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001 【プロローグ】

イタリア・ヴェネチア


 この日、ヴェネチアでは一人の男の葬儀が執り行われていた。


 故人はマフィアのボス。


 墓地に集まっている者たちも、誰一人として堅気には見えない。


 黒いスーツ。

 黒いサングラス。

 そして、隠し切れない傷跡と銃弾の痕。


 それでも今日ばかりは、誰もが静かだった。


 一人、また一人と墓前へ進み、花を手向けていく。


「いい男だった」


「惜しい奴を失った」


 そんな声が静かな墓地に漏れる。


 そして、最後に一人。


 故人の一人息子である少年が、墓前へ歩み寄った。


 青紫~青系の無造作な長めの髪、細身で長身の青年

 人形のように整った顔立ち。


 その口元には、なぜか楽しそうな笑みが浮かんでいた。


「パパ」


 少年――クレア・ヴァンレイスが墓石を見つめる。


「花火だよ」


 その言葉に、周囲の者たちが首を傾げた。


「……好きだったろ?」


 クレアはそう言うと、ポケットへ手を入れた。


 取り出したものを見て、周囲の男たちの表情が凍りつく。


「お、おい……」


 手榴弾だった。


「な、何を――」


 止める暇もなかった。


 クレアは笑いながら、墓前へ向かってそれを放り投げた。


「パパ、受け取って!」


「うおおおおっ!?」


 一瞬にして墓地が騒然となる。


「クレア!」


 側近の男が叫びながらクレアへ飛びかかった。


 少年の身体を抱き込むようにして、爆風から守る体勢を取る。


「ジョパンニ!」


 男が叫ぶ。


 その時にはすでに、もう一人の男が動いていた。


 ジョパンニと呼ばれた男は、墓前に転がった手榴弾を拾い上げる。


 安全ピンは外されていた。


「やれやれ……」


 ジョパンニは呟くと、そのまま手榴弾を空高く放り投げた。


 次の瞬間。


 ――ドカァンッ!!


 凄まじい爆発音が墓地を揺らした。


 空中で爆発した火球が広がり、爆風が参列者たちの髪や服を激しく揺らす。


 誰もが唖然としていた。


 そんな中。


「ははははははは!」


 クレアだけが笑っていた。


「どうだい、パパ!」


 爆発した空を見上げながら、少年は満面の笑みを浮かべる。


「綺麗だったろ!」


 その笑い声が、静かな墓地にいつまでも響いていた。


⸻


精霊塾


 精霊塾の中間テストには、一般教養だけではない。


 精霊術に関する筆記試験。


 そして、実技試験。


 今日行われるのは、その最後の試験だった。


 魔術戦によるトーナメント。


 そして、その決勝戦。


「天城くん!」


 少女が声を上げる。


「今日は誰が強いのか、分からせてあげるわ!」


 天城啓太の前に立つのは、鷲宮豪華。


 風の精霊使いの名門、鷲宮家の令嬢である。


 観客席には多くの塾生だけではなく、関係者や来賓たちも集まっていた。


 その中には神代恵那と夢宮アリカの姿もある。


「啓太くん、頑張って」


 恵那が小さく呟く。


「うん。でも、あの鷲宮さん……すっごく強そう」


 アリカも緊張した表情で試合場を見つめていた。


 試験官が両者の間へ進み出る。


「それでは――」


 一瞬の静寂。


「始め!」


 その合図と同時。


 豪華が拳を握り締めた。


 魔力が集中する。


 精霊が応じる。


 そして。


 豪華の拳に炎が宿った。


「おお……!」


 会場からどよめきが起こる。


 鷲宮家は風の精霊使いの名門だ。


 にもかかわらず。


 豪華が使ったのは、火の精霊術だった。


 炎術の強みは圧倒的なエネルギー。


 火の精霊を宿した拳は、ただの焼けた籠手ではない。


 直撃すればどうなるか。


 精霊使いなら、容易に想像できる。


「行くわよ!」


 豪華が地面を蹴った。


 拳を振り上げる。


 だが。


 啓太は、その拳を受け流した。


「やるわね!」


 豪華が笑う。


「けど、のれんには全力パンチよ!」


「それ、意味違うだろ!」


「細かいことは気合でどうにかするの!」


「余計に意味分からないんだけど!?」


 言いながら。


 豪華の拳がさらに加速する。


 火力も。


 速度も。


 容赦なく上がっていった。


「はっ!」


 拳が迫る。


 啓太は首を傾け、紙一重で避けた。


 そのまま拳を叩き込む。


 鈍い音。


 だが。


 豪華の身体は、わずかに揺らぐだけだった。


「はっ!」


 豪華の左拳。


 啓太は受ける。


 腕に重い衝撃が走った。


 次の瞬間には、啓太も拳を振り抜いている。


 豪華の頬が歪む。


 それでも。


 彼女は笑っていた。


「いいわね!」


 拳。


 肘。


 膝。


 足。


 互いに一歩も退かない。


 至近距離。


 避けることよりも、相手より先に一撃を叩き込む。


 そんな乱打戦だった。


 啓太の拳が豪華の脇腹へ突き刺さる。


 豪華の拳が啓太の頬を打ち抜く。


 啓太の肘が豪華の顎を跳ね上げる。


 豪華の前蹴りが啓太の腹部を突き刺した。


 轟音。


 啓太の身体が後方へ押し出される。


 しかし。


 啓太は倒れなかった。


 地面を踏み締め、その勢いを殺し切る。


「まだまだよ!」


 豪華が笑いながら距離を詰める。


 啓太もまた、笑っていた。


「そうこなくちゃな」


 胸の奥が熱い。


 強い相手。


 思う存分、戦える。


 豪華の戦いに当てられたのか。


 啓太もまた、沸き上がる気持ちを隠せなくなっていた。


「あなた……!」


「来い!」


 互いの拳が、再びぶつかる。


 拳圧だけで、周囲の空気が弾けた。


 まるで精霊使い同士の戦いではない。


 災害同士が正面から激突しているようだった。


 そして。


 啓太の視線が、豪華の動きを捉える。


 大きく振りかぶる。


 肩が動く。


 拳が来る。


 そう思った。


 豪華の右拳が、啓太へ向かって振り抜かれる。


 啓太は即座に身体を捻った。


 拳を避ける。


 だが。


 それは豪華の狙い通りだった。


「――ッ!」


 豪華は拳を振り抜いた勢いを止めない。


 そのまま身体を沈める。


 啓太の懐へ。


 あまりにも深く。


 あまりにも速く。


「……なるほどな」


 啓太の瞳がわずかに見開かれた。


 豪華の拳は握られていなかった。


 攻撃は終わっていない。


 むしろ。


 ここからだった。


「これだ!」


 豪華が啓太の胸元へ背を向けるように身体を捻る。


 そして。


 全身の力と魔力を一点へ集めた。


「鉄山靠!」


 轟ッ――!!


 背中と肩が、啓太の胴体へ激突する。


 人体の重み。


 筋力。


 体重。


 そして魔力。


 そのすべてを乗せた、近距離からの必殺の体当たり。


「がっ――!」


 啓太の身体が宙を浮く。


 そして。


 そのまま遥か後方へ吹き飛ばされていった。


「啓太くん!」


 恵那が思わず叫ぶ。


「す、すごい……!」


 アリカは目を輝かせていた。


 豪華は姿勢を戻し、飛んでいった啓太を見据える。


 そして。


 口元を吊り上げた。


「まだウォーミングアップにもなっちゃいないわよ!」


 だが。


 啓太は地面に叩きつけられることなく、空中で体勢を立て直した。


 着地。


 そのまま。


 豪華を睨み返す。


 頬を伝う血を手の甲で拭った。


「――俺もだよ」


 次の瞬間。


 啓太の足が、再び豪華へと向いた。


 豪華が笑う。


「いいわ!」


 そして。


 二人の精霊使いは、再び互いへ向かって踏み出した。


 ――その後。


 決勝戦は、さらに激しさを増していった。


 精霊術。


 格闘術。


 そして意地。


 互いが持てるものすべてをぶつけ合った末に。


 試験終了の合図が鳴り響いた。


⸻


 勝者。


 天城啓太。


 しかし。


 会場を包んだ拍手は、勝者だけへ向けられたものではなかった。


 最後まで全力を出し切った二人の精霊使い。


 その戦いに。


 塾生たちだけではなく、観戦に訪れていた来賓たちからも大きな拍手が送られていた。


「すごかったね!」


「うん!」


 恵那とアリカは顔を見合わせる。


「二人とも、すごかった!」


 アリカは興奮を隠し切れない。


「早く啓太くんのところへ行こう」


「そうね」


 二人は控え室へ向かった。


 そして。


 扉を開けた瞬間。


「だから私は猪突猛進型じゃないわよ!」


 豪華の怒鳴り声が響いた。


「いや、どう見てもそうだろ」


「違う!」


 啓太が呆れたように返す。


「私は状況を見極めてから、全力で突撃してるだけよ!」


「それを猪突猛進って言うんだが?」


「違う!」


「同じだろ」


「違うったら違うの!」


 ギャーギャー。


 ギャーギャー。


 先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えない光景だった。


「だいたい豪華は――」


「啓太くん」


 恵那が呼びかける。


 啓太が振り返った。


「恵那?」


「試合、お疲れ様」


「ああ。ありがとう」


 普段の啓太からは、あまり見ない姿だった。


 気心の知れた相手と、子供のように言い争っている。


 恵那は新鮮な気持ちになった。


 しかし。


 同時に。


 胸の奥に、少しだけモヤッとしたものも感じていた。


「紹介するよ。こいつは鷲宮豪華」


「鷲宮豪華よ!」


 豪華は腕を組み、堂々と名乗る。


「そしてこっちは神代恵那と夢宮アリカ」


「神代恵那です」


「夢宮アリカです!」


 挨拶を交わす。


 そして。


 アリカが豪華へ近づいた。


「あの!」


「ん?」


「どうしたら鷲宮さんみたいに強くなれますか!?」


 その瞳は、期待で輝いていた。


 豪華は一瞬、目を丸くする。


 そして。


 ふふっ、と自信ありげに笑った。


「いいこと、アリカちゃん」


 人差し指を立てる。


「精霊使いに必要なのは――」


 一度、溜める。


「力!」


 アリカの目が輝く。


「技!」


「はい!」


「そして――」


 豪華は拳を握り締めた。


「根性よ!」


「力と技と根性……!」


 アリカが感動したように呟く。


 そして、勢いよく拳を握り締めた。


「私も頑張ります!」


「いい返事よ!」


「……いや、それで本当にいいのか?」


 啓太が呆れたように呟く。


 恵那も小さく苦笑した。


 しかし。


 アリカの瞳は、本気だった。


 彼女の心の中には、今。


 新たな憧れが生まれていた。


 そして。


 その日からアリカは。


「力と技と根性!」


 という言葉を、何かあるたびに口にするようになった。


 そのたびに。


 啓太と恵那が頭を抱えることになるのだが――。


 それは、まだ少し先の話である。

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