008 【テケテケ】
夕暮れ時の商店街。
その一角。
まるで真っ白な画用紙に。
黒いインクをぶちまけたような闇が。
落ちていた。
その奥から。
音が聞こえる。
――テケ。
――テケ。
何かが。
床を叩く音。
最初に見えたのは。
血に濡れた。
一本の腕だった。
次の瞬間。
それは音もなく。
闇から滑り出してくる。
そこにあったのは。
人間の上半身だけだった。
腰から下はない。
本来あるべき下半身は。
巨大な刃物で断ち切られたかのように失われている。
引き裂かれた肉。
露出した白い骨。
長い髪。
その隙間から。
白く濁った片目が。
こちらを見つめていた。
――笑っていた。
裂けるほどに開いた口。
そこから。
血のように赤黒い液体を垂らしながら。
「……テケ」
両腕を地面につける。
そして。
異様な速度で。
這い始めた。
テケッ! テケッ! テケッ!
腕が地面を叩く。
その度に。
上半身だけの身体が。
弾丸のように跳ねる。
次の瞬間。
視界から消えた。
そして。
耳元。
湿った吐息。
「――見つけた」
「きゃあああああ!」
アリカ。
アズサ。
トモエ。
三人が振り返る。
目の前。
テケテケ。
首を。
あり得ない角度まで傾け。
大きく口を開いていた。
「伏せて!」
恵那の声。
炎剣が。
振り抜かれる。
しかし。
テケテケは。
異常な速度で回避した。
「テケェッ!」
鎌を振り上げる。
その先には。
逃げ遅れた通行人。
「危ない!」
恵那が炎剣で食い止める。
だが。
速い。
恵那が追い詰めても。
テケテケは縦横無尽に動き回る。
そして。
人混みの中へ。
「逃がさない!」
アリカの声。
雷鎌が。
テケテケの前へ回り込んだ。
雷光。
テケテケが急停止する。
「アズサちゃん! トモエちゃん!」
恵那が叫ぶ。
「一般の人を避難させて!」
「分かった!」
「こっちです!」
アズサとトモエが。
必死に避難誘導を始める。
恵那が炎剣を振るう。
轟ッ!
炎の壁。
テケテケの退路を塞ぐ。
その背後。
アリカが風の障壁を展開する。
閉じ込められた。
テケテケ。
「行くよ!」
「うん!」
恵那が仕掛ける。
テケテケが鎌で応戦。
その間。
雷鎌が。
狙いを定めていた。
テケテケが。
地面へ着地する。
その瞬間。
「轟雷!」
雷撃。
地面を走る。
直撃。
「テケェェェッ!」
動きが止まる。
「今!」
恵那の炎剣。
テケテケは回避を試みる。
だが。
完全には避けられなかった。
ザシュッ!
肩が切り裂かれる。
「浅い」
恵那が言う。
「轟雷の出力が弱い」
「ごめん、恵那ちゃん!」
「大丈夫」
恵那が炎剣を構え直す。
「もう一度仕掛けよう」
だが。
「――――ッ!」
テケテケが。
奇声を上げた。
のたうち回る。
苦痛。
そして。
怨嗟。
その目が。
光った。
「……?」
突然。
周囲の空気が変わる。
そこら中から。
妖気が溢れ出す。
「何が起きてるの!?」
テケテケの身体が。
音を立てて変形する。
ゴキッ!
「!?」
身体が膨れ上がる。
見上げるほどの大きさ。
妖気も。
急激に膨れ上がった。
「これって……」
恵那が呟く。
しかし。
異変は。
それだけではなかった。
障壁の外。
悲鳴。
「きゃああああ!」
「何だ!?」
闇の中から。
一つ。
二つ。
三つ。
妖怪が現れる。
いや。
違う。
数え切れない。
「これは……」
恵那が言葉を失う。
商店街。
路地裏。
街の至るところから。
妖怪たちが溢れ出してくる。
「百鬼夜行……」
大量の妖怪が。
夜の街へ。
溢れ出した。
⸻
街中。
啓太のバイクが疾走する。
目的地。
ヴァンレイスファミリーが所有する倉庫。
各候補地をカバーするため。
湊のヘリコプターは。
中心地で滞空していた。
そして。
啓太の対向から。
一台のトレーラーが近づいてきた。
「……」
すれ違う。
車内。
四人の男。
運送業者。
そう見えなくもない。
だが。
似つかわしくない。
体格。
顔つき。
雰囲気。
啓太の頭の中で。
危険信号が鳴った。
目的地は目前。
追うべきか。
倉庫へ向かうべきか。
一瞬。
迷う。
だが。
次の瞬間。
啓太は。
バイクを転回させていた。
「本部!」
『ファントム6、どうした』
「不審車両を発見!」
車種。
特徴。
乗員。
そして。
トレーラーの容量。
三トン。
「停止を求め、職務質問を実施します」
『了解』
冴子が即答する。
『指定ポイントには別の班を向かわせる』
『気をつけるのよ』
「了解!」
啓太が。
速度を上げる。
赤色灯。
拡声器。
「前方のトレーラー!」
「直ちに停止しなさい!」
止まらない。
「繰り返す!」
「直ちに停止しなさい!」
その瞬間。
トレーラーが。
加速した。
「……!」
「本部!」
『どうした!』
「不審車両が逃走!」
『了解! その先は検問所よ!』
『検問所班!』
『不審なトレーラーがそっちに行くわ!』
『絶対に突破させちゃダメよ!』
前方。
検問所。
トレーラーが。
さらに加速する。
『冗談だろ!』
警察官が。
停止を求める。
だが。
止まらない。
危うく。
警察官を轢きそうになる。
間一髪。
飛び退く。
トレーラーは。
検問所を突破した。
『検問所を突破されました!』
「クソッ!」
『ファントム4、聞こえてる!?』
『はいよ!』
湊の声。
『もう向かってるぜ!』
『ファントム6は、そのままトレーラーを追って!』
「ファントム6、了解!」
トレーラーは。
強引な車線変更。
信号無視。
街中を疾走する。
未だ事故を起こしていない。
それが。
奇跡だった。
『こちらファントム2』
冴子。
『ファントム6、聞こえる?』
「聞こえてます!」
『そこから二キロ地点に大きな橋があるわ』
『既に規制をかけて、橋の上は無人の状態にしてある』
「……」
『ヤツらを、そこで一網打尽にするわよ!』
「了解!」
『本部から各員に通達!』
冴子の声が。
各隊へ届く。
『現在、犯人と思われる車両をファントム6が追跡中!』
『目的地へ誘導するため、各道路を封鎖!』
『総員、死ぬ気でヤツらを罠にはめるわよ!』
『了解!』
声が。
連続する。
パトカー。
バリケード。
逃走ルートが。
橋へ向けて。
徐々に絞り込まれていく。
「橋が見えた!」
トレーラーが。
橋へ差し掛かった。
その時。
待ち構えていたヘリコプターが。
トレーラーと並走する。
『こちらファントム4』
湊の声。
『ターゲットを捕捉』
ライフルを構える。
『タイヤを撃ち抜くぜ!』
『ファントム2、了解』
『発砲を許可する!』
銃声。
後輪。
正確な命中。
しかし。
弾丸が。
弾かれた。
『防弾タイヤだと!?』
「クッソ!」
『こちらファントム4!』
『運転席を直接狙うぜ!』
『待ちなさい!』
冴子が制止する。
『コントロールを失って横転でもしたら、爆発は免れないわ!』
『けど市街地で爆発されるよりマシだろ!』
判断。
その時。
「湊、避けろ!」
『ッ!?』
トレーラーから。
風の刃。
『風術!?』
メインローターの一部が。
切断された。
『ちくしょう!!』
ヘリコプターが。
大きく傾く。
「湊!」
『ファントム4!』
『無事か! ファントム4!』
返答がない。
「ファントム4!」
『落ち着きなさい、ファントム6!』
冴子。
『大丈夫! 湊の生体信号をキャッチしてる!』
「……!」
啓太が。
僅かに安堵する。
だが。
目の前には。
逃走を続ける。
トレーラー。
『ファントム6』
冴子の声。
『市街地での爆破は、何としても阻止しなければならないわ』
「……」
『トレーラーを止めて』
啓太が。
言葉に詰まる。
橋の上。
無人。
ここなら。
最悪の事態が起きても。
市街地への被害は抑えられる。
だが。
止める。
それは。
車両のバランスを失わせることになる。
そして。
最悪の場合。
「……ファントム6」
通信機へ。
「発砲の許可を求めます」
『ファントム2』
冴子の声。
『発砲を許可する』
「……了解」
啓太は。
バイクのハンドルから。
片手を離した。
自動式拳銃を構える。
走行中。
激しい風圧。
絶え間ない振動。
それでも。
啓太の視線は。
ただ一点だけを捉えていた。
レーザーポインターの赤い光が。
トレーラーの車体を。
ゆっくりと移動する。
そして――。
止まった。
「……」
引き金に。
指を掛ける。
ここを外せば。
終わりだ。
撃ち抜けば。
どうなるか。
啓太には分かっていた。
それでも。
市街地で爆発させるわけにはいかない。
逃がすこともできない。
「……止まれ」
引き金が引かれる。
――パンッ!
乾いた銃声。
放たれた弾丸が。
啓太の狙った一点へ。
吸い込まれていった。
次の瞬間。
トレーラーの巨体が。
大きく揺れた。
「……!」
運転席の男たちが。
驚愕する。
トレーラーが。
大きく蛇行する。
そして。
その巨体は――。
⸻




