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004 【それぞれの思惑】




 翌日。


 夢宮アリカは、学校へ来ていなかった。


 連続通魔事件への関与を疑われたことで、学校側から当面の自宅謹慎を命じられたのだ。


 少なくとも、事件への関与が否定されるまでは登校を控えるように。


「……」


 恵那は、自分の席からアリカの机を見た。


 当然。


 そこには誰もいない。


 昨日、恵那は学校が終わった後、一人で街を歩いた。


 通魔を探すためだ。


 しかし。


 何の成果も得られなかった。


「ねぇ、聞いた?」


「夢宮さんが……」


「やっぱり、本当に……」


 教室のあちこちから聞こえてくる。


 アリカが犯人なのではないか。


 そんな噂話。


 恵那は、机の上で拳を握った。


 腹が立つ。


 アリカのことを知らない人間が、面白半分に噂していることが。


 そして何より。


 自分が、何もできていないことが。


 昨日、精霊庁刑事部の長谷川たちは言っていた。


 今回の事件は、通常の警察だけではなく、精霊庁も捜査に加わっている。


 それは。


 この事件に、精霊使いや魔術師


 あるいは妖怪など、人ならざる存在が関わっている可能性があるからだ。


 しかし。


 それでも事件を追う者たちは、皆、同じことを考えていた。


 ――精霊や魔術を使った、人間による犯罪。


 だからアリカが疑われた。


 風の精霊使い。


 そして、カマイタチのような守護精霊――雷鎌と契約している。


 被害者の一人には、アリカをいじめていた人物もいた。


 精霊の力を手に入れたアリカが、過去の恨みから復讐をした。


 そんな筋書きが。


 あまりにも都合よく作られていた。


「……アリカは、そんなことしない」


 恵那は、小さく呟いた。


 それだけは。


 絶対に間違いない。


⸻



 放課後。


「神代さん」


 教室を出ようとした恵那に、声がかかった。


 振り返る。


 アズサとトモエ。


 昨日、アリカが精霊使いだと知り、戸惑っていた二人だった。


「……何?」


「少し、話せないかな?」


「アリカのこと?」


 二人は頷いた。


「分かった」


 近くのファミリーレストラン。


 三人は向かい合って座っていた。


 しばらく。


 誰も口を開かなかった。


 やがて。


「……ごめんなさい」


 アズサとトモエが、同時に頭を下げた。


「え?」


 恵那は驚いた。


「昨日の私たちの態度」


 アズサが続ける。


「良くなかった」


「アリカちゃんが一番不安だったのに」


 トモエも俯いた。


「私たち、何も考えてなかった」


 恵那は二人を見た。


「……なら、アリカに直接言ってあげて」


「うん」


「そのつもり」


 そして二人は、アリカについて話し始めた。


 昔。


 アリカは「霊感少女」と呼ばれていた。


 誰もいない場所を見る。


 誰もいない相手と話している。


 時々。


 そこに何かがいる、と言う。


 それを面白がる人間もいた。


 そして。


 いつしか、それはいじめに変わった。


「私たちがアリカちゃんと同じクラスになった時」


 トモエが言った。


「今度は、私たちがいじめられそうになったんだ」


「……」


「その時、アリカちゃんが言われたの」


 アズサが続ける。


『アンタも参加しなきゃ、また虐めるから』


 恵那は、黙って聞いていた。


「そしたら」


 アズサが苦笑した。


「アリカちゃん、その子を引っ叩いた」


「……え?」


「結構、思い切り」


 トモエも笑った。


 そして。


『やりたきゃやればいい』


 アリカは、そう言ったのだという。


「また自分がいじめられるかもしれないのに」


「私たちを庇ってくれた」


 だから。


 アズサとトモエは、分かっている。


 アリカは。


 人を傷つけることを嫌う人間だ。


「私たち」


 アズサが顔を上げる。


「アリカちゃんのことを信じるって決めた」


「だから」


 トモエも続ける。


「アリカちゃんの無実を証明したい」


 恵那は。


 少しだけ笑った。


「……そう」


 その答えなら。


 アリカも、きっと喜ぶ。


⸻


 夕刻。


 アリカの家の近く。


「……」


 恵那。


 アズサ。


 トモエ。


 三人は、家の前でアリカを待っていた。


 やがて。


 家からアリカが出てくる。


 周囲を見回し。


 誰にも見られていないことを確認するようにして。


 そっと歩き出した。


「何してるの」


「ひゃっ!?」


 アリカが飛び上がる。


「恵那ちゃん!?」


「アリカこそ」


 恵那は腕を組んだ。


「何してるの?」


「えっと……」


「その?」


「じっとしていられなくて!」


「うん」


「だから、犯人を捕まえてやろうかなって!」


「……」


「……あ」


 アリカが、自分の発言を理解する。


「今のなし!」


「なしにならないよ」


「ですよねぇ……」


 アリカは肩を落とした。


 そこへ。


 アズサとトモエが近づく。


「アリカ」


「……?」


 二人は頭を下げた。


「ごめんなさい!」


「……え?」


「昨日の私たちの態度」


「良くなかった」


「アリカちゃんが一番大変なのに」


 そして。


「アリカを信じるって決めたから」


「もう一度、友達でいさせて」


「……っ」


 アリカの目から、涙が溢れた。


「私こそ……ごめんなさい」


「アリカ?」


「ずっと言えなかった」


 アリカは涙を拭う。


「二人に怖がられるのが嫌だった」


「……」


「でも、もっと早くちゃんと話しておけば良かった」


 三人は。


 抱き合った。


 少し離れた場所から。


 恵那は、その様子を見ていた。


「……良かった」


⸻



 その後。


 アリカの家。


 四人はテーブルを囲んでいた。


「で」


 アズサが言った。


「どうする?」


「……」


「……」


「……」


 沈黙。


「こういうのって、どうやって犯人を探すの?」


 アリカが首を傾げる。


「普通は警察じゃない?」


「そうだね」


 恵那が答える。


「精霊庁も動いているし」


「そういえば」


 トモエが思い出したように言う。


「昨日の刑事さんたち、精霊庁の人だったよね」


「うん」


「何で精霊庁が?」


「今回の事件が、普通の通り魔事件じゃない可能性があるから」


 恵那は答えた。


「精霊や魔術を使った事件かもしれない」


「じゃあ」


 アズサが言う。


「やっぱり精霊使いが犯人なの?」


「まだ分からない」


 恵那は首を振った。


「でも、そう考えられているから、アリカも疑われた」


「……」


 アリカの表情が曇る。


「アリカちゃんが持ってる雷鎌」


 トモエが言った。


「それが関係してるんだよね?」


「うん」


 アリカは頷く。


「被害者の傷が、雷鎌の攻撃によく似ているんだって」


「……」


「精霊庁は、そういう力を使える人間を探してるんだと思う」


 だから。


 全員、犯人は人間だと考えている。


 精霊使い。


 魔術師。


「そうだ」


 アズサが言った。


「昨日の啓太さんには頼れないの?」


「……啓太くん?」


「刑事さんたちと知り合いだった人」


「カッコよかったよね」


「うん」


 恵那は少しだけ困った顔をした。


「啓太くんは今、忙しいから」


「忙しい?」


「精霊庁の組織犯罪対策課の応援に行ってる」


「へぇ」


 アリカが首を傾げる。


「でも啓太さんって、高校生ですよね?」


「うん」


「何で精霊庁で働いてるんですか?」


「……」


 恵那は、少しだけ考える。


「啓太くんには」


 ゆっくりと答えた。


「精霊庁で働く資格があったの」


「資格?」


「特別採用の基準」


 恵那の脳裏に。


 三つの言葉が浮かぶ。


 その実力、疑う余地なし。


 その者、清廉にして堅実なり。


 その背、民を預けるに足る。


「この三つを満たす人間は、特別な採用を受けられることがあるの」


「啓太さんは?」


「全部満たしてる」


 アリカたちが目を見開く。


「すごっ!」


「高校生なのに?」


「うん」


「じゃあ、啓太さんはすごく精霊庁で働きたかったんですね」


「……」


 恵那は、一瞬だけ黙った。


「違うよ」


「え?」


「啓太くんが精霊庁で働く理由は」


 恵那は。


 そこで言葉を止めた。


「……本人が話さないことを、私が話すのは違うから」


「?」


「いつか啓太くん自身が話したくなったら」


 小さく笑う。


「その時に聞いてあげて」


 だが。


 恵那は。


 何となく分かっていた。


 啓太が精霊庁で働く理由を。


 神代家で起きた事件。


 そして。


 まだ捕まっていない犯人。


 あの事件の後から。


 啓太は、精霊庁へ向かう道を選んだ。


 ――私のため。


 そう考えるのは。


 自意識過剰かもしれない。


 けれど。


 啓太のことを知っているから。


 どうしても、そう思ってしまう。


 だから。


 恵那は聞かない。


 啓太が自分から話すまで。


 その理由を。


「話が逸れちゃったね」


 恵那は笑う。


「犯人を探す話だったでしょ?」


「そうだった!」


 アリカが立ち上がる。


「じゃあ、ネットやニュースで被害に遭った人や場所を調べましょう!」


「それで」


 トモエが続ける。


「犯行場所と時間帯を調べてみようよ」


「いいね」


 恵那が頷いた。


「犯人の行動範囲に当たりをつけられる」


「それじゃ」


 アズサが言う。


「犯人を見つけたら?」


「私に連絡して」


 恵那は答えた。


「私、結構強いから」


「私も!」


 アリカが手を上げる。


「空手部だから!」


「二人は頼もしいね」


 四人は笑った。


 そして。


 作戦会議を始める。


 被害者。


 犯行場所。


 犯行時刻。


 犯人の行動範囲。


 動機。


 それらを調べ。


 犯人を見つける。


 それが。


 当然のことだと。


 四人は信じていた。


 なぜなら。


 これは通魔事件。


 誰かが。


 誰かを傷つけている。


 だから。


 犯人がいる。


 そして。


 その犯人は、人間だ。


 誰もが。


 そう思っていた。


 アリカも。


 恵那も。


 アズサも。


 トモエも。


 そして。


 事件を追う大人たちも。


 精霊庁刑事部の長谷川も。


 佐島も。


 皆。


 精霊や魔術を使った。


 人間による犯罪だと考えていた。


 だから。


 四人は犯人を探そうとしていた。


 しかし。


 彼女たちは。


 決定的な見落としをしていた。


 犯人の行動範囲を調べる。


 犯行時刻を調べる。


 被害者との関係を調べる。


 犯行動機を考える。


 しかし。


 そもそも。


 誰が犯人なのかという前提が、間違っていた。


 この事件の犯人は。


 精霊使いではない。


 魔術師でもない。


 そして。


 人間ですらない。


⸻



 同じ頃。


 テレビでは。


 連日、暴力団による抗争事件が報じられていた。


 発砲事件。


 襲撃。


 組織同士の衝突。


 それらは。


 通魔事件とは。


 何の関係もない。


 偶然。


 同じ時期に。


 日本の別々の場所で。


 二つの事件が起きているだけだった。


 ヴァンレイスファミリーの拠点。


 クレア・ヴァンレイスは。


 集まった部下たちを前にしていた。


「阿比留一家が」


 冷たい声。


「僕たちに宣戦布告した」


 静寂。


「これは戦争だ」


 クレアは。


 楽しそうに笑った。


「大きな花火を」


 銀髪を揺らす。


「打ち上げてやろう」


 それは。


 通魔事件とは無関係の。


 もう一つの事件。


 そして。


 啓太が精霊庁の組織犯罪対策課で関わることになる。


 もう一つの戦いの始まりだった。


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