007 【友達という選択】
放課後。
住宅街の一角にある、夢宮家。
その玄関前に、二人の少年少女が立っていた。
「ここが夢宮さんの家か」
天城啓太が、目の前の家を見上げる。
「うん」
隣に立つ神代恵那が頷いた。
「今日は私が話すから、啓太は付き添いでお願い」
「了解」
啓太は軽く笑った。
「必要なら俺が説明を補足するよ」
「ありがとう」
恵那がインターホンを押す。
ほどなくして――
「はーい!」
明るい声が返ってきた。
扉が開く。
「あっ、恵那ちゃん!」
顔を出したのは、夢宮アリカだった。
「こんにちは、アリカ」
「こんにちは!」
アリカは嬉しそうに笑う。
そして、恵那の隣に立っている少年へ目を向けた。
「……?」
知らない人だった。
「こちらは?」
「天城啓太」
恵那が紹介する。
「私がお世話になっている天城家の人」
「天城……」
アリカが少し目を見開いた。
「もしかして、啓太くん?」
「そう」
啓太が頭を下げる。
「初めまして。天城啓太です」
「初めまして! 夢宮アリカです!」
アリカも慌てて頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
これが、二人の初対面だった。
「じゃあ、入って!」
アリカが二人を家の中へ招き入れる。
⸻
夢宮家
リビングには、アリカの両親と弟の恵が集まっていた。
「今日はお時間をいただいてありがとうございます」
恵那が丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ。恵那ちゃんにはアリカがお世話になっていますから」
母親が笑顔で答える。
「今日はアリカについて、大切なお話があります」
恵那が切り出した。
「アリカについて?」
「はい」
恵那は静かに頷く。
「アリカさんには、幼い頃から見鬼の才があります」
両親は黙って頷いた。
「それについては、私たちも以前から分かっていました」
父親が答える。
「アリカが小さい頃から、普通の人には見えないものを見ていることは知っています」
「はい」
恵那が微笑む。
「ただ……」
少しだけ言葉を置いた。
「その先に、皆さんがまだ知らない世界があります」
「……精霊?」
アリカが口を挟む。
「そう」
恵那が頷いた。
「精霊、悪霊、そして魔術。そういったものは、すべて実際に存在しています」
啓太が続ける。
「見鬼の才というのは、霊的な存在を認識するための能力です。ですが、それだけで精霊術が使えるわけではありません」
「精霊術?」
アリカの目が輝く。
「精霊と契約し、その力を借りて術を行使するものです」
啓太が右手を上げる。
「……少し見てもらった方が早いかな」
指先に小さな光が生まれた。
淡い光の粒子。
無数の粒が啓太の周囲を舞い、ゆっくりと集まっていく。
やがて、それは小さな鳥のような形になった。
「わぁ……」
アリカが目を輝かせる。
「これが精霊術?」
「簡単なものだけどね」
光の鳥が部屋を一周する。
そして――
部屋の隅に立っていた、半透明の女性の霊の横を通り過ぎた。
「あ」
アリカがそちらを見る。
恵那も見る。
「……いるね」
啓太も頷いた。
「うん」
恵那が答える。
「私にも見える」
夢宮家の家族は驚いた様子で二人を見る。
だが、恐怖はなかった。
アリカが昔から語ってきた世界。
その一端を、今、自分たちも目の前で知ったのだ。
幽霊はしばらくその場に立っていたが、やがて静かに消えていった。
「これが……」
アリカの父親が呟く。
「アリカがずっと見ていた世界なんですね」
「そうです」
恵那が答える。
「そしてアリカさんは、その世界を認識する力が生まれつき強い」
アリカは自分の手を見る。
「……もっと知りたい」
「うん」
恵那が微笑んだ。
「だったら、精霊殿に来てみる?」
「いいの?」
「もちろん」
アリカの顔が明るくなった。
「行きたい!」
「僕も」
弟の恵が手を挙げる。
「僕は見鬼の才はないけど、なんとなく気配なら分かるから」
恵那が頷く。
「それなら、一緒に来ても大丈夫だよ」
⸻
アリカの部屋
一通りの説明を終えた後。
「じゃあ、私の部屋に行こう!」
アリカが恵那と啓太を連れて二階へ上がった。
部屋に入ると、啓太が周囲を見る。
「じゃあ、俺は――」
「啓太さんもいて」
アリカが言った。
「え?」
「せっかくだから」
啓太は少し意外そうな顔をした。
恵那も頷く。
「啓太くんも一緒でいいと思う」
「分かった」
三人が部屋に座る。
しばらく沈黙が続いた。
やがて恵那が口を開いた。
「アリカ」
「うん?」
「私のことを話しておきたい」
アリカの表情が変わった。
「……何?」
「私がどうして天城家にいるのか」
恵那は静かに語り始めた。
六年前。
神代家を襲った事件。
家族を奪われたこと。
自分だけが生き残ったこと。
そして――
犯人が未だに捕まっていないこと。
「今でも、犯人がどこにいるのか分からない」
「……」
「だから、私の近くにいる人は危険に巻き込まれる可能性がある」
恵那はアリカを真っ直ぐ見る。
「アリカも例外じゃない」
「……」
「私と友達でいることで、あなたまで危険な目に遭うかもしれない」
アリカは黙って聞いていた。
「だから……」
恵那が視線を落とす。
「それでも友達でいてくれるか、ちゃんと考えてほしい」
長い沈黙。
そして――
「うん」
アリカは答えた。
「友達でいる」
恵那が顔を上げる。
「……怖くないの?」
「怖いよ」
アリカは正直に言った。
「危ない目に遭うかもしれないって聞いたら、怖い」
「だったら――」
「でも」
アリカは恵那の手を取った。
「恵那ちゃんが危険だから友達になったんじゃないよ」
「……」
「恵那ちゃんだから友達になったの」
恵那の瞳が揺れる。
「だから、危険だからって友達をやめる理由にはならないよ」
「アリカ……」
「私は、恵那ちゃんの友達でいたい」
恵那はしばらく黙っていた。
やがて――
「……ありがとう」
二人は手を握り合った。
その瞬間。
窓辺に浮かんでいた雷鎌の粒子が、ほんの少しだけ強く輝いた。
⸻
精霊殿の日々
それからアリカと恵は、精霊殿へ通うようになった。
「目を閉じて」
巫女が二人に教える。
「魔力を感じてください」
「……」
アリカは集中する。
「身体の中を流れるものを探して」
恵那が隣から教える。
「無理に動かそうとしなくていいよ」
「うん……」
アリカが息を整える。
「……あ」
「感じた?」
「ほんの少し」
アリカが嬉しそうに笑う。
「これが魔力?」
「そう」
恵那が頷く。
「まだ精霊術は使えないけどね」
「精霊に選ばれてないから?」
「うん」
「じゃあ、いつか選ばれるかもしれないんだ」
「そうだね」
恵那が笑った。
アリカは毎日のように精霊殿へ通った。
少しずつ。
少しずつ。
魔力の感覚を覚えていった。
恵もまた、精霊そのものを見ることはできないものの、何かが近くにいる時には敏感に反応するようになっていた。
そんな日々が、しばらく続いた。
⸻
襲撃
その日の帰り道。
「今日も疲れたぁ」
アリカが伸びをする。
「アリカ、最近楽しそうだね」
恵が笑う。
「だって、知らなかったことをいっぱい知れるんだもん」
二人は並んで歩いていた。
その時――
「おい」
背後から声がした。
二人が振り返る。
そこにいたのは、サングラスをかけた派手な格好の男だった。
「夢宮アリカだな?」
「……誰?」
「お前に用がある」
恵が警戒する。
「アリカ、下がって」
「恵?」
「こいつ……嫌な感じがする」
男が笑った。
「ほう」
その瞬間。
アリカの周囲に光の粒子が集まった。
「雷鎌!」
雷鎌が姿を現す。
アリカを守るように立ちはだかった。
「……守護精霊か」
男が笑う。
「なら、先にこいつからだ」
雷鎌が飛び出した。
閃光が走る。
しかし――
男の一撃によって雷鎌が吹き飛ばされた。
「雷鎌!」
アリカが叫ぶ。
地面に叩きつけられた雷鎌。
それでもすぐに立ち上がる。
再びアリカの前へ。
「もう一度来るか」
男が構える。
雷鎌が突進する。
しかし、またしても弾き飛ばされた。
「……っ!」
粒子が大きく散る。
「雷鎌!」
アリカが駆け寄ろうとした。
その瞬間――
男がアリカの腕を掴んだ。
「えっ……!」
「アリカ!」
恵が男へ飛びかかる。
だが、簡単に払い飛ばされた。
「うわっ!」
「恵!」
倒れた恵の手元に、何かが落ちる。
封筒だった。
その間にも男はアリカを連れて走り出していた。
「離して!」
「大人しくしろ」
「嫌!」
「アリカ!」
アリカは最後まで抵抗する。
しかし、男の姿は路地の向こうへ消えていった。
⸻
雷鎌の追跡
倒れていた雷鎌が起き上がる。
傷ついた身体。
それでも――
アリカが連れ去られた方向へ飛び立った。
「雷鎌……!」
恵はその姿を見送る。
そして、手元にある封筒を見る。
「これ……」
震える手で開く。
中には一枚の紙。
そこには、場所と時刻が記されていた。
そして――
『友人を返してほしくば、指定した場所へ来い』
「……アリカ」
恵は立ち上がった。
自分ではどうにもできない。
ならば――
頼れる人のところへ行くしかない。
「恵那さん……!」
恵は走り出した。
⸻
精霊殿
「恵那さん!」
精霊殿の扉が勢いよく開く。
恵那が振り返った。
「恵?」
「アリカが……アリカが……!」
恵の顔は青ざめていた。
「攫われた!」
恵那の表情が一変する。
「……誰に?」
「サングラスをした男……派手な服を着てて……雷鎌もやられて……」
「雷鎌が?」
「うん……でも、姉ちゃんを追っていった」
恵は手紙を差し出した。
「これを渡された」
恵那が受け取る。
紙に書かれた場所を確認する。
そして――
恵那の瞳が鋭くなった。
「……分かった」
「恵那さん?」
「ここへ行く」
恵那は立ち上がった。
「私がアリカを助ける」
恵が不安そうに尋ねる。
「でも……危険なんじゃ……」
「分かってる」
恵那は答えた。
「だからこそ、行かなきゃいけない」
アリカは言った。
危険でも友達でいると。
ならば――
今度は自分が、その友達を助ける番だ。
恵那は手紙を握り締めた。
「啓太くんにも連絡する」
そして――
精霊殿を後にする。
その頃。
傷ついた雷鎌は、アリカの残した気配を追い続けていた。
遠ざかっていく少女の気配を、決して見失わないように。
そして恵那もまた――
手紙に記された場所へ向かって走り出した。
新しく芽生えた友情を守るために。




