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006 【風の仇】


 それは、突然の知らせだった。

 精霊庁本部に、地元警察から一本の連絡が入った。

『巡回中の警察官が、先日から行方を追っている外国人と思われる人物が、夢宮家を出入りしているとの情報を近隣住民から得ました』

「夢宮家……?」

 報告を受けた啓太の表情が変わった。

 すぐにアリカへ電話をかける。

 しかし――。

 繋がらない。

「……どうして出ない」

 もう一度。

 それでも応答はなかった。

 胸の奥に、嫌な予感が走る。

 最近のアリカの様子がおかしい。

 それは恵那からも聞いていた。

 問いかけても、どこか誤魔化すような態度を取ることが増えたという。

 守護精霊の名前まで変わった。

 そして今。

 警察から、外国人と思われる人物が夢宮家を出入りしているという情報が入った。

 偶然なのか。

 それとも――。

 啓太はバイクのアクセルを開いた。

『しっかし、何でまた、その嬢ちゃん家に転がり込んでいるんだ?』

 通信機から湊の声が聞こえる。

「わからない。けど、恵那から最近アリカの様子が変だと聞かされた」

『変って、何だよ?』

「そんなの俺が知るわけない!」

 思わず声が大きくなる。

 通信の向こうが静まった。

『……啓太?』

「……悪い」

 自分でも分かっていた。

 焦っている。

 普段の啓太なら、まず状況を整理する。

 だが今は――。

 アリカの無事を確認したかった。

『落ち着きなさい』

 冴子の声が割り込んだ。

『まだ対象がアリカって子の家にいる確証はないのよ』

「……分かっています」

『なら――』

「でも……」

 啓太は言葉を止めた。

 確証がないことくらい分かっている。

 それでも、胸騒ぎが消えなかった。

 その時だった。

『え? 何よ、こんな時に……』

「どうした?」

『……たった今、対象らしき人物のタレコミがあったわ』

「!?」

『何がどうなってるんだ?』

 湊の声にも緊張が走る。

『仕方ない。私も出るわ。湊は私と合流して夢宮家へ』

「冴子さん、でも!」

『啓太』

 強い声だった。

『これは仕事なの。私情を持ち込まないで』

「……」

 啓太は唇を噛んだ。

「……了解しました」

『心配するなよ、啓太』

 湊が軽い口調で言う。

『女性のエスコートは、俺の得意分野って知ってるだろ?』

「湊……」

『それに、女性を悲しませるより、笑顔にする方が俺の性に合ってる』

「……そうだな」

 啓太が苦笑する。

『まったくアンタたち、いつの間に仲良くなってるのよ』

 冴子が呆れた声を出した。

『そりゃあ、同じ酒の席で女を口説いた仲だ。認め合うに決まってるだろ』

「アレは捜査のためだろ!」

 啓太が反射的に叫ぶ。

 なぜか脳裏に恵那の顔が浮かぶ。

 背中に冷たい汗が流れた。

『はいはい。そんなことより情報部からの報告よ』

 冴子の声が真剣になる。

『通報のあった場所の付近で、対象が顔認証に引っ掛かったわ』

「……!」

『相手の実力を考えれば、戦闘になった場合――啓太、アンタじゃなきゃ対応できないわ』

「……了解」

 啓太はアクセルをさらに開いた。

「ファントム6。これより現場へ急行する」

 バイクが加速していく。

 向かう先は――。

 使われなくなった工場跡地だった。


夢宮家

「たくっ……何で俺らまで駆り出されてるんだ」

 夢宮家の前で、長谷川が頭を掻いた。

「また文句ばっかり言う」

 佐島が呆れた顔をする。

 冴子は二人へ向き直った。

「申し訳ございません。お二人は以前、こちらの家の娘さんと面識があると伺いましたので。私たちが突然伺ったら、驚かれると思いました」

「ほら、先輩。こうして頭を下げてくれているんだから、不貞腐れない」

「わーったよ!」

 長谷川は腕を組む。

「だがな」

 その目が鋭くなった。

「ここの家族は善人揃いだ」

 冴子を見る。

「もし奴さんを匿っていたとしても、それは善意による保護だろう。無理矢理罪状を押し付けようとしたら――」

 拳を握る。

「ただじゃおかねえぞ」

 冴子が僅かに目を見開いた。

 見た目に反して、随分と人情家らしい。

「承知しております」

 冴子は小さく頭を下げた。

「こちらも、事を荒立てるつもりは一切ございません」

 そしてインターホンを押す。

 ――ピンポーン。

『はーい! 夢宮です!』

 スピーカー越しに、アリカの元気な声が響いた。

 冴子は僅かに表情を緩める。

 少なくとも、今すぐ危害を加えられているわけではなさそうだ。

「……お願いします」

「任せてください」

 佐島が頷いた。


工場跡地

 静かだった。

 あまりにも静かすぎる。

 啓太はバイクを降りると、周囲を見回した。

 錆びた鉄骨。

 崩れかけた壁。

 雑草に覆われた地面。

 そして――倉庫。

「……いる」

 僅かな気配を感じる。

 啓太は慎重に歩き出した。

 倉庫の扉は無施錠だった。

 ギィィ……。

 重い音を立てて扉が開く。

 中は薄暗い。

 誰もいない。

 だが――。

 確かにいる。

 啓太は魔力を集中させた。

 気配がある。

 しかし、位置が掴めない。

「……風か」

 気配が、風に紛れている。

 右。

 いや――左。

 上か。

 啓太が周囲を見回す。

 その時。

 僅かに風が吹いた。

 頬を撫でる程度の、微かな風。

「……」

 啓太は足を止めた。

「そこにいるんだろ?」

 返事はない。

 啓太は構えを解かないまま、ゆっくりと口を開いた。

「すみません。こちらは精霊庁の者です」

 声が倉庫内に響く。

「話を聞かせてもらえませんか?」

 沈黙。

「アナタが何者なのか、俺たちはまだ詳しく知りません」

 啓太は続けた。

「だから、まず話をしたい」

 ――その瞬間。

 頭上の空気が歪んだ。

「――!」

 啓太が横へ飛ぶ。

 ズバァッ!!

 巨大な風刃が、先ほどまで啓太が立っていた場所を切り裂いた。

 床が大きく抉れる。

 啓太は着地すると、すぐに振り返った。

 そこに――男が立っていた。

 これまで捜索していた人物。

 顔認証システムに引っ掛かった男。

 アガ。

「いきなり何をする!」

 啓太が叫ぶ。

 アガは答えない。

 ただ、啓太を見つめている。

 その瞳には、明確な殺意があった。

「……お前が」

 アガが呟く。

「ナイズの仇」

「……?」

 啓太は眉を寄せた。

「何の話だ?」

「知らないとは言わせない」

「だから何の――」

「ヴァンレイスファミリーから聞いた」

 その名前を聞いた瞬間、啓太の表情が変わった。

「……ヴァンレイスファミリー?」

「奴らは言った」

 アガの声が低くなる。

「お前たち精霊庁が、俺のナイズを殺したと」

「……!」

 啓太の脳裏に、あの事件が蘇った。

 タンクローリー。

 炎。

 そして――。

 倒れていた四人。

「まさか……」

 啓太が呟く。

「アンタの言うナイズって……」

「俺の仲間だ」

 アガが答える。

「四人いた」

「……!」

「火と風の精霊使いだ」

 啓太は目を見開く。

 間違いない。

 あの時の男たちだ。

「二人は死んだ」

 アガの声が僅かに震えた。

「残った二人も重傷だ。今も意識が戻っていない」

「……そうか」

 啓太は拳を握った。

 あの時、自分は救えなかった。

 その事実が、改めて胸に突き刺さる。

「俺は……あの事件に関わっている」

 啓太はアガを見据えた。

「でも、アンタの仲間を殺したわけじゃない」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「ならば何故、ナイズは死んだ!」

 アガの周囲で風が渦巻く。

「俺が救えなかったからだ」

「……」

 アガの動きが止まった。

「俺はあの場にいた」

 啓太は続ける。

「もっと早く動けていれば、もっと強ければ、救えたかもしれない」

 拳を握る。

「だから、あの事件を忘れてはいない」

「……」

「誰があんなことをしたのか、俺たちも追っている」

 アガは啓太を見る。

 その瞳に、一瞬だけ迷いが浮かんだ。

 だが――。

 すぐに消える。

「それでも……」

 アガが構えを取る。

「ナイズは戻らない」

「……ああ」

「俺は仲間を守れなかった」

 風が強くなる。

「ならばせめて――」

 アガの目が鋭くなる。

「仇だけは討つ」

 啓太も構えた。

「……そうか」

 もう言葉だけでは止まらない。

 アガが踏み込む。

「死ね!」

 風を纏った拳が迫る。

 啓太は腕を交差して受けた。

 ――ドンッ!!

 衝撃が響く。

「ぐっ……!」

 重い。

 啓太の身体が僅かに後退する。

 アガはそのまま回転。

 風を纏った手刀を振り抜く。

 啓太は身体を沈める。

 ――ズバッ!

 頭上を風刃が通過する。

 啓太は地面を蹴った。

「エレメンタルフィスト!」

 黒い魔力を纏った拳がアガへ迫る。

 アガは風を操り、身体を横へ流した。

 拳が空を切る。

 そのままアガが反撃する。

 風刃。

 啓太は跳躍してかわす。

 着地。

 再び踏み込む。

「速い……!」

 啓太が呟く。

 アガは風を足場にしていた。

 風圧を利用して、一瞬で間合いを詰めてくる。

 だが――。

「分かった」

 啓太が拳を握る。

「お前の動きは――」

 アガの目が細くなる。

「風を使って加速している」

「……見抜いたか」

 アガの口元が僅かに上がった。

「だが――」

 再び風が渦巻く。

「見抜いたところで、俺を止められるか?」

 啓太も笑った。

「やってみるさ」

 二人が同時に踏み込む。

 拳と拳が――。

 真正面から激突した。

 ――ドォン!!

 倉庫内に衝撃音が響き渡る。

 二人は一歩も退かない。

 互いの目を見据える。

 アガは思う。

 ――こいつは、本当に仲間を殺したのか?

 ほんの僅か。

 胸の奥に、そんな疑問が生まれていた。

 だが、その疑問を振り払うように、アガはさらに力を込める。

「俺は――」

 風が激しく渦巻く。

「お前を許さない」

 啓太も拳に力を込める。

「なら、俺も止める」

 二人の戦いは――。

 始まったばかりだった。


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