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007 【鷲宮風太】

平日の昼下がり。


街の一角にあるカフェテラス。


その一番奥の席に、鷲宮豪華は一人で座っていた。


テーブルの上には、飲みかけのコーヒー。


しかし、注文したそれに口をつける様子はほとんどない。


ただ、スマートフォンを眺めている。


画面をスクロールしては、何かを確認する。


そして――。


「……はぁ」


小さくため息を吐く。


しばらくすると、また画面をスクロールする。


「……うーん」


また、ため息。


そんなことを繰り返していた。


ここ最近、豪華はこのカフェに足繁く通っている。


何か目的があるようにも見える。


けれど、誰かを待っている様子でもない。


ただ静かに時間を過ごし、スマートフォンを確認しているだけだった。


そんな豪華の前に――。


「豪華?」


一人の少年が立ち止まった。


「珍しいな、こんなところで」


「……ん?」


豪華が顔を上げる。


そこに立っていたのは――。


「天城くん……って、どうしたの!?」


豪華の目が大きく見開かれる。


天城啓太。


その姿は、普段の彼からは想像できないほど酷かった。


髪は乱れ、制服代わりの作業着は泥だらけ。


靴も汚れ、頬にまで土がついている。


そして何より――。


「全身、泥だらけじゃない!」


「……労働してた」


啓太は疲れ切った声で答えた。


「労働?」


「うん……昨日からずっと」


「何の?」


「色々」


「……そう」


豪華はそれ以上聞かなかった。


というより――。


聞く気力がなさそうな啓太を見て、これ以上聞くのは酷だと思ったらしい。


啓太はふらふらと豪華の前まで歩いてくる。


そして――。


「……ここ、座っていい?」


「ええ」


豪華が頷く。


啓太はそのまま豪華の向かいの席に腰を下ろした。


椅子に座った瞬間、全身から力が抜ける。


「……疲れた」


「そんなに?」


「昨日からずっと肉体労働だったからな」


「ご苦労様」


豪華は苦笑した。


しかし、啓太の姿を見ているうちに、ふと何かを思いつく。


「……ちょっと待って」


「?」


豪華は啓太へ手を向けた。


「え?」


次の瞬間――。


ボッ!


小さな炎が豪華の手から生まれた。


炎は啓太の全身を包み込む。


「うわっ!?」


啓太が驚いて身を引く。


しかし、炎は熱を感じさせることなく、服に付着していた泥だけを次々と焼き落としていく。


一瞬。


本当に一瞬だった。


炎が消える。


啓太の服は――。


「……綺麗になった」


泥一つ残っていなかった。


「便利だな、これ」


啓太は自分の服を見回す。


「サンキュー」


「どういたしまして」


豪華は何でもないことのように答えた。


啓太はそんな彼女を見ながら、少しだけ首を傾げる。


「でも……」


「何?」


「あんな使い方、今までしなかったよな?」


豪華は一瞬、きょとんとする。


啓太が言っているのは、先ほどの炎の使い方だった。


豪華は火の精霊使い。


しかし、これまでの彼女の精霊術は、極端なまでに攻撃へ特化していた。


炎を圧縮し、威力を高める。


速度を上げる。


破壊力を増幅する。


いかに強力な一撃を叩き込むか。


それが、これまでの豪華の戦い方だった。


「……まあね」


豪華はコーヒーを一口飲む。


「神代さんを見習って、練習したのよ」


「恵那を?」


「ええ」


豪華は自分の手のひらを見る。


「精霊術って、何も敵を倒すためだけにあるわけじゃないでしょう?」


「まあ、そうだな」


「神代さんの術を見ていて思ったの。もっと細かい制御ができれば、色々なことに使えるんじゃないかって」


豪華は小さく笑った。


「だから、ちょっと練習してみたのよ」


啓太は感心したように豪華を見る。


「面倒を見るだけじゃなくて、豪華にも得るものがあったってことか」


「そうね」


豪華は素直に頷いた。


「人に教えるって、自分自身の勉強にもなるものね」


「……意外と先生してるんだな」


「どういう意味よ!」


豪華が頬を膨らませる。


「褒めたんだけど」


「なら最初からそう言いなさいよ!」


啓太は苦笑した。


そして、テーブルの上に置かれていたメニューを手に取る。


「俺、何か食べていい?」


「どうぞ」


「じゃあ軽いものを」


啓太は店員を呼び、軽食を注文した。


豪華はその様子を見ながら、再びスマートフォンを手に取る。


啓太は何気なく尋ねた。


「そういや、二人はどう?」


「順調よ」


豪華はスマートフォンから顔を上げる。


「課題もちゃんとこなしてるわ」


「そっか」


「神代さんは、さすが神代家の直系ね」


豪華は少し感心したように言う。


「術の威力は、同年代の子と比べても頭一つどころか、二つくらい抜けてるわ」


「そこまでか?」


「ええ。ただ――」


豪華は少し考える。


「それでも、優しすぎる性格が災いしているのかもしれないわね」


「優しすぎる?」


「術を使う時、無意識にセーブが掛かっている感じがするの」


「……なるほど」


啓太も納得する。


恵那は、人を傷つけることを極端に嫌う。


その性格は彼女の長所でもある。


しかし――。


戦闘においては、時にそれが枷になる。


「だからって、無理に外す必要はないと思うわ」


豪華は穏やかな口調で続ける。


「今のままでいいと思う」


「……」


「心の枷を外す方法なんて、そのうち覚えればいいのよ」


啓太は豪華を見る。


「よく見てるな」


「一応、面倒を見てるんだから」


豪華は少し照れ臭そうに笑った。


「それに――」


「?」


「人を傷つけたくないって気持ちそのものは、無くしちゃ駄目でしょう?」


啓太は一瞬だけ黙った。


「……そうだな」


二人の間に、短い沈黙が流れる。


やがて、豪華が話題を変えた。


「でもね、一番伸びしろがあるのは夢宮さんよ」


「アリカが?」


「ええ」


豪華は即答した。


「彼女、精霊使いになって二年くらいなんでしょう?」


「そうだな。契約したのが中学入学直後だから」


「それで、あの成長速度は尋常じゃないわ」


「そこまで?」


「スポンジ並みの吸収率よ」


豪華は苦笑する。


「教えたことをすぐ覚える。失敗しても、次にはちゃんと修正してくる。細かい技術はまだまだ粗いけど――」


そこで豪華は、少しだけ目を細めた。


「威力だけなら、そこらの名家の子息なんて目じゃないわね」


「……アリカが聞いたら喜びそうだな」


「調子に乗るから言わないでおく」


「賢明だな」


そこへ――。


「お待たせしました」


店員が啓太の料理を運んできた。


「ありがとうございます」


啓太はさっそく料理を手に取る。


かなり空腹だったらしい。


豪華が少し呆れながら見る。


「そんなにお腹空いてたの?」


「昨日の夜からまともに食べてない」


「……ちゃんと食べなさいよ」


「はい」


啓太は軽食を口に運ぶ。


そんな二人の姿を――。


少し離れた場所から見つめる少年がいた。


「……あれ?」


少年は目を瞬かせる。


そして、二人のいるテーブルへ近づいてきた。


「姉さん……?」


豪華が振り返る。


「あら」


そこにいたのは――。


「風太?」


鷲宮風太だった。


「……と、啓太さん?」


「おう」


啓太が手を上げる。


「久しぶりだな、風太。今学校帰りか?」


「お久しぶりです」


風太は丁寧に頭を下げる。


「はい。ちょうど終わったところです」


そして、風太は自分の後ろを指差した。


「ここ、僕の通ってる中学校の目の前だから」


「……そうなのか?」


啓太は初めて気づいたように、周囲を見回した。


「ここ、学校の目の前だったんだな」


「気づいてなかったの?」


豪華が呆れる。


「疲れてたんだよ」


「まあ……確かに」


風太は苦笑した。


そして――。


「そういえば姉さん」


「何?」


「最近、よくここに来てるよね」


「……」


豪華の動きが一瞬止まった。


「そう?」


「うん」


風太は頷く。


「しかも、最近ちょっと化粧もしてるし……」


「……」


豪華の眉がぴくりと動く。


「だから?」


「いや……」


風太は豪華を見る。


そして啓太を見る。


もう一度、豪華を見る。


「……?」


豪華は首を傾げている。


一方の風太は、何かに気づいたように目を見開いた。


「も、もしかして二人は――」


「違う」


啓太が食い気味に遮った。


「た・ま・た・ま・会っただけだ」


妙に力強かった。


「…………」


風太は啓太を見る。


豪華を見る。


そして――。


「ですよね」


ほっとしたように胸を撫で下ろす。


「姉さんに言い寄ってくる勇者なんて、そうそういな――」


ゴンッ!


「痛っ!」


豪華の拳骨が風太の頭に落ちた。


「姉さん!?」


「よく分からないけど――」


豪華は拳を握ったまま、にっこり笑う。


「良くないことを言われていることだけは分かったわ」


「ご、ごめん姉さん……」


風太は頭を押さえる。


啓太は思わず吹き出した。


「ははは……」


「笑わないでくださいよ、啓太さん……」


「いや、ごめん」


しばらくして――。


啓太は食事を食べ終える。


そして、テーブルの伝票を手に取った。


「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」


「え?」


風太が顔を上げる。


「もう帰るんですか?」


「ああ。夜勤明けなんでね」


啓太は立ち上がる。


「帰って寝るよ」


「そうなんですか」


風太は少し残念そうにした。


「それなら、ウチに寄って休んでいけばいいのに」


「今日は遠慮する」


啓太は苦笑する。


「恵那とアリカの邪魔はしたくないからな」


「……そう、ですか」


風太は少しだけ寂しそうに頷いた。


「でも――」


啓太は風太の肩を軽く叩く。


「何か困ったことがあれば、いつでも連絡してこいよ」


「……はい!」


風太の表情が明るくなる。


そのやり取りを見ていた豪華が、不思議そうに二人を見る。


「……アナタたち、いつの間にそんなに仲良くなったの?」


「え?」


風太がきょとんとする。


「結構、昔からだよ」


「昔から?」


「うん。啓太さんとはメールとかでもやり取りしてたし」


「…………」


豪華の顔が固まる。


「何それ」


「?」


「私、知らないんだけど」


「え?」


「何で弟とアンタがそんなに仲良くなってるのよ!」


「いや、普通に……」


啓太が困ったように笑う。


風太も苦笑する。


「姉さん、知らなかったんだ……」


「知らないわよ!」


豪華は頬を膨らませた。


「私の知らないところで弟と仲良くなるなんて、どういうことよ!」


「どういうことって言われても……」


「姉さん、嫉妬してる?」


「してない!」


即答だった。


「……本当に?」


風太が首を傾げる。


「してない!」


豪華は風太の頭をぐりぐりと撫で回す。


「痛い痛い!」


そんな姉弟のやり取りを見ながら、啓太は笑った。


「じゃあ、俺は帰るな」


「はい。お疲れ様でした、啓太さん」


風太が頭を下げる。


「おう。またな」


啓太は手を振り、カフェを後にした。


残された豪華と風太は、並んで帰路につく。


「……姉さん」


「何よ」


「最近、ここに通ってる理由って――」


「秘密」


「やっぱり何かあるんだ……」


「秘密って言ってるでしょう」


豪華はそう言って、少しだけ笑った。


風太は姉の横顔を見る。


その表情は――。


いつもの豪華とは、少しだけ違っていた。


「……まあ、いいけど」


風太はそれ以上聞かなかった。


二人はそのまま、並んで歩いていく。


昼下がりの街には、穏やかな風が吹いていた。



翌朝

――午前十時過ぎ。


「……ん」


天城啓太は、ゆっくりと目を開けた。


ぼんやりとした視界。


カーテンの隙間から差し込む朝の光を眺めながら、しばらく天井を見つめる。


「…………」


時計を見る。


「……寝すぎた」


平日の午前十時を過ぎている。


普段なら、とっくに仕事を始めている時間だった。


昨日の連続爆発事件。


救助活動や現場の処理に夜通し付き合ったせいだろう。


身体が思っていた以上に疲れていたらしい。


「まあ……仕方ないか」


啓太はベッドから起き上がる。


顔を洗い、簡単に朝食を済ませる。


そして身支度を整えると、机の上に置いてあった一枚のメモに目を向けた。


そこには、一昨日の夜に長谷川から聞いた情報が書かれている。


――美少女カードを製造・販売している人物。


警察へのタレコミによって判明した、潜伏先。


啓太はメモを手に取った。


「……ここか」


念のため、精霊庁本庁へ連絡を入れる。


相手が一般人であり、現時点で精霊・妖怪・魔術などの超常的な要素も確認されていない。


啓太一人でも十分に対処できる。


それに、下手に大人数で動けば相手に警戒される可能性もある。


「冴子さん、今から例の盗撮魔の潜伏先に向かいます」


『了解。何かあればすぐ連絡して』


「分かりました」


通話を終える。


啓太はバイクに跨がった。


エンジンをかける。


低い駆動音が響いた。


「……行くか」


アクセルを回す。


バイクは静かに走り出した。


⸻


正午を少し回った頃。


啓太は目的地へ到着した。


「……ここか」


そこに建っていたのは、三階建ての小綺麗なアパートだった。


周辺も比較的静かで、とても犯罪者が潜伏しているようには見えない。


対象の部屋は三階。


啓太は事前に連絡を取っていた大家と合流すると、一緒に三階へ向かった。


「こちらの部屋です」


「ありがとうございます」


啓太はドアの前に立つ。


一度、インターホンを押した。


――ピンポーン。


しばらく待つ。


しかし、返事はない。


もう一度押す。


「……留守ですかね」


「そうかもしれませんな」


啓太は念のため、ドアノブへ手を伸ばした。


そして――。


「……あれ?」


回る。


鍵が掛かっていない。


ゆっくりとドアを開ける。


「……中に入ります」


啓太は大家を振り返った。


「大家さんは、ここで待っていてください」


「分かりました」


啓太は慎重に室内へ入った。


「…………」


誰もいない。


しかし――。


「これは……」


部屋の中には、明らかに一般家庭とは違う光景が広がっていた。


複数台のパソコン。


プリンター。


大量の配線機器。


撮影機材。


そして――。


「……カード加工機?」


専用と思われる特殊な機械まで設置されている。


啓太は部屋を見回した。


壁際には完成したカードが並べられ、机の上には大量の写真データが表示されたモニターがある。


「…………」


啓太はパソコンを確認する。


そこには、少女たちの写真。


そして、それらをカードへ加工するためのデータ。


「決まりだな」


少なくとも、ここが美少女カードの製造拠点であることは間違いない。


啓太は室内の状況を記録するため、スマートフォンで写真を撮っていく。


パソコン。


加工機器。


写真データ。


完成品。


一つずつ記録していく。


その時だった。


「……ん?」


机の端に置かれていた一枚のカードが目に入った。


啓太は何気なく手に取る。


「…………」


そこに写っていたのは――。


鷲宮豪華。


カフェのテラス席で、ぼんやりとスマートフォンを眺めている姿だった。


「…………」


啓太は数秒、無言でカードを見つめる。


そして――。


「……足繁くカフェに通っていた理由は、コレか」


思わず笑みがこぼれた。


「結構よく撮れてるじゃん」


写真そのものは、確かに綺麗だった。


豪華を知らない人間が見れば、間違いなく美少女だと思うだろう。


……ただし。


「残念なのは――」


啓太はカードを少し傾ける。


「背景におんぼろの校舎が写ってることか――」


その瞬間だった。


「…………」


啓太の視線が止まった。


背景。


豪華の背後に写っている建物。


そして――。


「……ん?」


啓太は先ほどまで何気なく眺めていたパソコンへ戻った。


カードのデータを開く。


大量の写真。


大量の少女。


しかし――。


啓太が見始めたのは、少女たちではなかった。


「…………」


写真の背景。


建物。


道路。


周辺施設。


啓太は一枚ずつ確認していく。


そして――。


「……コイツ、まさか」


画面を拡大する。


そこに写っていた建物。


「……これ」


昨日、爆破された建物だった。


別の写真を開く。


また別の建物。


「……ここも」


先日の爆発現場。


さらに別のデータ。


そこには建物の図面が保存されていた。


そして――。


「…………」


爆発物の構造に関する資料。


起爆方法。


建物の構造。


複数箇所を連鎖させるための設計データ。


啓太の脳裏に、昨日の長谷川の言葉が蘇った。


――一か所の爆発をきっかけに、別の場所でも爆発が起きる。


――まるでビルの爆破撤去作業みたいにな。


「……そういうことか」


盗撮。


美少女カード。


それだけではなかった。


犯人は少女たちを撮影するため、街の至るところを歩き回っていた。


その過程で――。


街の建物を撮影し、構造を記録していた。


写真に写り込んだ建物。


その場所。


周囲の状況。


そして、それを利用した爆破計画。


「まさか……」


啓太はデータを高速で確認していく。


そして――。


指が止まった。


画面に表示された一枚の図面。


「…………」


見覚えがある。


啓太の顔から、血の気が引いていく。


「……ここは」


図面に記されていたのは――。


鷲宮風太が通う中学校。


「…………」


一瞬。


時間が止まったように感じた。


次の瞬間。


「くそッ!」


啓太は走り出していた。


大家の横を通り過ぎる。


「ありがとうございました!」


「え? ちょっと――」


大家が声を上げる。


だが、啓太には振り返っている暇などなかった。


三階の廊下。


階段を使う時間すら惜しい。


啓太は手すりを飛び越える。


「えっ!?」


大家の驚く声を背中に聞きながら、啓太は一気に地上へ降り立った。


着地。


そのままバイクへ駆け寄る。


エンジンをかける。


「……間に合え!」


アクセルを回した。


バイクが勢いよく走り出す。


同時に、啓太は精霊庁へ連絡を入れた。


「ケンさん! 俺です!」


『おう、どうした啓太』


「急いで中学校の生徒たちを避難させてください!」


『は!?』


長谷川の声が裏返る。


『いきなり何を言い出すんだよ!』


「例の盗撮魔――美少女カードを作っていた奴が、爆破事件の犯人だったんです!」


『……マジかよ』


「パソコンから爆弾の設計データと建物の図面が見つかりました!」


啓太はアクセルをさらに開く。


「その中に、風太が通っている中学校の図面がありました!」


『分かった! すぐに警察へ連絡して、避難を手配する!』


「お願いします!」


通話を切る。


そして啓太は、もう一つの番号へ電話をかけた。


風太だ。


数回の呼び出し音。


『もしもし、啓太さん?』


「風太、落ち着いて聞いてくれ」


啓太の声は低かった。


『はい』


「そこの中学校に、爆弾が仕掛けられている可能性がある」


『…………』


一瞬、沈黙。


『ば、爆弾!?』


「今、俺はそっちに向かってる。じきに警察も到着する」


啓太はできる限り冷静な声を作る。


「お前は、生徒たちの避難を誘導してくれ」


『わ、分かりました』


「もし爆弾を見つけても、絶対に触るな。近づくな。校舎から離れるんだ」


『はい!』


「それじゃあ、待っていてくれ」


通話が切れる。


「……風太」


啓太は前を見据えた。


「頼むぞ……」


⸻


風太


その頃。


鷲宮風太は――。


中学校の屋上にいた。


昼休み。


友人たちと一緒に弁当を広げている。


「風太、その卵焼き一個くれよ」


「え? いいけど……」


そんな、いつもと変わらない昼休みだった。


そこへ――。


啓太からの電話。


風太は何気なくスマートフォンを耳に当てた。


そして。


「…………」


通話を終えた。


「風太?」


友人が声をかける。


「……爆弾」


「え?」


「この学校に……爆弾が仕掛けられているかもしれない」


「…………」


数秒。


誰も言葉を発しなかった。


「……え?」


風太自身も、何をすればいいのか分からない。


避難誘導。


生徒たちを逃がす。


警察が来るまで安全を確保する。


頭の中でいくつもの言葉が駆け巡る。


「僕に……何ができる?」


手が震える。


深呼吸。


一度。


二度。


「…………」


風太は目を閉じた。


そして思い出す。


訓練。


これまで学んできたこと。


自分の力。


「……そうだ」


風太は顔を上げた。


「僕は、僕にできることをすればいい」


風の精霊。


彼らなら――。


声を遠くへ運べる。


風を操れる。


そして、風太自身が持っているもの。


「……適応力」


状況に合わせて、自分にできる方法を考える。


それが自分の強みだ。


風太は立ち上がった。


「みんな、ちょっと待ってて」


「風太?」


風太は屋上から校庭を見下ろす。


そして――。


風の精霊を呼び寄せた。


「…………」


周囲の空気が僅かに揺れる。


小さな風が、風太の周囲へ集まっていく。


「え?」


「風太……?」


友人たちが驚く。


風太は目を閉じた。


一度、深く息を吸う。


そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「風の精霊たち」


「僕の声を……学校中に届けて」


風が動いた。


屋上から吹き抜ける風。


校舎の窓を抜ける風。


廊下を走る風。


階段を下りる風。


そして――。


風太の声が、その風に乗って校内へと広がっていく。


『学校にいる皆さん、落ち着いて聞いてください』


教室。


廊下。


階段。


体育館。


校庭。


様々な場所から、風太の声が聞こえてくる。


『今、学校内に爆弾が仕掛けられている可能性があります』


ざわめきが広がった。


『でも、慌てないでください』


『先生の指示に従って、落ち着いて校舎から避難してください』


生徒たちは驚いた。


混乱する。


叫び声が上がるかと思った。


しかし――。


風太の声は、不思議なほど落ち着いていた。


『繰り返します。慌てないでください』


『爆弾らしきものを見つけても、絶対に触らないでください』


『先生の指示に従って、安全な場所へ避難してください』


一人。


また一人。


校舎から人が出てくる。


教師たちも状況を理解し、生徒たちの誘導を始めた。


「……出てる」


屋上から、風太は校庭を見つめる。


次々と生徒たちが避難していく。


「……よかった」


その時。


一緒に弁当を食べていた友人が風太の肩を掴んだ。


「風太! 俺たちも避難するぞ!」


「……うん」


風太は少しだけ笑った。


「ごめん。僕には、まだやらなきゃいけないことがあるから」


「風太……」


「大丈夫」


風太は頷いた。


「僕なら大丈夫だから」


友人はしばらく風太を見つめていた。


やがて――。


「……分かった」


「え?」


「待ってるからな」


「……うん」


友人たちは屋上を後にした。


一人残された風太。


静かになった屋上で、彼は空を見上げた。


「…………」


そして――。


両手を広げる。


「風の精霊たち」


周囲から、さらに大量の風の精霊が集まってくる。


「力を貸して」


風が渦を巻く。


風太は校舎を見つめた。


「……見つける」


爆弾を。


自分の学校を。


友達を。


みんなを守るために。


風太は両手を胸の前で合わせた。


そして――。


パンッ!


柏手を打つ。


音が響く。


「…………」


風が走る。


音が校舎内へ入り込む。


廊下。


階段。


教室。


倉庫。


トイレ。


誰もいない部屋。


一つ一つを通り抜けていく。


「…………」


風太は目を閉じた。


一つ。


二つ。


三つ。


音の反響が、風を通して返ってくる。


「…………」


四つ。


風太の表情が変わる。


そして――。


五度目。


パンッ!


柏手が響いた。


その瞬間。


風太の脳裏に、校舎の内部が浮かび上がった。


「…………」


一つ。


二つ。


三つ。


四つ。


五つ。


校舎内に潜む異物。


周囲の空気の流れを乱す、不自然な物体。


「…………見つけた」


風太は目を開いた。


その瞳に、先ほどまでの怯えはなかった。


「全部……見つけた」


校舎内に仕掛けられた爆弾。


その位置を――。


風太は、すべて把握していた。

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