009 【諦めない心】
ドォォォォォンッ!!
昼時のとある中学校において、大きな爆発音が校舎を揺らした。
校舎の一角から、黒い煙が立ち上る。
「――爆発!?」
中学校へ向かっていた啓太は、遠くから響いた轟音に顔を上げた。
「……くそっ!」
アクセルをさらに開く。
すでに警察と消防が現場へ到着している。
校門付近には規制線が張られ、避難した生徒たちが校庭の一角に集められていた。
「生徒は!?」
啓太がバイクを降りるなり、近くの警察官へ声をかける。
「全員避難済みです! 現在、人数の確認を――」
「分かりました!」
啓太はそれだけ聞くと、校舎へ向かって走り出した。
「天城さん!」
後ろから呼び止める声が聞こえたが、振り返る余裕はない。
校舎へ近づくにつれて、鼻を刺すような焦げた匂いが強くなっていく。
「……爆発したのか」
啓太の胸に嫌な予感が走った。
そして――。
「姉さん! 姉さん! しっかりして!」
聞き覚えのある声。
啓太が顔を上げる。
「風太!」
校舎から出てきた救急隊員が、ストレッチャーを押している。
その横を、必死の表情で風太が歩いていた。
そして――。
ストレッチャーの上に横たわっている少女。
「……豪華!」
啓太は駆け寄った。
「風太! 何があった!」
「啓太さん……」
風太は今にも泣き出しそうな顔で啓太を見る。
「姉さんが……爆弾に……」
「なに?」
ストレッチャーの上で、豪華がゆっくりと目を開いた。
「……いたた」
いつもの豪快さとは裏腹に、少し苦しそうな声。
そして啓太を見つけると――。
「あら、天城くん」
「豪華、無事か?」
「ええ。大したことないわ」
豪華はそう言って笑った。
だが、その身体には所々に擦り傷があり、制服も焦げている。
「大したことあるよ!」
風太が声を上げた。
「姉さん、爆弾に覆い被さるようにして抱え込んだんです!」
「なっ!?」
啓太の表情が変わる。
「お前……!」
「私もまだまだね」
豪華は悔しそうに天井を見上げた。
「爆弾ごときに遅れを取るとは思わなかったわ」
「いや、そこじゃないだろ……」
啓太は呆れたように息を吐く。
豪華は自分の身体を確認するように軽く動かした。
「何とか爆発の熱量は抑え込んだけど、爆風までは殺し切れなかったわ」
「……」
「でも、おかげで他の爆弾が誘爆することはなかったみたいね」
豪華は校舎を見た。
爆発した彫刻室の窓ガラスは砕け、壁の一部も損傷している。
しかし、校舎全体が崩壊するような被害には至っていない。
「教室内のガラスが砕け散った程度で済んだんだから、上出来よ」
「……上出来って」
啓太は苦笑した。
「自分が怪我してるのに、よくそんなこと言えるな」
「これくらい、怪我のうちに入らないわよ」
豪華らしい言葉だった。
しかし――。
その隣で、風太は俯いていた。
「姉さん……僕……」
声が震えている。
「僕は……」
豪華は弟の顔を見た。
その表情から、すぐに察した。
「……なんて顔をしているのよ」
「でも……」
「胸を張りなさい」
豪華は優しく言った。
「アナタはよくやったわ」
風太は首を横に振る。
「僕は……爆弾を止められなかった」
「違うわ」
豪華はきっぱりと言った。
「アナタは、学校に残っていた生徒を助けようとした」
「……」
「怖かったでしょう?」
風太は黙って頷いた。
「それでも逃げなかった」
豪華は弟の頭に手を置いた。
「それだけでも、十分立派よ」
風太の目に涙が浮かぶ。
豪華はそんな弟を見て、少しだけ笑った。
「いいこと、風太」
「……うん」
「男はね――」
豪華はいつもの調子で胸を張る。
「最後まで諦めちゃダメなのよ」
風太は姉の顔を見つめた。
そして――。
小さく頷く。
「うん」
涙を拭いながら、もう一度。
「……わかったよ、姉さん!」
「よし!」
その時、救急隊員が声をかけた。
「そろそろ搬送します」
「分かりました」
豪華はストレッチャーに乗せられ、そのまま救急車へ向かっていく。
「姉さん!」
「なによ?」
「……ありがとう!」
豪華は一瞬驚いた顔をして――。
「どういたしまして!」
そう言って笑った。
救急車の扉が閉じる。
サイレンが鳴り響き、豪華を乗せた救急車が走り去っていった。
啓太はその背中を見送った。
そして、隣にいる風太を見る。
「風太」
「はい」
「よく頑張ったな」
風太は少し照れたように笑った。
「……はい!」
*****
それから数日後。
事件は、大きな進展を迎えていた。
カードの製造・販売を行っていた男。
そして、一連の爆破事件を引き起こした犯人。
両者の関係を含めた捜査が進められ、男は警察によって無事に逮捕された。
犯人は容疑を全面的に認めていた。
動機について問われた犯人は、信じられないような供述をしたという。
――美少女カードの背景に写り込んでいた建物が気に入らなかった。
――だから、壊してやろうと思った。
ただ、それだけだった。
「世の中には……理解できない犯罪者もいたものね」
病室。
ベッドの上で、豪華は呆れたように呟いた。
「まったくだ」
椅子に座った啓太も同意する。
事件から数日。
豪華は順調に回復していた。
幸いにも大きな怪我はなく、あと三日ほどで退院できるらしい。
「それにしても……」
豪華がため息をつく。
「神代さんや夢宮さんには悪いことをしたわ」
「なんで?」
「だって、二人の面倒を見るって言ったのに、途中で退場しちゃったじゃない」
豪華は少し申し訳なさそうな顔をする。
事件の前、豪華は恵那やアリカのことを気にかけていた。
それだけに、自分が怪我をして病院へ運ばれたことを気にしているらしい。
「大悟さんが見てくれているから大丈夫だよ」
啓太は笑った。
「豪華は怪我を治すことだけ考えていればいい」
「そうは言ってもねぇ……」
豪華はベッドに身体を預ける。
「病院って暇でしょうがないわ」
「まあ、それは分かるけど」
「あと三日もあるのよ?」
「順調そうで何よりだよ」
「人の話を聞きなさいよ!」
豪華が頬を膨らませる。
啓太は苦笑した。
「はいはい」
そして、持ってきた紙袋を豪華へ差し出した。
「これ、お見舞い」
「おっ!」
豪華の表情が明るくなる。
中には菓子の詰め合わせが入っていた。
「いいじゃない!」
豪華は嬉しそうに袋を覗き込む。
しかし――。
その上に、一通の封筒が置かれていることに気づいた。
「……ん?」
豪華が封筒を手に取る。
「何これ? 手紙?」
「後で開けてみるといい」
「?」
啓太はそれ以上何も言わない。
そして立ち上がると、病室の扉へ向かった。
「じゃあ、俺は帰るよ」
「ええ」
啓太は扉を開ける。
そこで一度振り返った。
「豪華」
「なに?」
「退院したら、みんなで快気祝いをしよう」
「本当!?」
豪華の目が輝いた。
「やった! 焼肉がいい!」
「はいはい」
「有名なところ!」
「分かった分かった。予約しておくから」
啓太は苦笑する。
「それまでは病院で大人しくしてるんだぞ」
「はーい!」
豪華は元気よく返事をした。
啓太はそんな豪華を見て、笑みを浮かべる。
「じゃあな」
「またね、天城くん!」
病室の扉が閉じる。
静かになった病室で、豪華は先ほどの封筒を見つめた。
「……手紙ねぇ」
首を傾げながら、封筒を裏返す。
そこには――。
何も書かれていなかった。
「……まあ、後で開けてみるか」
豪華は菓子を一つ取り出す。
「まずはこれね!」
事件が終わった。
そして――。
いつもの日常が、少しずつ戻り始めていた。




