
豪華も肩まで湯に浸かりながら、ふっと息を吐いた。
「確かに、これは最高ね」
「日光を歩き回った後ですからね」
アリーチェも満足そうに目を細める。
「旅行に温泉って、やっぱりいいですね」
「そうよね!」
アリカが頷く。
「ところで!」
突然、アリカが三人を見る。
「みんな、卒業してからちょっと雰囲気変わったよね?」
「そう?」
恵那が首を傾げる。
「うん!」
アリカは恵那を見る。
「恵那ちゃんは中学の頃より大人っぽくなった!」
「……そうかな」
「うんうん」
豪華も頷く。
「確かに雰囲気は変わったわね」
「豪華さんもだよ」
アリカがすぐに返す。
「え?」
「前よりずっと女の子らしくなった!」
「なっ……!」
豪華が少し頬を赤くする。
「何言ってるのよ!」
「本当だよ?」
「そういうことを急に言わないで!」
豪華が慌てる。
「ふふっ」
アリーチェが笑う。
「でも、こうしてみると四人とも、それぞれ違いますね」
「アリーチェさんもね!」
「私ですか?」
「うん!」
アリカが楽しそうに頷く。
「アリーチェさんはなんか、ずっと大人っぽい!」
「ありがとうございます」
「確かに、頼れるお姉さんって感じがする」
恵那が苦笑する。
「そうでしょうか?」
アリーチェは楽しそうに笑った。
「でも、こうして四人で温泉に入るのも良いですね」
「そうですね」
恵那が頷く。
「中学の頃とは、少し違う感じがする」
「精霊塾に行ったら、もっと変わるのかな?」
アリカが呟く。
「恵那は、もっと美少女になる気がする!」
「そ、そうかな?」
「精霊塾でも一緒のクラスになれると良いね!」
「そうだね」
「豪華さんは?」
「私は卒業したら正式に精霊庁職員になって忙しくなるわ……」
豪華が少し寂しそうに笑う。
「それでも、こうして会えるでしょう?」
「もちろん!」
アリカが即答した。
「旅行だってまた行きましょう!」
「ええ」
恵那も笑う。
「また行こう」
「その時は――」
アリーチェが悪戯っぽく微笑んだ。
「天城さんも連れてきましょうか」
「……!」
恵那の動きが止まった。
「え?」
「どうしました?」
「い、いや……」
恵那は視線を逸らす。
「啓太くんは……大学とお仕事で忙しいし」
「でも、誘えば来るんじゃない?」
アリカが言う。
「ね?」
「……そうかもしれない」
恵那は小さく笑った。
その頬は、ほんの少しだけ赤かった。
「ふふ」
アリーチェはそんな恵那を見て、何かに気付いたように微笑む。
「……?」
「いえ、何でもありません」
「?」
アリカだけが首を傾げる。
そして――。
「そうだ!」
突然、両手を上げる。
「夕食、何かな!?」
「そこなの?」
豪華が呆れる。
「だって温泉入ったらお腹空くじゃないですか!」
「それは分かるけど……」
「早く食べたい!」
「はいはい」
四人の笑い声が、湯気の向こうに響いた。
卒業を終えたばかりの少女たち。
これから、それぞれの進路へ進む。
けれど今だけは――。
そんなことを忘れていられる。
温泉に浸かって。
笑って。
くだらない話をして。
ただ、仲間たちと過ごす時間を楽しむ。
それは、これから始まる新しい日々の前に与えられた――。
ほんの少しの、穏やかな時間だった。
◇ ◇ ◇
温泉から戻った六人は、それぞれ部屋で浴衣に着替えた。
やがて――。
コンコン。
部屋の扉がノックされる。
「はい!」
アリカが駆け寄って扉を開けた。
「お待たせいたしました」
ホテルのスタッフが、次々と料理を運び込んでくる。
「わぁ……!」
アリカの目が輝いた。
広い女部屋の中央に、六人分の食事が並べられていく。
季節の料理。
色とりどりの前菜。
焼き物。
温かな椀物。
そして、見るだけで食欲をそそる料理の数々。
「すごい……」
風太も思わず声を漏らす。
「こんなに食べていいんですか?」
「もちろんでしょう」
アリーチェが笑う。
「今日は卒業旅行ですよ?」
「そうね!」
豪華が嬉しそうに頷いた。
「こういう時くらい、思いっきり楽しみましょう!」
その頃には、啓太も男部屋からやって来ていた。
「お待たせ」
「遅いよ、啓太さん!」
アリカが手招きする。
「早く座って!」
「はいはい」
啓太が苦笑しながら座る。
こうして六人は、広い女部屋で一緒に夕食を囲むことになった。
「それじゃあ――」
豪華が飲み物を持ち上げる。
「卒業と、新しい門出を祝って!」
「乾杯!」
六人の声が重なった。
グラスが軽く触れ合う。
そして――。
「いただきます!」
食事が始まった。
「おいしい!」
アリカがさっそく料理を頬張る。
「アリカ、急いで食べなくても料理は逃げないよ」
恵那が笑う。
「だって美味しいんだもん!」
「ふふっ」
アリーチェも箸を進めながら微笑む。
「こうしてみんなで食べると、いつもの食事とは少し違って感じますね」
「旅行だからね」
啓太が答える。
「それに――」
風太が周囲を見回す。
「こうして六人で食事するのも、しばらくは難しくなりそうです」
その言葉に、少しだけ空気が変わった。
六人とも、これからの進路は決まっている。
啓太とアリーチェは――精霊大学へ。
そして、精霊庁での仕事も続ける。
「大学と仕事の二重生活かぁ」
アリカが啓太を見る。
「大変そう」
「まあ、大変だろうな」
啓太は苦笑する。
「でも、やると決めたからには頑張るよ」
「私も同じです」
アリーチェが頷いた。
「大学では学問を。精霊庁では実務を」
「アリーチェは余裕そうね」
豪華が言う。
「何でもできるじゃない」
「そんなことありませんよ」
「いや、説得力ないわよ……」
豪華が呆れたように笑った。
「私は卒業後は、そのまま精霊庁で仕事」
「姉さんも忙しくなりそうだね」
風太が言う。
「ええ。でも、今までやってきたことの続きだもの」
豪華は胸を張る。
「ちゃんと一人前の職員になってみせるわ!」
「さすが姉さん」
風太が笑った。
「それに――」
豪華が、恵那とアリカを見る。
「あなたたちは精霊塾でしょう?」
「うん!」
アリカが元気よく答えた。
「私と恵那は精霊塾!」
「風太くんもね」
恵那が付け加える。
「そうだった」
風太も頷いた。
「僕も二人と一緒です」
「そして――」
アリカが少し得意そうに胸を張る。
「私たち三人、去年の国家魔術師三種試験にも合格してるんだから!」
「そうだね」
恵那が頷く。
「合格した時は、嬉しかった」
「僕もです」
風太も笑った。
「精霊塾に入る前に国家魔術師三種の資格を取れたのは、大きいと思います」
「だったら、もう準備万端じゃない!」
アリカが言う。
「精霊塾でもきっと――」
「待って」
啓太が箸を置いた。
「精霊塾を甘く見ないほうがいい」
「え?」
アリカが固まる。
「……そんなに?」
「そんなに」
啓太は真顔だった。
「精霊塾は、基本的に実力主義だ」
「実力主義……」
「入学したから安心、じゃない」
啓太は続ける。
「中間試験と期末試験の成績を合わせて、赤点を四つ取ったら――強制的に退学になる」
「えっ!?」
アリカの顔が引きつった。
「四つ!?」
「うん」
「補習は?」
「ない」
「……ないの!?」
「ない」
「追試は!?」
「ない」
「救済措置は!?」
「基本的には、自分で勉強して次に結果を出すしかない」
「…………」
アリカが完全に固まった。
「厳しすぎない!?」
「精霊塾だからな」
啓太は平然としている。
「現場に出れば、判断を間違えたら命に関わる。だから学校側も甘くない」
「うぅ……」
アリカが肩を落とす。
「でも、勉強だけじゃないでしょう?」
恵那が尋ねる。
「ああ」
啓太が頷く。
「実技も厳しい。知識だけあっても駄目だし、戦えるだけでも駄目だ」
「なるほど……」
風太が真剣に聞いている。
「じゃあ、次は私から」
豪華が口を挟んだ。
「精霊塾で気をつけるべきことは――人間関係よ」
「人間関係?」
アリカが首を傾げる。
「精霊塾には、名家の子供もたくさんいるわ」
豪華は少し眉をひそめた。
「もちろん、立派な人もいる」
「でも――」
一拍置く。
「外面だけはいいくせに、性格が最悪な連中も腐るほどいるから気をつけなさい」
「腐るほど……」
「家柄を自分の実力だと勘違いしている奴」
「うわぁ……」
「他人を見下す奴」
「うわぁ……」
「親の名前を使って偉そうにする奴」
「うわぁ……」
アリカの顔がどんどん引きつっていく。
「そういう連中とは、無理に馴れ合う必要なんてないわ」
豪華はきっぱりと言った。
「性格の悪い人間とは、距離を置きなさい」
「でも、友達ができなくなったら……」
「本当に大切な友達なら、そんなことをしなくてもできるわよ」
豪華は優しく笑った。
「無理して誰とでも仲良くする必要はない」
「……うん」
アリカが頷く。
「じゃあ、最後は私から」
アリーチェが静かに口を開いた。
「え?」
アリカが振り返る。
「私からのアドバイスは一つです」
アリーチェは微笑んで――。
「弱みを見せたら、つけ込まれる」
「……」
「ですから」
アリーチェの笑顔が、ほんの少しだけ真剣になる。
「成績は常に上位でいなさい」
「成績!?」
「はい」
「なんで!?」
「簡単です」
アリーチェは淡々と答えた。
「自分に隙がないと思わせるためです」
「…………」
「成績が悪ければ、それを理由に見下してくる人もいるでしょう」
「……なるほど」
恵那が頷く。
「それに、精霊塾では成績そのものが実力の証明になる場面も多いですから」
「うん」
啓太も頷く。
「アリーチェの言ってることは正しい」
「えぇ……」
アリカが頭を抱える。
「三人とも厳しすぎない!?」
「そうか?」
啓太が首を傾げる。
「もっと優しいアドバイスを期待してたんですけど!」
「じゃあ、優しいことを言おうか?」
啓太が少し考える。
「精霊塾は楽しいぞ」
「……それだけ?」
「それだけ」
「短い!」
アリカが叫ぶ。
風太が思わず吹き出した。
「姉さん」
「何?」
「姉さんは赤点、大丈夫だったの?」
「……」
豪華の動きが止まった。
「え?」
アリカが豪華を見る。
「そういえば……」
恵那も気付く。
「豪華も精霊塾の卒業生よね」
「そうだけど……」
「赤点四つで退学なんでしょう?」
「……まあ、そうね」
「大丈夫だったの?」
風太がもう一度尋ねる。
豪華は少しだけ目を逸らした。
「……毎回、勉強会を開いてたのよ」
「勉強会?」
「ええ」
豪華はため息をつく。
「私一人じゃ危ない時があったから」
「誰と?」
アリカが聞く。
豪華は当然のように二人を指差した。
「啓太とアリーチェ」
「……え?」
アリカが目を丸くする。
「つまり――」
恵那が少し笑う。
「啓太くんとアリーチェさんに勉強を教えてもらっていたの?」
「そうよ!」
豪華が少し恥ずかしそうに答えた。
「毎回よ!」
「毎回……」
風太が姉を見る。
「姉さん、やっぱり危なかったんだ……」
「やっぱりとは何よ!」
「だって、あんなに偉そうにアドバイスしてのに……」
「私は経験をもとに言ってるの!」
「自分の経験なんだ……」
「そうよ!」
アリーチェがくすくす笑う。
「鷲宮さんは、勉強会になると急に真面目になるんですよ」
「当たり前でしょう!」
「でも、最後にはちゃんと結果を出していました」
啓太も笑う。
「そういうところは、豪華らしかったよ」
「……そういうことなら、最初から言ってよ」
豪華は少し照れながら料理を口に運んだ。
「それに――」
アリカが三人を見る。
「三人とも、精霊塾ではすごかったんでしょう?」
「そうね」
豪華が答える。
「私たちは――」
「一応、有名だったな」
啓太が続ける。
「194期生の三羽烏」
「三羽烏?」
風太が尋ねる。
「啓太さん、アリーチェさん、姉さんの三人ですか?」
「ああ」
アリーチェが頷く。
「それぞれ得意分野が違いましたけど、成績上位を維持していましたから」
「啓太は実技と戦闘能力」
豪華が指を一本立てる。
「アリーチェは魔術理論と学術」
アリーチェが微笑む。
「そして私は――」
「実技も座学も高水準」
啓太が言った。
「あと、まとめ役」
「そう!」
豪華が胸を張る。
「だから三人まとめて、いつの間にか三羽烏なんて呼ばれるようになったのよ」
「へえ……」
アリカが三人を見る。
「なんか、すごい」
「でもな」
啓太が少し笑う。
「別に、ずっと順調だったわけじゃない」
「え?」
「悔しいこともあった」
啓太の声が少し柔らかくなる。
「試験で思ったような結果が出なかったり」
「実技で負けたり」
豪華が続ける。
「友達と喧嘩したこともありましたね」
アリーチェも懐かしそうに目を細める。
「失敗して落ち込んだこともあります」
「でも――」
啓太が六人の間に並んだ料理を見る。
「楽しかった」
「……うん」
豪華が頷く。
「すごく濃密な時間だったわ」
「毎日勉強して」
アリーチェが言う。
「訓練して」
「笑って」
「怒って」
「悔しがって」
三人が、それぞれ言葉を重ねる。
「それで――」
啓太が笑った。
「気がついたら卒業してた」
アリカは黙って三人を見る。
さっきまで厳しいことばかり言っていた三人。
けれど、その表情には――どこか懐かしさがあった。
「……楽しかったんですね」
アリカが言った。
「ああ」
啓太が答える。
「もちろん」
「だったら――」
風太が口を開いた。
「僕たちも、頑張ってみます」
「そうね」
恵那も頷く。
「厳しいこともあるだろうけど」
「きっと楽しいこともある」
アリーチェが微笑む。
「そして――」
少しだけ遠くを見る。
「仲間との絆は、一生ものですよ」
その言葉に、啓太も頷いた。
「精霊塾でできた仲間とは、卒業してからも付き合ってる」
「私たち三人もそうね」
豪華が笑う。
「学校を卒業したからって、全部終わるわけじゃない」
「むしろ――」
アリーチェが四人を見る。
「そこから始まる関係もありますから」
恵那は、その言葉を聞きながら啓太を見る。
精霊塾へ進む自分。
そして、精霊庁で働きながら大学へ通う啓太とアリーチェ。
これからは、今までのように毎日一緒にいることはできない。
それでも――。
「……私も」
恵那が小さく呟いた。
「大切な仲間を、ちゃんと作りたい」
「もちろんだよ!」
アリカが笑う。
「私たちも仲間でしょ?」
「うん」
恵那も笑った。
「そうだね」
風太も頷く。
「僕も……三人みたいな関係になれたらいいな」
「なれるわよ」
豪華が笑う。
「ただし――」
人差し指を立てる。
「赤点は取らないこと!」
「そこ!?」
アリカが叫ぶ。
全員が笑った。
広い部屋に、六人の笑い声が響く。
窓の外には、鬼怒川の夜。
静かな渓谷を流れる川の音。
そして、これから始まる新しい生活。
六人はそれぞれ別の道へ進んでいく。
けれど。
この夜の食卓で交わした言葉と笑い声は――。
きっと、これから先も忘れることはない。
卒業旅行。
それは、過ぎ去った学生生活を振り返る旅であると同時に。
新しい人生へ踏み出すための――。
小さな門出でもあった。
◇ ◇ ◇
夜――女子部屋
夜。
鬼怒川金谷ホテルの女子部屋。
大きな部屋に敷かれた四組の布団。
昼間の観光と温泉、そして夕食まで終えた四人は、それぞれ布団に入り、明かりを落としていた。
窓の外からは、鬼怒川の渓谷を流れる水音がかすかに聞こえている。
「……ねえ」
布団の中から、アリカが声を上げた。
「ん?」
隣の布団にいる恵那が顔を向ける。
「前からちょっと気になってたんだけどさ」
アリカは、天井を見ながら言った。
「アリーチェさんと豪華さん、それに啓太さんって……いつから仲良いの?」
「……」
「……」
アリーチェと豪華が同時に顔を向けた。
「そこですか」
アリーチェが小さく笑う。
「だって気になるじゃん!」
アリカは身体を起こした。
「三人とも昔から知り合いって感じだけど、私たちが知ってる以上に付き合い長そうだし」
「確かに……」
恵那も興味を示す。
「私も聞いてみたい」
「そうですね」
アリーチェは少し考えるように目を伏せた。
「では、私から話しましょうか」
「お願いします!」
アリカが即答する。
アリーチェは布団の中で姿勢を整えた。
「私の家――白石家は、もともとは白鳥家という名家の遠縁にあたる分家筋なんです」
「白鳥家……」
恵那が呟く。
「はい」
アリーチェは頷いた。
「父はイタリア人、母は日本人です。二人の間に兄と私が生まれました」
「へえ……」
「兄も私も、見鬼の才はありませんでした」
アリカが少し驚く。
「えっ、そうなの?」
「はい。ただ、二人とも魔力量が非常に多くて」
アリーチェは微笑んだ。
「魔術の才能を見込まれて、白鳥家から英才教育を受けていました」
「なるほど……」
恵那が頷く。
「そして、私が六歳の頃です」
アリーチェの声が少しだけ静かになった。
「白鳥家の親族や、魔術師の家々が集まるパーティーがありまして。私も招かれました」
「そこで……?」
「ええ」
アリーチェは苦笑する。
「遠縁の分家筋。しかも、精霊に選ばれたわけでもなく、ただ魔力が強いだけの子供」
「……嫌な言い方」
アリカが眉を寄せる。
「子供というのは、時に残酷ですから」
アリーチェは淡々と続けた。
「他家の子供たちに目をつけられましてね」
「……」
「からかわれて、馬鹿にされて……」
一瞬、部屋が静かになる。
「最後には、泣いてしまいました」
「アリーチェさん……」
アリカが心配そうに見る。
しかし、アリーチェは微笑んだ。
「その時です」
「……啓太くん?」
恵那が気づく。
「はい」
アリーチェの表情が柔らかくなる。
「たまたま、その場を通りかかった天城さんが、私を見つけました」
「六歳の啓太さんって、まだ精霊に選ばれてない頃だよね?」
「そうです」
アリカが目を丸くする。
「じゃあ、普通の子供だったんだ」
「少なくとも、精霊の力はありませんでした」
アリーチェは当時を思い出すように目を細めた。
「天城さんは、泣いている私を見ると……何があったのか聞いてくれました」
「それで?」
「私がいじめられていることを知ると、その子たちの前に立ったんです」
「……啓太くんらしい」
恵那が小さく笑った。
「相手は名家の子供たちでした。天城家の子供である天城さんに向かって、『生意気だ』と言って……」
アリーチェは一度、言葉を切った。
「殴りかかってきました」
「えっ!?」
アリカが声を上げる。
「でも、天城さんは一歩も引きませんでした」
「……」
「力を持っているから偉いなんて態度も取らない。家柄を振りかざすこともしない。ただ、困っている私を守るために、そこに立ってくれたんです」
アリーチェは目を閉じる。
そして――
「私にとっては、白馬に乗った王子様そのものでした」
「きゃー!」
アリカが布団の中で転がった。
「やっぱりアリーチェさん、昔から啓太さんのこと好きだったんじゃん!」
「……まあ」
アリーチェは頬を少し赤くする。
「否定はしません」
「恵那!」
アリカが隣を見る。
「……何?」
恵那は妙に意識してしまい、布団を少しだけ引き上げた。
「恵那も聞いててどう?」
「どうって……」
「啓太さんが六歳の頃から王子様だったんだよ?」
「……知らないわよ」
恵那はそっぽを向いた。
その様子を見て、アリーチェが小さく笑う。
「ちょっと、待ちなさい」
「はい?」
「その話、私もいたでしょう?」
「そうでしたね」
「でしょう!?」
豪華が身を起こす。
「私も一緒に戦ってあげたじゃない!」
「覚えていません」
「即答!?」
アリカが吹き出す。
「アリーチェちゃんひどい!」
「本当に覚えていません」
「二回言った!?」
豪華が枕を抱える。
「何でよ!」
「覚えていません」
「三回目!?」
恵那まで笑ってしまう。
「……アリーチェ、容赦ないわね」
「事実ですから」
「絶対覚えてるでしょ!」
「いいえ」
豪華が枕を握りしめる。
「……この子、昔からこういうところあるのよね」
「まあ、そんなことがありまして」
アリーチェは何事もなかったかのように話を戻した。
「それから、パーティーなどで天城さんを見かけるたびに、私から声をかけるようになりました」
「それで仲良くなったんだ」
「はい」
アリーチェは頷く。
「そして、そのうち鷲宮さんとも仲良くなりました」
「私はついで!?」
豪華が再び声を上げる。
「そういう意味ではありませんよ」
「絶対そういう意味だったでしょう!」
笑い声が部屋に響く。
しばらくして――
アリカが豪華を見る。
「じゃあ、豪華さんは?」
「私?」
「うん。豪華さんは、いつから啓太さんと仲良くなったの?」
「ああ……」
豪華は少し考える。
そして、あっさり答えた。
「物心ついた時には、もう一緒にいたわよ」
「そんなに!?」
「ええ」
「幼馴染ってこと?」
「そうね」
豪華は懐かしそうに笑った。
「私の父――大悟と、啓太の父さま――和臣さんが親友同士だったの」
「なるほど」
「それでね」
豪華は少しだけ楽しそうな顔をする。
「昔、お酒の席で……」
「お酒?」
アリカが首を傾げる。
「父たちが酔っ払って、『同じくらいの時期に生まれてくる子供が、男の子と女の子だったら結婚させよう』って約束したらしいの」
「…………」
「…………」
「…………」
アリカ、恵那、アリーチェの三人が固まった。
「え?」
アリカが聞き返す。
「つまり……」
恵那が恐る恐る口を開く。
「豪華さんと啓太くんは……」
「うん」
豪華は平然と頷いた。
「元・許嫁」
「えええええっ!?」
三人の声が重なった。
「ちょっと待ってください!」
アリーチェが珍しく取り乱す。
「天城さんと鷲宮さんが、許嫁!?」
「昔の話よ、昔の!」
豪華が慌てて手を振る。
「でも、どうして解消したの?」
アリカが尋ねる。
豪華は一瞬、遠い目をした。
「……五歳の時だったかしら」
「五歳?」
「父が、私を見て思ったらしいの」
「何を?」
「この子……啓太くんの嫁にするには、ちょっと違うな、と」
「……」
「……」
「……」
豪華が少し気まずそうに続ける。
「私は昔から、男勝りでね」
「今もじゃ……」
アリカが言いかける。
「アリカ?」
「なんでもないです!」
「それで父が、和臣さんのところに行って――」
豪華は父親の声を真似るように言った。
「『この子は啓太くんに相応しくない! 婚約を解消してくれ!』って」
「自分から!?」
アリカが驚く。
「そうなの」
「……土下座したんですか?」
アリーチェが尋ねる。
「したらしいわ」
「娘の婚約を自分から解消するために……」
恵那が呆然とする。
「父も相当悩んだんでしょうね」
豪華は苦笑した。
「淑女らしさの欠片もない娘を見て、『このままでは啓太くんが苦労する』と思ったらしいわ」
「豪華さん……」
アリカが少し同情する。
「まあ、今となっては笑い話よ」
「……ちなみに」
アリーチェがふと尋ねた。
「天城さんのお父様は、その約束を覚えていたんですか?」
「さあ?」
豪華は首を傾げた。
「父が言うには、和臣さんは『そんな約束をした覚えがない』って顔をしていたらしいけど」
「……」
誰も知らなかった。
その時の和臣は――
本当に何も覚えていなかった。
酔った勢いで交わした約束など、完全に記憶から抜け落ちていたのである。
「まあ、それからも普通に一緒だったわ」
豪華は話を続ける。
「幼稚園も、小学校も、中学校も」
「ずっと一緒……」
「そう」
豪華は少しだけ笑った。
「そして、その中で私は天城くんを――」
一瞬、言葉を探す。
「一生の好敵手だって思うようになったの」
アリカが目を輝かせる。
「好敵手!」
「そうよ」
豪華は胸を張った。
「昔から、何かあるたびに啓太くんとぶつかってきたわ」
「喧嘩?」
「勝負よ」
「何の?」
「勉強、訓練、魔術、体力勝負……とにかく何でも」
「へえ……」
「負けることもあった。勝つこともあった」
豪華は楽しそうに笑った。
「でも、どっちかが勝てば、もう片方が悔しくて頑張る。そして次は逆転する」
「……」
「そうやって、お互いに高め合ってきたの」
豪華は布団の中で腕を組む。
「だから私にとって天城くんは――」
少しだけ照れたように笑った。
「最高のライバルよ」
「……なんか、すごく豪華さんらしい」
恵那が微笑む。
「でしょう?」
「でも……」
アリカがニヤニヤしながら言う。
「元許嫁だったんだよね?」
「昔の話!」
「白馬の王子様だったアリーチェさんと、元許嫁の豪華さん……」
アリカが指を折る。
「なんか、啓太さんってすごいね」
「何が?」
「女の子二人から、全然違う方向で特別扱いされてる」
「……」
アリーチェが微笑む。
豪華も苦笑する。
そして――
恵那は布団の中で、小さく息を吐いた。
「……私も、もっと早く出会っていればよかったな」
「恵那?」
「なんでもない」
恵那は笑った。
「でも……」
三人を見渡す。
「こうして昔の話を聞けるの、なんだか嬉しい」
「私も!」
アリカが笑う。
「もっと聞きたい!」
「まだあるわよ」
豪華が言う。
「啓太くんと初めて本気で勝負した時なんて――」
「それはまた明日にしましょう」
アリーチェが遮った。
「もう寝る時間です」
「えー!」
「明日もありますから」
「……確かに」
アリカが布団に潜り込む。
「じゃあ、おやすみ!」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
四人の声が重なる。
やがて部屋は静かになった。
窓の外から、鬼怒川のせせらぎだけが聞こえている。
卒業。
そして、新しい学校、新しい仕事、新しい人生。
それぞれ違う道へ進んでいく六人。
けれど――
今夜だけは、まだ。
幼い頃から積み重ねてきた時間の続きを、同じ場所で過ごしていた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
鬼怒川金谷ホテルの朝。
六人は朝食を終え、それぞれ荷物をまとめていた。
「忘れ物ない?」
アリカが自分の荷物を確認しながら尋ねる。
「大丈夫よ」
豪華が答える。
「私は問題ありません」
アリーチェも荷物を持ち上げる。
「恵那ちゃんは?」
「うん。大丈夫」
恵那が頷く。
「風太くんは?」
「僕も大丈夫です」
「啓太くんは?」
「問題ない」
最後に啓太が答えた。
「よし!」
アリカが満足そうに頷く。
「じゃあ、行こう!」
*
ロビー。
六人はホテルのスタッフに見送られながら、外へ出た。
三月の空気はまだ冷たい。
しかし、昨日までの冬の名残を感じさせる寒さの中にも、どこか春の気配が混じっていた。
「……もう帰るんだね」
アリカが少し寂しそうに呟く。
「一泊だけだからね」
豪華が笑う。
「でも、十分楽しめたんじゃない?」
「うん!」
アリカは元気よく頷いた。
「すっごく楽しかった!」
恵那もホテルを振り返る。
「私も……楽しかった」
日光東照宮を歩いた。
三猿を見て。
鳴龍の音を聞いて。
ホテルに戻って温泉に入り、六人で夕食を食べた。
夜には、昔の話をした。
笑って。
驚いて。
からかい合って。
そんな時間が、いつまでも続けばいいと思えるほど楽しかった。
「また来たいな」
恵那が小さく呟いた。
「そうね」
豪華が頷く。
「またみんなで来ればいいじゃない」
「うん!」
アリカが笑った。
「次は二泊!」
「三泊でもいいですよ」
アリーチェがさらりと言う。
「お金は誰が払うのよ……」
豪華が苦笑する。
「それは……」
アリカが黙る。
「……啓太さん?」
「なんで俺なんだよ」
「だって一番お金持ってそう」
「それとこれとは別だろ」
「ふふっ」
恵那が笑う。
そんなやり取りをしながら、六人は駅へ向かった。
*
鬼怒川温泉駅。
六人は駅の入口で立ち止まり、荷物を足元に置いた。
啓太が切符を確認する。
「帰りの切符、全員分あるな」
「はい。乗り換えも確認済みです」
アリーチェが時刻表を見ながら答える。
「鬼怒川温泉から下今市まで行って、そこから乗り換えね」
「帰りも電車かぁ」
アリカが少し残念そうに言う。
「車じゃないんだから、当然でしょ」
豪華が笑う。
「でも、電車の旅も楽しいですよ」
風太が言った。
「みんなで話せますし」
「それもそうだね!」
アリカが頷く。
「じゃあ、行こう!」
六人は改札を通り、ホームへ向かった。
*
ホームに電車が入ってくる。
六人は荷物を持ち上げ、乗車した。
車内は朝の乗客でほどよく埋まっていた。
「席、どうする?」
アリカが車内を見回す。
「六人並んで座るのは難しそうね」
豪華が言う。
「二人ずつに分かれましょう」
アリーチェが提案する。
「私は恵那ちゃんと座る!」
アリカがすぐに恵那の腕を取った。
「じゃあ、僕は姉さんと……」
「風太、こっちよ」
豪華が隣の席を示す。
「啓太くんは?」
恵那が尋ねる。
「俺は立ってるよ」
「駄目です」
アリーチェが即座に答えた。
「長時間になりますから、座ってください」
「でも、席が……」
「私の隣が空いています」
アリーチェが自分の隣を示す。
「またアリーチェさんが隣取ってる!」
アリカが声を上げる。
「今回は早い者勝ちではありません。合理的な判断です」
「ずるい!」
「昨日も同じこと言ってたじゃない」
豪華が笑う。
啓太は苦笑しながら、アリーチェの隣に腰を下ろした。
「それじゃあ、出発!」
恵那が小さく拳を握る。
電車がゆっくりと動き始めた。
*
鬼怒川の景色が、少しずつ後ろへ流れていく。
窓の外には山々。
線路脇には、まだ冬の名残を残した木々。
その向こうに見える青空。
「……楽しかったなぁ」
アリカが窓の外を眺めながら呟く。
「本当にね」
恵那も隣で答えた。
「日光も、温泉も、ホテルも……」
「夕食も!」
アリカが付け加える。
「それが一番?」
「もちろん!」
豪華が呆れたように笑う。
「食べることばっかりなんだから」
「姉さんだっていっぱい食べてたじゃん!」
「私は成長期なのよ!」
「私も!」
「アリカはいつでも成長期って言いそうね」
「ひどい!」
また車内に笑い声が響く。
啓太は向かいの席に座るアリカたちを見ながら、口元を少し緩めた。
「……楽しそうだな」
「はい」
隣のアリーチェが微笑む。
「こういう時間も、悪くありませんね」
「そうだな」
啓太も短く答えた。
やがて、山間の景色が少しずつ街へと変わっていく。
楽しかった旅行が終わりに近づいている。
そんな寂しさを感じながら――。
恵那は、少し離れた席に座る啓太を見つめた。
「……啓太くん」
「ん?」
啓太が振り返る。
「今回の旅行……」
恵那は少しだけ照れながら笑った。
「すごく楽しかった」
「俺も楽しかったよ」
「……うん」
恵那は嬉しそうに頷いた。
「また……みんなで来ようね」
啓太は一瞬だけ黙った。
そして――。
「ああ」
穏やかに笑う。
「また、みんなで来よう」
「約束だよ?」
「約束」
その言葉を聞いた恵那の顔が、ぱっと明るくなる。
「……うん!」
その会話を聞いていたアリカが、恵那の肩越しに身を乗り出す。
「私も約束だからね!」
「もちろん」
豪華も笑う。
「私も参加するわよ」
「私もです」
アリーチェが続ける。
「僕も……!」
風太も小さく手を上げた。
「じゃあ、全員参加ね!」
アリカが笑う。
「次はどこに行こうか!」
「気が早いわね」
豪華が笑った。
「でも……」
恵那は窓の外を見る。
遠ざかっていく鬼怒川の景色。
この旅行も、きっといつか思い出になる。
そして今日から――。
六人は、それぞれ別々の道へ進んでいく。
精霊塾へ進む者。
精霊庁で働く者。
仕事と大学を両立する者。
進む場所も、立場も、それぞれ違う。
それでも。
「また、みんなで来ようね」
恵那がもう一度呟く。
「ああ」
啓太が答える。
電車は、故郷へ向かって走り続ける。
卒業旅行は終わる。
けれど――。
六人の物語は、これから新しい章へ進んでいく。
春は、もうすぐそこまで来ていた。




