005 【動き出す陰謀】
夢宮家。
アガは、窓の外を眺めていた。
難しい顔をしている。
「アガさん?」
アリカが声をかける。
「どうしたんですか?」
「……仲間」
アガが答えた。
「見つかった」
「本当!?」
アリカの顔が明るくなる。
「よかったですね!」
だが。
アガの表情は晴れなかった。
「……でも」
言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。
「仲間、傷ついてた」
「……え?」
「四人のうち、二人……もう、この世にいない」
「……っ」
アリカの目から涙が零れた。
「そんな……」
アガが慌てる。
「アリカ……」
「ごめんなさい……」
「なぜ、泣く?」
「だって……」
アリカは涙を拭う。
「アガさん、ずっと仲間を探してたから……」
アガは何も言えなかった。
そして。
「……もう、探さなくていい」
「え?」
「仲間、見つかった」
アガは静かに言った。
「だから、俺、ここ出る」
「そんな……!」
「夢宮家、迷惑かけたくない」
「迷惑なんて……!」
アリカが言いかける。
しかし、アガは首を横に振った。
「ありがとう」
それだけだった。
アリカは唇を噛んだ。
引き止めたい。
けれど。
アガの決意が固いこともわかってしまった。
「……わかりました」
アリカは涙を拭った。
「でも……」
「?」
「今日は、送別会です」
「送別会?」
「はい!」
アリカは無理に笑った。
「アガさんが帰る前に、いっぱい食べて、いっぱい話しましょう!」
その夜。
夢宮家では、ささやかな送別会が開かれた。
*
翌日。
精霊庁。
啓太、湊、冴子は情報部を訪れていた。
「顔認証システムの追跡結果は?」
「石川県から徒歩で移動した足取りは追えている」
情報部員が画面を操作する。
「ただし、その後は病院に現れたところで途切れている」
画面に映し出された人物。
日を追うごとに、身体が痩せていく。
服も汚れている。
だが――。
「最後の映像」
画面が切り替わる。
「……別人みたいだな」
湊が呟く。
そこに映っている男は、明らかに健康を取り戻していた。
服装も整っている。
「誰かに匿われた可能性があります」
啓太が言う。
「ただ、これ以上は追えないわね」
冴子が腕を組む。
「情報を他部署にも回して、システムに引っかかるのを待つ。それしかないわ」
「了解」
この日の捜査は、そこで終了した。
*
精霊殿。
掃除をしていた恵那の前に、啓太が現れた。
「恵那」
「……啓太くん」
恵那の表情が、ぱっと柔らかくなる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
啓太は小さな袋を差し出した。
「お土産」
「私に?」
「うん」
恵那が袋を受け取る。
「……ありがとう」
嬉しそうに微笑む。
「出張、大変だった?」
「まあ、それなりに」
「怪我は?」
「してないよ」
「本当に?」
「本当」
恵那は啓太をじっと見つめる。
「……なら、よかった」
それだけ言うと、ほっとしたように微笑んだ。
そして。
「啓太くんがいない間ね、アリカが少し変だったの」
「アリカが?」
「うん」
恵那は首を傾げる。
「何か隠しているような感じだった」
「そうなんだ」
「それと……」
「?」
「雷鎌の名前が変わったの」
「名前?」
「ハヤテっていう名前になったの」
恵那は少しだけ笑った。
「アリカがつけたんだって」
「へえ」
「前の名前を呼ばれると、悲しそうにするから……って」
「そうか」
啓太は穏やかに笑った。
「アリカらしいな」
「うん」
恵那も微笑む。
そして、ほんの少しだけ啓太との距離を縮めた。
「……啓太くん」
「ん?」
「出張中、少し寂しかった」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ」
恵那は小さく首を振る。
「でも……帰ってきてくれて、嬉しい」
「俺も、恵那に会えて嬉しいよ」
「……うん」
恵那の頬が、ほんのり赤くなる。
それから二人は、他愛のない話をしながら掃除を続けた。
*
その夜。
天城家。
久しぶりに家族全員が揃っていた。
「最近、玲司の出世が凄いらしいな」
剛志が言う。
「ええ」
玲司は静かに頷いた。
「周囲からも相応の評価をいただいています」
謙遜はしない。
だが、それは驕りでもなかった。
「この調子なら、まだ上を目指せそうだな」
和臣が笑う。
「当然です」
玲司は即答した。
「私は、まだ自分が望むところまで届いていませんから」
啓太が嬉しそうに笑う。
「玲司兄さまらしいですね」
「啓太、お前も学校と仕事を両立しているそうだな」
「はい」
「ならば、学業も疎かにするな」
「もちろんです、玲司兄さま」
恒一が笑う。
「啓太は昔から真面目だからな」
「恒一にいさままで……」
「褒めているんだぞ」
「ありがとうございます」
綾香も笑う。
「でも、啓太くんはちゃんと遊んでるの?」
「……それは」
啓太が少し言葉に詰まる。
「やはりな」
父、和臣が苦笑した。
「啓太」
「はい、父さま」
「精霊庁の仕事も大切だが、お前はまだ学生だ。学校でしかできないこともある」
「はい」
「友人と過ごす時間も大切にしなさい」
「わかりました」
母、美和が微笑む。
「啓太くんが楽しそうにしていると、私も嬉しいわ」
「母さま……」
その様子を見ていた千代が微笑む。
「良いではありませんか。皆、それぞれ頑張っているのですから」
「そうだな」
剛志も頷いた。
「こうして家族揃って飯を食える。それだけで十分だ」
穏やかな時間。
その中で、玲司は静かに未来を見据えていた。
精霊庁。
この巨大な組織を、いつか自らの手で変える。
腐敗した秩序を壊し、新しい秩序を築く。
そのためには、まだ力が足りない。
だからこそ――。
玲司は、さらに上を目指す。
*
翌朝。
「皆さん、本当にありがとうございました」
アガは夢宮家の玄関で頭を下げた。
アリカの両親。
アリカ。
恵。
家族全員が見送っている。
「困ったことがあったら、いつでも戻ってきていいからね」
母が言う。
アガは少し驚いた顔をして、それから笑った。
「ありがとう」
アリカは涙を堪えていた。
「……元気でいてくださいね」
「ああ」
アガは頷いた。
「アリカも」
「はい」
アガは最後に一度だけ頭を下げる。
そして、歩き出した。
振り返らない。
自分の決意が揺らいでしまうから。
*
同じ頃。
ヴァンレイスファミリー本部。
「見つけたよ」
クレアが笑っていた。
大型ディスプレイに映し出されているのは、一台のバイク。
夜の街を走っている。
「これからヤツを誘い込む」
地図に印をつける。
その場所を――。
アガが見つめる。
やがて。
その身体が揺らいだ。
空気に溶け込むように輪郭が消えていく。
気配すら消えた。
「……」
マウロが眉をひそめる。
クレアは笑う。
「楽しくなってきたじゃないか」
そして。
誰もいなくなった部屋に、風だけが吹き抜けた。




