010 【世界に一枚だけの美少女カード】
鷲宮豪華が入院してから、数日が経った。
事件の傷も順調に回復し、退院まであと1日。
そんなある日の午後。
「失礼します」
病室の扉が開いた。
「……あら?」
ベッドの上で雑誌を読んでいた豪華が顔を上げる。
そこに立っていたのは――。
「アリーチェ?」
「ごきげんよう、鷲宮さん」
白石アリーチェだった。
銀色の髪を揺らしながら、いつもの落ち着いた表情で病室へ入ってくる。
「……」
豪華は目を丸くした。
「どうしたの?」
「いえ……」
豪華は少し考えてから言った。
「まさかアンタがお見舞いに来てくれるとは思わなかったわ」
「失礼ですよ」
アリーチェは眉をひそめる。
「私だって、お見舞いくらい来ます」
「へぇ~」
豪華はニヤリと笑った。
「意外と優しいところあるじゃない」
「……勘違いしないでください」
アリーチェは持ってきた鞄をベッド脇に置いた。
「今日はお見舞いが目的ではありません」
「え?」
「期末テストの結果を伝えに来ただけです」
「…………」
豪華は数秒黙った。
「それ、わざわざ病院まで来て言うこと?」
「重要な報告です」
「いやいやいや」
豪華は思わず笑った。
「普通、電話とかで済ませるでしょう」
「……」
アリーチェは視線を逸らした。
「たまたま近くまで来ていたので」
「ふーん?」
「何ですか、その顔は」
「別に~?」
豪華は楽しそうに笑った。
アリーチェは小さくため息をつく。
「それで、期末テストの結果ですが」
「おっ、そうそう!」
豪華は身を乗り出した。
「どうだった?」
「……意外でした」
「何が?」
「全体的に、平均点を少し上回っています」
「おおっ!」
豪華の顔がぱっと明るくなる。
「やった!」
「まあ……」
アリーチェは手元の資料を見ながら続けた。
「特別良いというほどではありませんが、以前よりかなり安定しています」
「つまり?」
「やればできるということです」
「……!」
豪華は目を見開いた。
アリーチェが、人を褒める。
それだけでも珍しい。
「今、褒めた?」
「褒めてません」
「いや、褒めたでしょ!」
「事実を述べただけです」
「アンタが私を褒めるなんて、明日は槍でも降るんじゃない?」
「……失礼ですね」
アリーチェは呆れたように言った。
「ですが、本当に頑張ったのだと思います」
その言葉に、豪華は少しだけ照れた。
「……まあね」
そして、胸を張る。
「私、やればできる女だから!」
「その自信を、普段の勉強にも使ってください」
「それは……」
豪華の視線が泳ぐ。
「善処します」
「信用できませんね」
二人の間に、穏やかな笑いが起きた。
事件が起きる前と変わらない。
そんな何気ない時間だった。
*****
「そういえば」
豪華がふと思い出したように口を開いた。
「昨日、天城くんがお見舞いに来てくれたのよ」
「……!」
アリーチェの表情がほんの僅かに変わった。
「……天城さんが?」
「そうそう」
「……何か言っていましたか?」
「退院したら、みんなで快気祝いをしようって」
「そうですか」
アリーチェは平静を装って答えた。
だが――。
豪華はそんな彼女の変化を見逃さなかった。
「……アンタ、天城くんの話になると分かりやすいわね」
「なっ……!」
アリーチェの頬が僅かに赤くなる。
「な、何を言っているんですか!」
「別に~?」
豪華はニヤニヤする。
「それでね」
「……はい」
「お菓子も持ってきてくれたのよ」
「お菓子……」
「それと一緒に、封筒も置いていったの」
「……封筒?」
アリーチェの声が少しだけ低くなる。
「そう」
豪華はベッド脇の棚を見る。
「確か、あそこに……」
豪華が封筒を取り出した。
「これよ」
「……」
アリーチェの視線が封筒に釘付けになる。
豪華はそれを見て、悪戯っぽく笑った。
「もしかして――ラブレターだったりして?」
「――――っ!」
アリーチェの顔が一瞬で赤くなる。
「な、何を言っているんですか!」
「だって、わざわざ封筒に入れて渡してるのよ?」
「それだけでは何とも言えません!」
「天城くん、ワタシに気があるのかもね?」
「鷲宮さん!」
「はいはい」
豪華は笑いながら封筒を振った。
「じゃあ、一緒に確認してみる?」
「……」
アリーチェは迷った。
だが――。
「……確認しましょう」
「やっぱり気になるんじゃない」
「違います!」
「はいはい」
豪華は封筒を開けた。
中から一枚のカードが滑り出る。
「……ん?」
豪華が拾い上げる。
「何これ?」
カードの表面に描かれていたのは――。
豪華自身だった。
カフェテラスでボンヤリとスマホを見ている。
「…………」
アリーチェも覗き込む。
「……これって」
「私のカード?」
「例の美少女カードですか?」
そこにあったのは、以前話題になっていた――。
美少女カード。
しかも。
カードの隅には、見慣れない文字が印刷されていた。
SSR
「……SSR?」
アリーチェが呟く。
「何それ?」
豪華は首を傾げる。
「たぶん、レアリティでしょう」
「へぇ」
豪華はカードを裏返したり、表に戻したりする。
そして――。
「……なんか、嬉しいわね」
「え?」
アリーチェが豪華を見る。
豪華はカードを眺めながら笑っていた。
「だって、私がカードになってるのよ?」
「……」
「しかも、結構いい感じに撮れてるじゃない」
写真に写っているのは、普段の豪快な豪華とは少し違う。
不意に見せた、穏やかな表情。
それを見て、豪華は少し照れたように笑った。
「……まあ、悪くないわ」
アリーチェはカードと豪華を交互に見る。
「天城さん……どうしてこれを?」
「…さ、さあね?」
豪華は首を傾げた。
「でも、わざわざ私にくれたんだから、大事にしようかな」
「……」
アリーチェは何とも言えない顔をした。
ラブレターではなかった。
それなのに――。
「……天城さんらしいですね」
小さく呟く。
「ん?」
「いえ、何でもありません」
*****
その頃。
「……ふぅ」
自宅。
自室に戻った啓太は、ベッドに腰を下ろしていた。
その時。
スマートフォンが鳴る。
「はい、天城です」
『啓太くん!』
電話の向こうから、明るい声が聞こえてきた。
『聞いて聞いて!』
続いて、もう一人の声。
『私たち、無事にもらえたんです!』
「……え?」
啓太は思わず姿勢を正した。
電話の向こうから聞こえてくるのは、恵那とアリカの嬉しそうな声。
「もしかして――」
『はい!』
『鷲宮家から、推薦状をいただけました!』
「そうか!」
啓太の顔にも自然と笑みが浮かんだ。
二人がこれまで頑張ってきたことを知っているだけに、その報告は素直に嬉しかった。
「良かったな」
『はい!』
『ありがとうございます!』
二人の声が重なる。
「じゃあ、今度の快気祝いは豪華の退院祝いと、二人の推薦状のお祝いも兼ねよう」
『いいんですか?』
「もちろん」
『やったぁ!』
アリカの声が弾む。
『恵那ちゃん、楽しみだね!』
『うん!』
啓太は笑いながら言った。
「それと、もう店も予約してある」
『本当ですか!?』
「有名な焼肉店」
『焼肉!?』
アリカの声が一段と大きくなる。
『行きたい!』
恵那も嬉しそうに笑った。
『私も楽しみです』
「じゃあ、豪華が退院するまで楽しみにしておけよ」
『はい!』
『ありがとうございます!』
しばらく三人で他愛のない話をしたあと、電話は終わった。
「……さて」
啓太がスマートフォンを机の上へ置く。
その直後――。
再び着信音が鳴った。
「今度は誰だ?」
画面を見る。
表示されていた名前は――。
長谷川
「ケンさん?」
啓太は電話に出た。
「はい、啓太です」
『おう、俺だ』
長谷川の声だった。
『ちょっと報告がある』
「事件の件ですか?」
『ああ』
長谷川の声が少し真面目になる。
『犯人はもう完全に落ちた。容疑も認めてる。起訴まで持っていけるだろうって話だ』
「そうですか」
『まあ、あれだけ証拠が揃ってりゃな』
啓太は安堵した。
『それと、もう一つ妙な話がある』
「妙な話?」
『被疑者がな、美少女の写真データが一つなくなっているって供述してるらしい』
「一つ?」
『ああ。ただ、いかんせん保存されていたデータが多すぎる』
長谷川が苦笑する。
『本人の勘違いじゃないかってことで、ひとまず話はついたそうだ』
「へぇ、そうなんですね」
『それがな』
長谷川は続けた。
『なくなったっていう一つのデータ、それがカードになっていたらしいんだが……どうもかなりの額で取り引き出来る物だったらしい』
「へぇ……」
『しかも新しく作られたカードで、まだ世の中に1枚しか流通してないって話だ』
「へぇ……そうなんですね」
啓太は淡々と相槌を打つ。
『まあ、事件そのものは解決したしな。そっちは心配しなくていい』
「分かりました」
『じゃあ、また何かあったら連絡する』
「はい。お疲れさまです」
電話が切れた。
静かな部屋。
啓太はしばらくスマートフォンを見つめていた。
そして――。
ゆっくりと机へ視線を向ける。
そこには、一枚のカードが飾られていた。
啓太はカードを見つめる。
「……」
そして、小さく息を吐いた。
「たった一枚だけで、良かったよ。」
その言葉とは裏腹に。
啓太の口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。




