002 【精霊庁への道】
「……ただいま」
精霊殿の一室で、啓太と恵那が戻ってきた。
部屋には、皆が座ってくつろいでいた。そしてアリカが待っている。
「お帰りなさい、二人とも」
綾香が笑顔で迎えた。
「姉上、少しよろしいですか?」
玲司が綾香へ声を掛ける。
「ええ。もちろん」
玲司は、恵那とアリカを見る。
「二人が精霊庁を目指す以上、これから必要になることを説明しておいた方がいいでしょう」
「はい」
恵那が頷く。
アリカも背筋を伸ばした。
「お願いします!」
「では、私から説明するわね」
綾香が二人の前に座る。
「まず、精霊庁の職員になるためには、原則として三つの条件があります」
綾香は、指を一本立てた。
「一つ――」
その声が、少しだけ厳しくなる。
「その実力、疑う余地なし」
二人は真剣に耳を傾ける。
二本目の指が立つ。
「一つ――その者、清廉にして堅実なり」
そして三本目。
「一つ――その背、民を預けるに足る」
静かな言葉だった。
けれど、そこに込められた意味は重い。
アリカが、思わず息を呑む。
「……なんだか、凄く重い言葉ですね」
「そうね」
綾香は頷く。
「精霊庁は、精霊や魔術、妖怪など、人の力だけでは対処できない事案を扱う公的機関よ」
「だからこそ、力が強いだけでは駄目なの」
綾香は、一本目の条件を指した。
「まずは――『その実力、疑う余地なし』」
「これを証明するために、推薦状が必要になります」
「推薦状ですか?」
アリカが首を傾げる。
「そう」
綾香は頷いた。
「国家二種以上の資格を持つ人からの推薦が必要なの」
「国家二種……」
アリカは、聞き覚えのある言葉を思い出そうとする。
「あっ!」
そして、啓太を見る。
「その資格、聞いたことがあります!」
「正式名称は、国家魔術師資格だ」
啓太が説明を引き継いだ。
「日本だけでなく、条約を結んでいる国々でも通用する国際資格だよ」
「資格の等級によって、従事できる仕事の難易度や権限も変わってくる」
アリカは、啓太の話を真剣に聞いていた。
「ちなみに――」
啓太は、少しだけ胸を張る。
「俺は国家一種の資格を持っている」
「えっ!?」
アリカが目を丸くする。
「啓太さんって、そんな凄い資格を持ってたんですか!?」
「まあ、一応」
「一応って……!」
アリカが驚いている横で、恵那も啓太を見る。
「……初めて聞いた」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ」
「そっか」
「……もう」
恵那が小さく頬を膨らませる。
そんな二人を見て、綾香が微笑んだ。
「でもね」
「はい?」
アリカが振り返る。
「啓太に推薦をお願いすることはできないの」
「え?」
アリカの顔が固まった。
「どうしてですか!?」
「簡単な話よ」
綾香は苦笑する。
「私たち天城家と、恵那ちゃん、アリカちゃんは親密なお付き合いがあるでしょう?」
「はい」
「だから、啓太が推薦したとしても、公平な推薦とは認められないの」
「あ……」
アリカが理解する。
「身内びいきになる可能性があるから……」
「その通り」
「そんな~~!」
アリカが頭を抱えた。
「啓太さんなら絶対推薦してくれると思ったのに!」
「いや、俺は推薦するけど」
「じゃあお願いします!」
「だから、制度上できないんだって」
「そんな~~!」
アリカの悲痛な声が、精霊殿の一室に響く。
恵那が思わず笑った。
「ふふっ」
「恵那ちゃんまで!」
「ご、ごめん……」
口元を押さえながら笑う恵那。
啓太も苦笑する。
「でも、安心して」
綾香が言った。
「二人にぴったりの人に心当たりがあるから」
「え?」
「本当ですか!?」
恵那とアリカが同時に綾香を見る。
「ええ」
綾香は笑顔で頷いた。
「その人にお願いして、まずは二人の面倒を見てもらいます」
「面倒……ですか?」
「ええ。精霊使いとしての訓練や、実地で必要になる知識を学んでもらうの」
そして、綾香は続けた。
「その上で、あなたたちを推薦するに相応しいかどうかを、その人自身に判断してもらいます」
「なるほど……」
恵那が頷く。
「私たち自身の力で、推薦してもらう資格を得るんですね」
「そういうこと」
綾香が頷く。
すると、玲司が話を引き継いだ。
「そして、推薦状だけでは足りない」
「え?」
「並行して、国家三種の取得を目指してもらう」
玲司の言葉に、アリカの顔が引き締まる。
「国家三種……」
「これがなければ、実際の仕事を任せることができないからな」
「分かりました!」
アリカが力強く頷く。
恵那も続いた。
「私も頑張ります」
「うん」
綾香が微笑む。
「これらの条件を満たせば――」
二人を見つめる。
「あなたたちは、来年の春から、晴れて精霊庁の研修職員としてのスタートを切ることができます」
「研修職員……?」
恵那が尋ねる。
「ええ。精霊塾で学びながら、精霊庁の指導を受ける立場よ」
綾香は頷いた。
「正式な職員になるのは、必要な課程を修了してから。でも、来年の春から現場に関わるための道は開かれるわ」
「来年の春……」
恵那が呟く。
それは、まだ先のようで。
けれど、確実に近づいている未来だった。
「ただし」
啓太が口を挟む。
「メインになるのは、あくまで精霊塾での学業だからな」
「はい」
「精霊庁で研修を受けるからって、学校を疎かにするのは絶対に駄目だ」
啓太は真剣な顔で二人を見る。
「単位を落とした場合、研修は即刻停止になる」
「えっ!?」
アリカの顔が青ざめた。
「え、ええっ!?」
「……アリカ」
恵那が心配そうに見る。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫……!」
アリカは拳を握る。
「勉強も頑張ります!」
啓太が苦笑する。
「そこが一番怪しいんだけどな」
「ひどい!」
「まぁ、頑張れ」
「うぅ……」
恵那が小さく笑った。
「私も、一緒に勉強するから」
「恵那ちゃん……!」
アリカの目が輝く。
「ありがとう!」
「うん」
二人が笑い合う。
その光景を見ていた啓太も、自然と笑顔になった。
――これでいい。
二人が、自分自身の足で未来へ進んでいく。
それが何より嬉しかった。
「ところで」
アリカが、ふと思い出したように綾香を見る。
「私たちの面倒を見てくれる人って……結局、誰なんですか?」
「ああ」
綾香が笑う。
「気になるわよね」
「はい!」
「その家はね」
綾香は、少しだけ得意げに言った。
「私たち天城家と同じく、先祖代々続く精霊使いの家系なの」
「そして――」
アリカへ視線を向ける。
「風の精霊使いの名門よ」
「風……!」
アリカの目が輝いた。
「だったら、私には凄く勉強になりそうですね!」
「ええ。きっとね」
綾香は頷く。
「それに、その家の長女は火の精霊使いでね」
「火の精霊使い……?」
「啓太とは同級生なのよ」
その瞬間。
啓太の表情が固まった。
「……姉さま」
「なに?」
「その家って……」
綾香は、にっこりと笑った。
「そう」
そして、静かに告げる。
「鷲宮家」
「…………」
啓太の顔から、血の気が引いていく。
「……マジか」
「え?」
アリカが首を傾げる。
恵那も啓太を見る。
「啓太くん?」
啓太は遠い目をした。
脳裏に浮かぶ。
豪快な笑い声。
燃え盛る炎。
そして――。
「力! 技! 根性ぉぉぉ!!」
「…………」
「啓太くん?」
「……何でもない」
啓太は頭を抱えた。
「ただ……」
深いため息。
「アリカ。覚悟だけはしておいた方がいい」
「え?」
「鷲宮家は――」
啓太は真剣な顔で言った。
「たぶん、お前が思っている『普通の修行』とは違う」
「…………え?」
アリカが固まる。
恵那が、恐る恐る尋ねた。
「……どんな家なの?」
啓太は答えなかった。
ただ、遠い目をしたまま。
「……頑張れ」
そう言った。
「ちょっと!?」
アリカの悲鳴が、精霊殿の一室に響き渡った。
その横で。
恵那はクスクスと笑っていた。
そして――。
来年の春。
二人が新たな一歩を踏み出すための、最初の試練が。
静かに始まろうとしていた。




