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007 【夜が進行する】




魔術捜査研究所


 魔術捜査研究所――通称、魔捜研。


 検査室には、機械音だけが響いていた。


 ウィィィィィン……。


 一定の駆動音。


 長谷川は壁際に立ち、何度も腕時計へ視線を落としていた。


 時間がない。


 課長は既に、夢宮アリカの逮捕へ向けて動いている。


 その決定を覆すためには、今ここで。


 決定的な何かを見つけなければならない。


「……」


 美和は、一言も発しない。


 現場から採取された血液。


 衣服の繊維。


 路面に残されていた微物。


 被害者の傷口から採取された痕跡。


 それらを次々と検査器にかけていく。


 液体試料を容器に移し。


 別の薬品を加える。


 撹拌。


 反応。


 検出。


 画面に表示される数値を確認する。


「美和さん」


「静かにして、ケンちゃん」


「はい」


 即答だった。


 佐島が驚いたように長谷川を見る。


 美和の表情が変わる。


 先ほどまでの。


 どこかおっとりした雰囲気ではない。


 魔捜研の所長。


 天城美和の顔だった。


「……出たわ」


 その一言に。


 長谷川と佐島が近付く。


「何が出たんですか?」


「これ」


 美和がモニターを指差す。


 被害者の血液。


 その分析結果。


「被害者の血液から、微量の妖気が検出されたわ」


「……妖気?」


 佐島が呟く。


 長谷川は。


 表示された数値を見つめた。


「つまり」


 唾を飲み込む。


「今回の事件の犯人は――」


 美和が頷く。


「ええ」


 長谷川の口から。


 その言葉が漏れた。


「妖怪の仕業?」


 美和は。


 もう一度。


 頷いた。


「先輩……」


 佐島の顔に。


 安堵の表情が浮かぶ。


「良かったですね」


「まだよ」


「え?」


 美和の声だった。


 長谷川と佐島が振り向く。


「そうも言っていられないの」


 美和は。


 先ほどまでとは違う。


 険しい表情をしていた。


「どういうことですか?」


 長谷川が聞く。


 美和は。


 分析結果の別の数値を表示した。


「検出された妖気から、相変異特有の波長が出ているわ」


「相変異?」


「何ですか、それ?」


 二人が顔を見合わせる。


 美和は。


 モニターに映し出された波形を見る。


「簡単に言うとね」


 指先で画面を叩いた。


「周囲にいる仲間の多さや、環境の変化によって」


 波形が拡大される。


「妖怪の姿形や性質が、大きく変わる現象のことよ」


「……」


 長谷川の顔が険しくなる。


「つまり」


「妖怪の見た目や強さが変わるってことですか?」


「それだけなら」


 美和は。


 静かに答えた。


「まだいいの」


「……」


「問題は」


 美和の声が。


 低くなる。


「何が原因で、相変異が起きているかよ」


 二人が。


 息を飲む。


「環境の変化なんて、そう滅多に起きるものじゃないわ」


 美和は資料を確認する。


「今回の事件が発生している地域を調べたけど」


「相変異を引き起こすような環境の変化は確認できなかった」


「だとすると……」


 長谷川が。


 言葉を引き継ぐ。


「周囲にいる妖怪の数ですか」


 美和は。


 ゆっくりと頷いた。


「ええ」


「妖怪が、集まっている」


 佐島の顔から。


 血の気が引く。


「それが……何を意味するんですか」


 美和は。


 二人を見た。


「ふんどしを締め直しなさい、ケンちゃん」


「……」


「百鬼夜行が起きるわ」


 その瞬間。


 長谷川が踵を返した。


「美和さん!」


「ありがとうございました!」


「え?」


「行くぞ、佐島!」


「はい!」


 二人は。


 検査室を飛び出した。


 扉が閉まる。


 美和は。


 しばらく、その扉を見つめていた。


「……」


 百鬼夜行。


 それは。


 ただ妖怪が群れているという意味ではない。


 妖怪たちが集まり。


 街を。


 夜を。


 支配する。


 もしそれが。


 人口の密集した都市部で起これば――。


「……大変ね」


 美和は。


 もう一度、分析結果を見た。


⸻



「佐島!」


「はい!」


 二人が車へ飛び乗る。


 ドアを閉める。


「すぐに本庁へ連絡しろ!」


「了解!」


 佐島が携帯電話を取り出す。


 数回の呼び出し音。


『佐島か!』


 怒鳴り声。


『長谷川はどうした!? 勝手に持ち場を離れおって!』


「課長!」


 佐島は。


 息を整える暇もなく。


 事情を説明した。


「魔捜研で再鑑定を行いました!」


『再鑑定だと!?』


「被害者の血液から妖気が検出されました!」


『何?』


「今回の通魔事件の犯人は、夢宮アリカではありません!」


『……何だと』


「さらに!」


 佐島の声が。


 大きくなる。


「現場周辺で妖怪の相変異が起きています!」


『何を言っている!?』


「百鬼夜行発生の可能性があります!」


「何……だと?」


 電話の向こうで。


 息を飲む気配。


『ちょっと待て』


 課長の声が。


 明らかに動揺している。


『今から上に報告して、対応策を――』


「――貸せ」


「え?」


 突然。


 長谷川が携帯電話を奪い取った。


「先輩!?」


『長谷川!?』


「そのくらい自分で判断しやがれ!」


『し、しかし、どうすれば――』


「緊急配備だ!」


 長谷川が怒鳴った。


「バカ野郎!」


 そして。


 通話を切る。


「佐島!」


「はい!」


「赤色灯を出せ!」


「了解!」


 次の瞬間。


 パトライトが回転した。


 けたたましいサイレン。


 ウウウウウウウウ――――!


 赤色灯が。


 夕暮れの街を赤く染める。


 車が。


 交差点を駆け抜けていく。


「急ぐぞ!」


「はい!」


「妖怪が集まってるなら!」


 長谷川は。


 アクセルを踏み込んだ。


「アリカたちがいる場所は、もう安全じゃねえ!」


⸻



 夕暮れ。


 商店街。


 人々の声。


 子供の笑い声。


 店から流れる音楽。


 ごく普通の。


 いつも通りの商店街。


 その一角だけが。


 異常だった。


 まるで。


 真っ白な画用紙に。


 黒いインクを。


 ぶちまけたかのように。


 そこだけ。


 黒かった。


 光が。


 届いていない。


 不自然な闇。


 そして。


 闇の奥から。


 テケ……


 何かが。


 床を叩く音。


 テケ……テケ……


 近付いてくる。


「……?」


 恵那が。


 足を止めた。


 最初に。


 闇の中から見えたのは。


 一本の腕だった。


 血に濡れている。


 指先が。


 路面を掴む。


 次の瞬間。


 それが。


 音もなく。


 闇の中から滑り出してきた。


「――っ」


 アリカの顔が強張る。


 そこに。


 あったのは。


 人間の上半身。


 だけだった。


 腰から下が。


 ない。


 本来。


 存在するはずの下半身は。


 巨大な刃物で断ち切られたように失われていた。


 引き裂かれた肉。


 むき出しになった白い骨。


 長い髪。


 顔の半分を覆い隠している。


 その隙間から。


 白く濁った。


 片目だけが。


 こちらを見ていた。


 そして。


 ――笑っていた。


「……テケ……」


 裂けるほどに開いた口。


 その奥から。


 赤黒い液体が滴り落ちる。


「……テケ……」


 両腕が。


 地面についた。


 テケッ!


 次の瞬間。


 それが跳ねた。


「!?」


 上半身だけの身体が。


 弾丸のように路面を走る。


 テケッ! テケッ! テケッ!


 腕が地面を叩くたび。


 身体が跳ねる。


 あり得ない速度。


「消え――」


 視界から。


 消えた。


「どこ!?」


 アズサが叫ぶ。


 次の瞬間。


 耳元に。


 湿った吐息。


「――見つけた」


「!?」


 アリカ。


 アズサ。


 トモエ。


 三人が振り返った。


「――っ」


 いた。


 目の前。


 テケテケが。


 首を。


 あり得ない角度まで傾けている。


 大きく開いた口。


「きゃああああっ!」


 三人の悲鳴。


「伏せて!」


 恵那が叫ぶ。


 炎剣が。


 横一文字に振り抜かれた。


 轟ッ!


 炎が。


 商店街を照らす。


 しかし。


「なっ!?」


 いない。


 テケテケは。


 炎剣が届く前に。


 あり得ない速度で。


 横へ飛び退いていた。


 炎が。


 路面を焼く。


「何あれ!?」


 アズサが叫ぶ。


「何なの!?」


「妖怪よ!」


 恵那が叫ぶ。


「でも……!」


 その姿を。


 睨む。


「私の知ってる妖怪じゃない!」


 その時。


 トモエが。


 青ざめた顔で言った。


「……多分」


「知ってる」


「え?」


「あれ」


 指を差す。


「テケテケだと思う」


「テケテケ?」


「下半身のない女の幽霊が妖怪になったやつ!」


 トモエが。


 震える声で説明する。


「両腕で地面を這って!」


「その時の音が、テケテケテケテケって聞こえるから!」


「それが名前になったって!」


 さらに。


「踏切とか!」


「駅とか!」


「学校の近くに出て!」


「出会った人を追いかけて!」


「鎌とかノコギリで!」


「下半身を切断する――」


「……」


「って!」


 トモエの声が裏返った。


「怖いテレビの番組で言ってた!」


「……」


 恵那は。


 テケテケを見つめる。


「現代妖怪……」


 アリカが。


 ようやく言葉を発した。


「って言うか!」


「2人にもアレが見えてるの!?」


「み、見えてる!」


「みみみ、見えてる!」


 アズサとトモエが。


 震えながら答える。


「声も聞こえた!」


「うそでしょ!?」


 その時。


「うわああああ!」


 別の場所から。


 悲鳴が上がった。


「何だ!?」


「逃げろ!」


 商店街にいた一般人たちも。


 テケテケを見ていた。


「きゃあああ!」


 人々が逃げ始める。


 商店街が。


 一瞬で。


 混乱に包まれた。


 恵那が。


 歯を食いしばる。


「視覚化できるほど」


 強い妖気。


「そして……」


 恵那の視線が。


 テケテケの手元へ向かう。


 そこには。


 異様な鎌。


 これまでの被害者たちに。


 残されていた傷。


「……あれが」


 恵那の声。


「アイツが」


「通魔の犯人よ!」


 アリカが。


 テケテケを睨む。


「じゃあ!」


「アレをどうにかしたら!」


「事件解決!」


「ええ」


 恵那が。


 炎剣を握る。


 炎の勢いが。


 さらに増す。


「行くよ、アリカ」


「うん!」


 アリカの足元。


 風が渦巻く。


 そこから。


 雷鎌が。


 ゆっくりと姿を現した。


 アリカが。


 一歩前へ出る。


「私の無実を!」


 テケテケを。


 睨む。


「証明してみせる!」


⸻


一方――精霊庁捜査本部


「総員、注目!」


 刑事部長の声が。


 捜査本部に響いた。


 召集された捜査員たち。


 大型モニター。


 そこには。


 ヴァンレイスファミリーが所有する。


 複数の施設が表示されている。


「情報解析の結果!」


 刑事部長が。


 モニターを指す。


「ヴァンレイスファミリーが、大量の危険物を確保している可能性が極めて高い!」


 空気が。


 変わる。


「その規模から考えて!」


「大量の爆発物を製造している可能性がある!」


 ざわめき。


「三トン相当ともなれば!」


 刑事部長が。


 声を張り上げる。


「隠せる場所は限られる!」


 画面に。


 候補となる倉庫が映し出される。


「おそらく、ヴァンレイスファミリーが所有する!」


「いずれかの倉庫に!」


「爆発物が隠されている!」


「警察!」


「精霊庁!」


「そして、我々の威信にかけて!」


 刑事部長の拳が。


 机を叩く。


「必ず見つけ出せ!」


「「「はい!」」」


⸻


ファントム隊


 地上。


 啓太が。


 捜査用バイクのエンジンを始動させる。


 ヘルメットのバイザーを下ろす。


「こちらファントム6」


 通信。


「地上班、準備完了」


『ファントム2、上空から確認中』


 湊は。


 ヘリコプターに搭乗していた。


 狙撃銃。


 予備装備。


 周囲を警戒する。


『しかし』


 湊の声。


『本当に爆発物なんてあるのかね』


「仲間の分析を疑っているの?」


 冴子の声が。


 通信機から聞こえる。


 少し。


 怒っている。


『そうは言わねえよ』


 湊が答える。


『ただ』


『これが本当だったら、えらい事だぜ?』


 沈黙。


 三トン相当の爆発物。


 それが。


 どれほどの被害をもたらすか。


 考えるまでもない。


「……間違っているに越したことはない」


 啓太が。


 呟いた。


『おいおい』


「ちょっと啓太」


 冴子が。


 言葉を続けようとする。


「何を――」


 啓太の声。


「もしも」


「街中で爆発でもしてみろ」


「……」


「大勢の市民が犠牲になる」


 バイクのハンドルを握る。


 拳が。


 僅かに震えていた。


「俺たちの肩には」


「それだけの命が乗っかっているんだ」


 通信機の向こう。


 誰も。


 何も言わない。


「間違いで済むのなら」


「その方がいいに決まってる」


 沈黙。


 そして。


『……なら』


 湊の声。


『守り抜いてやろうじゃねえか』


 冴子も。


 静かに言う。


『そうよ、啓太』


『私たちの力は、そのためにあるの』


 啓太の。


 視界が。


 変わる。


 これまで。


 自分が一人で。


 背負わなければならないと思っていた。


 自分が。


 強くならなければ。


 守れないと思っていた。


 しかし。


『自分と』


 冴子の声。


『仲間を信じなさい』


「……」


 啓太が。


 ゆっくりと目を閉じる。


 そして。


 開いた。


「……はい」


『任せろよ、啓太』


 湊が。


 笑う。


『お前の背中は』


『俺が守ってやる』


「……」


 通信機越し。


 顔は見えない。


 けれど。


 啓太には。


 二人が笑っているのが分かった。


『それじゃあ』


 冴子の声。


『行くよ』


 そして。


 少しだけ。


 声が弾む。


『野郎ども!』


『パーティーの時間だ!』


「「「「「おおおおおおおおおおおっ!!」」」」」


 ファントム隊の。


 雄叫び。


「ファントム6」


 啓太が。


 アクセルを回す。


「出ます!」


 バイクが。


 走り出した。


⸻



 同時刻。


 ヴァンレイスファミリーが所有する。


 一つの倉庫。


 シャッターの前に。


 四人の男が立っていた。


 運び屋。


「来たか」


 倉庫内。


 黒いスーツを着た男が。


 彼らを迎える。


「車の鍵だ」


 鍵を渡す。


 そして。


 もう一枚。


 紙。


 そこには。


 目的地。


 そして。


 到着指定時刻。


 男たちは。


 それを読む。


 黙って。


 記憶する。


 そして。


「……覚えた」


 紙を。


 黒スーツの男へ返した。


 次の瞬間。


 紙に。


 炎が走る。


 燃え上がった。


 あっという間に。


 灰になる。


「出発しろ」


 運び屋たちが。


 車へ乗り込む。


 鍵を差し込む。


 ブルルルル……


 重いエンジン音。


 始動。


 倉庫のシャッターが。


 ゆっくりと開いた。


 車が。


 動き出す。


 ゆっくりと。


 倉庫から出ていく。


 黒スーツの男は。


 それを見送った。


 車が。


 視界から消える。


 その時。


 男が。


 携帯電話を取り出した。


「……はい」


 短く答える。


「予定通り」


 そして。


 告げた。


「出発しました」


⸻



 その瞬間。


 夕暮れの商店街。


 恵那の炎剣が燃え上がる。


 雷鎌が。


 風を切った。


 テケテケが。


 笑った。


「テケ……」


 そして。


 夜の街を。


 大型車両が走り始める。


 二つの戦いが、同時に始まった。


⸻


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