005 【それぞれの捜査】
精霊庁・捜査本部
精霊庁本庁。
刑事部内に設置された特別捜査本部では、緊張した空気が漂っていた。
正面の大型モニターには、二つの組織の名称が表示されている。
阿比留一家。
そして。
ヴァンレイスファミリー。
「まず、阿比留一家についてです」
資料を手にした刑事が説明を始める。
「阿比留一家は、元々国内で活動していた暴力団組織です。組織構造、主要構成員、資金源については、既にある程度把握できています」
画面には、組織図が表示される。
組長。
若頭。
幹部。
傘下組織。
「問題は、ヴァンレイスファミリーです」
空気が僅かに重くなった。
「イギリスを拠点としていたマフィア組織。日本国内での活動については、未だ不明な点が多い状況です」
「イギリス側からの情報は?」
「……正直、信用できません」
会議室にざわめきが起きた。
「地元警察とヴァンレイスファミリーの癒着が疑われています。現地警察から提供された情報についても、どこまでが真実なのか判別できません」
「使えないな」
「はい」
別の職員が立ち上がった。
「続いて情報部からの報告です」
画面が切り替わる。
「ヴァンレイスファミリーの構成員と思われる複数の人物から、精霊反応を確認しています」
「精霊使いか?」
「現時点では不明です。ですが、精霊使い、あるいは守護精霊の存在を確認した可能性が高いと考えています」
さらに。
「加えて、複数の薬品および火薬類の購入履歴を入手しました」
「薬品?」
「そして、幾つかの不動産の買い取り。加えて、債権譲渡を行っているとの情報もあります」
室内の者たちが資料に目を落とす。
「資金調達じゃないのか?」
「可能性はあります」
しかし。
「ですが、ヴァンレイスファミリーはイギリス国内で、裏稼業を手広く行っていた組織です」
違法薬物。
武器。
賭博。
金融。
その他、数多くの裏社会の事業。
「資金は潤沢なはずです。今更、不動産や債権を売買してまで資金を調達する必要性があるとは考えにくい」
「では、何のために?」
答えは。
まだ出ない。
集められた情報は。
一つ一つを見れば、確かに意味がある。
しかし。
それらが、何を意味しているのか。
まだ誰にも分からなかった。
しばらくの協議の後。
刑事部長が口を開いた。
「方針は三つだ」
指を立てる。
「第一に、警察との連携を強化する」
もう一本。
「第二に、ヴァンレイスファミリーの構成員に対する徹底した職務質問」
そして。
「第三に、現在上がっている全ての情報を再精査しろ。薬品、火薬、不動産、債権。全てだ」
刑事部長は、室内を見渡す。
「いいか!」
大きな声が響く。
「職質して、僅かでも違反があれば問答無用で検挙しろ!」
さらに声を荒げた。
「これ以上、奴らの好きにはさせるな!」
「「「はい!」」」
⸻
それぞれの役割
「啓太」
「はい」
会議室を出た啓太に声がかかる。
真壁冴子。
啓太が所属するファントム隊の現場責任者であり、副隊長格の女性。
「アンタは私と一緒に情報精査よ」
「分かりました」
「えぇー?」
不満そうな声が上がった。
「何でだよ」
朝比奈湊。
ファントム隊の狙撃手にして、妙に調子のいい男である。
「何でソイツは資料整理で、俺が外回りなんだよ」
「は?」
冴子が睨む。
「バカ。実力はともかく、未成年が聞き込みに行ったって不審がられるだけでしょ」
「そうかい?」
湊は啓太を見る。
「案外、ショタ好きのレディーが、色々と教えてくれるかもだぜ」
そして。
「そりゃあもう、色々と――」
言い終える前に。
冴子の手が、湊の胸倉を掴んだ。
「……」
満面の笑み。
しかし。
目が笑っていない。
「湊?」
「は、はい」
「今すぐ外回りに行くか」
握る力が強くなる。
「それとも、今ここでアンタの大事な部分を潰して、これから一生清廉潔白な人生を送らせてあげようか」
「外回りに行きます!」
「よろしい」
湊は逃げるように行ってしまった。
そこには、
啓太と冴子だけが残る。
「……あんまり気にするんじゃないよ」
冴子が言った。
「役に立てていないのは事実です」
啓太は、自分の手を見る。
「今のところ、俺にできるのは戦うことだけです」
「……」
「それだけじゃ駄目なんです」
啓太の声は静かだった。
「もっと、色々なことができるようにならないと」
冴子は。
少しだけ、啓太を見つめた。
「お姫様を守れない?」
「……」
啓太は答えない。
それで。
十分だった。
「一応、性別上女である私からのアドバイスよ」
啓太が冴子を見る。
「女は守られるだけの存在じゃないの」
「……」
「アンタが守りたいって思っているのと同じくらい」
冴子は。
真剣な目で啓太を見つめた。
「私ら女だって、守りたいって思っているのよ」
守られるだけ。
そんな存在ではない。
啓太は。
恵那を思い浮かべる。
彼女は。
自分が思っているほど弱くはない。
自分に守られているだけではない。
「……肝に銘じます」
冴子は満足そうに頷いた。
「よろしい」
啓太は少し考える。
「あと」
「ん?」
「副隊長は十分に魅力的な女性だと思います」
「……」
冴子の表情が固まる。
そして。
「お願いだから」
深い溜息。
「湊みたいになっちゃダメよ」
「?」
なぜだろう。
褒めたつもりだった。
⸻
三日間の空振り
一方。
通魔事件の捜査を始めた恵那たちは。
「いないね」
アリカが呟いた。
「いないね」
恵那も答える。
パトロールを始めて。
三日目。
犯人は。
一度も姿を現さなかった。
それどころか。
事件そのものが。
ぴたりと止んでいた。
これまで集めた情報から。
犯人の活動範囲。
そして犯行が起きる時間帯。
それらを特定すること自体は、比較的容易だった。
被害者たちが襲われた場所。
その時刻。
それらには。
明確な偏りがあった。
そして。
「多いね」
アズサが周囲を見回す。
前方から。
パトロール中の警察官が歩いてくる。
「と言うか、これだけお巡りさんがいるんじゃ、犯人も出てこないでしょ」
「めっちゃパトロールしてるもんね」
アリカも頷く。
「犯人も警戒しているのかもね」
トモエの言葉に。
恵那は考える。
「それでも」
三人を見る。
「お巡りさんの数には限りがある」
「活動範囲全体をカバーするのは難しいはず」
「それなのに、出てこない……」
犯人が警戒している。
そう考えるのが自然だった。
しかし。
どこか。
おかしい。
恵那の胸の中に。
小さな違和感が残る。
ただ。
それが何なのか。
まだ分からなかった。
「……もう一周する?」
「うん」
「行こう」
四人が歩き出そうとした時。
「アナタたち」
背後から声がした。
「何をやっているの?」
振り返る。
「「豪華さん!」」
恵那とアリカが同時に声を上げた。
そこには。
鷲宮豪華が立っていた。
彼女の周囲には。
同じ制服を着た男女が二人いる。
「豪華さん?」
アズサとトモエが首を傾げる。
「精霊塾の先輩」
アリカが紹介した。
そして。
アズサとトモエのことも紹介する。
「へぇ」
豪華は二人を見る。
「そう」
そして。
「この辺は通魔が出るから危ないわよ」
指を指す。
「早く帰りなさい」
「いや、豪華さん」
「何?」
「あの」
アリカが首を傾げる。
「何で豪華さんがここに?」
「?」
豪華も首を傾げる。
「私は精霊庁の応援で来てるのよ」
「え?」
アリカの目が大きくなる。
「ということは、豪華さんも啓太さんと同じ?」
その瞬間。
豪華の表情がぴくりと動いた。
「……腹立たしいことに、一緒じゃないわ!」
「え?」
「アイツは国家一種資格保持者で、私は二種!」
「一種? 二種?」
アリカが恵那を見る。
恵那が説明する。
「簡単に言えば、資格ごとに精霊庁でできることや、任せられる仕事の範囲に違いがあるの」
「……なるほど!」
分かったような。
分かっていないような返事だった。
「でも」
アリカが豪華を見る。
「啓太さんと互角に戦ったのに、何で――」
「互角じゃないわ!」
豪華が叫んだ。
「え?」
「試験の時、アイツは精霊の力のほんの一部しか使ってなかったのよ!」
拳を握る。
「まったく、腹立たしいわ!」
「やめなよ、豪華ちゃん」
隣の女子生徒が言った。
「中学生の前だよ」
「……」
豪華は深く息を吐いた。
「そうね」
気を取り直す。
「それより」
今度は。
四人を見た。
「アナタたちは、何でここにいるの?」
「あ」
完全に脱線していた。
「それが――」
アリカが。
これまでの事情を説明する。
自分が疑われていること。
無実を証明するために。
四人で犯人を探していること。
「……そう」
豪華の表情が。
少しだけ変わった。
「大変だったわね」
アリカは俯く。
「でも」
豪華が笑った。
「あとは私たちに任せなさい!」
「え?」
「犯人のヤツは!」
拳を握る。
「私が捕まえて、ギチョンギチョンにのしてやるわ!」
「豪華さん……」
「私を誰だと思ってるの?」
胸を張る。
「精霊塾高等部の鷲宮豪華よ!」
そして。
「アリカ」
「はい」
「私は」
豪華が真剣な顔になる。
「アンタが犯人じゃないって信じてる」
「……っ」
アリカが目を見開く。
「でも、どうして?」
疑われている。
傷の特徴も。
守護精霊も。
状況だけを見れば。
アリカを疑う理由は存在する。
それなのに。
「そんなの決まってるじゃない!」
豪華は。
自信満々に言った。
「…………乙女の勘よ!」
「「「「……」」」」
全員。
言葉を失った。
「なによ」
「いえ……」
「でも、何かもっとこう」
アリカが困惑する。
「根拠とか」
「根拠?」
豪華が鼻を鳴らす。
「つまり!」
指を立てる。
「魚心あれば水にも心があるのよ!」
「違うよ豪華ちゃん」
友人の女子生徒が即座に言った。
「魚心あれば水心だよ」
「似たようなものでしょ!」
「全然違うよ」
「うるさい!」
そのやり取りに。
アリカが。
吹き出した。
「ぷっ……」
「?」
「豪華さん」
アリカは。
笑っていた。
「ありがとうございます」
「……」
豪華は。
少しだけ目を細める。
「当たり前でしょ」
そして。
「困った時は、お互い様よ」
⸻
ヴァンレイスファミリー
同時刻。
ヴァンレイスファミリーの拠点。
「ボス」
イワンが部屋へ入る。
「運び屋たちが来ました」
「入れて」
「はっ」
部屋に入ってきたのは。
屈強な男たちだった。
四人。
全員。
明らかに。
まともな人間には見えない。
クレアは。
彼らを一瞥した。
「レオナルド」
「はい」
レオナルドが前へ出る。
「報酬はキャッシュで五百万」
そして。
「成功報酬で、更に五百万だ」
「了解した」
男の一人が答える。
「それで、ブツは?」
「明日」
イワンが答えた。
「この場所に」
日時と場所が書かれたメモを渡す。
「届け先は、その時に指示する」
男がメモを確認した。
その瞬間。
ふわりと。
紙の周囲に精霊が集まった。
次の瞬間。
メモが燃え上がる。
「!」
男たちが僅かに身構えた。
だが。
クレアは気にすることもなく。
その様子を眺めていた。
男たちは。
渡されたバッグを開ける。
中に入っていたのは。
大量の現金。
「確かに」
「取引成立だ」
男たちは。
バッグを持ち。
部屋を出ていった。
扉が閉まる。
イワンが。
クレアを見る。
「信用できるんですか?」
「さあね」
クレアは笑った。
「でも」
椅子に背を預ける。
「僕を裏切った時の代償は高くつくって」
冷たい笑み。
「分かっているようだよ」
イワンは。
クレアの言葉を聞き。
何も言わなかった。
裏切った者の末路を。
彼は。
既に何度も見ている。
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