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010 【それぞれの決意】



 ――夢宮アリカが攫われた、その日。

 日本各地で、精霊庁始まって以来とも言える大規模な一斉摘発が行われていた。

「全員、その場から動かず手を止めろ!」

 精霊庁本庁。

 複数の捜査官が一斉に執務室へ踏み込む。

「な、何だ!?」

「何の権限があって――」

「動くな!」

 机の上に置かれていた書類が押さえられ、端末が次々と回収されていく。

 同時刻。

 全国各地に点在する県本部でも、同様の光景が繰り広げられていた。

「貴様に対する逮捕状が出ている。一緒に来てもらおうか」

「逮捕状だと!? 俺が何をした!」

「詳しい話は署で聞く」

 抵抗する者。

 呆然と立ち尽くす者。

 そして――

 自分が何故捕まったのかを理解している者。

 それぞれの反応は違っていた。

 だが、共通していたことが一つある。

 彼らは皆――

 精霊庁の内部に潜伏していた、人間至上主義結社――

 【人類の聖域―アルカ ニス】の関係者だった。

 組織犯罪対策課が中心となって実行した、今回の大規模検挙作戦。

 目的は、精霊庁内部に潜む敵を一斉にあぶり出すこと。

 そして同時に――

 アルカ ニスによる精霊庁内部への浸透を断ち切ることだった。

 これほど大規模な作戦が、これほど短期間で実行に移されたのは異例だった。

 その裏には二人の天城家の人間がいた。

 天城玲司。

 そして――

 天城美和。

 玲司は本来、精霊使いや魔術師による殺人などの凶悪犯罪を取り締まる捜査一課に所属している。

 だが、今回の事件を単独の凶悪犯罪として扱うことはしなかった。

 各部署へ情報を流し、捜査部同士の連携を図る。

 必要な人員を確保し、逮捕対象の選定を進める。

 そして作戦の実行までこぎつけた。

 だが――

 それだけではない。

 各捜査部を動かすための調整。

 人員の確保。

 作戦立案。

 後方支援。

 人事面の調整。

 それらを一手に引き受けた人物がいた。

 犯罪捜査部部長を補佐し、犯罪捜査部の実務全般を統括する最高責任者。

 部長補佐官――天城美和。

 今回の作戦が異例の速度で実行された最大の理由は、彼女の存在だった。

     *

「……これだけの数が精霊庁に紛れていたとは」

 作戦終了後。

 玲司は回収された資料へ目を通しながら呟いた。

 机の上には大量の書類。

 そして、今回検挙された者たちの名簿。

「中には幹部候補や名家の子息まで……」

 美和が資料をめくる。

「親戚筋にまで手を広げるとなると、それ相応の罪状が必要になるわ」

「そんな物は、後でどうとでも出来ます」

 玲司が淡々と答えた。

 美和の手が止まる。

「……玲司」

「迅速に問題を打破したいのは分かります」

 美和は弟をたしなめるように言った。

「けれど、長期的なリスクを考えたときの報復が無視できないレベルになるわよ」

「……」

「今回の件で、精霊庁の戦力ダウンが問題視されているの」

 美和は名簿を閉じた。

「検挙された者の身辺調査は引き続き行います。その上で、家族や交友のあった人物に対する聞き取り調査とカウンセリングを行う必要があるわ」

「……」

「今回は、組織内部の敵を洗い出せたことに満足しなさい」

 玲司はしばらく黙っていた。

 やがて、小さく息を吐く。

「……姉上は、今回の一件に対する対策をどうお考えになりますか?」

「そうね」

 美和は少し考える。

「とりあえずは、身辺調査の強化が急務ね」

「身辺調査ですか」

「今までのやり方で捜査官を採用していたら、同じことが起きるから」

 美和は資料を指で叩く。

「ただ、そうなると調査員の役割ごとに関係部署から人員を出してもらう必要があるし、一人の対象者に二人……場合によっては三人は張り付いてもらわないといけないわ」

「……」

「それを誰が調整すると思っているの?」

 美和が疲れた笑みを浮かべる。

「私なのよ?」

「……ご苦労をおかけします」

「本当にそう思っている?」

「もちろん」

 玲司は即答した。

 そして――

 口元に僅かな笑みを浮かべた。

「何も精霊庁の捜査官を使う必要もありません」

「……?」

「今回検挙した者たちの中で、アルカ ニスへの信奉が比較的弱い者を――」

 玲司は指を一本立てる。

「ネズミとして使いましょう」

 美和の眉が僅かに上がる。

「……スパイに仕立て上げるの?」

「ええ」

 玲司は笑った。

「しつけは俺に任せて下さい」

「玲司……」

「立派なネズミに教育して見せます」

 美和は弟を見る。

 その笑顔を見ながら――

 我が弟ながら、なんてことを考えつくのか。

 そんな呆れとともに、

 本当に血が通っているのかしら。

 そんな軽い疑いすら胸に浮かんだ。

「それと――」

 玲司が続ける。

「相談事がもう一つ……」

「まだあるの?」

 美和は思わずため息をついた。

     *

 同じ頃。

 精霊殿。

 静かな客間で、啓太は一人座っていた。

「お待たせしました」

 襖が開く。

 巫女様が入ってきた。

「恵那の治療は?」

「終わりました」

 巫女様は穏やかに微笑む。

「幸い、大きな異常はありません」

「そうですか」

「あなたの処置が早かったことも大きいでしょう」

 巫女様は啓太を見る。

「よくやりましたね」

「……ありがとうございます」

 啓太は小さく頭を下げた。

「それで、夢宮さんは?」

「アリカなら、家まで送り届けました」

「そうですか」

 巫女様が頷く。

「今回の事件は、あの子にとって大きな出来事になったでしょうね」

「……はい」

 啓太は懐から一つの包みを取り出した。

「それと、これを」

 包みを開く。

 中から現れたのは――

 砕けた赤黒い勾玉だった。

 だが、完全に壊れたわけではない。

 その欠片から、僅かに黒い瘴気が漏れ出している。

 現在は厳重な封印処理が施されていた。

「これは……」

「外法丸を受肉させた呪物です」

 啓太が説明する。

「神狩と名乗った男が使いました」

「……」

 巫女様が勾玉を見つめる。

「後日、精霊庁へ証拠品として提出する予定です」

 その言葉を聞いた巫女様は――

 僅かに目を細めた。

「道満は、死んだ後も迷惑をかけてくれますか」

「……?」

 啓太が顔を上げる。

 まるで――

 巫女様が蘆屋道満を直接知っているような口ぶりだった。

「この勾玉が何か、ご存じなんですか?」

「ええ」

 巫女様は勾玉へ視線を戻した。

「それは――【禍つアラミタマ】」

「禍つアラミタマ……」

「かつて蘆屋道満が使役した、九体の強力な式神」

 巫女様は静かに続ける。

「その式神たちを封じた呪物です」

 啓太は黙って勾玉を見る。

「蘆屋道満は、千年以上も前の人物です」

「……」

「そんな石ころの中に千年も閉じ込められていたのですから」

 巫女様が少しだけ困ったように笑う。

「気が狂うのも、無理はありませんね」

 啓太は勾玉を見る。

 外法丸。

 そして――

 禍つアラミタマ。

「……でも」

 啓太が呟いた。

「神狩が、これを持っていた」

「ええ」

「ということは――」

 啓太の目が鋭くなる。

「入手経路から、何か掴めるかもしれない」

「その通りです」

 巫女様が頷く。

「精霊庁には、そう伝えておきましょう」

     *

 翌日。

 恵那のもとをアリカが訪れていた。

「……恵那ちゃん」

「どうしたの?」

 ベッドに腰掛けた恵那が顔を上げる。

 アリカは少しだけ俯いていた。

「私……」

 拳を握る。

「恵那ちゃんと関わらなかった方がよかったのかな」

「……え?」

「私が恵那ちゃんと友達になったから……」

 声が震える。

「今回みたいなことが、また起きるかもしれない」

「アリカ」

 恵那が呼ぶ。

「それでも」

 アリカは顔を上げた。

「私は、恵那ちゃんと一緒にいたい」

「……」

「怖いよ」

 アリカは正直に言った。

「また攫われるかもしれない。今度は、もっと怖い人が来るかもしれない」

 それでも――

「だけど」

 アリカは笑った。

「友達をやめる理由にはならないよ」

 恵那はしばらくアリカを見つめていた。

 そして――

 小さく笑う。

「うん」

「恵那ちゃん……」

「私も、アリカと友達でいたい」

 二人の間に、穏やかな空気が流れた。

 だが、アリカにはもう一つ伝えたいことがあった。

「それとね」

「うん?」

「私、夢ができたの」

「夢?」

 アリカは頷いた。

「私も、二人みたいな精霊使いになる」

 恵那が目を見開く。

「……私たちみたいな?」

「うん」

 アリカは笑う。

「恵那ちゃんが炎を纏って戦ってるところ……すごく綺麗だった」

「……」

「まるで舞ってるみたいで」

 そして――

「啓太さんも」

 外法丸を圧倒した姿を思い出す。

「すごかった」

 闇の精霊を操り、巨大な鬼を真正面から打ち倒した姿。

 あの強さ。

 あの覚悟。

「だから――」

 アリカは胸を張った。

「私も二人みたいな精霊使いになる」

 雷鎌がアリカの傍らで小さく風を纏う。

「なってみせる!」

 恵那は微笑んだ。

「じゃあ、一緒に頑張らないとね」

「うん!」

     *

 ――その頃。

 人間至上主義結社。

 【人類の聖域―アルカ ニス】。

 薄暗い部屋。

 複数の男女が円卓を囲んでいた。

「神狩が倒されたとの報告が入りました」

 だが――

 誰も驚いていなかった。

 誰も悲しんでいない。

「神狩シリーズの在庫数は?」

「あと三体です」

「品質面では?」

「問題ありません」

 男が資料を確認する。

「このまま神狩シリーズは、継続運用でよろしいかと」

 その言葉に、部屋にいた者たちが一人を見る。

 最奥。

 そこに座る男。

 整った顔。

 穏やかな表情。

 しかし、その瞳には人間とは思えないほど冷たい光が宿っていた。

「……いいでしょう」

 男が口を開く。

「勝手な単独行動のうえに、呪物を盗み出した件は――」

 淡々と告げる。

「彼の死をもって不問にします」

 誰も口を挟まない。

「神狩シリーズの凍結は、一旦見送りましょう」

 男の名は――

 アベル・ヴァレンティア。

 人間至上主義結社【人類の聖域―アルカ ニス】。

 その首領だった。

「神狩家の血筋と、鳳凰」

 アベルは楽しそうに笑う。

「そして――」

 一瞬だけ、目を細める。

「謎多き天城家ですか」

 その口元が僅かに吊り上がった。

「是非とも、見てみたいです」

 一人の構成員が口を開く。

「しかし先日、精霊庁による炙り出しにより、多くの同志を失いました」

「……」

「日本での活動は、しばらく難しくなるかと」

「まあ、良いでしょう」

 アベルはあっさりと答えた。

「今後しばらくは、様子を見る――」

 そこまで言って。

 アベルは言葉を止めた。

「……と言いたいところですが」

 部屋の空気が変わる。

「神代家の血筋と鳳凰は、どうしても手に入れなければなりません」

 誰も答えない。

「その理由は――」

 アベルが問いかける。

「分かりますね?」

「……はい」

 構成員が小さく答える。

「では」

 アベルが椅子から立ち上がる。

「今後の任務については、彼らを使うとしましょう」

「……それは、もしや」

 誰かが恐る恐る尋ねた。

 アベルは笑った。

「ええ」

 そして――

 その名を口にした。

「ヴァンレイスシリーズを登用します」

 ――その瞬間。

 部屋にいた者たちの表情が、一斉に曇った。

 誰も口を開かない。

 ただ一人。

 アベルだけが――

 楽しそうに笑っていた。

 次なる悪意は、すでに動き始めていた。


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