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004 【風の行方】



精霊庁・帰路


夜明け前の道路を、一台の捜査用車両が走っていた。


運転席には冴子。


助手席には啓太。


後部座席では湊が、ノートパソコンを膝に乗せている。


画面には、先ほどレストランから入手した防犯カメラの映像。


「よし……転送完了」


湊がキーボードを叩く。


「本部に送ったぜ」


「了解」


冴子が無線を確認する。


「本部で顔認証システムにかけるそうよ」


「どのくらいかかるんです?」


啓太が尋ねる。


「登録データとの照合だから、そう長くは――」


その時だった。


湊が画面を見つめたまま口を開く。


「なあ」


「何?」


「この男、何のために日本へ来たと思う?」


車内に沈黙が落ちた。


啓太も窓の外へ目を向ける。


「分からない」


「だよなぁ」


湊は腕を組む。


「日本海を飛んで入国。言葉も分からない。金も持ってない。それなのに、わざわざ日本まで来た」


「犯罪目的……という可能性もあるわね」


冴子が言う。


「でも、それなら何で入国直後に困窮してるのよ。犯罪者なら普通は何かしら準備するでしょう」


「誰かを探してるとか?」


湊が言った。


啓太は少し考える。


「可能性はあると思います。ただ、根拠がない」


「だよな」


「結局、本人を見つけて聞くしかありません」


「正論だねぇ」


湊が苦笑する。


冴子も頷いた。


「そういうこと。推測だけで動くのは捜査じゃないわ」


その時――。


無線が鳴った。


『ファントム2、聞こえる?』


「こちらファントム2」


『顔認証システムの照合結果が出たわ』


三人の表情が変わる。


「それで?」


『対象の身元は――』


一瞬の間。


『現時点では不明』


「……なんだそりゃ」


湊が肩を落とす。


しかし。


『ただし、顔認証システムが過去の監視映像から一致する人物を検出したわ』


「どこ?」


『昨晩、精霊庁が管理する医療施設に侵入した人物と一致』


啓太が身を乗り出す。


「医療施設?」


『ええ。そして問題は、その人物が侵入した病室よ』


冴子が尋ねる。


「どこなの?」


『トレーラー事件で確保された容疑者二名が入院している病室』


車内の空気が変わった。


湊が呟く。


「……まさか」


啓太も画面を見つめる。


『目的は不明。ただ、容疑者二名の病室にわざわざ侵入した以上、何らかの関係がある可能性が高い』


「つまり……」


冴子が低く言った。


「トレーラー事件の犯人グループと、あの男には繋がりがあるかもしれない」


『その可能性を考慮して、至急戻って』


「了解」


通信を切る。


冴子がアクセルを踏み込んだ。


車体が加速する。


啓太は拳を握る。


――あの男は、一体何者なんだ。


そして、なぜ――。


あの二人の病室へ?


まだ答えは出ない。


ただ一つ。


謎の男とトレーラー事件。


二つの事件が、一本の線で繋がり始めていた。


⸻


中学校


休み明け。


朝の教室は、いつもの喧騒に包まれていた。


「おっはよー!」


アリカが元気よく教室へ入ってくる。


「おはよう、アリカ」


恵那も笑顔で迎える。


いつものアリカ。


……のように見えた。


しかし。


恵那はすぐに違和感を覚えた。


「……?」


アリカの様子が、どこかおかしい。


時々、周囲を気にしている。


スマートフォンを確認しては、何かを思い出したように慌ててポケットへしまう。


「アリカ」


「な、なに?」


「何か隠してる?」


「えっ!?」


露骨に動揺する。


「な、何も隠してないよ!」


「……そう?」


「そうそう!」


アリカは笑顔を作る。


恵那はじっと見つめる。


「……」


「……」


数秒。


「……な、何?」


「いや」


恵那は微笑んだ。


「アリカが何か隠し事をすると、すぐ顔に出るなって」


「ひどーい!」


しかし、アリカは言えなかった。


――アガさんのこと。


夢宮家だけの秘密。


家族で約束したのだ。


絶対に他人を巻き込まない。


恵那にも言わない。


それが、アガを守るためでもあった。


だから――。


「そういえば!」


アリカが話題を変える。


「私、雷鎌……じゃなかった、ハヤテって名前を付けたんだ!」


「ハヤテ?」


「うん!」


アリカが嬉しそうに話す。


「前の名前で呼ばれると、あの子……なんだか悲しそうだったから」


恵那の表情が柔らかくなる。


「そうだったんだ」


「だから、新しい名前を付けてあげたの」


「……いい名前だね」


「でしょ!」


アリカが胸を張る。


「強い風って意味なんだって!」


「アリカにしては、ちゃんと考えた名前だね」


「また一言余計!」


二人で笑う。


その足元で――。


「きゅいっ」


小さな風が巻き起こる。


アリカが足元を見る。


「ハヤテ?」


守護精霊が嬉しそうに身体を揺らしている。


「ふふっ」


恵那も笑った。


「気に入ってるみたい」


「うん!」


アリカは嬉しそうにハヤテを抱き上げた。


しかし。


その笑顔の奥には、僅かな不安が残っていた。


――アガさん、大丈夫かな。


⸻


ヴァンレイスファミリー


「……つまらない」


机の上に並べられた資料。


クレアは頬杖をつきながら、それらを一枚ずつめくっていた。


「こいつも違う」


ポイ。


「こいつも違う」


ポイ。


「こいつなんて論外」


ポイ。


床には大量の資料が散らばっている。


マウロがため息をついた。


「坊っちゃま。首領様から命じられた『確かな実力者』を探しているのです。もう少し真面目に――」


「分かってるよ」


クレアは一枚の写真で手を止めた。


そこに写っていたのは――。


天城啓太。


「……こいつ」


クレアの口元が僅かに歪む。


「トレーラーを止めた奴だ」


写真を眺める。


「面白い顔してるじゃないか」


その時。


――ヒュウッ。


部屋の中に風が吹いた。


「……?」


マウロが振り返る。


窓は閉まっている。


「風……?」


空気が揺らぐ。


次の瞬間。


部屋の中央に、人影が現れた。


「なっ――!」


部下たちが一斉に銃を構える。


だが。


――ヒュンッ!


一閃。


風の刃が走った。


ガキンッ!


銃身だけが切断され、床へ落ちる。


「……!」


誰も動けない。


現れた男――アガは、周囲を見渡した。


そして言った。


「……仲間が四人」


静かな声だった。


「ここへ来たはずだ」


クレアは目を細める。


「仲間?」


アガは続ける。


「火と風の精霊使いと、あと2人」


その言葉に、イワンが「あっ」と声を上げた。


「まさか……あの運び屋どもか?」


クレアが振り返る。


「知ってるの?」


「はい。以前、荷物を運ばせた連中です」


クレアは一瞬だけ考える。


そして――。


「ああ」


笑った。


「確かに来たよ」


アガの目が鋭くなる。


「……どこにいる」


「それがさ」


クレアは肩をすくめる。


「ちゃんと荷物を運ばなかったんだよ」


「……」


「そのせいで、こっちは大損害」


アガが黙ってクレアを見る。


クレアは心の中で笑っていた。


――食いついた。


「まあ、アイツらも可哀想だよな」


わざとらしくため息をつく。


「噂じゃ、精霊庁の連中にやられたらしいぜ?」


アガの目が変わった。


「……精霊庁」


「そう」


クレアは机の上にあった写真を手に取る。


そして――。


アガへ差し出した。


「こいつだ」


写真に写っているのは、啓太。


「お前の仲間をやった男だ」


アガの視線が写真へ落ちる。


「……」


クレアはさらに続ける。


「僕たちも、そいつには用があるんだ」


一歩、近づく。


「だからさ」


悪魔のような笑顔。


「僕たちが探すのを手伝ってやるよ」


アガは答えない。


「僕も大切な荷物を駄目にされてるんだ。そいつには、きっちりツケを払わせてやりたいと思っててね」


沈黙。


アガは写真を見つめ続ける。


啓太の顔。


あの橋。


仲間たち。


そして――死んだ二人。


やがて。


「……いいだろう」


クレアの口元が吊り上がる。


「ただし」


アガが顔を上げた。


「手出しはするな」


その目には、静かな殺意が宿っている。


「俺の獲物だ」


クレアは満面の笑みを浮かべた。


「決まりだね!」


「……」


「ソイツはこっちで探しておくよ。見つけたら、また教えてやる」


アガは何も言わない。


ただ、身体を風が包み始める。


「……」


次の瞬間。


アガの姿が消えた。


風だけが部屋に残った。


しばらく誰も喋らない。


やがてマウロが口を開いた。


「……よろしかったのですか?」


クレアを見る。


「あのような得体の知れない男に任せて」


「いいんじゃない?」


クレアは楽しそうに答えた。


「少なくとも――」


床に転がる、切断された銃を見る。


「実力は確かみたいだし」


ジョバンニが苦笑する。


「少なくとも、俺たちを瞬殺するくらいの実力はありますね」


マウロの眉がピクリと動いた。


「……お前はもう少し危機感を持て」


「ははっ」


ジョバンニは笑う。


「まあ、そうなったとしても――」


クレアを見る。


「ボスだけは逃がしてみせますよ」


「頼もしいねぇ」


クレアは笑った。


そして、机の上に残された啓太の写真を見る。


「……天城啓太、か」


その顔には、子供が新しい玩具を見つけたような笑みが浮かんでいた。


「楽しくなってきたじゃないか」


⸻


同じ頃――


夜の街。


アガが一人、空を飛んでいた。


風が頬を撫でる。


だが、その表情に喜びはない。


手には、一枚の写真。


そこに写っている男。


――天城啓太。


アガは写真を握り締める。


「……待っていろ」


風が強くなる。


「ナイズの仇……」


夜空を、一陣の風が駆け抜けた。


その先にあるものを――。


アガはまだ知らない。


写真の男が、自分の仲間を殺した張本人ではないことを。


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