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009 【百鬼夜行と爆炎の橋】



 夕暮れの商店街。


 人々の叫び声が、あらゆる場所から響いていた。


「恵那ちゃん! どうしよう!」


 アリカが叫ぶ。


 恵那とアリカは、それぞれの精霊術によって巨大化したテケテケを閉じ込めていた。


 前方には炎の壁。


 後方には風の障壁。


 しかし――問題は、テケテケではない。


 その外。


 商店街には、妖怪の群れが溢れかえっていた。


「ぎゃああっ!」


「逃げろ!」


「何なんだ、こいつら!?」


 決断を迫られている。


 恵那とアリカの二人では、全員を救うことはできない。


 だが、恵那は妖怪の群れを見て気づいていた。


 押し寄せている妖怪たちは、目の前のテケテケより明らかに弱い。


 恵那は一瞬だけ目を閉じた。


 深呼吸。


 そして。


「アリカは、商店街の人たちを逃がして」


「恵那ちゃんは!?」


「私は」


 恵那が炎剣を握り締める。


「こっちの相手をする」


 テケテケが。


 恵那から放たれた敵意に反応した。


「……テケ」


 ニタリと。


 笑う。


 しかし。


「何を笑っているの?」


 恵那の雰囲気が変わった。


 燃え上がる炎。


 鋭くなる視線。


 テケテケの笑みが消えた。


 ――油断できない。


 本能が告げている。


「早くアナタを倒して」


 恵那の全身から炎が立ち上る。


「私も行かなきゃいけないの」


「でも……」


「行って!」


「……っ!」


 アリカが駆け出した。


 炎の壁を抜け。


 逃げ惑う人々のもとへ向かう。


 それを見送る恵那。


 そして。


「さて」


 炎剣を構え直した。


「二人きりになれたね」


「テケェェェッ!」


 テケテケが。


 異形の巨体を跳躍させた。


 商店街の建物を揺らしながら。


 恵那へ襲いかかる。


⸻



 サイレンを鳴らした捜査車両が一台。


 商店街へ滑り込んだ。


「クソッ!」


 車から飛び降りた長谷川が叫ぶ。


「遅かったか!」


 逃げ惑う人々。


 その中には。


 姿を現した妖怪から逃げる者。


 妖怪に襲われている者もいた。


「先輩!」


 佐島が銃を抜く。


「僕たちも行きましょう!」


「ああ!」


 二人は商店街の中へ飛び込んだ。


 その時。


「きゃああ!」


 女性の悲鳴。


「ッ!」


 長谷川が振り向く。


 妖怪が。


 女性へ飛びかかろうとしていた。


「危ない!」


 しかし。


 バシュッ!


 風の刃が妖怪を吹き飛ばした。


「大丈夫ですか!?」


 そこにいたのは。


 アリカだった。


「嬢ちゃん!」


「あ!」


 アリカが長谷川を見つける。


「刑事さん!」


 長谷川の胸に。


 言葉にできない感情が湧いた。


 事件が起きた当初。


 自分たちはアリカを疑った。


 捜査官として。


 それは必要なことだった。


 疑わなければならなかった。


 しかし。


 目の前の少女は。


 自分を疑った捜査官を恨むこともなく。


 人々を助けるために。


 必死に戦っている。


「嬢ちゃん!」


「よくやってくれた!」


 長谷川が叫ぶ。


「あとは俺らに任せろ! 嬢ちゃんは友達と避難しな!」


「でも、恵那ちゃんが!」


 アリカが商店街の奥を見る。


 炎の壁。


 その向こう。


 巨大な妖怪と戦う。


 恵那の姿。


「何だ、あのデカブツは……」


 長谷川は。


 変異したテケテケを見て。


 言葉を失った。


「テケェッ!」


 巨大な腕。


 鎌。


 無差別に振るわれる攻撃。


 恵那は。


 躱す。


 逸らす。


 受け流す。


 そして。


 隙を見つけては反撃する。


 戦いは。


 さらに激しさを増していく。


(ヤバい……)


 長谷川は直感する。


 自分たちでは。


 あれは対処できない。


 本部から。


 戦闘専門の隊員が来なければ。


「先輩!」


 佐島が。


 妖怪を倒しながら近づいてきた。


「まだ避難できていない人が、かなりいます!」


「分かってる!」


 本部からの応援には。


 まだ時間がかかる。


 だから。


 今できることをするしかない。


「市民の避難を優先するぞ!」


「はい!」


 その瞬間。


 ズガァァァン!


「――ッ!?」


 テケテケの斬撃が。


 商店街の建物を破壊した。


 長谷川たちのいる場所まで。


 強烈な衝撃が届く。


「まずい!」


 長谷川が振り返る。


 真横。


 建物の壁に。


 大きな亀裂。


「逃げろ!」


 建物が。


 倒壊する。


「危ない!」


 アリカが両手を突き出した。


 ゴオオオオオッ!


 風。


 巨大な風の障壁が。


 人々の頭上へ展開された。


 落下する瓦礫が。


 風に阻まれる。


「う、うぅっ……!」


 しかし。


 重い。


「み、みんな……逃げて!」


「嬢ちゃん!」


 長谷川が叫ぶ。


 しかし。


 まだ逃げ遅れた人々がいる。


 今。


 アリカが力を抜けば。


 瓦礫が。


 全員の上に落ちる。


 だが。


 風の障壁が。


 徐々に押し潰されていく。


「ぐっ……!」


 さらに。


 妖怪たちが。


 動けないアリカへ集まり始めた。


「チキショウ!」


 長谷川が。


 対妖怪用の弾丸を装填した銃を構える。


 パンッ! パンッ! パンッ!


 近づく妖怪を。


 次々と撃ち倒していく。


 佐島も続いた。


 だが。


「多すぎる!」


「分かってる!」


 次から次へ。


 妖怪が現れる。


「う……うぅっ……」


 アリカの膝が。


 震え始めた。


 恵那が振り返る。


「アリカ!」


 その瞬間。


 恵那がテケテケへ。


 炎弾を一斉に放った。


 爆炎。


 弾幕。


 その隙に。


 恵那が駆け出す。


「テケェェェ!」


 テケテケの咆哮。


 しかし。


 恵那は止まらない。


「アリカ!」


「恵那ちゃん……」


「もう……ダメ……」


 風の障壁が。


 大きく揺らぐ。


 瓦礫が。


 落ち始めた。


「ダメ――――!」


「アリカ!」


 アズサとトモエの叫び。


 その時。


 凄まじい勢いで。


 一筋の炎が。


 人々の頭上を通過した。


 ドォォォン!


 瓦礫。


 爆散。


 しかし。


 飛び散った瓦礫は。


 誰にも届かない。


 空中で。


 炎に包まれ。


 全て燃え尽きた。


「よく持ち堪えたわね!」


 アリカが。


 ゆっくり目を開ける。


「……豪華さん!」


「大丈夫?」


 鷲宮豪華。


 その後方。


 精霊塾の生徒たち。


 そして。


 精霊庁本庁の職員たちが駆けつけていた。


「豪華さん!」


「さーて」


 豪華が前へ出る。


「あとは、泥舟に乗ったつもりで任せなさい!」


「大船だよー!」


 遠くから。


 豪華の友人が叫ぶ。


「豪華ちゃーん!」


「細かいことはいいのよ!」


 恵那が駆けつけ。


 アリカの身体を支えた。


「アリカ!」


「恵那ちゃん……」


「よく頑張った」


 その言葉に。


 アリカが。


 僅かに笑う。


「さーて」


 豪華が。


 ズンズン。


 力強く歩き出した。


 拳を握る。


 ボキッ! ボキボキッ!


 テケテケが。


 警戒する。


「未来の後輩たちを」


 豪華の身体から。


 猛烈な熱が溢れ出す。


 地面。


 建物。


 空気。


 全てを焼き焦がしそうなほどの熱量。


 しかし。


 不思議なことに。


 一つたりとも燃えていない。


 精霊の力が。


 完全に制御されている。


「よくも可愛がってくれたわね」


「テケェェェッ!」


 テケテケが。


 怒りの咆哮を上げる。


 豪華が。


 口元を吊り上げた。


「私の怒りは」


 炎が。


 豪華の拳に集まる。


「怒髪天まで届いたわよ!」


「衝くだよ、豪華ちゃーん!」


「今、そこはいいでしょ!」


「テケェェェ!」


 巨大な鎌。


 振り下ろされる。


 豪華は。


 避けない。


 正面から。


 前へ出た。


「なめるな!」


 炎を纏った拳。


 鎌へ。


 ガァァァン!


 正面衝突。


 衝撃波。


 地面が砕ける。


 テケテケの身体が。


 大きく仰け反った。


「オラァァァッ!」


 豪華が。


 一気に距離を詰める。


 拳。


 拳。


 拳。


 一撃ごとに。


 巨大な妖怪の身体が吹き飛ぶ。


「テケッ!」


 鎌を振るう。


 豪華が。


 上体を反らして回避。


 そのまま。


 地面を蹴った。


 巨体を飛び越える。


「うおおおおお!」


 空中から。


 両拳。


 テケテケの頭部へ。


 ドガァァァン!


 頭部が。


 地面へ叩きつけられた。


「まだまだぁ!」


 豪華の全身から。


 さらに火の精霊が集まる。


 炎の爆発。


 豪華の身体が。


 高速でテケテケへ突っ込む。


 それはもはや。


 拳というより。


 砲弾だった。


「根性見せなさいよ!」


「テケェェェェェッ!」


 テケテケの腕。


 豪華の拳。


 正面からぶつかる。


 そして。


 豪華が吠えた。


「一発で!」


 拳が。


 深く引かれる。


「ぶっ飛びなさい!」


 全身の炎。


 収束。


 巨大な拳撃。


 ゴォォォォン!


 テケテケの巨体が。


 商店街の上空へ。


 吹き飛んだ。


 そして。


 落下。


 地面に。


 巨大な亀裂。


 沈黙。


「……」


「……テケ」


 テケテケが。


 起き上がろうとする。


「根性は認めるわ」


 豪華が。


 その前に立つ。


「でも」


 拳を握る。


「悪いことしたら、お仕置きよ!」


 ドゴォォォォン!


 最後の一撃。


 地面が揺れる。


 テケテケの意識が。


 完全に途切れた。


 そして。


 巨大だった妖怪の身体は。


 徐々に元の姿へ戻っていく。


「倒した……」


 アリカが呟く。


「よっしゃあ!」


 豪華が。


 拳を突き上げた。


「これにて事件解決!」


 しかし。


 商店街の妖怪たちの掃討は。


 まだ終わっていなかった。


 その戦いは。


 長い夜になる。


 それでも。


 人々の避難は。


 着実に進んでいた。


 百鬼夜行は。


 精霊庁。


 精霊塾。


 そして。


 そこにいた者たちの力によって。


 その日のうちに。


 鎮圧された。


---


 その頃。


 橋の上。


 ――パンッ!


 乾いた銃声。


 放たれた弾丸が。


 啓太の狙った一点へ。


 吸い込まれていった。


 バキィィン!


 次の瞬間。


 トレーラーの巨体が。


 大きく揺れた。


「……!?」


 運転席。


 男たちが驚愕する。


 駆動系のシャフト部分が破壊された。


「何だ!?」


「クソッ、止まらねえ!」


 トレーラーの駆動力が。


 完全に失われる。


 巨体は。


 制御不能に陥った。


 大きく蛇行。


「マズい!」


「伏せろ!」


 そして。


 巨体が。


 横倒しになり始めた。


「闇竜!」


 啓太が叫ぶ。


 ゴォォォォォォォッ!


 橋の上に。


 巨大な闇が現れた。


 啓太の守護精霊。


 闇竜。


 巨大な身体が。


 横転しかけたトレーラーを。


 両腕で支える。


 ズズズズズッ!


 路面。


 闇竜が踏ん張ったことで。


 巨大な轍のような跡が刻まれていく。


 そして。


 完全停止。


「止まった……」


 トレーラーの停止を確認。


 闇竜が。


 ゆっくりと消えていく。


『やったぞ!』


『止めた!』


 本部から。


 歓声が上がった。


 しかし。


トレーラーの運転席の扉が開いた。


――ガチャ。


一人。


二人。


三人。


そして、四人目。


屈強な男たちがゆっくりと橋の上へ降り立った。


啓太はバイクを降り、通信機に手を添える。


「ファントム6より本部。目標車両を停止。現在、搭乗者四名が降車」


『ファントム2、了解。敵を捕らえなさい』


「ファントム6、了解。目標を無力化する」


通信を切った。


その瞬間。


空気が変わった。


「やってくれたな」


「しかも、まだガキじゃねえか」


四人の男が、啓太を見る。


言葉だけならば、完全に啓太を見下している。


だが。


誰一人として笑ってはいなかった。


構えもない。


しかし、いつでも飛びかかれる。


四人ともが、そういう立ち方をしている。


(……ただの運び屋じゃない)


啓太の視線が、男たちの足元へ落ちる。


靴底。


重心。


指先。


呼吸。


一瞬たりとも無駄な動きをしていない。


「最後に警告する」


啓太が言った。


「両手を上げて、抵抗をやめろ」


男たちは返事をしない。


代わりに。


一人の男の身体から、毛が生え始めた。


「……!」


皮膚を突き破るように、黒い体毛が全身を覆っていく。


腕が太くなる。


指先には鋭い爪。


肩幅はさらに広がり、背骨が軋んだ。


別の男も同じだった。


「グルルル……」


獣のような唸り声。


啓太の目が細くなる。


「シャーマンの降霊術か」


自然界の動物霊を自身の肉体に降ろし、その能力を借りる術。


獣の身体能力。


そして人間の理性。


それを同時に持つ。


厄介な術だった。


「来いよ、ガキ」


その言葉が終わるより早く。


一人が地面を蹴った。


――速い。


獣の脚力。


橋の路面が爆ぜる。


だが啓太は動かない。


男の拳が目前へ迫る。


「――」


啓太は首を僅かに傾けた。


拳が、頬を掠める。


風圧だけで髪が揺れた。


次の瞬間。


啓太の右拳が、男の脇腹へ沈む。


「っ――!」


闇の精霊が集まる。


拳の周囲。


空間が歪む。


圧縮。


そして解放。


――エレメンタルフィスト。


「ぐおっ!」


男の巨体が、横から殴り飛ばされた。


橋の上を数メートル転がる。


しかし。


啓太は追撃しない。


背後。


「ッ!」


二人目。


獣の爪が振り下ろされる。


啓太は身を低くする。


爪が頭上を通過。


そのまま片手を地面についた。


身体が宙を回る。


アクロバティックな動き。


横回転しながら、啓太の踵が男の顎を打ち抜いた。


――ガンッ!


男の身体が浮く。


その瞬間。


啓太が着地。


拳を握る。


「――エレメンタルフィスト」


宙に浮いた男の腹部へ、突き上げるような一撃。


「がはっ……!」


衝撃。


男は橋の上へ叩きつけられた。


「二人」


啓太が呟く。


「あと二人」


静かな声だった。


しかし。


背後から熱が迫る。


振り返る。


炎。


巨大な火球が橋の上を埋め尽くすように迫っていた。


火の精霊使い。


「燃えろ!」


炎が啓太を呑み込もうとする。


啓太は右手を前へ出した。


闇の精霊が集まる。


黒。


夜のような闇が、啓太の前に広がった。


炎と闇がぶつかる。


――轟。


爆発は起きない。


炎は、闇に触れた瞬間。


存在そのものが削り取られるように消えていく。


「何っ!?」


火の精霊使いが目を見開いた。


「炎を……」


飲み込んだ。


啓太の周囲に漂っていた黒い精霊の力も消えていく。


啓太は一歩を踏み出した。


「火だけを消すわけじゃない」


火の精霊使いが再び炎を放とうとする。


しかし。


「その精霊術を――」


啓太の姿が。


消えた。


「なっ――」


横。


「――相殺する」


闇の精霊を纏った拳が、男の顔面へ突き刺さった。


――ゴンッ!


男の身体が吹き飛ぶ。


橋の路面へ激突。


火の精霊使いは動かなくなった。


だが。


「……っ!」


啓太の背後。


風が動いた。


いや。


風ではない。


刃だった。


無数の風刃。


逃げ場を奪うように、橋の上を切り裂いて迫る。


啓太は足を止める。


闇の精霊が、周囲に集まった。


「――消せ」


黒い波が広がる。


風刃。


そして闇。


二つの精霊術が激突する。


風刃が。


一本。


二本。


次々と黒へ呑み込まれ、消滅していく。


「風まで……!」


風の精霊使いが叫ぶ。


「どんな精霊術を使ってやがる!」


「……」


啓太は答えない。


次の瞬間。


風が啓太の周囲で爆発した。


風の精霊使いの姿が消える。


高速移動。


背後。


右。


左。


四方から攻撃。


「死ね!」


啓太は防御に徹する。


一撃。


二撃。


三撃。


腕で受ける。


身体を捻って避ける。


最小限。


無駄な動きが一つもない。


しかし。


「――今だ!」


倒れていた獣憑きの一人が立ち上がった。


啓太の足を掴む。


「捕まえた!」


もう一人。


正面から突進。


そして。


背後。


風の精霊使い。


三方向。


(まずい)


啓太の視線が鋭くなる。


最初の攻撃。


啓太は捕まれた足を軸に身体を回転させる。


迫る獣憑きの男へ。


そのまま。


――蹴り。


男の顔面を打ち抜く。


さらに身体を捻る。


「うおおおおっ!」


捕まれていた足を強引に引き抜く。


啓太は空中へ跳んだ。


風の精霊使いが。


「そこだ!」


背後から風刃を放つ。


しかし。


その瞬間。


――パンッ!


乾いた銃声。


風の精霊使いの放とうとした精霊術が逸れた。


「ッ!?」


風刃が橋の上を切り裂く。


啓太は着地。


一瞬だけ。


遠くの河岸へ視線を向けた。


「湊さん!?」


河岸。


遠く。


ライフルの銃口が、わずかに光る。


それだけだった。


次の瞬間。


「――余所見してんじゃねえ!」


啓太へ、獣憑きの男が迫る。


啓太は正面を見る。


「してない」


静かな声。


「背中を預けただけだ」


男の拳。


啓太は半歩だけ避ける。


拳が空を切った。


そして。


啓太の拳が。


「――エレメンタルフィスト」


男の鳩尾を打ち抜く。


空間を圧縮。


一点に衝撃を集中。


――ドンッ!


男の身体が折れ曲がる。


啓太は拳を引かない。


そのまま。


「……眠れ」


さらに。


圧縮された力を解放した。


「が……っ!」


男は吹き飛び。


動かなくなった。


残るは。


風の精霊使い。


そして。


最後の獣憑き。


「二人同時に――!」


獣憑きが突っ込む。


風の精霊使いも全力で術を展開する。


橋の上を暴風が駆け抜けた。


啓太は動かない。


「吹き飛べ!」


巨大な風の渦。


その奥から。


獣憑きが跳躍した。


風が啓太の動きを封じる。


上から。


獣の爪。


「終わりだ!」


その瞬間。


啓太が、闇の精霊を解放した。


――ズン。


黒い闇が、啓太を中心に広がった。


暴風が止まる。


風の精霊術が。


消える。


「な……」


「闇の精霊術は」


啓太が呟いた。


「お前たちの精霊術と、同じじゃない」


上空。


獣憑きの男が振り下ろす爪。


啓太は。


一歩。


前へ出る。


爪を避ける。


男の身体の内側へ潜り込む。


「――終わりだ」


拳が。


男の顎を下から突き上げた。


「エレメンタルフィスト!」


――ドォンッ!


男の身体が上空へ跳ね上がる。


啓太は地面を蹴った。


宙へ。


「っ!?」


獣憑きの男が啓太を見る。


そして。


最後の一撃。


「うおおおおおっ!」


荒々しい咆哮。


拳を振り抜く。


――ガンッ!


男の顔面へ。


強烈な一撃。


男は回転しながら橋の上へ落下した。


そして。


残った風の精霊使い。


逃げようとする。


啓太が着地。


風の精霊使いが振り返った。


「く、来るな!」


風刃を放つ。


啓太の前で。


闇が広がる。


全ての風刃が消える。


啓太は歩く。


「来るな!」


炎。


いや。


風。


何度も精霊術を放つ。


しかし。


闇の精霊術が。


その全てを消していく。


一歩。


また一歩。


「く、来るな!」


「もう終わりだ」


啓太の拳が振り抜かれた。


――エレメンタルフィスト。


「がっ……!」


風の精霊使いの意識が飛ぶ。


橋の上に倒れ込む。


静寂。


四人。


全員。


気絶していた。


啓太は呼吸を整える。


拳を下ろす。


「……ファントム6より本部」


通信機へ手を伸ばす。


「目標四名を無力化。全員、生存」


『……お見事よ、ファントム6』


しかし。


その時だった。


――ピーッ。


電子音。


啓太が顔を上げる。


四人。


それぞれの身体。


そして。


トレーラー。


何かが。


繋がっている。




同時刻。


「――やあ、アヒルちゃん」


 クレアの声。


「そう、僕だよ」


「クレアだ」


 電話の向こう。


 阿比留一家。


 その声を聞いた相手が。


 険しい表情を浮かべる。


「君にプレゼントを用意したんだ」


 クレアが。


 右手に持った機械を見る。


 時計。


 針が。


 指定された時間を指す。


「きっと」


 クレアが。


 笑った。


「喜んでくれるはずさ」


 ボタンを。


 押す。


 ――同時。


 橋の上。


 ピーッ!


「……!」


 啓太が。


 音の方向を見る。


「何だ!?」


 次の瞬間。


 トレーラーの内部から。


 爆発。


 ドォォォォォォォン!


「――ッ!」


 轟音。


 橋を。


 爆炎が包み込んだ。


「啓太!」


 対岸の湊が叫ぶ。


 しかし。


 間に合わない。


 啓太の周囲。


 爆風。


 炎。


 そして。


 破壊された橋の一部。


 その時。


「……!」


 闇竜。


 巨大な腕。


 啓太の身体を掴む。


 そのまま。


 橋の上から。


 川へ投げ飛ばした。


「闇竜!」


 闇竜自身は。


 爆炎に飲み込まれる。


「ッ!?」


 湊が通信機を掴む。


「姐さん!」


『どうした!?』


「爆発した!」


 湊が叫ぶ。


「啓太が巻き込まれた!」


『何ですって!?』


 本部。


 一瞬で。


 騒然となる。


『ファントム6!』


 冴子の声。


『ファントム6、応答しなさい!』


 生体信号。


 消失。


「……」


 本部から。


 声が消える。


『ファントム6、応答せよ!』


 冴子。


『ファントム6!』


『応答して!』


『ファントム6!』


 沈黙。


 そして。


「……啓太!」


 長い沈黙。


 その後。


『……こちら、ファントム6』


 通信。


 全員が息を呑む。


『無事だ』


「……!」


 本部。


 安堵の声。


 啓太は。


 水面から顔を出した。


「っ……!」


 息を吐く。


 そして。


 泳ぐ。


 対岸へ。


「すまない」


 啓太が。


 燃え盛る橋を見る。


「爆破を食い止められなかった」


『無事ならいいわ』


 冴子。


『今、本部の救護班と消火班が向かってる』


「……」


 啓太が。


 何かを思い出す。


「冴子さん」


『何?』


「犯人が……爆発に巻き込まれた」


 通信の向こう。


 沈黙。


『アンタが気に病むことはないわ』


「……」


 啓太は。


 心を痛めた。


 しかし。


 その時。


「そうだ」


 通信機。


「ファントム4、聞こえるか?」


『はいよ』


「さっきは助かりました」


「ありがとうございます、湊さん」


『……お前の背中は守ってやるって言ったろ』


「はい」


『あと、さん付けなんかするな』


「湊でいい」


 啓太が。


 一瞬だけ笑った。


「……ありがとう、湊」


『ああ』


 その時。


 炎の中から。


 巨大な影。


「……!」


 燃え盛る橋。


 その中から。


 竜が飛び出した。


 全身に。


 炎を纏っている。


 しかし。


 何ともない。


「闇竜!」


 闇竜が。


 啓太の前へ降りる。


 両腕。


 握った拳。


 ゆっくり開く。


「……!」


 そこには。


 二人の男。


 生きている。


 火の精霊使い。


 風の精霊使い。


 火の精霊使いは。


 精霊の加護によって。


 炎による火傷は免れていた。


 しかし。


 爆風による衝撃。


 負傷。


 意識を失っている。


 風の精霊使い。


 こちらは。


 全身に酷い火傷。


 風術によって身を守った。


 しかし。


 熱までは防ぎ切れなかった。


「助けてくれたのか」


 啓太が。


 闇竜を見る。


「ありがとう」


 闇竜は。


 ただ。


 小さく頷いた。


 そして。


 二人を地面へ置く。


 虚空へ。


 巨大な身体が消えていく。


 啓太は。


 その姿を見送った。


 事件は。


 ひとまず。


 一区切りを迎えた。


 だが。


 これで終わりではない。


⸻



「クソ!」


 クレアが。


 機械を床へ叩きつけた。


「クソ! クソ! クソ!」


「どこのどいつだ!」


「邪魔しやがったのは!」


 怒り。


 クレアが。


 部屋の中を荒らす。


 そこへ。


「坊っちゃま」


 マウロが。


 静かに姿を見せた。


「呼び出しです」


「うるさい!」


 クレアが振り返る。


「今、僕は機嫌が悪いんだよ!」


「首領様からです」


「……」


 クレアが。


 動きを止めた。


 沈黙。


 そして。


「……分かった」


 クレアは。


 何も言わず。


 部屋を出て行った。


 その背中を。


 マウロが見つめる。


 ――首領。


 クレアですら。


 逆らえない存在。


 その人物が。


 何のために。


 クレアを呼び出したのか。


 まだ。


 誰にも分からなかった。

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