002 【試験開始】
夏休み。
多くの学生たちが、海へ、山へ、あるいは故郷へと向かう季節。
だが、その喧騒から遠く離れた港に、一隻の大型船が停泊していた。
国家魔術師三種試験――。
その実技試験を受けるため、全国から集められた受験者たちを無人島へ運ぶための船である。
乗船場には、五十人の受験者が集まっていた。
年齢も、性別も様々。
精霊塾の一般課程を修了した者もいれば、すでに魔術師として現場経験を積んでいる者もいる。
だが、共通しているものが一つだけあった。
――緊張。
誰もが普段とは違う硬い表情を浮かべていた。
「受験票を確認します」
「はい」
「問題ありません。乗船してください」
受付を担当しているのは、天城啓太と白石アリーチェだった。
「次の方、お願いします」
アリーチェが受験票を受け取る。
銀髪が朝の風に揺れる。
「……はい」
受験者は緊張した面持ちで受験票を差し出した。
「確認しました。五十七番。どうぞ」
「ありがとうございます」
受験者が船へ向かっていく。
隣では啓太が淡々と受付を進めていた。
「四十八番、確認」
「はい」
「荷物の確認も済んでいますね。乗船してください」
やがて――。
「これで全員ですね」
アリーチェが名簿を見る。
「五十名。遅刻者なし、辞退者もなし」
「上出来だな」
啓太が時計を見る。
「予定時刻まであと五分か」
「国家試験ですもの。皆さん、気合いが入っていますわ」
「まあ、三日間の実技試験だからな」
啓太は船を見る。
「ここから先は、俺たちの仕事も忙しくなる」
「そうですわね」
その時。
「おーい!」
遠くから声が聞こえた。
見ると、豪華が大きな荷物を抱えて走ってくる。
「これで最後よ!」
「……豪華」
「何よ?」
「それ、何が入ってるんだ?」
「知らないわよ!」
豪華は大きな箱を抱えたまま船へ向かう。
「必要な物なんだからいいでしょ!」
「それ、全部食料じゃないでしょうね?」
「…………」
「豪華?」
「……食事だけじゃないわ!花火とか浮き輪とか色々よ!」
「バカンスじゃないのですよ?」
「何よ!?」
アリーチェが呆れたように笑う。
そんなやり取りをしているうちに、出航時刻となった。
「それでは、乗船を開始してください!」
係員の声が響く。
五十人の受験者が、順番に船へと乗り込んでいく。
啓太たちも乗船する。
そして――。
定刻。
汽笛が港に響き渡った。
ゆっくりと船が岸壁から離れていく。
無人島までは、およそ六時間。
長い船旅の始まりだった。
*
船内には、受験者一人につき一部屋が用意されていた。
試験前ということもあり、部屋に籠って最後の勉強をする者もいる。
参考書を開く者。
魔術理論の復習をする者。
瞑想して精神を整える者。
一方で、船内を見て回る者もいた。
食堂や談話室を覗いたり、船内設備を確認したり。
六時間という時間の過ごし方は、人それぞれだった。
そして、啓太たち補助役にも、出航後の一通りの確認を終えたことで自由時間が与えられていた。
啓太は船内を歩いていた。
その時。
「ふふっ」
後ろから、聞き慣れた声がした。
「天城くん」
振り返る。
そこにはアリーチェがいた。
「一緒にデッキへ行きませんか?」
いつもの彼女からすれば、少しだけ控えめな誘い方だった。
「いいけど……」
啓太は少し考える。
「豪華は誘わなくていいのか? きっと怒るぞ?」
「……」
アリーチェは一瞬だけ黙る。
そして、涼しい顔で言った。
「……鷲宮さんが景色に興味があると思っているのですか?」
「まあ……」
「彼女の場合は、景色より食欲でしょう」
「……」
「食堂の方がお似合いですわ」
さらり。
あまりにも自然に言い切った。
「……何気にひどいな」
「事実ですもの」
「それもそうか」
啓太は苦笑する。
「じゃあ行くか。えーっと、デッキは……」
「ふふっ」
アリーチェが啓太の腕を取った。
「ご案内しますわ」
「え?」
「こちらです」
「いや、そんなに引っ張らなくても……」
「早く行きましょう?」
アリーチェは楽しそうだった。
仕事中の彼女とは、少し違う。
精霊庁では、アリーチェは啓太より立場が上だ。
最年少級の魔術師として高い評価を受け、今回も運営補助側の人間として参加している。
仕事中は、啓太が彼女の指示を受けることも珍しくない。
だが――。
精霊塾では、二人は同級生。
そして今は仕事もない。
ならば。
そこにいるのは、上司と部下でもなく、優秀な魔術師と精霊庁職員でもない。
ただの、年頃の男女だった。
*
デッキへ出た瞬間。
「……わあ」
アリーチェが足を止めた。
視界いっぱいに、青い海が広がっている。
水平線。
空と海の境界はどこまでも遠く、太陽の光を受けた海面がきらきらと輝いていた。
陸地は、もう見えない。
どこを見ても海。
船が進んだあとに残る白い航跡だけが、この広大な海の上に人の存在を示している。
「すっごく広いです……」
アリーチェが呟く。
「良い景色だ」
「本当ですね」
アリーチェは微笑む。
「こうして船の上から見るのは初めてです」
「そうか」
二人は並んで海を見る。
しばらく、会話はなかった。
けれど、不思議と気まずくない。
アリーチェが少しだけ啓太の方を見る。
その横顔を見て、頬が僅かに緩んだ。
「……」
「どうした?」
「いえ」
アリーチェは視線を海へ戻す。
「こういうのも、悪くありませんわね」
「そうだな」
その時だった。
「あっ!」
アリーチェが突然、海を指差した。
「見て、見てください!」
「ん?」
「今、イルカがいましたよ!」
船の横を、数頭のイルカが泳いでいた。
海面から跳び上がり、再び水中へ消えていく。
「本当だ」
「可愛い……!」
アリーチェは身を乗り出す。
「おい」
「はい?」
「危ないぞ」
「え?」
「そんなに身を乗り出したら落ちる」
「あ……」
啓太がアリーチェの肩を軽く引く。
「ほら」
「……」
「海に落ちたら、イルカを見るどころじゃないだろ」
「……そうですね」
アリーチェは少しだけ頬を赤くした。
けれど。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
*
「――あ! 啓太さん!」
その時だった。
二人の背後から、明るい声が響いた。
「……ん?」
啓太が振り返る。
そこにいたのは――。
夢宮アリカ。
鷲宮風太。
そして。
「恵那」
神代恵那だった。
三人がデッキへやってきたところだった。
「あれ?」
アリカが首を傾げる。
「啓太さんと一緒にいるのって……」
「ああ」
啓太が振り返る。
「紹介するよ」
「白石アリーチェ。俺の同級生で、今回の試験では運営補助を担当してる」
「白石アリーチェですわ。よろしくお願いします」
アリーチェが丁寧に頭を下げる。
「そしてこっちが――」
「夢宮アリカです!」
「鷲宮風太です。よろしくお願いします」
「神代恵那です」
三人もそれぞれ挨拶する。
アリーチェは三人を見つめた。
そして。
「……なるほど」
何かを納得したように呟く。
「あなたたちが、天城くんが面倒を見ているという子供たちですか」
「…………」
啓太が固まった。
恵那の眉が僅かに動く。
アリカも笑顔のまま固まった。
そして風太だけが、
「こ、子供……?」
と呟いた。
明らかに。
アリーチェは「子供」という言葉を強調していた。
「ええ」
アリーチェは笑顔。
「天城くんから話は伺っていますわ」
「啓太くんから?」
恵那が静かに尋ねる。
「はい」
アリーチェは恵那を見る。
「あなたが神代さんですね」
「……はい」
「いつも天城くんがお世話になっています」
恵那が丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ。いつも啓太くんがお世話になっています」
「……」
「……」
二人の間に。
何とも言えない空気が流れた。
笑顔。
どちらも笑顔。
だが。
なぜか、空気だけが妙に冷たい。
「……」
啓太は、その空気の変化に気づいていなかった。
「?」
首を傾げる。
一方、風太は完全に察した。
――これはまずい。
「け、啓太さん!」
「ん?」
「僕たち、これから食堂に行こうとしていたんです!」
「食堂?」
「はい! 啓太さんも誘おうと思って探していたんです!」
風太は必死だった。
アリカもすぐに話を合わせる。
「そうです!」
声が少し上擦っている。
「この船の食堂、もう見ましたか!?」
「いや、まだだけど」
「すっごくオシャレなんですよ!」
「そうなのか?」
「はい! まるで豪華客船みたい!」
明るく話している。
だが。
どこか無理をしている。
恵那は黙ったままだ。
アリーチェもまた、恵那を見ている。
啓太はそんな二人の様子に気づくことなく、腕時計を確認した。
「……そろそろ昼時か」
そして三人を見る。
「じゃあ、一緒に食べに行こうか」
「はい!」
「もちろん!」
「うん」
「ええ」
こうして。
五人は食堂へ向かうことになった。
啓太を先頭に。
その後ろをアリカと風太。
そして、そのさらに後ろを恵那とアリーチェが並んで歩く。
「……」
「……」
静かな廊下。
二人の少女は、しばらく無言だった。
やがて。
「神代さん」
「はい?」
「天城くんとは……仲がよろしいのですね」
アリーチェが微笑む。
「……はい」
恵那も微笑み返す。
「仲良しです」
「そうですか」
「はい」
「……」
「……」
その二人の前を歩く啓太が振り返った。
「二人とも、何してるんだ?」
「何でもありません」
「何でもないよ」
声が重なった。
「……?」
啓太は首を傾げる。
アリカと風太は顔を見合わせた。
そして。
――この二人を同じ場所に置くのは、少し危険なのではないか。
そんな予感を、二人だけが感じ取っていた。
やがて五人は食堂へ到着する。
大きな窓から広大な海を望む、船内とは思えないほど立派なレストラン。
「わあ……!」
アリカの目が輝く。
「本当にすごい!」
「これは確かに豪華だな」
啓太も感心する。
風太も周囲を見渡す。
「試験前なのに、なんだか旅行に来たみたいですね」
「そうだね」
恵那が微笑む。
アリーチェも窓の外を見る。
青い海。
青い空。
そして、その先に待つ無人島。
今はまだ誰も知らない。
この船旅が、単なる試験会場への移動ではないことを。
そして。
この先に待つ三日間が、五十人の受験者たちにとって忘れられないものになることを――。
船が進む。
水平線の彼方に、少しずつ島影が見えてきた。
「……見えてきましたわね」
船のデッキから、アリーチェが遠くを見つめる。
「ああ」
啓太も頷いた。
六時間に及ぶ船旅。
その間、受験者たちはそれぞれの時間を過ごしていた。
最後の勉強をする者。
体を休める者。
船内を歩き回る者。
そして――。
いよいよ。
試験会場である無人島が、その姿を現した。
島は決して小さくない。
海岸線は長く、中央には深い森林が広がっている。
遠目からでも、険しい岩場や切り立った斜面が確認できた。
美しい島だった。
だが。
これから三日間、五十人の受験者たちにとっては――試験場となる。
「受験者の皆さんへ連絡します」
船内放送が響いた。
「まもなく、試験会場へ到着します。全受験者は速やかに指定された場所へ集合してください」
食堂や客室にいた受験者たちが、一斉に動き始める。
やがて全員が、船内の広いホールへ集まった。
その前方には、試験官が立っている。
「それでは、実技試験の説明を開始します」
ざわついていたホールが静まり返った。
「まず、今回の試験では――精霊、魔術、守護精霊の使用を一切禁止します」
その瞬間。
受験者たちの間に小さなどよめきが起こった。
「使用できるのは、魔力操作のみです」
魔術師にとって、これはかなり特殊な条件だった。
精霊の力も。
術式も。
守護精霊の力も。
使えない。
己自身の魔力を、純粋に肉体強化や身体能力の補助へ回すしかない。
「なお、試験中に故意に精霊、魔術、守護精霊を使用した場合、即時失格とします」
受験者たちの表情が引き締まった。
「次に、試験形式について説明します」
スクリーンに無人島の地図が表示される。
島の四ヶ所に、A、B、C、Dの文字。
「受験者は、くじ引きによって二人一組となります」
ホールがざわめく。
「つまり、今回の試験は単独ではありません」
試験官が続ける。
「二人一組で協力し、島内に設置された指定ポイントを順番に通過してください」
画面にいくつかのポイントが表示される。
「指定ポイントを通過する際には、事前に配布したカード型デバイスを使用してください」
受験者たちが手元のカードを見る。
「ポイントに到着したら、端末に証明の印を記録します。すべての指定ポイントを通過し、最終ゴールへ到着することで試験終了となります」
ここまでは、単純なサバイバル競技に聞こえる。
だが。
「ただし――」
試験官の声が少し低くなった。
「受験者同士による妨害、暴力行為、争いは禁止します」
画面に赤い文字が表示される。
「他の受験者の進行を意図的に妨害した場合、減点または失格とします」
つまり。
競争ではある。
だが、他人を蹴落として勝つことは許されない。
「また、不測の事態により試験の継続が困難となった場合は、カード型デバイスにあるSOSボタンを使用してください」
カードの側面が拡大表示される。
「SOSが送信され次第、救助班が出動します。ただし、リタイヤした場合は、その時点で試験終了となります」
そして最後に。
試験官が告げた。
「なお、必要最低限のサバイバル道具はこちらで支給します」
受験者たちが少し安心したような顔をする。
「水については、一人につき五百ミリリットルのペットボトル一本のみ」
「……え?」
「その他の食料については――」
試験官は淡々と言った。
「現地で調達してください」
「…………」
ホールが静まり返る。
「以上です」
アリカの顔が引きつった。
「……食料、現地調達?」
風太も呟く。
「三日間……五百ミリリットルだけ……?」
恵那は無言でカード型デバイスを見つめていた。
啓太は、その様子を少し離れた場所から見ている。
補助役である彼には、試験官としての権限はない。
だが。
三人のことは気になっていた。
「……さて」
試験官が箱を用意する。
「これより、ペア決定のくじ引きを行います」
*
最初に引いたのは恵那だった。
箱から一枚の紙を取り出す。
「……」
紙を開く。
「京華さん……?」
「はい」
恵那の前に、一人の少女が歩いてくる。
艶やかな髪。
整った顔立ち。
一見すると可憐で大人しそうな印象を受ける少女だった。
だが、その瞳にはどこか――普通の少女とは違う雰囲気があった。
「京華です」
少女は穏やかに微笑む。
「神代恵那さん……ですよね?」
「はい」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は互いに頭を下げた。
恵那は京華をじっと見る。
何か気になる。
けれど、それが何なのかまでは分からない。
「……?」
京華は、そんな恵那を見て微笑んだ。
「どうかしましたか?」
「ううん。何でもない」
「そうですか」
京華は柔らかく笑った。
その笑顔は、とても自然だった。
*
続いて。
「夢宮アリカさん」
「はい!」
アリカが箱へ手を入れる。
一枚の紙を引き抜いた。
「えっと……」
名前を見る。
「恭華さん!」
「はい」
声に応じて、一人の少女が歩いてきた。
京華とよく似た容姿。
まるで鏡写しのような――。
だが、二人を並べて見ると、不思議な違いがある。
同じ顔立ち。
同じような髪。
それでも。
恭華の方には、どこか人を食ったような、掴みどころのない雰囲気があった。
「恭華です。よろしくお願いしますね」
「夢宮アリカです!」
アリカが元気よく頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「ふふっ。元気ですね」
「はい!」
「それなら、頼りにできそうです」
「えっ?」
「いえ、何でもありません」
恭華は笑った。
アリカも笑い返す。
だが。
その笑顔の奥にあるものを、アリカはまだ知らない。
*
最後に。
「鷲宮風太さん」
「はい」
風太がくじを引く。
「……」
紙を開いた。
「……えっと」
そこに書かれていた名前を確認する。
「水城さん……?」
「おう」
返事をしたのは、三十代ほどの男性だった。
がっしりとした体格。
落ち着いた雰囲気。
「水城修司だ。よろしくな」
「よろしくお願いします!」
風太は丁寧に頭を下げる。
「若いな」
「はい。中学3年生です」
「中学生!?」
修司が目を丸くする。
「何でこの試験、受けてるんだ?」
「はい。少しだけ事情があって……」
「なるほどな」
修司は風太をじっと見る。
「まあ、無理はするな。三日間の試験だ。体力だけじゃなく判断力も必要になる」
「ありがとうございます」
「こっちこそ、足を引っ張らないようにするさ」
風太は少し安心したように笑った。
*
やがて、全員のペアが決定した。
二人一組。
合計二十五組。
そして。
各ペアには、それぞれスタート地点が割り当てられる。
「これより、各ペアは指定された地点へ移動してください」
船が島へ接岸する。
受験者たちは順番に下船していく。
その途中。
恵那は啓太の姿を見つけた。
「啓太くん」
「恵那」
「私、A地点だって」
「そうか」
啓太が地図を見る。
「A地点は島の北側だな」
「啓太くんは?」
「俺は試験本部側。A地点には行かない」
「……そう」
恵那が少しだけ寂しそうな顔をする。
「大丈夫だよ」
啓太が微笑む。
「試験なんだから、自分たちの力でやってみろ」
「うん」
恵那は頷いた。
「頑張ってくる」
「ああ」
*
「アリカちゃん!」
「はい!」
アリカのスタート地点はC。
「恭華ちゃん、よろしくお願いします!」
「こちらこそ」
恭華は微笑む。
「三日間、仲良くしましょうね」
「はい!」
アリカは元気に答える。
*
「風太」
風太のスタート地点はD。
組んだ相手は、年上の男性――水城修司。
「よろしくお願いします」
「ああ」
二人は握手を交わした。
「しかし……」
修司が島を見る。
「中学生の少年と組むことになるとはな」
「すみません」
「すまん。変な意味じゃない」
修司が笑う。
「せっかくの試験だ。お互い頑張ろう」
「はい!」
*
こうして。
五十人の受験者は、四つのスタート地点へ分散していった。
A。
B。
C。
D。
それぞれの場所に、二人一組の受験者たちが配置される。
恵那と京華。
アリカと恭華。
風太と修司。
それぞれが、これから三日間を共にする相手だった。
そして――。
試験開始時刻。
島全体に、開始を告げるサイレンが鳴り響いた。
――ウゥゥゥゥン……!
鳥たちが一斉に飛び立つ。
森の奥へと消えていく。
試験官の声が通信機から響いた。
『国家魔術師三種試験――実技試験を開始します』
一瞬。
静寂。
『試験開始』
――その瞬間。
二十五組の受験者が、一斉に動き出した。
恵那は京華と顔を見合わせる。
「行きましょう」
「はい」
アリカも恭華とともに走り出す。
「恭華ちゃん! まずはどっちに行こうか!?」
「そうですね……」
恭華は島の地図を広げる。
そして、微笑んだ。
「まずは――あちらでしょうか」
「はい!」
風太も修司とともに歩き出す。
「水城さん、地図を見せてもらってもいいですか?」
「ああ。まずはこの川を目指そう」
「分かりました」
それぞれのペアが、それぞれの道へ。
森へ。
岩場へ。
海岸へ。
そして――。
誰もがまだ知らない。
この島には、試験官たちが想定している以上のものが潜んでいることを。
そして。
この三日間が、ただの国家試験では終わらないことを。
――国家魔術師三種試験。
その実技試験が、今、始まった。




