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009 【守護する者達】

「今日の俺は昨日の俺の百倍強いぞ」


 啓太がそう言い放った直後だった。


 リーダー格の男は、歯を食いしばりながら啓太を睨みつけていた。


 頭の中では、凄まじい速度で思考が駆け巡っている。


 ――まずい。


 昨日とは、明らかに違う。


 昨日の啓太は、三人の攻撃を受けながらも、どこか真正面から力で押し返そうとしていた。


 だが今日は違う。


 自分たち三人の能力を理解し、弱点を突き、互いの連携まで利用している。


 このまま戦闘を続ければ――負ける。


 その結論に、リーダー格の男はすでに達していた。


 だが。


 男はふと、先ほどの会話を思い出す。


『鎖は海に落ちた』


 啓太たちはそう言っていた。


 ならば――。


「……分かった!」


 突然、男が両手を上げた。


「俺たちが悪かった!」


 啓太の拳が止まる。


「もう、お前たちには手を出さない!」


 男は必死に笑顔を作った。


「だから……見逃してくれ!」


 水の男と大柄の男が驚いてリーダーを見る。


 だが、啓太は表情を変えなかった。


「断る」


「……は?」


「俺は精霊庁の職員だ」


 啓太は静かに告げる。


「お前たちには、精霊術の乱用及び傷害罪。並びに、誘拐未遂の容疑がある」


「……!」


「それだけじゃない」


 啓太は三人を見回す。


「調べれば、他にも余罪が出てくるだろう」


 声に怒りはない。


 ただ、事実を伝えているだけだった。


「だから――」


 啓太の青色の瞳が、まっすぐに男を捉える。


「お前たちを拘束する」


「……っ」


 リーダー格の男の額に、冷たい汗が浮かぶ。


 ――捕まるわけにはいかない。


 自分たちは、アルカニスの構成員だ。


 幹部から与えられた命令は、天逆鎖の確保。


 それに失敗しただけでも、処罰は免れない。


 しかも――。


 神代恵那。


 そして天城家。


 この二つには絶対に手を出すな。


 組織から、そう厳命されていた。


 それなのに。


 偶然とはいえ、自分たちは天城啓太と戦闘状態になってしまった。


 ここで捕まれば、精霊庁に情報を吐かされる。


 そして、その先に待っているのは――。


 アルカニスによる粛清。


「……冗談じゃねえ」


 男が小さく呟く。


 どうする。


 どうすれば、この場を切り抜けられる。


 逃げるか。


 だが、啓太を振り切るのは難しい。


 戦うか。


 それも無理だ。


 なら――。


 男は、大柄な仲間へ視線を向けた。


 次の瞬間。


 ドンッ!


「……!」


 地面に沈んでいた大柄の男の身体が、突然跳ね上がった。


 土砂が弾け飛ぶ。


「おおおおおっ!」


 大柄の男が立ち上がった。


 全身を覆っていた土が、まるで鎧のように身体へまとわりついていく。


 肩。


 胸。


 腕。


 脚。


 全身を覆う、巨大な土の鎧。


 そして――。


 ズシンッ!


 大地を踏み砕きながら、大柄の男が啓太へ突進した。


「効果時間が切れたか」


 啓太は冷静に呟いた。


 驚く様子もない。


 焦りもない。


 ただ、迫ってくる敵を見ていた。


「――!」


 その言葉を聞いたリーダー格の男の目が見開かれる。


 ――効果時間?


 そういうことか。


 昨日までの啓太の戦い方。


 黒い球体。


 そして、さっきのデバフ。


 あれは永久に続く能力じゃない。


 対象へ付与されてから、一定時間が経過すると解除される。


 ならば――。


 ――一分。


 おそらく、ざっくり一分程度。


「そういうことか……!」


 リーダー格の男の口元が歪んだ。


「脳筋の割に、頭使ったじゃねえか!」


「……?」


 大柄の男は意味が分からず、首を傾げる。


「何の話だ?」


「いいから行け!」


「おう!」


 大柄の男は再び啓太へ突進する。


 土の鎧を纏った身体が、巨大な塊となって迫ってくる。


 だが――。


 啓太はその姿を見ても、落ち着いていた。


 土の精霊使い。


 精霊の加護によって、土そのものの重量をほとんど意に介さない。


 そして今は、全身を土の鎧で覆っている。


 啓太のデバフが付与する「重さ」が身体に作用したとしても、その負荷は土の鎧へと受け流される。


 つまり。


 ――実質的に、デバフが効かない。


 大柄の男が拳を振り上げる。


「死ねえええっ!」


 ゴォンッ!


 巨大な拳が振り下ろされる。


 啓太は身体を横へ滑らせるようにしてかわした。


 拳が地面を砕く。


 その瞬間――。


 啓太の右手に、赤黒い球体が生まれた。


 左手には、青黒い球体。


 どちらも、これまでの黒い球体とは少し違う。


「今度はなんだ!?」


 水の男が叫ぶ。


 啓太は答えない。


 右手の赤黒い球体を、大柄の男へ向けて放った。


 ズンッ!


 球体が土の鎧へ接触する。


 だが、大柄の男は構わず突っ込んできた。


「関係ねえ!」


 大きく腕を振りかぶる。


 啓太は一歩踏み込み、その拳を受け流す。


 そして――。


 ドンッ!


 腹部へ一撃。


 続けて脇腹。


 肩。


 顎。


「ぐおっ!」


 大柄の男の身体が大きく揺れる。


 啓太は一切無駄な動きをしない。


 一撃。


 二撃。


 三撃。


 相手の攻撃をかわしながら、最小限の動きで確実に打ち込んでいく。


「この……!」


 大柄の男が横薙ぎに腕を振るう。


 啓太は身を屈めてかわす。


 そのまま懐へ入り込み――。


「終わりだ」


 ドゴォンッ!


 強烈な一撃が、大柄の男の身体を吹き飛ばした。


「ぐあああっ!」


 土の鎧を纏った巨体が、地面を転がっていく。


「やった!」


 アリカが思わず声を上げる。


 だが――。


 次の瞬間。


 ゴォッ!


 吹き飛んだはずの大柄の男の身体が、突然動きを変えた。


「なっ!?」


 ズザザザッ!


 地面を削りながら、男の身体が――啓太の方へ引き戻されていく。


「うおおおおっ!?」


 大柄の男自身にも何が起きているのか分からない。


 そして。


 その先にいるのは――。


 啓太。


「もう一度だ」


 ドンッ!


 拳が叩き込まれる。


「ぐはっ!」


 続けざまに、もう一撃。


「がっ!」


 さらに一撃。


 大柄の男は逃げることすらできない。


 吹き飛ばされる。


 引き戻される。


 そして、また啓太の攻撃を受ける。


「な、なんだこいつは……!」


 水の男が目を見開く。


 その隙を狙うように、啓太の頭上に浮かんでいた青黒い球体がゆっくりと移動した。


「……?」


 水の男がそれに気づく。


「何を――」


 水の男は水の鞭を生み出した。


「今度こそ!」


 ビュンッ!


 水の鞭が啓太へ向かって伸びる。


 啓太は大柄の男を殴りながら、視線だけを水の鞭へ向けた。


 そして――。


 頭上に浮かんでいた青黒い球体を、水の鞭の軌道上へ移動させる。


「……!」


 リーダー格の男が、それを見た。


「まさか――」


 次の瞬間。


 ズンッ!


「うおおおおっ!?」


 大柄の男の身体が、突然横方向へ引っ張られた。


「な、なんだ!?」


 巨体が空中を引きずられる。


 その進行方向には――。


 水の鞭。


「避けろ!」


 リーダー格の男が叫ぶ。


 だが、遅い。


 バシャァンッ!


「ぐああああっ!」


 水の鞭が、大柄の男へ直撃した。


「なっ……!」


 水の男が凍りつく。


「俺の攻撃が……!」


 大柄の男も何が起きたのか理解できず、呆然としている。


「お、おい! 何してやがる!」


「俺じゃねえ!」


「じゃあ誰が――」


「俺だ」


 二人の会話を、啓太の声が遮った。


 啓太は静かに立っていた。


 右手には赤黒い球体。


 頭上には青黒い球体。


 そして、その間には――。


 完全に動きを読まれた三人の男。


「お前たちの攻撃は、もう俺には届かない」


 啓太の声は冷静だった。


「……っ」


 リーダー格の男が歯を食いしばる。


 理解した。


 啓太は自分たちより強いだけじゃない。


 自分たち三人が、それぞれ別々に持っている力を――。


 互いに利用させている。


 敵の攻撃。


 味方の位置。


 自分自身の能力。


 すべてを戦場そのものとして使っている。


「……くそっ」


 リーダー格の男は拳を握り締める。


 最初に想定していた「一分」という弱点。


 確かに見つけた。


 だが――。


 それだけでは、この男を止められない。


     ◆


「……すごい」


 少し離れた場所で、アリカは啓太を見つめていた。


 ただ圧倒されているわけではない。


 目を逸らさない。


 一瞬たりとも見逃さないように、啓太の動きを追っている。


 拳を振るタイミング。


 相手の攻撃をかわす角度。


 球体を付与する位置。


 そして――。


 相手自身の力を、逆に利用する判断。


「……啓太さんは、ただ強いんじゃない」


 アリカが小さく呟く。


 自分は、さっき三人に襲われた。


 力で押され。


 判断を乱され。


 何もできなかった。


 だからこそ、今の戦いから何かを掴みたかった。


「私も……」


 アリカは拳を握る。


「私も、強くなりたい」


 啓太は今、三人を倒すことだけを考えている。


 それでも――。


 アリカには、その一挙手一投足が、自分が強くなるための答えのように見えていた。


 そして啓太は――。


 そんなアリカの視線に気づいているのか、いないのか。


 ただ静かに、三人の男を見据えていた。


 焦りはない。


 怒りに我を忘れることもない。


 ただ、次に何をすべきか。


 それだけを考えている。


「……まだ終わってないな」


 啓太が呟く。


 三人の男も、再び身構えた。


 だが――。


 すでに彼らの連携は、完全に崩されていた。


◇ ◇ ◇


啓太は、ゆっくりと男たちへ歩みを進めていた。


 足取りに迷いはない。


 大柄な男は、そんな啓太を睨みつけると、荒い息を吐いた。


「……ふざけやがって……!」


 身体はすでに限界に近い。


 それでも、男は拳を握り締めた。


「まだ……終わってねえぞォッ!」


 大地を蹴る。


 土煙を巻き上げながら、大柄な身体が一直線に啓太へ突っ込んでいく。


 啓太は足を止めた。


 右拳をゆっくりと引く。


 魔力が集まっていく。


 黒紫色の光が拳の周囲に渦を巻き、空気そのものが震え始めた。


 ――これで終わらせる。


 啓太が拳を握り込んだ、その瞬間だった。


「――させないわ!」


 横から、一つの人影が飛び込んできた。


「なっ――!?」


 大柄な男が目を見開く。


 次の瞬間。


「はあああああっ!」


 轟ッ!!


 熱を帯びた拳が、大柄な男の腹部へめり込んだ。


「ぐおおおおおっ!?」


 巨体が宙へ浮き、そのまま勢いよく吹き飛ばされる。


 地面を何度も転がり、ようやく止まった。


 啓太が目を向ける。


「……豪華」


 そこに立っていたのは、鷲宮豪華だった。


 拳から立ち上る熱気を振り払いながら、豪華は啓太を見る。


「天城くん、アナタは元気そうね!」


「まあな」


 豪華は小さく息を吐いた。


 そして啓太の後ろへ視線を向ける。


 そこには、無事な姿のアリカ。


 豪華の表情が僅かに緩んだ。


「……二人とも、無事だったのね」


 その直後。


「アリカ!」


 恵那が駆けてきた。


 アリカのもとへ駆け寄る。


「アリカ、大丈夫!?」


「……恵那ちゃん……」


 アリカが弱々しく顔を上げる。


 恵那はすぐに彼女の身体を確認した。


 大きな傷はない。


 だが、腕や頬には擦り傷。


 服の一部には土が付き、身体にも打撲の跡が残っている。


「……こんなに……」


 恵那の表情が変わった。


 心配していたときとは違う。


 静かな怒りが、その瞳に宿る。


「誰にやられたの?」


 アリカが、少し離れたところにいる三人の男を見る。


「……あの人たち」


 恵那は男たちへ顔を向けた。


 赤色の瞳が鋭く細められる。


「……そう」


 声は静かだった。


 けれど、その奥には明確な怒りがあった。


「アリカに……こんな怪我をさせたのね」


 男たちが思わず後ずさる。


 啓太はそんな恵那を横目で見た。


 ――怒っている。


 いつもの恵那なら、まず相手の事情を聞こうとする。


 だが、今は違った。


 大切な友人が傷つけられた。


 それだけで、彼女の中の何かが変わっている。


「神代さん……!」


 風太も遅れて駆けつけた。


「夢宮さん……良かった……!」


 アリカが無事なのを確認すると、風太も胸を撫で下ろす。


「本当に……無事でよかったよ」


 その一方で、風太はすぐに周囲を見回した。


 敵は三人。


 そして、姉の豪華はすでに前へ出ている。


 啓太も戦闘態勢。


 恵那も敵を睨んでいる。


 ――自分が戦闘に加わるより、本部への報告を優先した方がいい。


 風太は腰の通信機へ手を伸ばした。


「本部、こちら鷲宮風太です。行方不明者を発見しました」


 通信を入れる。


「啓太さん、夢宮さんも無事です。ただし、敵対していると思われる男性三名を確認。現在、姉さんたちが交戦態勢に入っています」


 一方、京華は少し離れた場所から三人の男たちをじっと見つめていた。


「…………」


 男たちの服装。


 装備。


 そして、言動。


 京華の視線が、三人の間をゆっくりと動く。


 何かがおかしい。


 彼らは何者なのだろうか。


 しかし――。


 京華は、ほんの少し眉を寄せた。


(……ただの賊にしては、戦い方が……)


 何かを確かめるように、黙って観察を続ける。


 まだ結論は出せない。


 だからこそ、京華は口を挟まず、注意深く男たちを見ていた。


 その前では、豪華が啓太へ振り返る。


「天城くん!」


「なんだ?」


「状況説明!」


「…敵だ。制圧するぞ」


 あまりにも簡潔な答えだった。


 豪華は一瞬だけ目を丸くする。


 そして――。


「わかりやすくていいわ!」


 拳を握り締める。


「一網打倒よ!」


「…………」


 啓太が一瞬だけ豪華を見る。


 恵那も思わず豪華を見る。


 京華は目を瞬かせる。


 風太は通信機を持ったまま、少しだけ困った顔をした。


「……姉さん、それは……」


「何よ?」


「……いえ。何でもないです」


 豪華は気にする様子もなく、三人の男たちへ向き直った。


「さて――」


 先ほど熱拳を叩き込んだ拳を、もう一度強く握る。


「アリカを傷つけたこと、きっちり説明してもらうわよ」


 その隣に啓太が並ぶ。


 恵那もアリカの前から立ち上がった。

怒りを滲ませながらも、豪華の隣に並ぶ。


 風太は本部との通信を続ける。


 そして京華は、なおも三人の男たちを観察していた。


 三人の男たちを前に、啓太、豪華、恵那の三人が並んだ。


 男たちは、先ほどまでとは違う空気を感じ取っていた。


 ――戦況が、完全に変わった。


 啓太が拳を握る。


 豪華が構える。


 恵那の瞳に怒りが宿る。


 そして京華は、男たちの正体に繋がる何かを探るように、その姿を見つめ続けていた。



◇ ◇ ◇




戦場が、一気に三つへ分かれた。


「豪華、そっちは任せる!」


 啓太が叫ぶ。


「任せなさい!」


 豪華が応じる。


 そして――。


「恵那、無理はするな!」


「分かってる!」


 三人は、それぞれ別の敵へ向かっていった。


 啓太が相対するのは、土の魔術を操るリーダー格の男。


 豪華の前には、全身を土の鎧を纏った大柄な男。


 そして恵那の前には、水を鞭や弾丸のように操る男。


 それぞれの戦いが、同時に始まった。


     ◆


「女が相手かよ!」


 大柄な男が、豪快に笑った。


 全身には土の鎧を纏っている。


 土が筋肉のように隆起し、肩や腕を覆う。


 まるで巨大な土の巨人だった。


 男は豪華を見下ろす。


「しかも、さっきのガキに比べりゃ細いじゃねえか!」


「……あら」


 豪華は眉を上げた。


「ずいぶんと威勢がいいのね」


「へっ!」


 男は拳を握る。


「アイツに散々やられた分、こいつで晴らしてやる!」


 男が一気に距離を詰めた。


 巨大な腕が伸びる。


「捕まえた!」


 豪華へ掴みかかる。


 だが――。


 豪華は逃げなかった。


 両手を前へ出す。


 ガシッ!


 男の両腕を、それぞれ片手で掴んだ。


「なに……?」


 男が目を丸くする。


「……力比べをしたいの?」


 豪華が笑った。


「それなら――」


 両腕に力を込める。


「受けて立つわ!」


「ぐっ……!」


 男の顔から笑みが消えた。


 豪華の腕が、ゆっくりと沈む。


 いや。


 沈んでいるのは――男の方だった。


「な……」


 ズンッ!


 大柄な男の膝が地面についた。


「な、なんだ……この力……!」


 豪華はそのまま両腕を引き――。


「おりゃああぁっ!」


「ぐおおおおおっ!?」


 巨体が宙を舞った。


 ドォンッ!


 地面へ叩きつけられる。


 男は何が起きたのか理解できなかった。


「ば、馬鹿な……!」


 自分は土の精霊を全身に纏っている。


 身体能力も、通常の人間とは比較にならない。


 それなのに――。


「女に……投げ飛ばされた……?」


 豪華は拳を構え直す。


「女だからって、侮らない方がいいわよ」


「……舐めやがって!」


 男の周囲の土が、一気に盛り上がった。


 巨大な土塊が右腕へ集中していく。


 腕が膨張する。


 拳が巨大なガントレットへと変わっていく。


「これならどうだァッ!」


 大地を踏み砕き、渾身の拳を叩き込む。


 豪華も拳を引いた。


 拳の周囲に、赤々とした炎が渦巻く。


「なら、こっちも全力でいくわ!」


「おおおおおおっ!」


「はあああああっ!」


 二人の拳が正面から激突した。


 ――轟ッ!!


 巨大な土のガントレットに亀裂が走る。


「な――」


 次の瞬間。


 バキィィンッ!!


 土のガントレットが砕け散った。


「ぐおっ!?」


 豪華の熱拳は止まらない。


 炎がそのまま男の身体を包み込む。


「う、うおおおおおっ!」


 男は火だるまになりながら吹き飛ばされた。


「なにいいぃッ!?」


 遠くから戦況を見ていたリーダー格の男が叫ぶ。


 大柄な男は地面を転がりながら、炎に包まれていた。


「くそっ!」


 リーダー格の男は、すぐに地面へ手をつく。


 土が液体のように波打った。


 ドロォッ……。


 液状化した大地が、大柄な男の身体を包み込む。


「うおおっ!?」


 炎を纏ったまま、大柄な男の身体が地面へ沈んでいく。


「消せ! 早く!」


 大柄な男が叫ぶ。


 土の中へ身体を沈めることで、炎を消そうとしているのだ。


 リーダー格の男の意識が、完全に大柄な男へ向いた。


 ――その瞬間。


 啓太の右手に、黒い球体が生まれた。


「隙ありだ」


「な――!」


 5つの黒い球体が飛ぶ。


 ドンッ!


 2つの球体がリーダー格の男の身体へ直撃した。


「ぐっ……!」


 次の瞬間。


 男は膝を折って、地面に繋ぎ止められる。。


「な、なんだ……この重さは……!」


 腕を動かそうとしても、身体が動かない。


 まるで自分自身が巨大な重りになったかのようだった。


「くっ……!」


 男が啓太を睨みつける。


「卑怯な!」


 啓太は冷静に答えた。


「戦闘中に隙を突くのは卑怯とは言わない」


「ぐ……!」


「それに――」


 啓太が歩み寄る。


「さっきまで俺たちを三人で囲んでいたのは、お前たちだろ」


 男は歯を食いしばった。


     ◆


「はあっ!」


 恵那が炎剣を振り抜く。


 ヒュンッ!


 水の鞭が飛んでくる。


 恵那は炎剣で斬り払った。


 ジュッ!


 水が蒸発する。


 続けて二本。


 三本。


 四本。


「くっ……!」


 男は次々と水の鞭を放つ。


 だが、恵那はそのすべてを炎剣で叩き落としていく。


 一歩。


 また一歩。


 恵那は確実に距離を縮めていた。


「こいつ……!」


 男の額に汗が浮かぶ。


 鞭を放っても、止められない。


 近づかれている。


 このままでは接近戦に持ち込まれる。


「なら……これでどうだ!」


 男の背後に、巨大な水の塊が生まれた。


 最初は人間一人分ほどだった。


 それが膨張していく。


 大きい。


 異常なほどに。


 恵那が足を止める。


「……!」


 男の口元に、笑みが浮かんだ。


「食らえ!」


 巨大な水塊が、一気に放たれる。


「……!」


 恵那は炎剣を構えた。


 剣に流し込む魔力を増幅する。


 炎が一気に膨れ上がった。


「はあああああっ!」


 炎剣を横薙ぎに振る。


 そして――。


 炎の刃が、水塊に触れた。


 その瞬間。


「――!」


 男の口元が歪んだ。


 ドォンッ!!


 凄まじい爆発が起こった。


 炎によって水が一気に気化し、膨張する。


 熱と水蒸気が周囲へ爆発的に広がった。


「きゃあっ!」


 恵那の身体が水蒸気の中へ飲み込まれる。


「神代さん!」


 風太が叫んだ。


 辺り一帯が白い霧に包まれる。


 視界が完全に奪われた。


「何も見えない……!」


 アリカも目を細める。


「恵那ちゃん!」


 風太は慌てて両手を広げた。


「風よ!」


 周囲の空気が渦を巻く。


 上昇気流のように風が立ち上がり、霧を上空へ巻き上げていく。


「晴れろ――!」


 ゴォォォッ!


 白い霧が徐々に薄くなる。


「恵那ちゃん!」


 アリカが叫んだ。


 霧が晴れる。


 そこに――。


「……え?」


 恵那が立っていた。


 無傷だった。


 その身体の周囲には、黒紫色の光が薄く渦巻いている。


「……なに、これ?」


 恵那は自分の周囲を見回した。


 黒紫色の光。


 まるで自分を包み込むように漂っている。


「どうして……?」


 アリカが気づいた。


「恵那ちゃん!」


「アリカ?」


「それ、啓太さんの力だよ!」


「……啓太くんの?」


 恵那の瞳が、黒紫色の光へ向けられる。


 そして――。


「……!」


 その表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


「啓太くん……」


 自分を守ってくれた。


 その事実が分かった瞬間、恵那の顔に嬉しそうな笑みが浮かぶ。


「……もう」


 小さく呟く。


「心配しなくても、大丈夫なのに……」


 けれど、その声は嬉しさを隠しきれていなかった。


     ◆


「ああああああっ!」


 突然、豪華の叫び声が響いた。


「逃げたわ!」


「何!?」


 啓太が振り返る。


 そこにいたはずの三人の男たちが――。


 いない。


「……!」


 啓太は周囲を見る。


 豪華が急いで辺りを見回した。


「いつの間に……!」


 風太も集中する。


 目を閉じ、風の流れを読む。


「…………」


 島の空気。


 木々。


 地面。


 遠くの海。


 すべてに意識を広げる。


 だが――。


「……いません」


 風太が目を開ける。


「気配が……見つかりません」


「もう少し探せない?」


 豪華が尋ねる。


「探しているよ。でも……」


 風太は海へ視線を向けた。


「海の中までは……僕の索敵でも難しいです」


 啓太も海を見た。


「海へ飛び込んだんだろう」


「海に?」


 恵那が振り返る。


「おそらくな」


 啓太は静かに答える。


「陸上なら、風太の索敵から完全に逃れるのは難しい。だったら、海へ入ったと考えるのが自然だ」


「……そういうことね」


 豪華が悔しそうに唇を噛む。


「あと少しだったのに……!」


 恵那は俯いた。


「……ごめんなさい」


「恵那?」


 啓太が振り向く。


「私が……あの水の攻撃を受けたから」


 恵那は自分の拳を握った。


「そのせいで視界を奪われて……みんなに隙を作ってしまった」


「違うわ」


 豪華が即座に否定した。


「今の攻撃は、回避しようがなかったもの」


「……でも」


「私だって、あの場にいたら同じように攻撃していたわ」


 豪華は腕を組む。


「あの攻撃を無理に回避してたら逆に危ないし、後ろのアリカたちにも届いてたと思うわ」


 啓太も頷いた。


「豪華の言う通りだ」


「啓太くん……」


「恵那の判断は間違ってない」


 啓太は海を見つめた。


「俺でも、あれは攻撃を相殺する」


 恵那はしばらく啓太を見つめ――。


「……ありがとう」


 小さく笑った。


 その周囲では、まだ黒紫色の光が僅かに揺らめいている。


 やがて遠くから、複数の人影が近づいてきた。


「救出隊です!」


 風太が気づく。


 風の精霊を使った探索隊と、試験本部の職員たちだった。


「行方不明者を確認!」


「負傷者は!?」


「大きな負傷者はいません!」


 風太が報告する。


 豪華も簡潔に状況を伝えた。


「敵対する男性三名と交戦。こちらに負傷者はありません。ただし、敵は海へ逃走した可能性があります」


「了解しました。試験本部へ戻りましょう」


 救出隊の指示に、啓太たちは頷いた。


 アリカも立ち上がる。


 恵那がそっと肩を支えた。


「無理しないでね、アリカ」


「うん」


 豪華は最後に海を振り返る。


「……逃がしちゃったわね」


 啓太も海を見た。


「だが、次会ったときは、必ず捕まえる。」


 その言葉に、豪華が頷く。


「そうね」


 そして一行は、試験本部へ向かって歩き始めた。


 ただ一人。


 京華だけが、しばらく海を見つめていた。


「…………」


 やがて彼女も皆の後を追い、本部へ向かう。


 御逆島で起きた事件は、一旦の終結を見た。


 しかし、受験者たちの戦いは、まだ終わっていないーーーー

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