006 【長い一日】
昼過ぎ。
精霊庁本庁舎へ戻る途中、オフィス街を歩いていた天城啓太と湊は、昼食を取るため一軒の中華料理店へ入った。
午前中の任務を終えた二人にとって、ようやく一息つける時間だった。
「もうすぐ昼飯どきだし、そこらで食って行かね?」
「いいですね」
二人は適当な店を見つけて入り、注文を済ませる。
料理が運ばれてくるまでの間、湊は何気なくポケットから一枚のカードを取り出した。
「そういやぁ、最近コレが流行ってるの知ってるか?」
「……」
啓太はカードを見た。
見覚えがある。
というより――。
「知ってる」
「お前も知ってんのか?」
「まあ……」
啓太は微妙な顔をした。
湊が手にしていたのは、最近学生たちの間で流行しているという『美少女カード』だった。
美少女の写真をカード風に加工したもので、レアリティまで設定されている。
中には十万円を超える価格で取引されているものまであるらしい。
「意外だな。お前もこういうの興味あるんだ?」
「興味はないよ」
啓太は即答した。
そして、少し間を置いてから続ける。
「けど、アリーチェがカードにされたって困ってた」
「……ああ」
湊が納得したように頷く。
啓太は先日の出来事を簡単に説明した。
知らないうちに撮影されたと思われる写真。
それを加工した美少女カード。
そして、ネット上で販売・交換されているという事実。
「ふぅん。我らが女神様がねぇ」
湊はカードを眺めながら、感心したように呟く。
「でも十万以上で取引されるほど高値がついてるんだろ? むしろステータスじゃん」
「本人は嫌がってるんだから、早く犯人が捕まるよう祈ってやるべきでしょ」
「まあ、それもそうだな」
湊は苦笑する。
「知らないところで何に使われてるか分かったもんじゃないからな」
「……ほんとそれな」
啓太も頷いた。
その時、湊が何気なくカードを数枚、テーブルの上へ置いた。
「まあ、お前も一応見てみろよ」
啓太はカードを手に取る。
数枚を眺め――そのうち一枚を、何気ない動作で自分のポケットへ入れた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……啓太」
「何?」
「お前、今もらったからな?」
「……」
啓太は一瞬だけ黙った。
「……何も言わずに渡されたけどな」
「そういうことにしとけ」
「了解」
二人は顔を見合わせると、同時に小さく笑った。
やがて料理が運ばれてくる。
二人は食事を済ませると、そのまま精霊庁本庁へと戻っていった。
終わらない一日
その日の業務を終えた頃。
啓太が帰り支度をしていると、本庁舎の廊下を捜査員たちが慌ただしく走り回っていることに気づいた。
「……何かあったのか?」
その中に、見覚えのある顔を見つける。
「佐島さん!」
「ん?」
振り返ったのは、知り合いの捜査員・佐島だった。
「また爆発です」
「また?」
「はい。最近、連続して発生していて……」
佐島は息を切らしながら説明する。
「警察の方も人手が足りなくなっているらしくて、精霊庁にも応援要請が来たんです」
「なるほど……」
啓太は少し考える。
そして――。
「手伝います!」
「ありがとうございます!」
佐島が頭を下げる。
「助かります!」
「俺にできることなら」
啓太はそのまま佐島の後を追い、現場へ向かった。
爆発現場は、駅近くにある雑居ビルだった。
現場周辺には規制線が張られ、消防や警察、そして精霊庁の職員たちが慌ただしく動いている。
建物の一部は大きく崩れ、周囲には瓦礫が散乱していた。
「こちら、まだ取り残されている人がいる!」
「負傷者をこちらへ!」
「周辺住民をさらに避難させろ!」
怒号が飛び交う。
啓太も救助活動に加わった。
瓦礫をどかし、取り残された人を救出する。
負傷者を安全な場所まで運ぶ。
精霊術を使って、二次災害の危険がある場所を安定させる。
精霊使いである啓太の力は、こうした現場でも大きな助けになった。
結局――。
現場の処理が一段落した頃には、空が白み始めていた。
「……疲れた」
瓦礫の一角に腰を下ろし、啓太は大きく息を吐く。
そこへ――。
「おう、お疲れさん」
聞き慣れた声がした。
顔を上げると、長谷川が立っている。
「ケンさん……お疲れ様です」
「臨時職員のお前が朝まで付き合うこたぁねえだろうに」
「こういう現場なら、精霊使いの力って役に立つでしょ」
「それとこれとは話が別だ」
「……」
長谷川が腰に手を当てた。
その瞬間――。
「ぐぅ~~~」
静かな現場に、盛大な腹の音が響いた。
「…………」
「…………」
啓太が長谷川を見る。
長谷川も啓太を見る。
「……腹減ったんですか?」
「悪いかよ」
啓太は苦笑しながらポケットを探る。
そして――。
「これ、どうぞ」
取り出したのは、携帯していたカロリーメイトだった。
「……サンキュー」
長谷川は素直に受け取った。
二人は並んでそれを食べ始める。
しばらくして、啓太が口を開いた。
「……連続爆発の件って、精霊庁じゃ捜査しないんですか?」
「あぁ」
長谷川は少しだけ表情を引き締める。
「どうやら、今のところウチの案件じゃないらしい」
「そうなんですか?」
「現場に精霊や妖怪、魔術の痕跡が確認されてないからな」
精霊庁が主に扱うのは、精霊・魔術・妖怪など、通常の警察機関だけでは対処が難しい超常事案だ。
今回の爆発は、現時点では純粋な犯罪事件として扱われている。
ただし――。
連続して発生していることに加え、被害規模も大きい。
そのため、警察から正式な応援要請が入り、精霊庁も人員を派遣しているのだった。
「警察の捜査情報をよく知ってますね」
「知り合いが多いんだよ」
長谷川はそう言って、近くに落ちていた棒切れを拾った。
そして地面に簡単な図を描き始める。
「今回の爆発は、単純な事故じゃない」
「やっぱり……」
「警察は、建物内に複数の爆発物が仕掛けられていた可能性が高いと見ている」
長谷川は地面に描いた図を指差した。
「一か所の爆発をきっかけに、別の場所でも爆発が起きるよう仕掛けられていたらしい」
「……かなり計画的ですね」
「ああ」
長谷川は棒切れを捨てた。
「警察も躍起になって犯人を探してる。今回の一連の事件は、かなり厄介な相手だろうな」
啓太は崩れたビルを見つめた。
ただの事故ではない。
誰かが意図的に仕掛けた。
しかも――連続して。
その事実に、啓太の表情が険しくなる。
すると、長谷川がふと啓太を見る。
「ていうか……」
「?」
「お前もそういうお年頃なんだな」
「?」
啓太は本気で意味が分からないという顔をした。
長谷川は顎で地面を示す。
「そこ」
「……?」
啓太が視線を落とす。
そこには――。
一枚の美少女カードが落ちていた。
「あ……」
昼間、湊からもらったカードだった。
カロリーメイトを取り出した時に、ポケットから落ちたらしい。
「…………」
長谷川がニヤリと笑う。
「ほぉ~~」
「違いますよ」
啓太は即座に拾い上げる。
「これは知り合いからもらった物です」
「ふ~ん」
「本当にそれだけです」
「まあいいけどよ」
長谷川は笑いながら、もう一度カードを見る。
そして――。
「……それ作ってる奴の情報、教えてやろうか?」
「え?」
啓太の表情が変わった。
「何でケンさんが知ってるんですか?」
「警察にタレコミがあったんだとよ」
長谷川は肩をすくめる。
「ただ、今は爆弾魔のせいで手が回らない。それで一部の捜査について、こっちにも協力要請が来てるってわけだ」
「警察も人手不足なんですね」
「にしたって、ウチに仕事を回すのは違うだろ」
長谷川は呆れたように言う。
精霊庁の本来の任務ではない。
それでも、超常犯罪を扱う過程で警察との連携体制が構築されており、正式な要請があれば一定の捜査協力を行うことができる。
「まあ、餅は餅屋と言いますからね」
啓太が苦笑する。
「ははは、違いねぇ――」
その瞬間。
――ドカァァァン!!
轟音が夜明け前の街を震わせた。
「――ッ!?」
二人が同時に振り返る。
数百メートル先。
別の建物から、巨大な煙が立ち上った。
次いで、建物の一部が崩れ落ちる。
「……まただ」
啓太が立ち上がる。
長谷川の顔から笑みが消えた。
「やりやがったな……」
握りしめた拳が震える。
「クソがああああッ!!」
「行きましょう、ケンさん!」
「ああ!」
二人は駆け出した。
夜明けを迎えようとしていた街に、再びサイレンが響き渡る。
啓太は走りながら、ポケットの中のカードを握りしめた。
美少女カードを作っている人物。
そして――。
街を騒がせる連続爆破事件。
まだ何の関係もない。
そう思っていた二つの事件が、この先どこかで交わることになるのか。
その答えを、啓太はまだ知らなかった。
彼らの長い一日は――。
まだ、終わっていない。




