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008 【鷲宮豪華】

風太は、風の精霊たちが示した場所へ向かって走っていた。


一つ目。


二つ目。


そして――三つ目。


風太は校舎内を駆け抜け、最初に発見した爆弾のある視聴覚室へと飛び込んだ。


「……これか」


教室の隅。


視聴覚機器の陰に隠されるようにして、黒い箱が置かれていた。


風太は慎重に距離を取る。


啓太から言われていた。


――絶対に近づくな。


――爆弾には触るな。


それは分かっている。


分かっているのに。


「……なんだ?」


風太は眉を寄せた。


爆弾には、タイマーもなければ、目立った起爆装置も付いていない。


「これ……本当に爆弾なの?」


風の精霊たちが教えてくれた場所に間違いはない。


ならば、これは――。


その瞬間。


風太の脳裏に、以前テレビで見た映像が蘇った。


ビルの解体。


建物の要所に仕掛けられた爆薬が、順番に爆発していく。


一つ。


そして、また一つ。


爆発が連鎖し、巨大な建物がまるで計算されたかのように崩れ落ちていく。


「……連鎖爆発」


風太は呟いた。


もしかすると、この爆弾は単独で爆発させるためのものではない。


別の場所にある爆弾の爆発を利用して、次の爆弾を誘爆させる。


そして、それを繰り返して――。


「……学校を、壊すつもりなのか」


風太は慌てて周囲を見回した。


爆弾の位置。


校舎の構造。


風の精霊たちが教えてくれた他の爆弾の場所。


それらを頭の中で重ね合わせる。


そして――気づいた。


「……ここじゃない」


この爆弾には起爆装置がない。


ならば、起点となる爆弾が別にある。


そして、その位置から連鎖させれば――。


風太は校舎中央に視線を向けた。


「……あそこだ」


校舎の中心。


そこにある彫刻室。


「この爆弾をなんとかすれば……!」


風太は走り出した。


*****


彫刻室。


風太は勢いよく扉を開けた。


「ここだ!」


風の精霊たちが一斉に室内を指し示す。


教師用の机。


その下。


風太は恐る恐る覗き込んだ。


「……!」


そこには、別の爆弾があった。


しかも――。


「起爆装置が付いてる……」


先ほどの爆弾とは明らかに違う。


小型のタイマー。


そして、そこに表示された数字。


「……え?」


風太の顔から血の気が引いた。


表示されていた時間は――


02:47


赤い数字が、無機質に点滅している。


02:46。


一秒。


02:45。


また一秒。


数字が減るたびに、風太の心臓が強く跳ねた。


「嘘……」


三分を切っている。


しかも、時間は止まらない。


風太の耳には、タイマーの電子音がやけに大きく聞こえ始めた。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


その音が、残り時間を一秒ずつ削り取っていく。


「三分もない……!」


風太は反射的に後ずさった。


逃げなければ。


啓太に言われた通り、この場から離れなければ。


けれど、足が動かない。


02:44。


02:43。


02:42。


数字が減るたびに、逃げる時間も、考える時間も失われていく。


その時だった。


「――誰かいないの?」


遠くから声が聞こえた。


「……え?」


風太が振り返る。


窓の外。


向かい側の校舎、その四階。


女子生徒が一人、廊下に立っていた。


どうやらトイレに行っていたらしい。


イヤホンを付けて音楽を聴いていたため、避難指示に気づいていなかったのだ。


「なんで……まだ人が……」


風太は時計を見る。


02:21


さっきから、もう二十秒以上が過ぎている。


今から助けに行って、彼女を連れて逃げる。


――間に合わない。


その言葉が、頭の中で何度も響いた。


02:20。


02:19。


02:18。


風太は唇を噛んだ。


「……どうする」


爆弾を外へ投げる?


駄目だ。


途中で爆発したら、校舎だけでは済まない。


風の力で吹き飛ばす?


今の自分の力では、爆弾を安全な場所まで運ぶほどの強い風は起こせない。


02:17。


02:16。


タイマーの音が、さらに速くなったように感じる。


「だったら……」


風太は爆弾を見つめた。


「僕が……止めるしかない」


怖かった。


手が震える。


喉が乾き、呼吸が浅くなる。


それでも。


ここは自分が通っている学校だ。


友達がいる。


先生がいる。


大切な場所だ。


「……何もしないなんて、できないよ」


風太は周囲を見回した。


そして、彫刻用具が置かれた棚から一本のナイフを手に取った。


爆弾から伸びている配線は二本。


「二本……」


風太は唾を飲み込んだ。


どちらか一本を切れば、起爆装置への電気が遮断されるはず。


もちろん、そんな保証はない。


それでも――。


「……やるしかない」


時計を見る。


01:48


残り時間は、もう二分を切っていた。


風太は爆弾の前にしゃがみ込んだ。


タイマーの赤い数字が、目の前で容赦なく減っていく。


01:47。


01:46。


01:45。


「……大丈夫」


自分に言い聞かせる。


「大丈夫……」


だが、声は震えていた。


ナイフを握る手に汗がにじむ。


指先が滑る。


息を吸おうとしても、胸がつかえてうまく吸えない。


01:44。


01:43。


「お願い……」


タイマーの電子音が、頭の中を直接叩いているようだった。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


一秒ごとに、死が近づいてくる。


「止まってくれ……!」


風太は一本の配線にナイフを当てた。


刃先が震え、配線の上で小さく揺れる。


01:42。


01:41。


「早く……!」


力を込める。


ザクッ。


切断。


「……!」


爆発は――起きない。


風太は息を止めたまま、タイマーを見つめた。


01:40。


01:40。


「……止まった?」


一瞬、そう思った。


しかし。


次の瞬間。


数字が異常な速度で減り始めた。


01:38。


01:36。


01:34。


「え……?」


一秒ごとではない。


数字が、二秒、三秒分ずつ飛ぶように減っていく。


01:32。


01:30。


01:28。


「なに、これ……!」


風太の背中を冷たい汗が流れた。


時間がない。


さっきまで残っていたはずの一分以上が、目の前で一気に消えていく。


「クソッ!」


風太は歯を食いしばった。


「バカにしやがって!」


残った一本。


もう迷っている時間はない。


01:26。


01:24。


01:22。


風太は震える手でナイフを振り下ろした。


ザクッ!


「……!」


今度も爆発は起きない。


だが、安心する暇などなかった。


タイマーの表示が弱々しく点滅し、電子音が途切れ途切れになる。


ピッ……。


ピッ……。


風太は息を殺して画面を見た。


「……止まった?」


表示が一度、真っ黒になる。


そして――。


00:10


「……え?」


風太の顔が凍りついた。


「十秒……?」


理解するより早く、数字が切り替わった。


10。


9。


「嘘だ……」


8。


7。


数字が減るたび、風太の視界が狭くなっていく。


耳鳴りがして、周囲の音が遠ざかる。


6。


「止まれ……止まってくれ……!」


風太はタイマーに手を伸ばしかけた。


しかし、指先は震えるだけで、何にも触れられない。


5。


「僕……」


喉がひきつる。


4。


「僕、死ぬの……?」


風太の足から力が抜けた。


3。


床に手をつく。


逃げなければならない。


分かっているのに、身体が動かない。


もう逃げられない。


風太は静かに目を閉じた。


「……ごめん」


その瞬間――。


「――風太ァッ!!」


ガシッ!


突然、誰かに襟首を掴まれた。


「え――?」


そのまま、風太の身体が後方へ投げ飛ばされる。


「うわぁっ!」


ドサッ!


床を転がった風太が、必死に顔を上げる。


そこに立っていたのは――。


「ね、姉さん――――!!?」


鷲宮豪華だった。


「風太!」


豪華は弟を一瞥した。


そして――すぐに爆弾へ視線を戻す。


「……チッ!」


タイマー。


3秒。


2秒。


「間に合え……!」


豪華は爆弾の前へ飛び込んだ。


そして――。


両腕で爆弾を抱え込む。


「姉さん!」


「伏せろォッ!!」


豪華の身体から、凄まじい魔力が噴き上がった。


炎が彼女の全身を包み込む。


それは、ただの炎ではない。


自らの身体を盾にするために、豪華が持てるすべての魔力を防御へと集中させた炎だった。


「――――ッ!」


次の瞬間。


轟音が響き渡った。


ドォォォォォンッ!!


昼時のとある中学校において、


大きな爆発音が校舎を揺らした。

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